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 黄色グループの試合は一試合十分程で終了を繰り返した。ガイアスの試合まで三試合があったが、どれも騎士科の生徒が勝ちあがり、兵科から勝ち残ってきた黄色グループの生徒も二人いたがどちらも敗退だ。

 これで兵科から勝ち残っているのは、現段階ではたった二人となる。残り三人いる筈だが、その三人は緑グループなのだろう。

 ガイアスの試合を迎える前に、レイシスとフォルが控え室に行く為に席を立った。皆で二人に頑張れと声をかけて、レイシスにもガイアスにしたように手のひらを向け、ぱちんと合わせる。


『続きましてー騎士科一年盾の使い手、キリム・チーマ選手対、そしてきました大人気な双子の兄! 特殊科ガイアス・デラクエル選手です!』

 アナウンスを聞いて、控え室に向かう前に水を飲もうとしていたレイシスが咽た。どうやら気管に入ったらしい。そうか、大人気……まあ先ほどの少女達の話を思い出すと納得である。

 咽ているレイシスを大丈夫かと見上げると、父も来てるのに……なんて呟いていた。頑張れ大人気な双子の弟。

 それにしても、ガイアスの登場で主に侍女科の生徒あたりが大興奮している。ガイアス、侍女科に人気があったのか……。

 言われた本人であるガイアスはなんだか微妙な表情をしていたようだが、すぐによっしと意気込んで戦う相手と笑って何かを話している。友人の為か二人ともリラックスしているように見えた。

 相手は盾使い……か。

 実は、盾というのはこの国において珍しい。一番オーソドックスな気がするが、この国は魔法を好むのが恐らく盾が少ない原因だろう。

 魔法攻撃はなんの変哲も無い盾で防ごうとしても無理だ。そして、剣も使う魔法剣士というのは、剣に魔力を注ぎつつ魔法攻撃も行う。さらに盾にまで魔力を分散するという人は少ない。それなら防御魔法を展開した方がいいからだ。

 剣を捨て盾だけ持って魔力を注いでいるのならまだマシだろうが、盾でぶん殴るという物理攻撃をあえて選ぶ人間はいないだろう。本で殴った私が言えた台詞ではないが。

 あのガイアスの友人の盾使いはどんな戦い方をするのだろうか。とても興味がある。

 どきどきと礼をとる二人を見る。


 開始の笛の音。


 二人とも剣を持っているというのに、なんと二人とも大きく後ろに跳んだ。接近戦を仕掛けないらしい。表情が、両者楽しそうだ。

 剣士二人がなぜ距離をとったのか。緊張しつつ見ていると、先に動いたのはガイアスだった。

 ごうっと一瞬炎がガイアスを包み込む。あれは炎系の鎧魔法だろう。普通の壁、盾系の防御魔法は維持するために魔力を注ぎ続けなければならないのに対し、鎧魔法は一度かけるとしばらく持続する。その分防御力は少し劣るが。

 自分の能力値上げの魔法といったところだ。

 対し相手も何かの鎧魔法を唱えた。両者ほぼ同じような状態。

 すぐに動くガイアス。一定の距離を保ったまま移動しているが、恐らく何かを唱えているのだろう。

「炎の蛇!」

 ガイアスが叫んだ声がこちらにまで届く。得意の炎の蛇は威力も高く、大きなうねりとなって姿を現した。

 ほんの一瞬その威力にぎょっとして足を乱したガイアスの友人は、すぐさま体勢を立て直すと何かを唱え始めた。蛇の魔法はしつこい。使用者からある程度の距離ならばどこまでも追ってくる魔法の為、確実に消し去らなければならない。通常の盾で防ぐなんてできない魔法だ。

 相手の詠唱を待たずに突っ込んでいく蛇を、少し眉を寄せ大きく後ろに飛びながらかわした相手はその間に詠唱を終えたのだろう、再び突っ込んできた蛇に自分の盾を振りかざす。

「あっ」

 思わず声が出た。ガイアスの威力の高い炎の蛇が、盾にぶつかった瞬間にジュワッと音を立てて消えていく。

「盾に水属性の防御をかけたんだ」

 隣でルセナが真剣な表情で呟く。なるほど、それならあの炎の威力より弱い魔力でも打ち消すことができる。それにしても、盾に防御魔法を施すのが早い。私も見習えたらいいな、と炎の蛇が消された事で周囲に吹き出した水蒸気から目をそらした時、ガイアスの姿が先ほどまでの位置にいないことに気がついた。

