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346.フォルセ・ジェントリー

「で、まさか本気で叩き起こすわけじゃなんだろ?」

 ガイアスに問われて頷く。

「アイラがもたらしてくれた情報もそうだけど……実は闇の精霊が協力を申し出てくれてね」

「へえ……いや待てよ? フォルは確かに闇使いだが、精霊が協力してくれるってどういうことだ? 闇はまた特別なのか?」

 ガイアスはぎょっと驚いた様子で足を一歩踏み込んだ。……そこで怖がって引かないところがガイアスらしいと思いながらも、まさかと首を振る。

 当たり前の話だが、炎魔法を使える使い手に炎の精霊が協力してくれるわけではない。炎の蛇一つでさえ、あれは対価の魔力を精霊に差し出した精霊との契約ではあるが、ただそれだけ、そこに情はないのだから。

「アイラだよ。精霊はアイラを助けたいんだ。……異例なことではあるけれど、エルフィでもない俺に情報を分け与え力を貸してくれるそうだ。アイラに約束したんだって、絶対『助ける』って」

「……それは、また……はぁ」

 額を片手で押さえたガイアスは僅かにため息を吐いた。気持ちはわかる。アイラはまだ闇のエルフィではないとガイアスに告げているし、そもそもとして精霊に、しかも高位の精霊に約束事をとりつけるとは普通の人間の成せる業ではない。

 アイラはすごい。……だが、愛しい婚約者に向けて思うことではないといえど……。

「少し、でき過ぎている」

 呟く言葉は廊下に響く。ガイアスは何も答えない。

 それぞれ部屋の前にたどり着くと、俺はルセナを、ガイアスはレイシスを運び出す。意識を失った人間を運ぶのはきついが、皆が集まるべきならばやはり下の広間がいいだろう。

 静かに横に寝かせた彼らは眠っているようにしか見えない。……精霊からの情報では、彼らは操作系統の闇魔法に抗い、己の動きを止めることでかけられた闇魔法を封じ込めているらしい。恐れ入る精神力だ。……つまり、これはラチナも、ということか。悪意ある闇の力に抗うことのできる次期王妃。その精神力があれば操られる心配もなく、やはり俺が闇の使い手として裏の務めを果たすことはないのだろう。

「それで、どうするんだ?」

「事情は説明したから、今デュークがラチナも連れてくる。三人同じ魔法に囚われているんだ、術者は一人の筈。まとめて魔力で繋げて、その夢、つまり精神の中に入り込む」

「……それ、危険度は? まさか、直接夢の中で叩き起こすって案?」

「危険度が高いのは入り込む俺たちだ。入った先ではガイアスは俺と一緒に行動することになるし俺も他人の闇魔法にやられるつもりはないけれど、他人の精神の中に入り込んで閉じ込められたら元も子もないからね。彼らが起きてくれれば夢から追い出されることも可能だろうけれど、一緒に眠ったままになる可能性もある。危険な魔法だ、それこそ闇の精霊が協力してくれなければ、俺も複数に行使することはできない」

「……眠ったまま、ってことは、入り込んでいる最中俺らの身体はどうなるんだ? まさか肉体まで入り込めるわけじゃないだろ」

「無防備だね。だからこの屋敷じゃないと駄目なんだ。ルセナかアイラがいてくれたら外からの攻撃も安全に防げるんだろうけど……『その可能性は低くなった』から、屋敷なら安全のはずだ。けど、デュークは、連れて行かないからね」

 はっきりと口にすると同時に、ぎぃ、と扉が開いてラチナを抱いたデュークが現れる。入るなり俺を睨んだデュークは、どういうことだとラチナを抱えたまま詰め寄った。

「夢に干渉するのだろう。なぜ俺をつれていかない? ラチナは俺が迎えに行くほうが確実だ」

「大した自信だし実際そうだろうけれど、無理だデューク。君は随分と光の力が強い、精霊たちが認める程にね。闇の管轄に君みたいな魔力を連れ込むわけにはいかない。暗闇の廃墟に正面からどうどうと、なんの調査もせず灯りを点し音を立てながら囚われの仲間を助けに行くようなものだ」

