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「あーら、アイラ・ベルティーニ様ではありませんか」

「またか」

 つい小さく突っ込んでしまったところで、「なんですって?」と目の前の令嬢の声が跳ね上がった。ごめん、つい。


 すでに夏に入ったと言ってもいい暑さに、暑いのが嫌いな為にいらいらしていたところにやってきたのは、ドレスを着ているところを見ると淑女科の生徒である。

 この暑いのにあんな上半身にぴーったりくっついた光沢のある素材の生地に、下半身は何枚もふわりと広がる生地を重ねたフリルたっぷりのドレスを着て汗をかかないなんて……しかもあのドレスの下には身体を締め上げるコルセットがあるのだ。淑女科のご令嬢、すごすぎる。

 ちなみに私は、領地ではドレスを着ていることが多かったが、母の意向で生地は軽く動きやすいもので、コルセットもつける事はなかった。

 もちろん歩く広告塔として必要とあればかっちりとした服や、コルセットで締め上げてドレスを着る事もあったが、母曰く「コルセットなんかなくても素敵な服を作ってこそベルティーニ」だそうで、コルセットなんてつけていては生活に支障が出る庶民や侍女の間でも可愛い服が着れるとベルティーニ製品は人気があったので、母の戦略は大当たりだったようだ。この世界だと斬新と言われる発想だったが。

 私はもちろん今医療科の制服なので、コルセットもなければ、さらさらの生地で軽く通気性もいいし、この世界では女性が足を出すような服を着る習慣はないのでスカートは足首にまとわりつくロングスカートだが、歩くとふわりと揺れるので動きやすい。

 まぁ実は、以前ピエールくんと勝負した時にどうやら風歩でずいぶんとスカートから足がちらちら見えてしまっていたようで、後になってラチナおねえさまにこっそりしかられたので、以降ジャンプには気を使ってます。


 ところで今日の令嬢、呼び止めた場所がすごい。

 いつもだと寮の部屋の前だとか、医療科の校舎の空き教室近辺だとか、そこまで人通りが多くないところで捕まっていたのだが、今ここは生徒がいたるところにいる食堂へ向かう通りだ。しかもお昼時。

 もちろん彼女が私の名前を呼んだ時点で、あまり良くない雰囲気を感じ取った周囲から大注目を浴びている。大抵の場合、嫌がらせというのはあまり人目につかないところでこっそり、が定石だと思うのだけど……あ、もしかして普通に用事あっただけ?

「貴女、最近少しご自分の立場をわきまえていないのではないかしら」

 あっれー、完全に攻撃的な言葉だった!

 私の左横で、ラチナおねえさまがにやりと笑う。しまった、これは応戦体勢だ。さらに右横で、フォルがにっこりと笑みを浮かべ令嬢を見た。やばい、これはやる気満々だ!

 なんで二人が一緒にいるうえにこんな目立つところで絡んできたのかと心の中で悪態をつきつつ、ほんの少し腕を広げて二人に待ってくれと、効き目があるかどうかわからない合図を送り一歩前に出る。

「あの、せめて場所を移しませんか」

「まぁ、私は真実を言っているだけですもの、かまいませんわ。医療科でありながらジャン様にお手を出されたとか。ご自分のお立場をお分かりですのかしら?」

「立場? 手を出したって?」

「少なくとも、相手は貴族ではないけれどアイラは子爵令嬢よ。勝手に勝負を挑んだのはあちらだと思いますし」

 ラチナおねえさまが、恐らく私が指摘しないであろう内容で相手の令嬢を責める。まぁ確かに、私は自分のほうが立場が上だと論じるつもりはない。ついでに言うと「手を出した」とかなんか勝負しただけに聞こえないので勘弁していただきたい発言なので、今のラチナおねえさまの指摘には感謝だ。

 フォルはまだ笑みを浮かべているも黙ってくれている。というより、フォルはこの笑みが怖い。確かに見た目は優しげな微笑だ。私達に注目している令嬢がフォルを見て頬を染め目をとろんとさせているが、真実が見えているらしい男子の一部がフォルを見て離れて行っている。ぽーっとしている令嬢は目が悪いに違いない。

