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「アイラ、終わりそう? 今朝の依頼のことなんだけど」

 フォルに生徒達がいなくなった教室内で声をかけられて、一度一呼吸を置いてから振り返る。

「今朝……えっと、あー……」

 落ち着いて、と思ったのに、言われた内容がぱっと頭に浮かばない。言葉をつないで何とか思い出そうとしていると、おねえさまがふふっと小さく笑う。

「そういえば何か言われていましたわね。外に出る用事ですの?」

「んー、貴族女性の護衛任務なんだ。詳しくは言えないけれど、医療知識と治癒能力に長けた護衛の心得のある生徒を二人と言われて僕とアイラを先生が指名したみたいで……アイラ? どうしたの?」

「あ、うん! 依頼ね、うん。夕刻からでしょう?」


 ひょいといつものように覗き込まれそうになって、慌てて立ち上がってそれを回避する。仰け反りそうになったのを止めた私偉い。だってさすがにそれじゃフォルが気にするだろうし。

 学園から離れることになるが、王都内でとある令嬢の護衛につくことになるのが今回の任務だ。といっても、貴族街にある屋敷で行われるパーティーの間の護衛であってそこまで危険があるわけではない。

 本来私もフォルも護衛任務を受けることがない。騎士科ではないからだ。だが、今回の令嬢は身体が弱く、しかもパーティーの間わかりやすい護衛をつけて目立ちたくないという。普段の護衛は護衛プラス医師のつきっきりという仰々しいものであるらしいのだが、それをどうしてもやめて欲しいと願った令嬢の母からの依頼であった。

 表向きは私とフォルの二人。そして、先生がガイアスを何かあった場合に動ける位置に配置してくれることになったらしく、今日の夕刻の依頼は三人体制である。

 ……もちろん私達が護衛につくには、それなりの理由がある。小規模のものではあるが、貴族のパーティーだ。情報収集にはもってこいの上、今日護衛する女性の家は王子の協力者になりえる家であるという。


「実は、集合時間が少し早まったみたいだってアーチボルド先生が」

「じゃあこれ、はやく終わらせないとか」

 既に授業が終わった教室で私とおねえさま、フォルだけが残っているこの状況は、実は私がまだ授業内容を纏めきれていないからだ。

 最近治療法が確立されてきた病についての授業だったのだが、なぜかことあるごとにヴィヴィアンヌ様が私に「これはどう思います?」「こちらの症例はどうしてこの治療方法を?」と話しかけてきて、まったく進まなかったのである。

 しかもヴィヴィアンヌ様は質問形式で私を質問攻めにしつつちゃっかり授業終了と同時に終わらせていた。さすがに作為的なものを感じた私であるが、時既に遅し。

「フォルセ様。アイラ様は少々症例結果纏めの書類が長引いているようですの。午後も授業があって大変でしょうに、フォルセ様の食事時間がなくなってしまっては大変です!」

 と、妙に声高に宣言し、「よろしければ本日は一緒にお食事を」と誘ってしまったのだ。どうやら彼女とローザリア様は今日、シェフを呼び寮の一室で食事をすることになっていたらしい。なるほど、今日はフォルとトルド様が私達より少し前の席に座っていたので私の邪魔をするチャンスだったのか……。

 そんな妙な納得をしつつどうしようかと悩んでいると、にこりと笑ったフォルが私の手元を確認し、ローザリア様とヴィヴィアンヌ様に「お誘いありがとう」と発言。私の心臓に槍が刺さった。やだ、私弱すぎ……!

 顔には笑みを貼り付け、しかし痛みを堪えてペンを握り締めた私の前で、フォルは言い切った。

「お気遣いありがとう。けれど、僕の食事の時間を気にしてくれるなら、君はもう少し自身でわからないことを調べたほうがいい。……先生が、あまり授業中に他生徒に話しかけるようなら班から外すことを検討しなければと頭を悩ませていたよ?」

「えっ」

 フォルはお見通しだった。困った表情のローザリア様が、申し訳なさそうに私達に謝罪してヴィヴィアンヌ様を引き取ってくれたのはこのすぐ後のことである。


 なんか、ローザリア様の為というよりヴィヴィアンヌ様が一人で空回っているような……。あんな誘い方はフォルでなくても何か気づくような。でも、果敢にぶつかって行く勇気がすごい。ヴィヴィアンヌ様もなんだかんだでフォルが好きであるようだし、あれが恋する女性の力なのかもしれないなぁ。

 ……はぁ。フォルはああ言ってくれたけれど、実は最近あまり授業に集中できている気がしないのは事実なのである。テスト結果は悪くなかったが、夏の大会時期も近づいているのに困ったものだ。

 何がって、魔力制御が思ったより慣れない。この歳になってまさかの発言であるが、「魔力の制御に苦戦」している。

 例えばこう、フォルが……

「アイラ、これ字が間違っ……」

「ひゃい!」

 考えてるそばからこの有様だ。声が裏返った!

