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「んんー? おかしいな、こいつの魔力は間違いなくすごい量が水晶に流れ込んでいた筈だぞ」
近づいてきた先生が不思議そうにして私の傍にくると、水晶を覗き込んだ。その時、ふわりと急に身体が軽くなった気がして、思わず、えっと叫んでしまい、後ろにいたガイアスに顔を覗き込まれる。
「どうした、アイラ」
「いや何か今魔力が……」
自分の手のひらを見て、指を動かしてみる。魔力は体中を血液と共に流れるものだ。じっと見つめていると、自分の中に使い切った筈の魔力を確かに感じた。それも、この一瞬で回復する量じゃない。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
レイシスが少し重そうな身体を屈めて私を見る。まだ魔力が戻りきっていないのだろう、片手で砕けた水晶を握ったままだ。
ふと、自分の水晶は割れはしなかったものの、触れれば魔力がもっと戻るはず、そう思い水晶玉に手を伸ばした瞬間。
「あ!」
ふわりと淡く光るものが水晶から飛び出していくのが目に入る。
見知ったその光は、この特殊科専用のこの屋敷に来る途中にも見たものだ。
――精霊のかくれんぼ。
はっとしてその光を慌てて追いかける。室内で数人がぎょっとしているのが目に入ったが気にしていられない。あの光は、姿隠しをしている精霊が油断して緩んだ時に現れる光だ。
光は窓をすり抜けた瞬間消える。影に隠れたのかもう一度姿隠しをしたのかわからないが、窓を思いっきり開け放つ。
「にゃああ!」
どうやら窓の下にいたらしい金色の毛の猫がびっくりしたように飛び出し、それに驚いたのか青と黄色の鮮やかな小鳥が近くの小枝から慌てて飛び上がる。そしてそれに反応して、近くの野花にとまっていた虹色の色彩を持つ蝶が、ふわふわと舞っていった。
「おー、やっぱり来てたか」
外の様子を見て納得したような言葉を口にしたのはアーチボルド先生だ。
窓の傍まで来るとぐるりと外を見回す。
「あの蝶は魔力に惹かれて現れる。ただ寄ってくるだけで特に何もないがな。だが今飛んで行った鳥はたまに魔力を食うらしい。といっても実害がある程ではないらしいが」
「俺達の魔力の流れにつられてやってきたって事ですか」
「まぁそうだろうな。だが、魔物じゃあるまいし問題はない筈だ。……で、アイラ・ベルティーニは何を見た?」
先生の瞳が私をまっすぐ射抜く。それに対し真実を口に出来ずに、私は目を見つめ返したまま口を閉ざした。
精霊がかくれんぼしていて私の魔力を持っていきました。
といったところで、エルフィであるとわからなければ「何いってんだこいつ」である。すぐに精霊が、といったところで、エルフィに結びつく程、エルフィの存在は有名ではない。
そもそも、これほど人数がいるところで言える話ではないのだが。
私の表情を見て、レイシスがはっと目を見開く。どうやら、私の行動の理由に思い当たったらしく、そのまま口を開く事なく小さく頷いて見せてくれた。
「アーチボルド先生、それで、お嬢様の測定はどうするのでしょう。そろそろ、午後の授業の準備をしないといけませんが」
「ん? ああ、アイラ、お前魔力はどうなんだ、動けるんだろ?」
「はい、ただいくらか消耗はしているみたいですが」
「なら、お前は後日やり直しだ。……不良品か? 確かに魔力を吸収したと思ったのに、こっちは空で本人には魔力が戻っているっつー事は右から入って左から出たとか?」
先生がひょいと水晶を手に持ち見つめるが、まぁ水晶が不良品だったなんて事はないだろう。
それにしても、私が魔力をある程度回復しているのは恐らく精霊が返してくれたからだ。なぜあの精霊は私の魔力を奪いながら、その大半を返したんだろう……?
