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 あまりにも驚いたとき、人は動けなくなるらしい。

 校長に何を言われたのか、理解できないのかしたくないのか、私は壇上を呆然と見上げ、視界に見知った銀色が現れた時、それが中央へ寄るのをじっと見つめていた。

 ふと銀色が揺れる。これほど離れた距離では壇上の彼が私をすぐ見つける事なんてできる筈もないのに、目が合った気がした。

 かすかに笑みが浮かぶ唇を呆然と見た瞬間、はっとする。

「……が、ガイアス、レイシス、行こう。待たせる事になる」

「あ、ああ」

「は……い、お嬢様」

 やはり二人も呆然としていたらしい。当然だ、二人とも見た筈なのだ。特殊科に入る生徒は選ばれた階級の人間だと、入学前に学園案内の冊子で。


 騎士科に選ばれたと喜んでいた時の二人とは打って変わって緊張した面持ちで歩き出した二人の後ろに続いて歩き出す。

 突き刺さる視線。なるべく見てはいけないとわかっていた筈なのに、あまりにも強い視線を感じたので目を向けてしまった時、最後に見た青い顔とはまったく逆の、真っ赤な顔で震えるフローラが見えた。夕食会前に髪はなんとか直せたのか綺麗に戻っていたが、そんな事は些細な事だったと思うほど今の彼女は全身で怒りを露にしていた。

 そしてその隣に、もう一人。赤い髪の少女が私を睨み付けている。どこかで見た顔だと考えながら、だがしかしその程度の関わりの少女に向けられる怒りに内心ため息を吐きながら私は壇上に向かった。

 フォルはもう視線を校長に向けていて、私達三人が近づいてもこちらを見なかった。今更だが、フォルに出会った時彼は明らかに正体を隠そうとしていたのだから、会った事がないという事にしたほうがいいのかもしれないと考えて、後でガイアスとレイシスに相談しようと決める。

 驚きすぎて名前を覚える余裕がなかったが、私達の他に呼ばれた生徒はもう揃っていた為に私達が最後になった。横に並び、校長からバッジを受け取る。

 正直頭が真っ白で、きちんと一礼したかすら自信がない。

 なんで、私達が選ばれた? 私は辛うじて貴族だけれどそれこそつい最近までただの商人の娘だったし、ガイアスとレイシスは私と幼馴染と言っても立場は使用人だ。

 受け取った金の複雑な模様が描かれたバッジは、そんな筈はない小さな物なのにやたらと重く感じた。


 私達が元の場所に戻ると、夕食会はその時点で各自自由解散となった。

 ガイアスとレイシスは無言で私の手を握ると、そそくさと会場を後にする。

 解散と同時にさっさと引き上げた為特に誰かに呼び止められる事はなかったが、突き刺さった視線がすべて痛く感じた。悪意のこもった視線だけではない筈なのに。


 自分たちの寮に戻り玄関の扉を閉めた時、三人全員の口からはぁ、と深く大きなため息が出た。

 戻ってきた事に気づいたレミリアが笑顔で出迎えようとしていたのに、私達の様子に慌ててどうかなさったのですかと心配そうに覗き込んでくる。

「いや、うん。ちょっと疲れた……ごめんレミリア、お茶お願いできる?」

「畏まりました、少々お待ちください」

 ぱたぱたと奥に消えるレミリアに続いて、私達は私の部屋に集まりそれぞれ椅子に掛けた。

 ここ数日も、話がある時など集まるのはほとんど私の部屋だ。それぞれ定位置になりつつある椅子に腰掛けると目の前のテーブルに突っ伏した。テーブルは四人座れる丸いタイプで、初めから部屋に備え付けられていた物だが、白くて可愛い猫足のアンティーク風のテーブルだ。関係ないがそこに美少年が突っ伏してるのは絵になった。

 この二人、今ならピンクのレースたっぷりなふりふりドレスとかアリなんじゃないかと現実逃避していると、目の前にお茶とレミリアお手製のお菓子が置かれた。

「あ、ありがとうレミリア」

「いいえ」

 にこにこと微笑んでレミリアはガイアスとレイシスにもお茶を振る舞い、下がろうとしたところで引き止めて一緒にどうかと誘うと、彼女は少し困ったように微笑んだ。

「レミリアにも私達の状況説明したいし、ここは私達しかいないのだからいつも通りでいいんだよ」

 少しの間逡巡したようだったが、レミリアは空いている席に自分の分のお茶を用意すると腰掛ける。そこでようやく項垂れていたガイアスとレイシスが頭を上げ、皆でお茶を一口含むとほっと一息ついた。

