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「はーい、特殊科七名とシード決定している三年騎士科七名はこちらですよー!」
今年も錬金術科の制服を身にまとう生徒会生徒に案内されて、私達はがやがやと人の集まる場所から少し離れた位置に移動する、と。
「ああ我が女神! 今年はあなたと対戦することができるでしょうか、いつでも弄られ、いえ! お仕置きされ、いえ! 勝負する準備はできております!」
「抱きつこうとしながら人聞きの悪い発言はやめてピエール」
今日も元気なピエールがやたら笑顔で飛んできて慌てて回避した。お仕置きってなんだ! まったく!
騎士科はシードを軽い試合で決めたらしいが、ピエールはシード組だったらしい。そういえば、王子が特殊科を除けばピエールが騎士科の中でも一番手であるような話をしていたような。とんだドMの割りに強いのか。
ピエールの抱きつき攻撃を回避していると、ガイアスとレイシス、それにフォルと悪乗りしたのか王子までもがピエールに本気のお仕置き、否、遊び始めたのであとは放置することにして、おねえさまたちと抽選会場内を見回す。
どうやら今年はシードを後に回してくじ引きを開始したらしい。赤や青、黄色に緑と覚えのある小さなひし形の宝石を手の甲で輝かせた生徒達が、誰と誰が同じ色だと騒いでは落ち込んだり安堵していたりと賑わいを見せている。
「あ、ポジーくん、石の色緑だね」
たまたま騒いでいる人混みの中で見知った少年を見つけたとき、その手の甲に輝くエメラルドのような緑の石に声をあげれば、おお、と私たちの周囲もそれぞれ知人の石の色が見えるかと目を凝らす。
「んー、あ。おい、あの下級生、黄色だな」
「誰? ああ、あの騎士科の一年女子か」
ガイアスとレイシスの視線を辿り、そこに私に勝負を挑んできたあのミレイナという少女を見つける。黄色かぁ。
ちらりと抽選会場である学内のホールを見回せば、前方に以前と同じようにトーナメント表が表示されている。まだ名前は書かれていないが、シードの位置は見ればわかる。
見事にうまくばらけているので、シード同士は最低でも三回戦でないと当たらない。つまり、せめてそこまで辿りついて勝利しないと私達シード組としては試験の評価が悪くなるだろう。シードに選ばれておきながら一戦目で敗退など論外だ。
自然と気合が入ると、シード組以外の抽選が終わったらしい。ぱっとトーナメント表に名前が表示される。
「では今度はシードが決定している皆さんの抽選を開始します」
生徒会の合図にそれぞれが歩き出そうとしたところで、箱を持った生徒会の生徒が「そうだ」と片手を上げる。
「皆様せっかくですので宝石をお選びになった後全員が引き終わるまで手で宝石を握って隠したままにしてみませんか? せーの、で一気に色の確認をしてみる、というのはどうでしょう」
「ああ、いいじゃん楽しそう」
すぐ同意したのは騎士科の三年生の生徒。たまに見る彼は確かガイアス達の友人の、キリムさん、という名前だったと思う。
いいんじゃないか、と特に反対意見もなく、それぞれ箱に手を入れて宝石を選んだあとは手を握り引き終わるのを待っている。よし、と意気込んで箱を持つ女子生徒の傍に行くと、にっこりと微笑まれて差し出される箱に手をそっと差し入れ、私もひし形の小さな石を一つ選ぶ。
「アイラ、何色かな。同じ色じゃないといいな」
隣に並んだフォルが握ったままの手を見て小声で話しかけてきて、それに頷きながらもう一度トーナメント表を見る。うーん、この瞬間が一番緊張するかもしれない。
「よし、皆引き終わったな? いくぞ、せーの!」
ガイアスの掛け声でぱっと手のひらを上に向けて開いた私達の手からふわりと浮かび上がった宝石は……。
「え、あ、嘘だろ!?」
「まじかよ」
「ぎゃー殿下と同じチームとか俺終わった!!」
一気に騒がしくなる私達の周囲で、シードのメンバーを気にしていた他の生徒達も遠巻きにわっと沸く。
手の甲にぴたりと馴染んだ私の宝石は、赤。一昨年と同じ色に浮かび上がる数字は13。……赤のシードの最終番号だ。そして私と同じ赤がこの場に二人。一人は見覚えのある騎士科の男子生徒だが、もう一人は私のすぐそばにいた。
「お、おねえさま赤じゃないですか……!」
「アイラ、赤ですわね……」
呆然と顔を見合わせる。おねえさまは赤の1番だ。慌ててトーナメント表を見ると、私とおねえさまの位置では当たるとしても赤組の最終決戦であるとわかり、ほっとしたような怖いような。……いややっぱきつい!