「じゃあ今日はこれで解散でいいのか?」
王子の言葉に先生が頷くと、王子はぽいと二つに割れた水晶を放り投げる。
「俺は少し用事があるから寮に戻る。デラクエルの双子、また後でな。あ、そいつも連れてこいよ」
「はい」
「了解しました」
二人が返事したのを確認すると王子はさっさと出て行った。ガチャガチャと鎧の音がしたので、警護の者も連れて行ったのだろう。まぁ、明らかに王子の護衛だった筈だし当然である。
王子が言った、そいつ、とはソファで眠るルセナの事だ。いまだすやすやと眠る彼はまだ起きそうにはないのだが。
「授業が始まる前に起きてもらわないとだなー、さすがに初日から寝過ごしましたはやばいだろ」
「とりあえず、起こしてみるか」
ガイアスと先生がルセナの方に行くのを確認してから、ちらりともう一度窓の外を見る。少し離れた木の傍で精霊たちがどうやら今度は鬼ごっこをしているようだが、そもそも光しか見えてないので魔力を貰って消えたあの精霊の姿もわからない。
私に見えたということは、あれは植物の精霊で間違いない筈だ。あんなふうにこっそり魔力を貰わなくても、直接声を掛けてくれればいいものを、なぜ……と悩んだところで結論は出ない。
「お嬢様」
レイシスが私の隣に並び、外を見る。
「検討はついているのですか?」
小さな声で問われる。
「ごめん、まったくどの子かわからない」
「そうですか……」
レイシスは目を細め外を見る。今も私の目には外で楽しんで遊んでいる精霊たちが見えるのだが、彼、いや彼らの目には映らない。
先生も今深く聞いてこないだけで疑問には思っているだろう。なんといって誤魔化すか……私はレイシスの横ではぁと大きくため息を吐いたのだった。
あからさまな視線に耐えながら、目の前のスープを口に運ぶ。
スープは旬の野菜たっぷり、ぴりっと胡椒がきいていてとてもおいしい……というのは右隣に座るラチナおねえさまの話である。私も同じものを食べているが、心底食事を楽しんでいるかと言われると否だ。
なぜなら少し離れた先に怒りに顔を染めたフローラ嬢がさっきからちらちらと視界に入るのである。それも、彼女だけじゃなくて似たような視線を送る令嬢はいたるところにいる。そしてその視線は、私と隣のラチナおねえさまに主に向けられていた。
ラチナおねえさま、よく笑顔で食事できるな……
そもそも田舎から出てきた私はこんな大人数に囲まれて食事自体が慣れていない。
ここは、学生食堂だ。広い部屋の中にたくさんのテーブルに椅子、そして私達新入生だけではなく、上級生も含めて多数の人間がいる。天井は高くガラス張りだが、ガラスの天井なんて皮肉だなぁと眺める。ところであのガラス強度は大丈夫ですよね。
じろじろと向けられる視線に、微かに「成り上がりの癖に」「平民が」という言葉が混じる。別にいいのだが、食事くらい静かに食べさせて欲しいものである。
「やっぱり部屋で食ったほうがよかったかなー。食いづらいったらないって」
がつがつと肉料理を平らげた左隣に座るガイアスが、コップの水を飲み干し終えるとそう呟き、その正面にいたレイシスが「その食欲でよく言うよ」と冷めた視線を送る。
「ごめんね、僕が昼食に食堂に誘ってしまったから」
「いや、フォルのせいじゃないよ」
実はきつい視線を向けられているのは私とラチナおねえさまだけではなかった。
貴族でないガイアスとレイシス……だけではなく、私の前に座るフォルや、その隣に座るルセナにも向けられているのだ。もっともルセナは目が覚めた今も眠そうにしていて、向けられる視線を大して気にしている様子はないが。
彼らに向けられた視線は主に同じ男性からのものだ。それも恐らく上級生。たまに「一年の癖に」なんて聞こえてくるから、恐らく騎士科や特殊科に選ばれた事を言っているのだと思われる。
「ま、選ばれてしまったものは仕方ないわ」
けろりとして笑うラチナおねえさまに、まぁそうだよなぁと頷いて丸い果実を口に運んだ。見た目はプチトマトに似ているが、まるで綿菓子のように甘い果物だ。種も小さく口にしても気にならない為、ベルマカロンでもよく使うこれは色もオレンジと鮮やかで艶があり美しい。
