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 身を乗り出した瞬間、会場内に爆音が轟く。

 防御壁があるのにまさかの爆音で身体がびりびりと痺れるような感覚に震え、土煙なのか煙なのかよくわからない靄のかかるフィールドを見下ろす。

 レイシスじゃない。

 レイシスはこんな派手な戦い方はしない。ということはこの爆発をしかけたのは恐らくピエールだ。防御壁の外にいた私でも心臓に、腹に響くような爆音に驚いたのに、間近で聞いたレイシスは大丈夫なのだろうか。ましてレイシスは今まさに相手に止めを刺そうとしていた筈なのだ。

 ルセナと二人顔を見合わせる。下を見下ろしても、魔力の色がよくわからない。いったい何の爆発だったのか、炎か、大地か、どんな効果の魔法なのか。

 固唾を呑んで見守っていると、視界を覆っていた煙が急速に風に巻き上げられ晴れていく。その中に弓を手に身を低くしているレイシスの姿を見つけて、思わず名を叫んだ。

 が、ほっとしたのは姿が見えたその一瞬だけ。レイシスは体勢を低くしピエールの魔法を防ごうとしているのではなかった。

 膝から下が赤黒く染まっている。ぞくりと背筋が冷えて、無意識に息を止める。

「あ、足……」

 見ているだけで恐ろしいのに、こんな時に限ってガイアスもいなければフォルもいない。レイシスが赤く染まる様子はあの北山で魔物に襲われたあの日を思い出させる。心臓が掴まれたように冷えた心地で呆然と見下ろし、何が起きているのだと周囲を見渡す。

 ピエールはどこ。

 場外にいながら生きた心地がせずに見回していると、風のせいで煙が少なくなった場所から飛び出す影があった。

 あ、と息を呑む。ピエールの剣が、確実にレイシスを捉えて振り下ろされる。レイシスの武器は弓だ。距離が近すぎる、と再び息が詰まってしまう。


『――っ! レイシス選手、奇襲を防いだー!』


 私の理解が追いつくよりも早く、耳に届いた司会の声にはっとした。レイシスは屈んだままだ。だが、手を振り上げた先で明らかに弓と剣が交わっている。恐らく弓に風の魔力を乗せて防いでいるのだろう、剣を振り下ろすピエールの長い青い髪が風に巻き上げられていた。

「レイシス、動けないみたいだね」

「え!?」

 ルセナの言葉にぎょっとして横を振り向く。

「足、傷じゃなくて、何か巻き付いているように見える。ジャンは相手の動きを奪ってからじわじわ力を削るから」

「……呪縛系の魔法か」

 なんだか納得した。やっぱりがっつりドMだと思っていたピエールはどちらかと言うと戦闘において逆らしい。呪縛系の魔法ですぐに思い浮かぶのはフォルとガイアスだ。フォルは氷で相手を縛り一撃で仕留めることを得意とし、ガイアスは地の蛇で敵を捕らえるが、ピエールは縛ってからじわじわと、ということか。え、何その変態。ピエールの真骨頂である。

 とにかく、事態が飲み込めてくるとわかることがたくさんある。レイシスを縛っているのは恐らく地属性系統の拘束魔法。赤黒く見えるものは血か、と思ったが、そこでふと気づく。

「……ピエール、自分の血を媒介にして呪縛魔法を使ってるのね?」

「そう、みたいだね。僕も詳しくは知らなかったけど、すごい魔力に見える」

 ルセナが心配そうに下を見下ろしている。

 そもそも血は魔力を多分に含んでいる。血を流しすぎれば魔力も流れると同様、血がイコールで魔力といえば言いすぎであるがそれは近いのだ。

 ピエールは先ほど怪我をした。その流れ落ちた血液が地面に吸い込まれ、それを媒介としたか。ということは、あの呪縛は強力だ。恐らく大地を強力な魔力で操って爆発させ、その隙にレイシスの足を縛ったのだろう。……といっても、外部に流れ落ちた血を媒介にするなど言うほど簡単なことではないのだが。

 レイシスは然程動揺していないように見えるが、分が悪い。足を怪我したピエールより、足の動きを止められたレイシスのほうが確実に厳しい状況だ。はらはらと見守っていると、レイシスが弓を大きく横に振った。その瞬間、爆風が巻き起こりピエールが巻き込まれるようにして後ろに飛ばされる。

 よく見ると、先ほどの爆発で弓の弦が切れたのか、レイシスの武器はもう矢を放つことができそうにない。ここに来て武器の喪失とは、どうなるのかと焦る。

 手に汗握る戦いだ。先が見えず、とにかくレイシスを見つめる。頑張れレイシス、レイシスはこんなところで負けない筈!

