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「先生! 何かわかったんですか!?」

 守護の魔法を調べなおしたおねえさまとルセナがまず部屋に先に戻り、その少し後にフィーネ嬢を部屋に送り届けた王子とフォルが帰ってきた時には、既に昼食の時間が終わっていた。

 とっくに授業の時間だが、昼食を食べ損ねた私達に王子の護衛が人数分のランチボックスを購入してきてくれたので、有難く頂き食べ終わった頃漸く先生が戻ってきた。

「あー。まあ、とりあえず座れ。絡まれた時の状況を聞かせて欲しい」

 先生がいつもの机に持っていた鞄をどさりと載せて椅子についたのを確認して、私達もぱらぱらとそれぞれ座りだす。

 なるべく彼女の様子を中心にあの時の状況を説明すると、先生が私が見た黒いもやのようなものの話をしたところでぴくりと反応した。

「黒いもや? 黒い色の魔力を見たって事か?」

「そうです。えーっと、この辺に」

 言いながら、首から胸の辺りを手でくるりと円を書いて示すと、先生がしばらく腕を組んで宙を睨み考え込んだ後、口を開く。

「フォルとラチナは何か気づいたのか」

「私は魔力探知をした段階で妙に彼女の胸の辺りに魔力が溜まっているなと思った程度ですわ。この部屋に来た時点では消えてしまっていましたけれど」

「僕は彼女の首元辺りにほんの少し魔力のうねりが見えました。ただ、黒色、ではなく、普通の魔力のうねりに見えましたが……」

 フォルの言葉に、え? と首を傾げる。魔力というのは、蜃気楼の揺らめきのような不確かなものが多い。だが、私が見たときは確かに黒だったのだ。真っ黒な煙のように彼女の胸から首を漂っていたあれがなんだかわからないが……先生は、なるほど、と続けた。

「先生……?」

「まあたぶん、常に術者の思い通りに動く遠隔操作系じゃなくて、最初に指示したら後は勝手に動くような魔法だな。淑女科の教師に聞いたが、フィーネ嬢は普通に授業を受けていたそうだ。朝魔法をかけられて、昼頃アイラのところにいくように指示を出していたんじゃないか」

「なぜ」

 王子の疑問に、先生がふうと小さくため息をつく。

「遠隔操作していたなら身体を操る為の魔力が術者に繋がっている。相当な魔力を使うから、魔力探知をしたラチナが見逃すはずはないし、首から胸の辺りに魔力が集中せず全身を術者の魔力が覆う」

「アイラが言っていた黒いもやと言うのは?」

 おねえさまの質問に、淀みなく私達の質問にいつも答える先生の言葉が、ここで止まる。しんと静まる中、先生の視線が私へと向けられた。

 向けられた視線を受け止め、先生が何を言いたいのかわからず見つめ返すこと数秒。先に視線を外したのはは先生だ。

「今日の授業は自習だ。これから学園の警備担当の騎士に説明してこなきゃ駄目だからな」

「先生?」

 自分の質問の答えが得られなかったおねえさまが珍しい先生の態度に不思議そうにしながらも引きとめようとすると、先生は私達に背を向けて部屋の扉に向かいながら「そうだ」とそれを遮った。

「この屋敷の一階に図書室がある。そこの本でも読んでろ。そうだな、おすすめは手前から三つ目だな。俺が戻るまで屋敷から出るなよー」

 ひらひらといつも通り手を振って出て行く先生を呆然と見つめて、ばたんと扉が閉まる音で、はっとする。

「……今のヒントだよね?」

「自分で調べろ、という事ではありません?」

 私とおねえさまの会話に、はぁと何人かがため息を吐く。

「ここの図書室、確かにそんなに広くないが棚一つ調べるとなると相当きついぞ……」

「まぁ、行くしかないでしょうね」

 私はまだここの図書室に入ったことはないのだが、中を知っていたらしい王子とフォルが困ったような反応をしている。その横でルセナが少し嬉しそうにしていた。彼は本が好きみたいだから、図書室での自習は大歓迎だろう。