「わ、私おねえさまの魔法苦手です!!」
「私だって医療科最速の回復魔法の使い手相手の戦いはきついですわ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ私たちの横で、青い宝石をつけた王子が「勝ったほうと戦う可能性があるのか」と気の早い暢気な声をあげている。トーナメント表によると、決勝戦前の戦いで赤の勝利者と戦うのは青の勝利者となっているからだ。
「俺はルセナに負けん」
「僕だって……」
「デューク様は青? あ、ルセナも青!」
「我が女神、大変です! この女神の従僕であるピエールは、黄色なのですが! これでは決勝まで女神の愛の鞭を頂くことができません!」
「いや従僕じゃないし」
「安心しろ、お前は俺が決勝に進ませないから」
「げ、レイシスお前黄色なの。女神のおみ足による愛の鞭が……」
騒がしい皆を眺めていると、隣にやってきたフォルがひょいと私の手を覗き込んだ。
「アイラと当たる可能性が少なくてほっとした」
そう小声で話すフォルの手には緑色の宝石が輝いている。はっとして見回すと、ガイアスに同じ色を見つけた。
「ふぉ、フォル。ガイアスと同じ……」
「そうみたいだね。かなり綺麗にわかれたみたいだけど、どの組も特殊科同士で当たるのは相当後だよ。レイシスと勝負したいけれど、先にガイアス相手だと厳しいな」
そう話しているとスクリーンに私たちの名前も追加され、ホールの中が悲鳴や歓声で埋め尽くされる。
「こりゃ、盛り上がりそうだな」
「今頃会場でも同じトーナメント表が発表されてるだろうね。あ、アイラのところはご両親揃ってるんだっけ?」
「うん、私もガイアスもレイシスも最後の大会になるから、たぶん一家総出で来てる。お父様は新事業の準備もあるし」
「ああ、カレー、だっけ」
そうそう、と頷きながら、少し前に使用人や社員に仕事を頼んで大会前後は王都で仕事するような話が父からの手紙に書かれていたことを思い出す。
そう話すと、フォルがそれは頑張らないと、と小さな声で呟くのが聞こえて、なんだか意味ありげな声音に少し肩が跳ねる。
これはまずい、顔に出る前に……とさりげなく半歩下がると、フォルはくすくすと肩を震わせたのだった。
「今日姉上たちは試合になるのでしょうか?」
試合会場に着くと現れたカーネリアンとサシャが私達の前で首を捻り、私もうーんと唸る。カーネリアンの抱えた箱の中に今日もどっさりと移動販売員の持つ食べ物が詰め込まれているのだから、相変わらずだ。
私たちの試合はかなり後だ。赤、青、黄、緑の順で戦う事になるが、全組が一回戦を終えるまでシードの出番はない。
「午後にはある、と思うけれど」
「わかりました、時間を作ります」
既に第一試合は開始されている。朝一度防御石の確認をしているが、開始後も問題はなさそうだ。観客席も特に問題はおきていないようだし、ここにいるグラエム先輩も問題なさそう。
ガイアスとレイシスはカーネリアンに挨拶するとすぐ、特殊科の観覧席の傍にある騎士科三年の観覧席に挨拶に向かったようだ。いいのかい、とフリップ先輩が言うと、カーネリアンは首を振る。
「当たり前です。姉上に常時張り付いていろとはいいませんよ、ここは安全ですし」
「いや、君は護衛はいらないの?」
「いますよ」