 というか、そう、フォルはもてるのだ。今までフォルが一緒にいる時に、令嬢に嫌味一つ言われた事がなかった。この令嬢、今フォルを視界にいれてすらない。明らかに王子狙いの令嬢ですらそのようなツワモノはいなかったのだけど……

 どうしたのかと令嬢を見ていると、私がぼーっとしているように見えたらしい。目の前の令嬢の怒りの炎が無駄に煽られたらしく、目がつりあがった。

「聞いておりますの!? ジャン様は貴女なんかに負けてしまわれてお心に深い傷を負ってしまいましたのよ。責任をとられたらどうですの?」

「責任……というかジャン様ってどなた?」

 さっきからこのご令嬢が言っている事の意味がわからず首を捻る。先程のラチナおねえさまの話からいくと爵位のない相手だ。まぁこういった時、相手の言っている事は大半が勘違いでわかることのほうが少ないのだが。けどさすがに心に傷をつけたというのは……あ!

「ピエールか!」

「ジャン様だと言っているでしょう!」

 令嬢の炎がまた燃え上がった気がしたが、たぶんあってる、ピエールのことだ。

 いやいやでもちょっと待って、なんで勝負を挑まれたのに私が悪い事になってるの!?

 確かに彼はあれ以降少々まぁ困った事になっているのだが、そうか、まさか彼のファンからこういった事を言われるとは……

 困ったな、と彼女を見つめていると、彼女の胸元……いや、首元だ。黒い何かもやのようなものがふわっと一瞬だけ浮かんだように見えた。すぐになにかの魔法かと目を凝らしたのだが、それは本当に一瞬で、すぐになくなってしまう。気のせいかと思うほどだが、妙な気がして魔力探知を張り巡らせる。

 周囲で魔力を使った気配はない。もっとも、ここは食堂の前だ。魔力を持った人間がうじゃうじゃといるのだから確実ではないのだが、気になってちらりとフォルとラチナおねえさまを見るが、二人は目が合った私に首を傾げて見せただけで特に何かに気づいたという反応はない。……二人が気づいてないのなら、気のせいか……?

「まったく、馬鹿にして!」

「え? あ、うあ!」

「アイラ!」

 怒り心頭になったらしい令嬢が私の傍まで来ていたのに一瞬気づくのが遅れて、頬に平手打ちされそうになったところで、先に気づいたフォルの腕が私のお腹に回り彼の方に引っ張られた為にそれを回避する。

「ふぉ、フォル。ごめん」

「ううん、大丈夫?」

 フォルの水琴のような透き通った声音がすぐ耳元で聞こえたが、それに返事をする前に「きゃああああ」と悲鳴が上がり私の声が掻き消える。

「フォル、大丈夫だから、離して」

 このままじゃやばいと慌てて離れようとするが、フォルの腕に逆に力が入り、耳元で「え? 何? 聞こえない」と言われた。だったら離せ!

 しかし次の瞬間、フォルの声が潜められる。

「アイラ、彼女に何か見えた?」

 吐息が触れる距離で、とても小さな声だったが正確に把握した私は、やはり彼も見たのだと核心して頷く。

「あれは何?」

「わからない。操作系統の魔法を疑ったほうがいい。彼女、周囲がまったく目に入っていないようだから」

 その言葉に納得して、ラチナおねえさまに視線を送ると、ラチナおねえさまは少し呆れた表情でこちらを見ていた。ぱくぱくと動く口が、何かを呟く。


「あ と に し ろ」


 ……フォル、はなせえええええ!!