 皆とぞろぞろと部屋を出て、玄関とは逆の奥の方へと廊下を進んでいく。以前屋敷の中はある程度見たことはあるが、図書室に関しては私がちょうど見て回った時に鍵が掛かっていた為に場所を把握するだけに留まったのだ。

 屋敷には一階に普段私達が利用している大き目の部屋と、図書室、それに簡単なものなら作れそうな台所もあった筈だ。そして、一階に三部屋、二階に至っては全室が、ベッドやトイレ、シャワールームまで付いた部屋になっている。どうやら昔寮であったらしい。この屋敷全部が、今現在私達一年生の特殊科だけで使っているのだから恐れ入る。特殊科の上級生は、人数が少なすぎて担当の教師が自分専用の部屋で教えている事が多いらしい。


 先生があんなふうに言ったのだから、今日は鍵が開いているのだろうとたどり着いた図書室の扉を開けるとやはり難なく音を立てて開き、初めて内部を見た私は、わぁ、と思わず呟いた。

 部屋は広くはなかった。普段使っている学園の図書館に比べればその規模は天と地の差がある。それでも部屋いっぱいに置かれた本棚は大きく、全部で五つ。確かに広くはないが天井まで届く本棚の両面に本が置かれているので、これを調べるとなるとかなり時間を取られるだろう。


 先生に言われた、入り口から三つ目の本棚もやはり天井までたくさんの本が並べられていた。

「……やるか」

「でも何を調べたらいいの?」

 棚を見れば、どうやら三つ目の棚に並べられているのは魔力に関する研究書が多いようだ。

「とりあえず、黒く見える魔力について、かな」

 ガイアスがぱらぱらと一冊を手にとって捲り始める。しかし、すぐに眉を寄せた。かなり分厚い本だったので、読むのに時間がかかりそうな本だ。

 高いな、と思い上の方に収められた本を眺めていると、精霊の魔法と書かれている本を見つけた。興味を惹かれて取ろうとするが、指がぎりぎり届く場所で、爪先立ちになる。

 届いた、と思ったところで、引っ張ろうとした手が本に引っかかることなくつるりとすべり、身体が後方へと傾く。しまった、と思ったのは一瞬で、私の身体は誰かに支えられた。

「危ないですよ、お嬢様」

「レイシス……ありがとう」

 危なげなく私を受け止めてくれたレイシスが、ふわりと笑う。その表情に懐かしさを覚えてじっと見つめるが、レイシスはすぐに私をまっすぐ立たせると私が取りかけていた本を棚から抜き取った。

 いつの間にか、私の身長をどんどん追い抜いていく。すらりと長い手が抜き取った本はそのまま私に差し出され、受け取った私はもう一度ありがとうと口にする。

「いいえ」

 また微笑んでくれたレイシスだが、それは先程の笑みとは違うものだった。なんと表現すればいいかわからないが、さっきの笑みは幼い頃のレイシスを思い起こさせたのだ。

 同じはずなのに、と思いつつ、背の伸びた彼を見るが、違和感の答えは出てこない。


 全員がそれぞれ目に付いた本を眺めだしたところで、手前の本を手に取っていた王子が全員を見回す。

「全員が適当に本を開いてもしょうがない。ガイアスとレイシスとアイラは裏側に回れ。手分けして探そう。それらしいものは全部チェックしておけよ」

「お、了解」

「はい」

 言われたとおり二人と反対側に回ると、端にある本に手を伸ばそうとしたところで本と本の隙間から向こう側にいる王子と視線が合った。王子はすっと目を細めると、自分の目の前にある本を抜き、既に王子が手にしていた本を空いた隙間に入れた。……いや、押し込んだ。

 明らかに私のいる側まで押し込まれた本に、王子が何がしたいのかわからずにいると、押された為に手前の本が飛び出してくる。慌てて飛び出した本を抜き取ると、王子は自分が押し込んだ本をとんとんと軽く叩いた。

 ……これを読め、という事だろうか。

 王子の行動はよくわからないが、王子はこれを周りの人に知られずに私に読ませたいのだろう。王子はすぐに別な本を開き読み始めてしまったので既に視線が合うことはないが、ちらりと周囲を見回し、同じ側にいるガイアスとレイシスが本に夢中なのを確認した私は、王子が押し込んだ本に手を伸ばすと引き寄せる。