にっこりと微笑んで見せたカーネリアンに首を捻ったフリップ先輩はただ「そうか」と返しながら、二人はベルティーニの製品の取引について話し始めた。
そういえば二人が並んでいるところを見ることというのは少ないが、うちとおねえさまの領地はご近所さんだ。領地を継ぐことが決定しているフリップ先輩とカーネリアンはやり取りも多いらしいと聞いてはいたが、少し珍しい光景にも見える。
そう考えながらカーネリアンの持ち込んだ食事を吟味しサンドイッチをつまんでいると、前に座った王子が私を振り返って呆れたような顔をし、ちらりと私の隣に座っているフォルを見てため息混じりに言葉を零す。
「お前なぁ。相変わらず色気より食い気ってどういうもがっ」
余計なことを言いそうな口にフォルが問答無用でサンドイッチを突っ込んだ。フォル、ナイス。
結局そこは口に詰め込まれた分を素直に完食しつつ、王子がさり気なく、しかしぱっと私たちの周囲にだけ防音の魔法を施したのに気づいて少しだけ眉を寄せる。
「デューク?」
フォルもすぐに気づいたようだ。相変わらずというか王子の魔法はすごいな、と思いつつ、まさか会場に何か異変が、と緊張した瞬間、真剣な表情でこちらを見上げた王子がフォルと私を交互に見る。
「で、お前らどこまでいったんだ。王家も血筋を把握しなければならないし、二人とも一応婚約を整えるまでは防御魔法か薬でも使っ」
「げほっ!」
「デュークそれ以上アイラの前で言ったらラチナに君の本棚の上から二段目の奥にあるアレを渡すから」
「お前は鬼か!?」
血筋だの薬だのを総合して考えて咽た私の隣でフォルがいい笑顔で王子に詰め寄っている。いいぞもっとやれ! あ、カーネリアンこのジュース貰います。
「ん、このジュースおいしい」
「アイラいいのか、この腹黒いので!」
あ、おねえさまが手招きしてるので私ここで退散しますね、頑張れ王子。
「アイラ、見てくださいませ。一年の騎士科が勝ちあがりましたわ……ってアイラ顔赤いですけど」
「え? ははは、なんでもないです! あ、すごいですねー! あの二年生もなかなか強かったのに!」
一戦目で試合していたのは一年と二年の騎士科対決だったのだが、そう時間もかからず一年が勝利したようだ。やはり今年の一年は豊作だ、とあちこちで声が聞こえる。
続いて兵科から勝ち上がった生徒と二年の騎士科の対決も、二年騎士科の負けであった。こうなると二年生が弱いのでは、という声があがりはじめる。
「二年はほら、最強だって言われた子が死んだだろ。あれ以外たいしたことないのさ」
「いや、特殊科もたいしたことないからごろつきだか変態だか知らないがしょうもない奴に殺されるんだって」
どこからともなくそんな声が聞こえると、思わず身体に力が入った。私より前の席に座るグラエム先輩は後頭部しか見えないが、聞こえていただろうか。
話していたのは移動中の学生達のようだ。盛り上がりすぎてこの席の存在に気づいていないらしい。まったく、とため息を吐くことでなんとか強張った身体から力を抜くと、同じようにしていたおねえさまと目が合った。
「舐められてますねぇ」
「そうですわね」
「特殊科最初の試合おねえさまですよ、頑張ってください」
「アイラこそすぐでしょう」
がしり、と二人手を握り合い、私達は気合を入れなおしたのだった。




