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「……っ!」

 小さく声が出た、と、思う。かっと身体が熱くなって、魔力が大幅に流れでた。傍にいたガイアスが慌てて私の魔力を自分の魔力を使って押しとどめたのだって、後からになって気づいた事。


「ほら、俺でもわかるぞその魔力。専属医だろう、そのお前が治療している女はただの娼婦だ!」

 目の前に患者である女性がいなければ、何をしていたかわからなかった。

 無視をして、マリアと呼ばれた女性の治療に専念する。

 耳を塞いでしまいたかった。目の前に瀕死の女性がいるのに、聞こえる言葉が私に治療を放棄させようとする。そんなの、あってはいけないことなのに、私は負けそうになっていた。

「聞けよ! 俺は足から血が出ているんだ、はやくしろ! その女の変わりはいくらでもいる!」


 傷はフォルがほぼ塞いだ。それなのにまだ真っ赤だ。どうして、これじゃ治療の進み具合が……



「いい加減にしろ!」

 ばちっ、と、変な音がした。ぶつかるような。叫び声は、王子のものだったと思う。

「アイラ、大丈夫。患者の容態も落ち着いてきてるから、ゆっくり慎重に」

 フォルの穏やかな声が聞こえる。はっとして顔を上げると銀の瞳が視界に入る。ほっと私を見て安堵の息を吐いたフォルは、ほら、と女性に視線を向けた。

 女性は血はこびりついているものの、傷はもう見当たらなかった。フォルが、治したのだ。でもまだ顔色は悪い。フォルは傷の治療を終え、私と同じように生命力の助けになる魔法を施し始める。

 ふと、ガイアスが傍にいないことに気がついた。視線を動かして探すと、ガイアスはレイシスの傍にいた。膝をついて治療していたはずのレイシスの両腕を後ろから羽交い絞めの状態で押さえ込んでいる。

 レイシスの顔は俯いていてわからないが、ガイアスは「落ち着け」と繰り返して話している。王子はそれを気にしながら、一度治療をとめていたのだろう。再び足の前に移動すると治療を施そうとした、が。

 不自然に頬を押さえて、ぷるぷると震えた男が、次の瞬間王子に向かって吼える。

「てっめ! 俺を殴ったな!? 親父にだって殴られた事ないのに、俺はなぁ!」


 ふは、と、私の口からおかしな空気が抜け出た。一度出たそれは止まらない。ふふ、と続けて空気が漏れるがそのままに、治療を続ける。目の前の瀕死だった女性が回復したのにほっとしたのかもしれない。

「アイラ、人が集まってくる。そろそろ切り上げよう。この女性はもう大丈夫だから」

 フォルに声をかけられて、そっと魔力を止め治療を終える。そうだ、私達はここに長居してはいけない。来るのはジェントリー公爵家に仕える騎士だという話だが、エルフィが動いた事は極秘なのだ。