 表紙に、「魔力の特徴と性質」と書かれている。背表紙には何も書かれていなくて、少し古いのか色あせている。ただそこまで厚みはなく、これならあまり時間が掛からずとも内容を読み取れるだろう。

 膨大な資料の中から欲しい情報を探す時、本をじっくりと端から端まで読んでいては時間がかかる。

 ある程度最初の目次からそれらしいものが見つからなければ次に次にと進んでいるのだろう、皆は最初数ページを見て本を入れ替えるという動作を繰り返している中、私は慎重に受け取った本を開き、文字を追う。


 魔力は体内を巡る血液と同様に循環しており……等、基本的な事が書かれているように思ったが、内容がだんだんと濃く詳しくなっていき知らず惹きこまれるように本に夢中になっていた私は、程なく気になる文章に辿り着く。


 ――魔力はその使い手により様々に形を変えるが、相性がいい属性であると生み出す魔力を変化させやすく高濃度となるが、その性質を完全に見極めるのが非常に難しい。

 ふと、ガイアスとレイシスの魔法を思い出す。ガイアスは幼い頃から大地や炎に連なる魔法を得意とし、レイシスは風を操るのを得意としていた。特に、見極めが難しいといった事もなく彼らはそれを特技としていた筈だ。

 最近では、火の魔法を得意とする人は少し豪快で、風の魔法は繊細で……という占いじみた話もあるのだが、それもあながち間違いではない。性格も随分魔力に影響しているというのは授業でも習う。

 確かに、火属性の攻撃魔法に全力を注ぐことができても、火属性の防御魔法は上手くいかない、といった例も聞くので、自分で完璧に得意な魔法を判断するにはたくさんの経験を積むしかないのだろうが、そこまで難しい事だろうか、と思案しつつ読み進める。

 かなり古い本なので、もしかしたらこの本が書かれた頃から見ると今は得意な属性を見つける方法などの研究も進んでいるのかもしれない。そんな結論を出しながら文字を追っていた私は、次のページをぺらりと捲って最初の数行を読んで、思わず息を飲み込んだ。


 ――なお、現在もっとも正確に相性が良い属性を把握する方法として、エルフィによる魔力診断が挙げられる。


 この一文は私の呼吸を乱すのに十分な破壊力を持っていた。

 エルフィに関しての記述は少ない。私も、自らエルフィでありながらエルフィの全てを理解していないのはわかっている。緊張した私の目が捉えた内容は、衝撃に値するものだった。


 エルフィは、魔力の属性を色で見分ける……


 赤色であれば火属性、青色であれば水属性、と非常にわかりやすくエルフィは魔力を捉える事ができ、と記載されている文章で、はっとする。

 色。私は、色を見た筈だ。


 特殊科最初の授業で水晶球で魔力を調べた時、私は確かに見た。全員ではないがみんなの魔力に色が付いていたし、それを属性ではないかと判断していた。前世でもゲームでそんな色別で分けてたなぁ、と。

 黒は闇属性だと書かれている。あの黒いもやは、闇属性の魔法の痕跡。そこまで理解したが、脳内は混乱する。闇属性は、光属性の対になるものだ。光属性が王族しか使えない特殊な魔法なら、闇属性もまた『使える人間は殆どいない』筈。むしろ、光魔法は王族が使える、とわかっている分まだマシだ。闇魔法は、その情報すら出回る事がない。まるで、エルフィの存在のように。


 驚愕して本を持つ手が震えたのは、決して得体の知れない闇魔法に対してだけではない。

 私は、ごく最近別の場所で色で現すなら「黒」と表現する魔力を見た。

 暗く、洞窟に迷い込んだように感じた濃い魔力。あまりの暗さに、自分の魔力を水晶に注ぐことに集中できずに目を閉じてしまったが、あれは。

 ちらりと本棚に目を向けると、向こう側の少し離れた位置にきらきらと窓からの日に当たる銀の髪が揺れる。

 王族の血を引きながら、光ではなく闇を持つというの?



 ねぇ、フォル。


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