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「いらっしゃいませー!」

 カランコロンと音を立てて開いた扉の向こうから現れたのは、最近常連になりつつある街で雑貨屋を営んでいるおばさんだ。

「こんにちは、アイラちゃん! また買いに来てしまったよ。いつものあるかい?」

 にこにことかごからお財布を出したおばさんに、もちろんと返事をして冷蔵庫(と言っても中に魔法で作ってある氷を入れた石と金属で出来た箱だ)からビンに入ったそれを出す。

「プリン二個ですね!」

「あ、今日はねぇ、お客さんが来るからもう二つ追加でお願いできるかい?」

「ありがとうございます!」

 さらに二つ用意すると、横から厚紙の箱と、小さな袋を持ってサシャが現れる。プリンを箱に詰めながら、私はサシャが持ってきた袋をおばさんに見せた。

「おばさん、これサービスしますね!」

「おや? それはなぁに?」

「新作のクッキーです。お客様のお土産にどうぞ! おばさんの分も入れておきますね」

「いいのかい」

 嬉しそうに微笑むおばさんに頷いて見せて、詰め終えたプリンの箱を綺麗な柄の布で包装し、今朝花屋さんから仕入れたばかりの小さなお花と一緒にリボンで結ぶ。

「まぁまぁまぁ、綺麗にしてもらって!」

 可愛らしくラッピングされた箱に、おばさんが目を丸くする。普段はここまでしていないからだ。

「お客様来るんでしょう? お花は今日一日なら魔法で加工してあるからこのまま冷蔵庫にいれておくといいですよー、いつも通り、あまり日持ちはしないので早めに食べてくださいね」

「まぁ立派だこと。ベルティーニさんところは今後も安泰ねぇ」

「あ、そうそうおばさん。そちらのお店で、こういう包装を可愛くしてくれるものって何かないかな? 今日はお花屋さんから仕入れた小花使ってるんだけど、長くもつ飾りもほしいなーと思って」

「それなら、私が趣味で作っているものだけどこんなのはどうだい」

 おばさんはにこにことしながらお財布を持ち上げる財布にはきらきらしたビーズで作られた根付がついていた。ふむ、小さい巾着袋に落ちないように根付を付けて飴を入れて売れば、子供用のプレゼントとしていいかもしれない!

「ありがとうおばさん! あとで店に見に行かせてもらってもいい?」

「はい、楽しみにしてるよ」

「こんにちはー、あら、雑貨屋の奥さん」

「あ、果物屋さんの奥さんじゃないかい」

 また音を立てた扉の向こうから現れたのは朝うちに果物を卸してくれた果物屋さんのおばさんで、できてるよー! と声をかけて、いちごにべっこう飴を絡ませたものを差し出す。そう、いちご飴です!

 時間がたつと湿気で溶けちゃうから、とか、水分多いところには置かないで、とか注意を促して、果物屋さんは近所の子供の分を受け取ると雑貨屋さんとにこやかに帰っていく。

 売り上げた分を紙にメモしていると、今度は恋人にプレゼントしたい、と若い男性が尋ねてきたので、球状のカステラをお勧めして包装する。


 そう、見事試食会では父の絶賛を得た私達が作り上げたお菓子は、順調に屋敷で売り上げを伸ばしていた。

 開店して一ヶ月、最近は商品が追いつかず、昼前にはほぼ完売状態の日が続いている。正直ここまで早く売り上げが伸びるとは思っていなかったので、びっくりどころではない。可愛らしいラッピングも好評で、ラッピングのおかげかお土産としての売り上げもさらに増えた。嬉しい誤算ではあるが、品切れ状態をなんとかしたい……と思案しながら毎日新作を考える日々である。

 やはり甘いものは癒しだ、可愛いものは正義だ。うちの父が服飾品を手がけていてよかった、ラッピングは困らない。さすがに包装紙はここにはないからね。



 そんな事を考えてつつ過ごしていたある日、お客様にサービスしたクッキーが隣町から来たお客さんの手に渡ったり、またお土産として人気のせいか少し遠いところからもお客さんが来るようになった。