 ピエールが再び剣を構えた。魔法を使わないのはもしかしたら、爆発といまだ続くレイシスの拘束で、魔力があまり残っていないのかもしれない。

 レイシスの魔力が高まる。手にした弓を、レイシスが大地につき立てた。弓が地面にぶつかるよりも先に起こった魔力の激しいぶつかり合いに、会場が騒がしくなる。

 再び距離を詰めたピエールの剣が、振り下ろされる。しかし、その時レイシスが動いた。


 その場に手を突いて、それを軸に足でピエールの足を蹴りなぎ払う。レイシスの風の刃がピエールに襲い掛かり、その一秒後。笛の音が、鳴り響いた。


『勝者、特殊科三年、レイシス・デラクエル選手です!』


「……っはぁ、疲れた……」

「ほんとだね、応援だけですごい疲れたかも」

 ルセナと二人で、いつの間にか立ち上がっていたのに気づいてよろよろと椅子に腰を下ろす。

 レイシスは、最後の最後でピエールの拘束を魔力でぶち破ったのだ。そのまままさか体術に持ち込むとは思わなかったが、そもそも体術が得意なのはガイアスだけではない。レイシスだって一通りの訓練は受けているし、そういえば聖騎士の授業では身体の動かし方が指導されることが多かったか。

 試合が終了してみれば、レイシスの傷はたいしたことがなかったのか、あっさりと立ち上がって彼は自力でピエールを助け起こし、肩を貸して控え室に向かって歩き出す。足を引きずることもなく、俯くピエールを支えてしっかり前を向いて歩いている様子に疲れは見えない。……よかった。

 ふと時間を確認すると、昼を少し過ぎていた。太陽は雲の間からちらちらと覗いてはいるが、いい天気とは言えない。

 次はフォルとガイアスの試合だ。できれば見たいと思うが、私と王子が呼ばれた。準決勝の準備を、と声をかけられて、ぴりっと空気が変わる。準決勝。……そうか、私は準決勝戦に出るのか。


「急げアイラ」

 王子が余裕そうな笑顔で私を手招き、ルセナとおねえさまに「行って来ます!」と手を上げる。


 走り出すと、司会が次の試合を伝えるのが聞こえる。ちらりと一度振り返ると、王子が笑った。

「気になるか」

「え、それはもちろん」

「どっちを応援……いや、どっちも応援はしているか。どっちに勝って欲しいんだ?」

「うーん……デューク様相手に言うのもなんですが、デューク様私とおねえさまの試合はおねえさまに勝って欲しかったですか?」

「あー……負けて欲しくはなかったが、……って意地の悪い返答をするな」

「ふふふ、私も応援してもらっていたようで嬉しいです」

 笑いながらも、会場が気になって振り返ってしまう。フォルには負けて欲しくはない。だが、ガイアスにだって負けて欲しくはない。なんというか、それを考えると矛盾だろうがもやもやとする、というか。

 というか、私はガイアスが負けるところ、というのがあまり想像がつかない。

 一年生の頃の試合ならまだしも、ガイアスはいまや騎士科トップクラスの剣の使い手だ。その強さは王子と並んでいるとも聞く。特殊科はそれぞれに強みがあるとはいえ、純粋に物理だけで考えるなら間違いなくガイアスは特出している。それをどう使うのか。

 対しフォルは、この三年間メインを医療科で過ごしながらも底知れぬ強さがあるように思う。恐らくだが、彼は毎朝毎夜、ロランさんや彼の暗部と稽古している、と思う。あの放浪癖は実はそのせいかも。

 かも、かぁ。私、フォルの事あんまり知らないのかもな。好きだし、相手にそれを伝えてはいるけれど、今の私の立場ってなんだろう。恋人? いや、この世界で貴族同士が恋人って言うと、既婚者の愛人に聞こえなくもない。どうしてそうなると前世の知識からか突っ込みたくなるが、貴族と平民ならまだしも、貴族と貴族で恋人はイコールで不誠実じゃ、と言われなくもない。特に上の立場に行けば行くほど、だ。

 貴族同士が好き合っているとわかっていても、「恋人」というくくりにならず横から掻っ攫われる、なんて小説もあるらしい。曰く「まだ婚約者じゃないんだからいいでしょう」みたいな。つまり私は彼と想いを伝え合っているだけの存在で……ん?

「アイラ、お前顔が面白いことになってるぞ」

「デリカシーゼロですね、おねえさまに言いつけます」

「……悩みを聞いてやろうかと思えば、お前はまったくたくましい奴だな」

 なんだか呆れられた。え? 私悪くないよね?