「おい、おい、お前ら何帰ろうとしてるんだよ。俺を治せって言ってるだろ!? おいそこの女!」

 再び呼ばれて、帰ろうとしていた足を止める。フォルが私に手を伸ばしたのが見えたが、それに捕まる事なく傍を離れ、男のところに行く。

 男が私に手を伸ばす。レイシスがもがき、ガイアスがとめる。王子は私の傍に立ち、黙って様子をみるつもりのようだ。

「ああ、お前、俺の治療をしてくれれば、相手をしてやろう。好きな服だって買ってやる。ああ、近々ベルティーニでドレスの新作も出るそうだぞ」

 くっ、と、おかしな声が出た。

 ああ、私は、笑っていたようだ。

「私、貴族専属医じゃないんですよ」

 言いながら、彼の足を見る。彼は私の機嫌をとりたいのか引きつった笑いを見せていた。見るに耐えない。

 傷は塞がっていた。恐らく歩くのにも問題ない。少し傷跡が残るかもしれないが。どうやら王子は、治癒魔法が苦手らしい。

「そうか? いや、別にいい。お前が治療してくれれば――」

「だからね、あなたは貴族専属医が治療してくれるから、私は治療しなくていいですよね?」

 にこりと笑ってしまった気がする。目の前の男が直前の笑みを不自然な形で固まらせた。

 ああ、でもこの男、治療が必要かもしれないな、一部だけ。でも。

「でゅ、……レン、この男、ほっといていいんだよね?」

「ああ、問題ない。記憶は消える」

 今夜の事は、狙われた貴族がエルフィが動いた事を嗅ぎ付けないよう、犯人を捕らえた後で被害者の今夜の記憶を消す処置を行うと事前に聞いていた。

 ……この男が狙われた原因は明白だ。

 捕らえた女性は闇魔法使いじゃない。魔力が高まった時に見えたのは、紅い紅い燃えるような魔力だった。つまりあの女性は炎使い。

 闇魔法を疑われたのは……あの、黒いもやのせいだ。先の事件でエルフィがもやを見て勘違いしたのかどうかわからないが……火種の魔法だったのだ、闇魔法を疑われた正体は。またしても。

 たぶんだが。この男がこの女性達に不誠実な事をしたから、狙われた。

 火種の魔法をかけた相手がいる事が問題ではあるが……狙われたのはこの男の自業自得なのだろう。それが記憶を消して綺麗さっぱり忘れてしまうというのは少し腑に落ちないが。

「帰ろう」

 王子に声をかけられる。頷いた私を見て、レイシスが力を抜いたのがわかった。



 この時、にゃあと鳴いたアルくんが私に飛びついてきたことに、ほっとした。いつの間に猫の姿になっていたのかわからないが、今精霊の姿で現れたら、私がまっすぐ帰れていたかなんてわからなかったから。




 特殊科の屋敷には戻らず、簡単に見えた色が紅だったことを王子に説明して、私はガイアスとレイシスに連れられて、アルくんを抱いて早々に寮に切り上げた。

 戻ってすぐにシャワーだけ浴びて、ベッドに入る。レミリアがよく眠れるようにと暖かい飲み物を用意してくれていたようだが、一口飲んでも味がわからずそのまま横になってしまった。

 腕の中ではアルくんが動かずじっとしている。

 暖かさにほっとしつつ、考える事、気になる事がたくさんあるのに、私はその全てを放棄した。

 今は眠ろう。

 ひたすらそれだけを考える。眠気はちゃんとやってきてくれて、ほっとして身を委ねた。



 ――助けて、苦しいの。

 痛い痛い、どうして何もしてくれないの?



「いや!」

 ばっと飛び起きた私は、そのせいでくらくらした頭を抑えて荒い息を整える。

 何か嫌な夢を見ていた、気がする。ひどく疲れているが、自分の状況はすぐ理解した。寝起きでそれがわかるくらい頭は冴えていた。

 驚いたアルくんがベッドから飛び出していくのを見ながら、ベッドから抜け出す。

 今更ながら、昨日の自分の行動を反省する。どんなに腹が立っても貴族でも、怪我人であることには違いなかった。……治療するべきだっただろうか。

 それに、感情に支配されて目の前の瀕死の人間を助けることすら疎かにするところだった。王子が殴ってくれたおかげで助かっ……殴った?

「……王子大丈夫かな」

 殴ってよかったんだろうか、あれ。いや、殴られてもおかしくないやつだったけれども。

 とりあえずベッドから出て、軽くシャワーを浴びて身支度を整える。考えたって無駄だろう、結局いつも通り「自分は何がしたいのか」で思考は止まるのだ。

 制服を着ながら、今日の授業辛いなぁなんて考えていると、寝室の扉が叩かれた。恐らくレミリアだろうと開けてみると、そこにはやはり少し心配そうな顔をしたレミリアがいた。