 日持ちするお菓子を考えなければなるまい、と考えている時だった。


「アイラ」

「お父様」

 台所でリミおばさんとサシャとあーでもないこーでもないと日持ちする新作を話していると、珍しく台所なんかに現れた父に驚く。

 にこにことしていた父だが、その後ろに人を引き連れていた。

「アイラ、話があるんだけれどいいかな。彼は隣町の食堂の次男なのだけれどね」

「はじめまして、バール・ステイと申します!」

 父が身体をずらすと、がっちがちに固まった青年がばっと帽子をとって頭を下げた。身長は父より少し低く、クセのある赤毛が帽子につぶれてぺしゃんこになっている。

 赤茶色の瞳は緊張で合うことがないが、そばかすのある顔を真っ赤にして挨拶しているのは……どう見ても私の向かいにいるリミおばさんに向けてのようだ。

「……アイラお嬢様、お仕事のお話でしたら、お席を外しましょうか」

 あえてだろう、リミおばさんが父ではなく私を見ながらそっと頭を下げて申し出ると、小さく青年のほうから「え!」と声があがった。

「んー、いいえ、ここにいてくださいリミおばさん。そろそろ冷やしていたクッキーの生地が出来上がる時間だし。えーっと、アイラ・ベルティーニと申しますわ、バールさん」

 一応そこそこお金持ちの家であるうちでは礼儀作法も学ばされる。スカートをつまみあげ礼をとる私の挨拶に、目を白黒させた青年が慌てて頭を下げる。その様子を穏やかな笑顔で見ていた父だったが、急にその表情を真剣なものに変えた。

「アイラ、彼は君のお菓子に感銘を受けたようでね。レシピは門外不出を約束するのでぜひ調理を任せてもらいたいというんだよ。どうだろう、ここいらで一つ、前から考えていた店舗を増やす準備をしてみたらどうかな」

 その内容に、ぐっと私は拳を握った。父が完全に私が作るお菓子という商品を認めた瞬間である。

「ありがとうございます、お父様」

 一つ大事なことを忘れていたようだ。この商売の大成功は、私の知識のおかげではないのだ。やはり父の商売人としての指導は的確であった。彼がいなければ安い仕入れも、人材も、経営のノウハウも得られたものではなかった。

 そして、リミおばさんがいなければ子供の手では作りだせなかっただろう微妙な加減の繊細な菓子はできなかったであろうし、毎日仕入れで重い荷物を運んでくれたガイアスやレイシス、一生懸命お手伝いしてくれるサシャ。

 お母様やカーネリアンもアイディアを出してくれたり試食で味のアドバイスをくれたし、使用人たちも出来る限り手伝いをしてくれた。

 各地にいるベルティーニ商会の従業員も、それとなくお菓子を売り込んだりおいしそうな木の実の情報や珍しい異国の甘味を持ってきてくれたりと、感謝してもしきれない程。


 目の前にある甘い、人を幸せにするお菓子達。たくさんの協力で得られているそれを一緒に売り出している私であるが、その心を占める感情はとても黒く、重いものであることが、周りにいる皆と一人だけ違う場所で孤立しているように感じるのは、見ない振りをした。それでいいのだと思ったから。

 すごいと褒められる新作のお菓子だって、大抵は私の前世の知識を利用したのであって私自身何もしていない。

 いつも新作を作るときは大量の材料を無駄にする失敗もするし、前世で覚えていても材料が揃わなくて作れないお菓子をなんとか形にしようとしたせいでガイアスがとても苦くなってしまったお菓子を食べるハメになったこともあった。

 父も忙しくなって、最近では母も仕事の手伝いをしている。



 それでも私は、復讐をやめようとは思えなかったのだ。あの、優しい笑顔を思い出すたびに、胸に針が刺さったような痛みを覚えるのには、気付かないふりをして。


 そうして順調に店を広げていった私達のお店は、二年たった頃には貴族にも知られた有名なお菓子店として成功したのであった。


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