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「やーっとお前ら気づいたのか」
あっはっはっはと大声で笑いながら、先生が目の前にいたルセナの頭をがっしがっしと撫でる。
ルセナは若干迷惑そうだが、まぁ怪我するわけでもないのでいいだろう。先生は意外と笑い上戸である。
「だってお前らいくらヒントを与えても本気で魔力眼鏡作ろうとするんだもん。あれ、魔道具科の五年かけた集大成だぞ? さすがに俺怒られちゃうわ」
「だもん、と可愛く言われましても」
呆れたように首を振るラチナおねえさまを見てもまだ笑いの収まらないらしい先生が目じりに滲んだ涙を擦りながら「だって」と言う。そこまで笑われるとなんだが心外であるが、まぁ合格なのだからよしとするしかない。
先生はやはり、初めから魔力探知で猫の魔力を探るようにと言っていたのだ。今考えると、先生からもたらされるヒントは大抵その事に関する内容だったと思う。何度も着眼点を変えろと注意もされていた。
完全なる思い込みだ。道具を作らなければならないと思ったから視野が狭くなってしまった。先生は笑いつつも、そこをしっかり私達に注意する。与えられた情報だけに踊らされるなと。
「お前ら頭もいいし魔力もある。あとは経験だ、経験。いい経験したと思って、今回のはしっかり教訓にでもしておけ。それで、こいつだけど」
先生が漸く笑い終わり、全員の顔を見た後、アルくんを撫でる。
「俺も最初の探知で魔力が小さい人型なのは見たし、精霊が変化の技を使う例もなくはないからな。まず精霊だろう」
そう付け足して、まじめな顔でアルくんをつつく。にゃっと尻尾の毛を逆立てたアルくんがじりじりと下がり私の腕の中に収まると、先生から生暖かい視線を送られた。
「ふむ、この精霊、雄か?」
「かもしれませんね」
フォルがにこやかに言うと、私の腕からアルくんを抱き上げた。少し不満そうな声を出したものの、アルくんは大人しくフォルの膝に乗る。
「なんで精霊が猫になったんだかな。こいつを引き渡せば喜ぶやつらも多そうだが」
「先生!」
「ま、お前ら一ヶ月一緒にいて愛着も沸いただろうし。俺は聞かなかった事にするよ。アイラ、お前が飼うんだろう?」
突然話を振られて、一瞬驚いたもののこくりと頷く。もうさすがに、飼わないという選択肢はない。といっても、飼うという言葉が適切なのかどうかはわからないが、どうやらアルくんはしばらくまた猫でいるつもりのようだし。
私の了承の合図で、アルくんが明らかにほっと身体から力を抜いたのがわかった。なんとも動作が人間くさい猫である。
先生はその様子のアルくんを見て苦笑すると、さて、と立ち上がった。
「まーた授業内容考えますかねぇ」
「というより、この前のも突発的な思いつきみたいだし、なんで授業内容がいまだに決まってないんだ」
デュークが眉を寄せて言う。
そういえば今回のアルくんの魔力の有無を調べる事だって、あの日突然決まった事だ。不思議に思って立ち上がった先生を見上げると、先生は胸を張った。
「だってお前ら、あの日朝までには考えようと思ってたのに寝坊してな。ちょうどいい案件が転がってたら拾うに決まってんだろ」
と。
はぁ!? とみんなの声がひっくり返り、王子が怒りを露に先生に詰め寄ったのは言うまでもない。
「今日も自習かー」
結局先生が、何か授業に使えそうなもの探してくるわーと言いながら部屋を去っていったので、魔力眼鏡を作ろうとしていた時とほぼ変わらない自習時間となり、私達は思い思いの場所で午前の復習やら予習をし始めて少しばかりたったころ、つまらない、といった様子でガイアスが教科書を片手に身体をソファに投げ出した。
「何かこう、魔法の打ち合いとかすっごい事したいな」
「それ、やってる事騎士科と殆ど代わらないだろう」
「だって騎士科って礼儀作法がどうとか、挨拶はこうだとか堅いんだよ。それにここにはフォルだっているし、やってみたいじゃん」
ガイアスの軽口に返事を返すのはいつも通りレイシスだ。今日はそれに、珍しくルセナが顔を上げて加わる。
「でも、ガイアスは礼儀作法も挨拶も、完璧でした」
「え、そうなんだ」
ルセナの言葉に驚いたのは私と、ラチナおねえさまも、だ。ぱっと顔を上げて意外そうな顔でガイアスを見るので、ガイアスがむっと口を尖らせる。
「なんだよ、俺だってそれくらいできるぞ」
「ふぅーん。なんか、レイシスのほうが得意そうに見えるもの」
「もちろん、レイシスも完璧でしたよ」
「……といいつつ、ルセナもデュークも教官に満点貰ってましたけどね」
つまり、特殊科にいる騎士科の生徒は上手く授業をクリアしているらしい。
……そういえば騎士科はいったい何人いるんだろう? という疑問を口にすれば、皆から少し呆れたような視線を向けられた。
「アイラ……最初のホールで騎士科のメンバーの名前は全員読み上げられていたはずだぞ」
「あー……聞いてなかったや」