 首を捻っていると、ふう、とため息を吐いた王子が横目に私を見ながら笑う。

「応援相手で悩んだか? 俺は、フォルを応援させてもらうが」

「へっ」

「試合の話だけじゃないぞ。ただ、あいつはガイアスもレイシスも乗り越えないと納得しないだろうと思ってな。意外と強情だ。あいつがやっと前向きになったんだ、できるところまで頑張って欲しいと思う。……まぁでも『さっきの質問』と同じだな、俺も双子は大事な仲間だ。だが、大切だからこそだな、お前のことも。困ったらラチナでもフォルでも双子やルセナでも、もちろん俺でも相談してこい。というか、もしフォルのことに関してなら俺が一番相談しやすいだろう」

「し、しやすい?」

「王太子に相談できるんだ、ありがたく思え……なんて言わないぞ。その立場だからこそ乗れる相談もあるだろうというだけだ」

 一瞬考えてから、ああ、と思う。まったく、我が国の王太子は頼もしい。つまり、吸血族のことを言っているのだ。

「なんかかっこいいですねうちの王太子。でも手加減しません」

「ふん、全力で来い」

 笑い合って、控え室に移動する。最初に王子に武器登録をしてもらおうと待っていると、なぜかちょっと来いと呼ばれて並んで武器登録の為の小部屋に入った。

 そこにいたのは、控え室にいるのかと思われたアーチボルド先生。ん? と首を傾げていると、王子が「助かる」とすたすたと先生の前に向かい、さっさと武器登録を始めるので慌てて部屋を出る。

 少しして呼ばれ交代すると、私の武器登録が終わると同時に先生が笑った。試合を見るか、と。

「え?」

「終わったか?」

 再び武器登録の部屋に顔を出した王子と先生を交互に見比べる。見れるのか、と疑問を口にすれば、先生は笑った。

「透かしの魔法がかかっている。ほら」

 先生がカーテンを開け放つと、そこに外の様子が見える壁があった。そこで漸く、あ! と思い出して口を開く。そういえばそんなものもあったか。

 思わず駆け寄りフィールドの様子を見ようとした。が、すぐに外の様子が見えなくなった、というより何かに塞がれた。

 え、と思う間もなくまた視界が開けて明るくなる。が、私が目にしたのは巨大な氷の蛇と炎の蛇が、私とおねえさまの試合の時よりも激しく絡み合い暴れる姿だった。

 ドン、と僅かな衝撃を感じ、また壁の向こうの様子が見えなくなる。どうやら、氷の蛇が壁にぶつかっているらしい。あまりの光景に息を呑んでいると、王子が「見えないじゃないか」と壁にこつこつと手の甲を当てた。

「二人とも大暴れしているな」

「そうみたいで……あ!」

 ぱっと蠢いていた蛇がまた空を舞い離れていく。なんと、蛇は一匹ではなかった。壁の向こうに見える蛇は、氷が三匹、炎が二匹、土が一匹。全部で六だ。どちらがどちらの蛇なのかはわかりやすいが、な、なにこれ。

 二人の姿を探すと、彼らは暴れまわる蛇の隙間で剣を交えていた。ガイアスの愛用の剣と、フォルの氷の剣が打ち合っている。……驚いた。フォル、なんて動きをするんだろう。

 剣術においてはガイアスが上のようだった。だが、フォルはガイアスの剣が自分の身体に当たる寸前にその箇所を氷で庇っている。刃に氷が取り付くのはやばいとガイアスが一度剣筋を変えるが、向けられる度にフォルの氷が何度もそれを防いでいる。

 ごくり、と息を呑む。フォルの剣がガイアスに触れそうになっても悲鳴が上がりそうだし、ガイアスの剣が武器魔法を使い魔力を振るっても悲鳴があがりそうだ。その間も蛇は絶えず暴れまわり視界を塞ぎ、怖すぎてなんだか足に力が入らなくなってくる。自分がきっとあの場にいれば夢中になってそこまで恐怖を感じられないのかもしれないが、見ているのは心臓に悪い。まして向こうにいるのは幼馴染と想い人だ。

 へたり込みそうになり誤魔化すように壁に手を当て身を乗り出して身体を支え、食い入るように試合を見る。

 その瞬間、氷の蛇が一匹炎に飲まれて消えた。もとより相性が悪いのだ、むしろよく持ちこたえたと言える。だがそれはつまり、残った炎の蛇の動きを止めるものがいなくなった、ということだ。

 火の粉を撒き散らしながら、ガイアスの炎の蛇がフォルの背をめがけて飛び込んでいく。フォルはそれに気づいたが、追い込むようにガイアスの剣が激しさを増した。

「……フォルっ!」



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