 眉を寄せたデュークは小さく舌打ちし、ラチナを一度強く抱きしめる。……確かに闇魔法に対抗するのは光魔法だ。本人もそのつもりなのであろうが、光魔法に対抗できるのもまた闇魔法なのだ。俺とデュークの関係と同じく。

 少しして苦渋に満ちた表情でわかったと頷いたデュークは、頼む、とガイアスと俺に頭を下げた。

「いや、デュークにも大事なことを頼まないと。精霊が合図したら、俺たち入り込んだ側も合わせてここで眠る五人全員に目覚めを促す光魔法を使ってほしい」

「ある程度の光魔法の許可は出ている。友人の頼みだ、間違いなくやり遂げよう」

「そうだな。助けるのもまた、仲間だ」

 ラチナがルセナたちと並んだことを確認して、懐からあの石を取り出す。美しい意匠のそれは取り出すとすぐに魔力と共に光り、三人の精霊たちは姿現しでこの場に現れる。

『……始める。入るのは二人だな』

「その前に一つ問いたい。答えて頂けるか」

 デュークが精霊を止める。視線を合わせ問いを促したのはアイラが長女さんと呼んでいた精霊だ。

「いろいろお聞きできればと思うことはあるが、……一つ。なぜ、アイラと約束したのか。彼女は、なぜ」

 その言葉に、デュークと共にじっと精霊たちを見つめた。視線を合わせてくれたのは、長女のみだ。

 生まれながらの類稀ない緑のエルフィの才能、豊富な魔力は母譲りとして、父の祖先にいたとは言えどいまだ未知の可能性を秘めた魔石のエルフィの力を得、しかも闇のエルフィとしての素質も高い。

 そう、先程俺が考えたことと同じ。でき過ぎている、過剰な能力と運命。

「答えられる範囲で構わない。だが、なぜ。確かに今回、裏に貴族の膿やルブラが原因として絡んでいるのは間違いないが……彼女は闇の精霊に狙われる理由がない」

『理由ならある』

 ひゅ、とガイアスが息を飲む。その手が握られ、魔力が篭った。それをすぐに察知したらしい精霊はちらりとそちらを見やり、そしてゆるく首を振る。

『我らは大切な姫を襲ったりしない。今執り行う術も、可能な限り味方すると誓おう。闇の精霊の長は間違いなく我らである。此度のこと、責任の一端はあろう。だからこそ、次代様の姫と約束したのだ。必ず助けると』

「随分大きな願いを叶える約束をしたものだ」

『そうせねばならなかった。彼女は大きすぎる任務を知らず負わされた少女だ。我らが主は、彼女を護るための特典をつけた。均衡を保つために』

 は、と息が声となって零れ落ちる。彼女の力は、……特典?

「……話が見えない」

『そのまま姫に伝えるといい。これ以上言えない』

 デュークが、だらりと手を下げた。

 我らが主。特典。均衡。大きすぎる、任務。

 まるで俺には意味がわからない言葉ばかりなのに、デュークははっとした表情のまま固まってしまう。

 俺の知らぬ、アイラの何かをデュークは知ったのか。

 じわりと胸の奥に留まる暗い思い。彼女を危険に晒す可能性がある何かを、俺は知らないのか。

 ぎり、と唇をかみ締める。ちらりと視線を移した精霊と目があった。

『次代様は理性的なほうではあるが、闇使いは総じて愛が深く嫉妬に狂いやすい。いくら光の子と言えど、無理だ』

「成程な。ラチナ以外のことで、しかも親友に妬かれるのは本意ではない」

 茶化すようにデュークは肩を竦め、場の空気を変えてしまう。……これで誤魔化されるわけはないが、……そうか。アイラが無駄に何かを背負わされているのがわかったのだから、……わかっただけでも、それでいい、今は。

 特別な力は、本人が望んでいない限りは害だ。闇の精霊はそれをわかっているからこそ、悔やむような表情をしているのだろう。特典、それは、恐らくいいものではない。

 ガイアスも納得できないながら仕方ないと言った様子でレイシスの手を握った。まるで魔力を分け与えるようなその様子に、彼まで怒りをあらわにするような事にならなくてよかったと息を吐いて、心を落ち着ける。