食器は食堂を巡回している学園に仕えている使用人が片付けるので、食べ終えた私達は全員席を立った。
さてそれぞれの授業に向かうか、というところで、ガイアスとレイシスがなぜかフォルとラチナおねえさまに頭を下げたのが見えた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。アイラ、お前魔力全部回復してないんだろ? あんまり無理するなよ」
心配そうなガイアスとレイシスに、もちろんと笑みをみせる。結局精霊にとられたと思われる分の魔力は返ってきていないのだ。といっても、昼ごはんはちゃんと食べたのだしそのうち回復するだろうが。
じゃあな、とガイアスが言い、レイシスがルセナに行きましょうと声をかけた時だった。
「いって!」
「あーごめんごめん、小さくて見えなかったわ」
前を行こうとしていたガイアスの背中に、明らかに故意に人がぶつかって通り過ぎる。恐らく上級生の男、制服を見る限り兵科と思われる二人組。
「ちゃんと前見て歩いたほうがいいっすよ、せ、ん、ぱ、い」
「なんだと!」
「そうですね、兵科の生徒が、日ごろから周囲に注意を向けれないのはよくないですよ」
ガイアスの挑発に載せられた上級生が怒りを顔に出した時、にこやかな笑みでフォルが告げる。
フォルの顔を見た上級生の片方が、顔色を変えて「よせ!」と言った。恐らくフォルの家名を思い出したのだろう。
しかし、にこやかに笑ったレイシスが追い討ちをかける。
「ああ、二年兵科マッテゾル男爵次男のガイル殿と三年兵科のティエリー子爵のご子息でしたか」
恐らく私達に近づいた事で周囲が彼らの名前を零した声を、風の魔法で拾ったのだろう。レイシスの情報収集力に関心する。レイシスは戦闘中でも敵と対峙した時、風で相手の呪文を読み取る。フォルの前で言われたせいか、レイシスに家名を当てられた二人はうろたえて視線を揺らがせた。
「へ、平民風情の癖に! 俺らはっ学年だって」
「校則第八条、生徒はその出自に関係なく入学と同時に平等で、後在学中は学園内で築き上げた地位を基本とする。兵科特別規則第十七、兵科の生徒は学年関係なく全て騎士科の生徒を上官と思い行動せよ」
するすると長い文章が、予想外の方向から聞こえてくる。レイシスの後ろにいたルセナだ。校則とか何か書いている本貰った気がするけど、読んでなかった。学園内にも地位があるのかと考えつつ、全員を見渡す。
ラチナおねえさまはただ微笑んでみているだけだが、成程全員大人しくしているタイプではないらしい。
ちっと舌打ちをした男二人は、その場から離れようと動き出す。しかし、ガイアスにぶつかった男の方が私にちらりと視線を向けた後、何かを呟く。――呪文。
「毒の霧」
「氷の鏡」
ささやくように発動呪文を唱えたのはほぼ同時。
あちらが使ったのは対象の体力を徐々に奪う、いわゆる毒を与える霧を相手に取り込ませる魔法。威力はかなり弱いが、その分気づかずにふらつくまで放置する可能性がある。
私が唱えたのは水属性の魔法を、氷属性に変えて跳ね返すものだ。目に見えない毒の霧は、その水分を凍らせた後相手に戻る。やはり男は、自分の喉にひやりとしたものを感じたのだろう。さっと異変に気づき、顔を青ざめさせる。
「先輩、私、医療科の生徒ですよ?」
私相手にその呪文ですか、と言外に匂わせて、小さく、告げる。恐らく傍にいる皆にしか聞こえないだろう。そもそも、私に魔法を使おうとしたのなんて、全員気づいている。私が唱えた呪文も、もちろん。
しかし毒を与えるのは本意ではない。この魔法以外だと私がまともに毒を食らうしか方法がなかったのでしたまでだ。すぐに「治癒」を唱えて男を治療し、にこりと治しましたよと笑みを向ける。
「ご注意を、先輩。生徒への無許可の攻撃魔法使用は、罰則だそうです」
ラチナの笑顔の一言で、男はがっくりと尻餅をついたのだった。