「……あの、何があったのでしょう?」

 不安そうにレミリアが尋ねる。

 彼女は夕食会前のあの件のせいで何かよくない事があったのではと気に病んでいるようなので、即座にそれを否定する。

 彼女は元々食堂の娘で、兄がベルマカロンに勤めているのでお手伝いに来ていただけのところを母が侍女をやってみないかと誘ったのだ。母からおいしいお茶の淹れ方や簡単な侍女の仕事を習った他は独学だ。私が不満に思う事はないのだが、彼女が常に良い侍女であろうと努力しているのは知っている。

 そんな彼女がどうにも苦手としているのが、魔法だ。魔力はあるのに上手く使いこなせない彼女は、今も毎日ゼフェルおじさんに言われた魔力を制御する練習を欠かさない。

 そもそも彼女が一緒にお茶をという誘いに困った様子を見せていたのは、本来の使用人ではありえないからだろう。だがしかし、私達の家は元は商人であるし、父母すら使用人の立場の人間は友として扱い、明確な上下関係などうちにはなかったのである。もしかしたら彼らの事を考えるときちんと分けるべきであったのかもしれないと一瞬考えて悩み、母に今度相談してみようと考える。

 あの少女の吐いた言葉は間違いなくレミリアを深く傷つけた筈だ。そう思うと、やり過ぎたかな、と思っていた気持ちが薄らいでしまうのだが、私はもうそれでいいかと納得する事にした。あちらは自業自得であると思う事にする。……ガイアス辺りに言えば怒られそうではあるが。

「実はね、これなんだけど」

 テーブルに例のバッジを置く。レミリアが不思議そうにそれを眺め首を傾げたので、これを貰った経緯を説明すれば、彼女はさっと顔色を変えた。

「特殊科は貴族でも選ばれた階級の方がなると……えっと、でもきっと皆様が選ばれた事は喜ぶべき事なのでは……いえ、でも……」

 混乱したレミリアの言葉に、私達三人は視線を合わて少し驚く。

「そういえば、これ普通なら喜ぶべき事か?」

「でも分不相応は身を滅ぼすよ。間違いなく嫉妬の対象になる。俺らはいいけど、お嬢様は医療科で一人になられる時間帯があるんだ、喜ばしいとは言い難い」

 双子二人の言葉を考えつつ、私はごくりとお茶を飲み干して……覚悟を決めた。

「もう選ばれちゃった上に壇上でバッジ貰っちゃったのよ、仕方ないと腹をくくるしかないわね」

 カチャリとカップをソーサーに置くと宣言した私に、三人は目を丸くしつつ頷く。

「そうと決まれば面倒だけどちゃんと対策は取らないとね。あとフォルの事で相談があるんだけど」

 ぱっと思考を切り替えて、その日は夜遅くまで話し込んだのであった。



「いい、レミリア。部屋から一人で出るときは絶対これを持ち歩くのよ」

「はい、お嬢様。ありがとうございます」

 レイシスに頼んで作ってもらった防御魔法が込められた魔法のお守りをレミリアに持たせる。朝早くに学園から届いた制服に身を包んだ私達は、玄関でそれぞれ手に握り締めていたバッジを微妙な気持ちでそれぞれの左胸につけた。

 ガイアスとレイシスは、紺色に黄色のラインが袖や襟についた騎士服だ。剣帯は黒いシンプルな物で、剣を使わないレイシスも一応学園に貸与された剣を腰に携えていた。全員一通りの武器の修行があるそうだ。

 私は、白地のロングスカートのワンピースに紺色のラインが入っており、その上に紺の上着を羽織っている。紺色は学生の色らしい。上着が前世でよく見たブレザーにも少し似ている医療科の制服は、胸元にピンクのネッカチーフでリボンを作っていて可愛らしい制服だ。

 チーフリングは好きなものを使用していいようなので、今度の休みにでもお店に見に行ってみようと思いつつ胸元を見て、きらきらと金色に輝く丸いバッジが目に入り思わず唇を引き結ぶ。

 今日はこの後同じ学年全員があの大きなホールに集まった後、午後からそれぞれの科に分かれて最初の授業がある。何があるかわからないが、気合を入れるしかない。

 顔を上げると、似たような表情をした二人と目が合って苦笑する。よし、と気合をいれるようにガイアスが声を張り上げると、玄関の扉を開いた。

「行こうぜ!」

 元気よく告げるガイアスに気持ちが引っ張られるように外に出た私たちは笑いあい、広い廊下に出る。


 しかし、なんとなく予想したとおりというべきか、二度あることは三度あるというべきか。

「あーら! アイラ・ベルティーニ様ではございませんこと?」


 ……振り返らなくてもいいですか?


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