 だが、フォルが悪い。いまさらだが、フォルの距離が近い。気づけばさらさらの、しかしやわらかそうな銀の髪が目の前で揺れていることはよくあることであるし、同じ色の長い睫が、紫苑色の混じる瞳が目の前にあると、息が止まりそうになる。

 その指先がたまに私の頭に触れゆるりと撫でながら「よくできてる」と授業結果を褒められる様子など、昔の私ならなんだか子ども扱いだなと思ったことでも今では心臓の鼓動を乱れさせるのに十分な大事件であり、絶対にばれてなるものかと一人奮闘する様をおねえさまが心配そうに見ている事が多々ある。多すぎる。ちなみに私のこの件に関しての誤魔化しスキルは妙に高かったらしく、なぜか周囲にバレていないようだとおねえさまがとても解せないといった様子で首を傾げていた。

 私だってやればできたのである。

 ……それだけ必死であるということだが。

 フォルが誰にでもあんな態度であるならまだ違ったかもしれない。だが、彼はおねえさまには触れない。王子に気を使っているのかと思いきや、仲良くしているアニーにもやっぱりしない。前は愛称で呼んでいたローザリア様にだってしないし、つまり言ってしまえば私だけ。

 なぜ、今までこの状況に耐えれたのか、私は。

 そんなことをおねえさまに相談したらば、「まぁわかりやすいアピールですわよね、アイラ限定の」という心臓によろしくない答えしか返ってこなかった。あ、あぴーる……


 結局は、ちらりと自分の視界に彼の姿が入っただけでも心は浮き立ち、彼と会話できると意思に反して笑みが浮かびそうになり、たまたまであろうと指先が触れただけで心音が高鳴る。無表情を取り繕うのにも誤魔化すのにも必死でしかし慣れるほど頻繁に起きれば、さすがに魔力制御も慣れてくる。が、疲れることには変わらないのでひどく毎日苦戦しているのだ。

 皆こんな状態なのによく恋ができるな、と思わないでもないが、そもそも「好きだ」という気持ちで魔力が揺らぐのは恐らく珍しいのだと、さすがに気づいた。

 たぶん私は、好きな相手が「いなくなる」ことを異常に恐れているのだ。また暴走させてしまうと。

 それなのに、私の眼球が勝手にフォルを追う。なんてこった。



「お嬢様、無理をなさらないように」

 ハラハラとした様子で心配そうなレイシスが、屋敷の玄関口まで見送りに出てくれた。

「あはは、大丈夫。街中の、しかも貴族街での護衛だから」

 私にとっては学生の間しかできないような仕事だ。精一杯頑張ろう。それに、貴族のパーティーに潜入できるなんて最近の情報をゲットするチャンスである。

 しかし問題は、いつもと違う服装であることか。私は貴族令嬢らしいドレス姿(らしいと言っても私にとっては珍しい服装だが)、フォルなんて殆ど兜で顔を隠している。見た目もそこまでごついわけではなく軽いタイプの鎧であるらしいが、これで動けるんだろうか、フォル。

 ちらりとフォルを見ると、フォルは「ははは」と兜のしたでくぐもった笑い声をあげた。

「仕方ないよ。僕が貴族のパーティーなんかに顔を出したら、護衛でもさすがにバレちゃうし」

「目立ちますもの。仕方ありませんわ」

 おねえさままでそんなことを言うので、確かに、と頷いて皆で笑う。フォルは令嬢の使用人としてパーティー会場の壁際につき、私が直接令嬢の傍で待機する予定なのだ。


 最後まで心配そうなレイシスに見送られつつ、フォルとガイアスの二人と一緒に貴族街に向かう。

 約束の屋敷が見えると、ガイアスは「じゃあ俺は近くでお前らを見てる」とぱっと姿を消した。


「さすがガイアス。完全に気配を絶ったね。彼はいい戦士になる」

 フォルがそんな言葉を言いながら、慣れた様子で大きな屋敷の門兵に近づくと話し出し、程なく私達は件の令嬢の元へと案内されたのであった。



 私達の護衛対象である令嬢は、私より一つ上。成人したばかりの少女であった。

 儚げな印象そのままに、控えめので大人しく心優しい少女のようで、学生でしかも依頼でやってきた私たちに開口一番「我侭を押し通しお願いすることになってしまって申し訳ありません」という謝罪を口にした、貴族にしては少し珍しい少女だ。

 ロッカス伯爵家長女アネモア様。彼女が今日参加するのは、幼馴染であるハイドラン伯爵家次男ととある侯爵令嬢の婚約披露のものである。

「……どうしても、最後まで笑顔でお祝いしたくて。いつもの護衛である方たちは、そもそもパーティーに参加すること自体反対でちょっと口うるさいの」

 茶目っ気を見せながらそう話す令嬢の顔色はあまり良くない。もしや、という考えが頭を過ぎる。

「元気な姿で最後まで笑顔で出席して、今度こそ諦めたいから」

 ぽつりと零された言葉で、彼女の恋が終わりを告げるものなのだと知った私は、思わず心を隠すように胸元を手で隠し、微笑んだのだった。


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