あの時はガイアスとレイシス以外の名前を気にする余裕なんてまったくなかったのだ。しかも続けてすぐに発表された特殊科のメンバーで自分の名前が呼ばれるなんて思いもしなかったし、あの時のことが記憶に残っていなくても仕方ないだろう。
「今の騎士科は二十人だ。今年は多いぞ、去年は十一人だった」
王子がそういうと、どさりと読んでいた本を置く。
「図書館に行って来る。レイシスが見たっていう精霊の本でも探す」
いってらっしゃい、という声に送られながら王子が部屋を出て行く。どうにも今日彼は少し機嫌が悪いようだ。
どうしたのかな、と首を傾げると、目が合ったフォルが苦笑する。
「たぶん、自分が最初にアルの正体を突き止めたかったんじゃないかな。先生は一発で気づいたみたいだし」
言われた内容に、少し首を傾げてそうなんだ、と返事は返しつつ、王子が出て行った扉を見つめる。別に、先に発見した人が点数が高いというテストでもなかったのだが。
正直猫の魔力が人型に見えたとしても、精霊だろうと考える人は少ないだろう。先生がわかったのはやはり経験の差、というやつではないだろうか。
この結果は私がエルフィだからこそ断定できたもので、そしてレイシスが図書館で得た知識と、ルセナが言っていた動物への変化の魔法は自分より身体の大きなものに限る、という言葉が後押ししてくれたのだ。
王子だといろいろな可能性や仮定を想定していく力をつけなければいけないのだろうが、さすがに限度があるからこその仲間なのではないのかなーと思いつつ、しかしよりたくさんの知識を得ようとする姿勢は大変好ましいもので、私もしっかり勉強しようと教科書を開く。
そこでふっと、自分が勉強をしているのはいったい何の為だったのかと頭によぎった。
医療を勉強して、医師になって、故郷に帰って? ……それで?
それで領地の人達を診ることが出来れば満足?
医療科の上位をキープできれば、そのうちに一般の医師には開示されていない貴重な治療法なども習う事ができるとは聞いている。でも、それも一時的だ。結局は貴族専属医にならなければ、どんどん新しい技術が生み出されてもそれを得ることができなくなる。
専属医になんて、絶対にならない。だけどそれで医師になって、目に見える患者だけ、進化しない技術でだけ助けて満足?
そもそもそんな制度自体ががおかしいのだと、その事に気づけない人たちばかりなのだろうか、この国の貴族は。……それを継ぐ貴族がたくさん学園にいるのだけど。
それとも、彼らの目の前で苦しむ彼らを見捨ててやれば、私は満足……? 王子やルセナ、ラチナおねえさまや、フォル、でも?
ぱらぱらぱら、と数ページ意味もなく捲ったところで、はぁとため息をつく。何を考えているのだろうか。今は、ひたすら勉強を頑張って出来る事をしたらいい。
そう思うのに、まるで病のように胸を巣食うこのもやもやとした感情はいつまでも消えることがなく、集中力を欠いた私はその日の復習に手がつけられずにいた。
授業を終え、夕食を済ませた後、ガイアスとレイシスの二人からデラクエルの話を聞いた私は、フォルから聞いてはいてもやはり現実味が帯びたせいか理解しようとしつつも苦戦する。
「えーっとつまり……デラクエル家はもともと王家に関する仕事もするような裏組織のトップで、いつの間にかなぜかベルティーニを守ってくれるようになった。今もゼフェルおじさんが『大人』を育ててるのは大半が裏でも仕事ができるように……ってことなんだよねぇ」
「ああ、そうみたいだ」
ガイアスがうんうんと頷いて見せるが、私はその横で少し顔色を悪くしているレイシスが気になった。具合が悪いのだろうかと思い聞いてみたが、本人が違いますというのでどうすべきか悩むところ。
「なんでデラクエルはベルティーニの傍にいるようになったんだろうね?」
「それは……俺達もまだ聞いていないんです。成人したらといわれていますが」
レイシスが申し訳なさそうに目を伏せる。成人、成人か……この国の成人は男女とも十六歳だ。あと三年程だけど……と考えて、少し驚く。
前世では成人するまで生きられなかった。記憶に気づいた時は、幸せな暮らしにほっとして、それが続くと信じてた。
じっと横で丸くなっているアルくんを見る。
また、落ち込みそうになる心を必死で奮い立たせ、私は二人に笑みを見せた。
「わからないこともあるけれど、私は二人が傍にいてくれてよかったと思うな。決して足手まといにならないようにするから、今度からお仕事の時は遠慮なく言ってね」
「お嬢様……」
ほっとレイシスの表情が明るくなる。私が何か嫌がるような反応をすると思っていたのかもしれないが、それこそ私達は兄弟同然に育っているのだ。今更そんな反応するわけがない。二人、いや、デラクエルの家族は私にとっても大事な家族だ。
のんきに考えていた私は、二人が昨日どれほど危険な仕事をしていたのかまで考える事がなく。
そのままレミリアがサシャとカーネリアンからの手紙を渡してくれた為、彼女が淹れてくれたお茶に合いそうな新作のお菓子の話題で盛り上がり、平穏な時間を楽しんだのだ。