「げっ」

 相手の選手が大きく叫んだ。もわもわと立ち上がった水蒸気からガイアスが飛び出してきたからだ。

 ギンッと剣が交わる音がして、両者剣の打ち合いが始まる。ガイアスの剣に次第に相手が押され始める。盾を使って防いではいるが、ガイアスは剣に魔力を注いでいるようで盾をも弾く剣技を繰り出しているのだ。

 相手は何度か威力が低く数が多い攻撃魔法を打ち込んでいるのだが、ガイアスはそれを放置しているにも関わらず当たらない。最初の鎧の魔法が全て弾いている。

 ガイアスが大きく剣を振った。相手の選手が盾で防ごうとするが、耐え切れず大きく仰け反る。体勢を崩した相手の盾を弾き飛ばすのなんてガイアスにはわけないことで、盾が宙を舞った時には相手の心臓の位置に刃が向けられていた。


 終了の笛の音が響く。

『終了です! ガイアス選手大きな魔法を使うことなく自慢の剣で押し切ったーーっ』


 確かにガイアスは幼い頃から剣の稽古を欠かさなかったし、得意だ。だが少しいつものガイアスと違う気がした。彼は、こうした試合は派手に動くことを好む。それに、常に全力で相手にぶつかるタイプなのだけれど。

 手加減した、のではない。まるで準備運動のようだ。熱くなりやすい彼は家にいた頃は連戦すると力配分を間違えてよくゼフェルおじさんに怒られていたのに……。

 不思議に思いつつも、ガイアスが力を残したとすれば次の試合も見越しての事だろう。そこで漸く私も、この試合のペースでいくと魔力を使いすぎると次の試合に影響が出る事に気づいた。

 時間制限がない、なんて言っても、今のところそこまで長い試合はない。魔力が回復する前に次の試合がきたらきつい。

 

 ガイアスの試合は終わったが、次はすぐレイシス、一戦挟んだ後はフォルだ。続けてだなぁと思いつつ見ていると、レイシスが競技場に現れた。相手は、兵科の人のようだ。

 レイシスはしばらく相手と話をしている。知り合いか……とも思ったのだけれど、相手の表情は怒りに染まっている。

 レイシスがあえて怒らせるようなことを言うとは思えない。なんだ……?

「おい、なんか様子がおかしくないか?」

「あ、思い出しましたわ」

 王子が疑問を口にした時、突然後ろのおねえさまがぱちんと手を打つ。え? とそれを見上げた私とルセナを見て、おねえさまがほら、あの人、と指差したのはレイシスに食って掛かっている兵科の男。

 おねえさまが口を開く前に、アナウンスが入る。

『おーっと、次の試合はなんだか試合前からやる気満々の兵科二年、ガイル・マッテゾル選手対、ガイアス選手に続けての双子の弟、レイシス・デラクエル選手です!』

 きゃああ、と女の子の声援に、ガイルと呼ばれた少年が更に顔を真っ赤に怒りに染め上げる。

 おねえさまは知っているようだけれど……誰?

「アイラ、完全に忘れてしまっていますわね。あなたがあの男に毒の霧を使われたんですのよ?」

「まあ……おねえちゃん、すぐ打ち消ししてたし……」

 二人に言われて、しばらく首を捻っていた私はおねえさまが王子に事情を説明したことで漸くああと頷いた。

 あいつ、以前食堂で絡んできた上級生か。ガイアスにわざとぶつかって、去り際に私に魔法をかけようとした男。

「勝負、決まりましたわね」

 おねえさまが呟く。

 確かに、レイシスがあんなずるい手を使う人間に負けたりはしないだろう。だが、王子は神妙な顔で頷いた後、にやっと笑う。

「そうだな、レイシスがアイラに手を出した人間に容赦する筈ないな」

 ……手を出された覚えはありません。


 勝負はこれまた早かった。

 開始すぐに兵科の男は突っ込んだのだが、その場をまったく動かなかったレイシスに一瞬で切り刻まれたのだ。恐らく、風の刃だろう。レイシスはもともと非常に魔力を練るのが早いが、また速度をあげたのかもしれない。