「お嬢様、殿下から使いの方が見えまして、今日は午前の医療科の授業を休めと」

「え」

「十時ごろこちらに見えるそうですわ。それまで身体を休めておくようにと」

「ええっ」

 来るのか。つまり王子も騎士科を休む? フォルは? ガイアス達はどうするんだろう。


「お嬢様」

 少し離れたところでレイシスの声がする。どうぞ、と声をかけると部屋に現れた彼は、騎士科の制服姿だった。

「デュークが昨日任務に出た人間全員十時にここに集まっておけと」

「授業はいいのかな」

「まあ、俺らは午前の授業なら今のところ平気だろ」

 ガイアスも後ろから現れる。彼は寝癖がまだ直っていないようで、せっせと髪を撫で付けていたが。

「ルセナとおねえさま、変に思うかな」

「デュークが上手く説明するって言ってたぞ」

 そっか、と返事をしたところでレミリアがお茶を淹れてくれたので、そのままガイアス達とお茶にする。朝ごはんは食べれそうにないなぁ、なんて考えつつ、ぼんやりとする。

 時間はあっという間だった。ぽつぽつとガイアス達と話しているだけで、十時を迎えていたらしい。呼び鈴に反応して、レミリアがぱたぱたと走っていく。


「大丈夫か?」

 現れた王子はフォルを連れていた。王子はともかくフォルは心配そうな表情で、苦笑して出迎える。

 レミリアは大事な話があるのだろうと、緊張を顔に出さないように頑張りながらお茶と甘さ控えめの茶菓子を用意すると、何かあれば呼んでくださいと言って部屋を出て行った。

 部屋がしんとしたのは、少しだけだ。すぐに王子が口を開く。昨日の労いの言葉の後、淡々と説明が入る。

 やはりあの犯人は、あの男が結婚してくれると言っていたのに他の女性達と会うようになり、約束が嘘だった事を知って怒りを爆発させてしまったらしい。

 明らかに火種の魔法がかけられていたのを後に現れた騎士等の調査でも確認したそうだが、かけられた直前の記憶もなく、彼女に火種の魔法をかけた人間はわからないそうだ。

「事件は終わってない。また来月も起きるのかもしれないが……闇魔法が関わっていない以上、俺達の役目はこれで終わりだ」

「そう、ですか」

「……どうした?」

 王子が私の視線を気にしたのか、首を傾げる。私が見ていたのは、王子の手だ。

「昨日、あの男、殴って……」

「ああ、大丈夫だ、平手だし」

「いや、そういう問題か?」

 ガイアスが突っ込んだのを王子はさらりとスルーして、笑う。

「あの男は殴られて当然だろ。まったく、嫌な制度だ」

「……は?」

 王子の言葉に、私は思わず顔を上げた。

 制度。制度?

「そうですね、はやくなくしたいものですが。……どうせ今の貴族でまともに働いている人間を数えるほうが早いのに」

 フォルが続ける内容に、今度はガイアスが「は?」と続けた。レイシスは王子とフォルの顔を真剣な表情で見つめている。

「制度って……専属医の事ですか?」

 尋ねたのはレイシスだ。

「そうだな。正直腐った制度だと思っている」

「……え!?」

 まさか、高位貴族、いや、王子からその言葉が出るとは思わなかった。

 なんで。その思いが表情にありありと出てしまっていたのだろう、王子とフォルが、はあ、と息を吐く。

「専属医の人数がめちゃくちゃ多いんだアイラ。それこそ、優秀な医者はほぼ根こそぎ。確かに適度に人数がいる分にはいいのだろうが、今は明らかにバランスがおかしい」

「アイラ。専属医というのはね、本来絶対に貴族以外は見てはいけないという制度ではなかったんだ。上に立つ人間が急に大量にいなくなれば、民は混乱する。それを防ぐ為に緊急時は数人の決められた医者が貴族につき、民の混乱を防ぐ。……元はこんな制度だったんだよ」