『それでは、彼らを仲間の夢の下へ。次代様、頼む』


 どぷり、と闇が俺とガイアスを飲み込んだ。





「……暗! おい、フォル暗すぎだろこれ!」

「静かにガイアス。当たり前だよ、俺が闇魔法を使っているからね。この膜から出ると敵にばれるよ」

 入り込んだ先はどうやら同じく俺たちの屋敷であったらしい。なるほど、あの三人が安全な場所として身を隠すには夢の中としても当然なのかもしれない。

 俺とガイアスは俺が生み出した膜の中でそこを眺めている状況だ。まるで薄い黒いカーテンの布から外を見ているような、不鮮明な世界。だが間違いなく屋敷の広間だと辺りを見回す。

「んで、ここって敵が襲ってきたらどうなる?」

「負ける、と思ったら負けだ。嫌いだとか苦手だとか、そうだな、不安、とか。そういったものも駄目かな……」

「厄介だなおい」

「そう? 俺は連れてくるならガイアス以上の適任はいないと思うよ」

「そりゃどーも! で、戦い方は」

「僕が闇魔法でガイアスを護っている限り、君が恐怖にかられたりしなければ魔法は生み出すことができる。ただしここは精神の世界だ、普段魔法を行使するにあたって俺たちが発動呪文を介して契約している精霊はいない。あくまで精神力との戦いになる。以前アイラが虫に噛まれたときと状況は似ているが、彼女は水の蛇を使いこなしていた」

「……あー、なるほどね」

 きょろきょろと辺りを見回しながら頷いたガイアスは、一先ず、と扉に向かう。その後に続き、確かにこの部屋には誰もいないようだと考えた時。

「この扉開けたら先がないとかないよなー?」

「あ、ちょっと、ガイアス!」

 軽い調子でそう呟いたガイアスが部屋のドアノブを回し開け放ったその先で、ガイアスは悲鳴を上げて、俺の視界からその姿を消した。


「うわああ!?」

「馬鹿! 先がないと思うから、落ちるんだ! 空間を移動するときは、この先にレイシスたちがいると願って動いてくれ、ここは夢なんだ、君が思ったことが現実になる!」

 慌てて掴んだ手を引き上げて戻し扉を閉める。ガイアスのあけた扉の先には何もなかった。穴すらない、しかし地面もない無の世界にガイアスは落ちかけたのだ。ぐにゃりと俺たちを包む視界不良の膜の中で、大きなため息を吐いて安堵の声を漏らすと、ガイアスはがくりと床に手をついた。

「それって、俺が思った場所が変な場所だったらまたこうか?」

「そう、なるんじゃないか?」

「……俺、繊細な想像とか創造苦手だからな……? 夢滅多に見ないし」

 そういえば彼は、風や水魔法は苦手であったが。……彼に道の先を創造させたら、すごい世界になりそうだ。

 いきなり「苦手」と考えてしまった以上、彼が扉を開けた先は恐らくろくなものではない。しかも一度彼は扉の先の恐怖の可能性を見てしまった。

「……それでも俺は君がここにくるのに最適だと思うよ……たぶん」

 仕方ない。レイシスたちを探す先導は俺がとったほうがいいかもしれない。



いつもありがとうございます。

少し更新が遅くなりまして申し訳ございません。


拙作全力でのし上がりたいと思います。が、明日4/5、一迅社様、アイリスNEOより発売となりました。いつも応援、ありがとうございます。

web版にはないストーリーの追加、とある人物の行動などが違ったりと書き下ろし部分も多く、また甘めのシーンや、フォル&レイシスの会話も多く追加されています。

三月リヒト様の美しく生き生きとしたイラストと共に、ぜひお楽しみいただけますと幸いです。


活動報告でお知らせしておりますが、過去に書いた作品で公開できずにいたこちらの作品の番外編を、ツイッターにてSSとして更新しております。

過去の作品ですので大体第一章~第三章付近が多く、ガイアスたちの関係も今とまた違いますが、機会がありましたらこちらもお楽しみいただけますと幸いです。



それでは、夢に入り込んだ彼らはどうなるのか、次回更新をお待ちください。

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