 圧倒的な力の差を見せ付けられたガイル・マッテゾルはその顔を恐怖に染め上げ崩れ落ちる。

 それでも満身創痍の状態でなんとか耐えようと剣を地面につき立ち上がろうとしたようだが、レイシスはそれも許さず風の魔法で相手を吹っ飛ばし、勝負を決める。

『これは容赦ありませんでした、圧倒的だーっ、勝者、レイシス・デラクエル!』

 やっぱりな、と言う王子の言葉を聞きつつも、私はなんだか呆然とする。

 ガイアスもレイシスも、知らない間に変わってしまったみたいだ。

 ずきずきと胸が痛む。まるで二人が遠くにいっているように感じたのかもしれない。レイシスには無理やり笑って見せたものの、存外私はあの悪口を気にしているらしい。

 隣にいたルセナが私を覗き込む。

「おねえちゃん?」

「あ……」

 慌てて笑みを浮かべて見せるが、ルセナは更に怪訝な顔をする。

 どうしよう、と思った時、予想外の方から声をかけられた。

「アイラ・ベルティーニ」

 少し後ろから声をかけられて、振り返り上を見る。席の後ろの通路に立つ背の高い男。

 黒髪に金の目で全体的に細身。整った顔立ちなのだろうが、少し冷めた目をしている。

 知らない人、と思ったところで、ハルバード先輩が微妙な顔をした。

「グラエム」

 その声で、ファレンジ先輩まで笑みを消し眉を潜め上を仰ぎ見る。

「何しに来た、グラエム」

「なんだ、御挨拶だな。迎えに来たんだよ、その子」

「アイラになんのようだ」

 次に目を細め声を出したのは王子だ。ルセナも、まるで睨むような目を向けている。有名人、なのだろうか。

「俺の、次の対戦相手なんだけど」

「は?」

 グラエム、と呼ばれた人の言葉にファレンジ先輩が首を傾げた時、すっと彼の左手が向けられた。

 それを見たファレンジ先輩は、仰ぎ見ていた体勢からばっと身体を戻し振り返ってもう一度手をまじまじと見る。

「1番……」

「そ、赤3番のアイラ・ベルティーニ。二回戦は少し早く集まるってさ。行くぞ」

「え、え?」

 さっさと歩き出す彼についていこうと慌てて立ち上がる。

 アイラ、と王子に呼ばれたので振り返る。何か言いたげに口を開くが、彼にしては珍しく言いよどんだ。

「デューク様?」

「いや。……気をつけていって来い」

「はい!」

 心配させないように一度笑みを浮かべてから、手を振る。ああ、フォルの試合見れなかったじゃないか。やっぱり先生に頼んでどこか試合前後でも見れるようにしてもらわないと、と考えつつ、先を行く男の後を追う。


 座席から離れ、参加者の控え室に向かうための通路に入った時だった。

 次はどう戦おう、品がある試合ってなんだろうと考えていた私は、突然視界が揺れ背中に衝撃を感じ、思わず小さく悲鳴を上げた。

「わきゃっ」

「隙あり」

 さっきの男の顔が、金の瞳が、すぐ目の前にある。ひっと驚きのあまり漏らした声に、男がにやりと笑って指先を私の頬に当て、なぞるように動かす。

 なんだこれ、指を離せと慌てて手で押しのけようとしたが、私の腕はあっという間に捕まれて両手をまとめられ、私の頭の上で壁に押し付けられ片手で男に固定される。

「離して!」

「解いて見れば?」

 その言葉にかっと熱くなってもがくが、びくともしない。こんなやつ、魔法で、と思ったが、もう片方の男の手が私の口を塞ぐ。

「可愛いね。騙されてついて来ちゃって、嘘だよ、早めに集まるとか」

「ふぐっ」

 口を塞がれているせいでおかしな声しかでないが、私はぎっと男を睨みつける。この状況で可愛いってなんだ、こいつ変態か!

 詠唱できなかろうが簡単にやられてたまるかと魔力を手に集めだすと、男はおっと、と言いながら同じく私の腕を拘束する自分の手に急速に魔力を集めた。一瞬つかまれた腕が、ひやっと……いや、非常に熱くなる。

 すぐに襲ってきた痛みに顔を顰める。こいつ、試合前に、何を。

「賭けをしよう、アイラ・ベルティーニ」

 口を塞がれたままなので、男の顔を睨みつける。

 男の目が怪しげに揺らぐ。口元がにやりと曲げられて、背筋が冷えた。

「いいね、その目。勝ったほうが負けたほうの言う事をなんでも聞く。わかりやすいだろ?」

 男の条件は、以前絶対にのむなとガイアス達に散々言われたものだ。当然頷く事ができずに睨みつけたまま沈黙を続けていると、男の口が耳元に寄せられる。

 ぽそりと告げられた一言。再び酷く腕が熱くなり、痛み、私は少しの逡巡の後、黙って頷いた。


 ――君が条件をのまなければラチナ・グロリアに受け入れさせるまで。


 この男の目的は、なんだ。

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