 王子、そしてフォルが説明している貴族の専属医というのは、私が知っているものとは、違う。

 唖然としているのは私だけじゃなかった。ガイアス、レイシスも呆然とし、説明をする二人を見ている。

「腐りきってる。わかってるんだ。だけど、先代の王の時代までに腐りきったこの国の中枢は、簡単に……わかってる。お前らが嫌な思いをしたのも、今がおかしいのも」

 ぐっと王子が唇を噛み、自分の両手をぎりぎりと握り締める。

 え……え? は、話が、大きすぎて飲み込めないのだけれど。

 王子のあまりの様子に、まさかの国の内部の話を聞かされて、民なら怒る場面である筈が私の感情はそこに追いついてこない。

「アイラは、将来医者になりたいの?」

 フォルが私を覗き込んで言う。

 答えられずに目を泳がせる私を見て、王子がさらに言葉を続ける。

「専属医にはならないだろう、お前は。だけど、お前の能力なら間違いなく専属医に呼ばれる。断れば、潰される」

「デューク」

 レイシスが非難するような声を出したが、事実だ。今は、そうなのだ。わかってることだ。

「俺は、変える。フォルセと共にな」

 変える?

「じじい共が何を言おうと、王家に生まれた人間としてこの国の腐ったやつらは全部排除する」

「膿は全部出さないと治療にならないからね」

「デューク、フォル……」

 決意をみなぎらせる二人にガイアスが驚愕の声を漏らす。二人なら、やるだろう。それほどに強い意志を感じるのだ。

「アイラ、ガイアス、レイシス」

 急に王子に名前を呼ばれて、私達は無意識に姿勢を正す。

「お前らも来い」

「え……?」

「ここに入るために、相当頑張っただろ?」

 ここ、とは学園の事だろう。ガイアスとレイシスの二人と視線を通わせて、こくりと頷く。

「そのまま、のし上がって来い。お前らなら、できる。一緒に変えよう、いや、手伝ってほしい。頼む」

 王子の言葉。それは、ひどく重いものだ。少なくとも私は思いつきもしなかったのだから。そして、手が届くとすら思っていなかった。

「でも」

 僅かな躊躇いから漏れる言葉。ガイアスとレイシスは、何も言わない。

 王子は私を見て、珍しくあどけない表情で笑う。

「おまえ、随分度胸があるのに変なところで引っ込むなぁ」

「ええ?」

 けたけたとひとしきり笑った王子は、一度咳払いをすると、穏やかな笑みを見せた。

「立ち上がるのは、王都から遠く離れたところにいる農家の娘でも、下位の兵士でも誰でもいいんだ。どんなやつでも意志を持って動かなければ、そのままだ、アイラ。お前は、動けるだろう?」

 王子が語り、フォルがただ「アイラ」と名前を呼ぶ。

「できる、かな」

「できるできないじゃないな、やってみるんだ。……ま、俺ら王家が不甲斐無いのが問題なんだが」

「……ま、確かに?」

「ガイアス、おまえなあ」

 ガイアスの軽い言葉に、王子がほんの少し情けない顔をした後、すぐいつもの不敵な笑みを見せた。

「そんな事言わせないようにしてやる。アイラ、ガイアス、レイシス。仲間として力を俺に貸してくれ」

 王子とフォルの視線が私達に向けられる。

 王子の言葉は、重いし相変わらずの俺様だし、頼みごと、という感じには聞こえない。でも、それが本当に友人に助けを求める手を伸ばしているように見えるのだから、不思議だ。

 そう、王子だって人間なのだ。生まれた場所が違うだけで、農家の娘や下位の兵士と変わらない同じ人間の身体を持つ、ただ王家に生まれただけの人間。それが一人で背負える重さではないのなんて、どんなゲームや漫画の物語だって一緒だ。つまり現実も、そうなのだ。

 今日初めて、笑う。

 その笑みだけでガイアスとレイシスが頷いてくれた。私は、とてもいい仲間に囲まれているじゃないか。


「アイラ・ベルティーニ。全力でのし上がってみせますわ」

 やっと私、進む道を見つけたようです。サフィルおにいさま。

アイラが漸く動いたところで第二章終わり。

次から明るい感じでしばらく進みます。


いつも応援、評価、お気に入りなどありがとうございます。大変励みになっております。

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