 結局、私に平手打ちを繰り出そうとした彼女、周りが大騒ぎになっていてもじっと私を睨むだけで頓着せず、私以外がまるで目に入っていないようなので、これはおかしいと彼女を食堂の前の通りから連れ出す事にした。

 ちょうどそこで騒ぎに気づいた特殊科のメンバーが来てくれたので、さっと状況を説明するとすぐにガイアスと王子が動き道を開けさせたので、ラチナおねえさまとレイシスに防御魔法をかけられた私で少女を宥めながら引っ張って歩く。さすがに淑女を男子生徒に引っ張って歩かせるのは駄目だろうという配慮だったのだが、なんとも大騒ぎされて大変だった。思わず拘束の魔法、鎖の蛇を唱えかけた。

 特殊科の屋敷に連れ込むと、急に彼女の様子がおかしくなる。しおしおと花が枯れるように落ち込み急激に大人しくなった彼女は、椅子に座らせる頃にはきょとんと私を見上げていた。

「……あれ? ここはどこですの?」

「ええ?」

 まさか今まで大騒ぎしていたのに場所から尋ねられるとは。やはり魔法か、と判断したところで、王子が確信したように「ふむ」と頷いた。

「間違いないな、操作系の魔法だろう。だが、ここに連れ込んだのは失敗だったか」

「え?」

 私が首を傾げたところで、ルセナがきゅっと私の袖を引っ張った。

「この屋敷には、守護の魔法がかかっています。操られていたのであれば、屋敷に足を踏み入れた時点で魔法が解けます」

「……しまったあ!」

 これじゃあ彼女に何の魔法がかけられていたのかわからない。慌てて彼女の状態に異常がないかラチナおねえさまと魔力の流れを調べるが、彼女自身は人より少しだけ魔力が少ないものの異常もなく、きょとんとした表情で私とラチナおねえさまを見ている。

 そこで、漸く周囲の人間が視界に入ったらしい。王子、フォル、ルセナ、ガイアス、レイシスと視線を動かして、かっと顔を真っ赤に染め上げた。

「ま、まぁ、特殊科の皆様……? あの、私なぜここに? ここはいったい?」

「あちゃー、ご丁寧に記憶も消しちゃうタイプの魔法か」

 ガイアスが額に手を当て困ったように呟く。王子も頭を押さえ困ったようにため息を吐く。

「特殊科七人も揃って気づかなかったとは……またなんか言われるな」

「本当だよ、お前らここに守護の魔法かかってるのわかってただろ」

「先生!?」

 王子の言葉に反応したのは、いつも通りいつのまにかやってきたアーチボルド先生だ。まったく毎回毎回気配がないお人である。

 先生はぎょっとした私達をスルーして令嬢の前に進むと、ぽーっと椅子に座り頬を染めている令嬢の前で膝をつくと名前を聞く。

「淑女科一年のフィーネ・フィンクですわ」

 フィンク……伯爵家の人間か。

 注意深く彼女に手のひらを向け魔力の流れを調べながら、先生がいくつか質問をする。どこで何をしていたのか、という簡単なものだが、彼女は首を捻った。

「午前の授業に向かったところまでは覚えているのですが……」

 そこまで聞くと、先生は王子とフォルを名指しする。

「おまえら、この生徒を寮に送り届けろ。騒ぎの責任とって、な」

 その言葉はほぼフォルに向けられていたようで、フォルが視線を逸らし、王子はなんで俺までといった様子を見せたが一瞬で、すぐにフィーネ嬢の傍に寄ると手を差し出す。

 顔を真っ赤に染め上げたフィーネ嬢は、先程の怒りで赤く染まった表情とは違いとても可愛らしくその細い手を王子の手に載せると、嬉しそうに出て行った。なんにせよ魔法が解けてよかった、と思ったところで、先生の言葉にひやりとした。

「絡まれたのはアイラだな? アイラは屋敷から出るな。双子は自分の役割を果たせ、ラチナとルセナは屋敷の守護魔法に綻びがないか一応調べておけよ。ただしセットで動け。全員一人になるな」

「はい」

 おねえさまとルセナがぱたぱたと部屋を出る。先生もすぐに戻るからここにいろと私に念を押すと出て行った。私はここにガイアスとレイシスに守られてお留守番だ。つまり……。


 フィーネ嬢に魔法をかけてまで、誰かが『私』を狙ったのだ。


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