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「うわぁ……」

 学園に到着した二日後、漸く落ち着いた私達は学園内を散策してみようという話になった。昨日まで荷物の整理や準備でとても忙しかったのだ。

 レミリアに足りない物の買出しは任せて私達は学園に慣れる為にも今日までに片付けは終わらせようと約束していたのだが、あまりにも広すぎる敷地内を今日一日で全部見て回る事は早々に諦めて、遠方から訪れる生徒の為に用意された寮の周辺を中心に探検しようと、ガイアスとレイシスの二人と一緒に出かける。


 私がまず外に出て驚いたのは立派な建物でも人の多さでもない。

 寮の周囲は美しい花壇に囲まれていた。色とりどりの花々は瑞々しく、美しく咲き誇っており、自然の花畑のよう。そして。

「精霊の数、ものすごいわ」

「そうなのか?」

 ガイアスが不思議そうに首を傾げ、レイシスもへぇと呟きながら周囲を見回す。見えない彼らの反応はそんなものだが、私は驚きでその場から動けないでいる。それほど、多いのだ。

 普通、自然そのままな森のような場所ならば、それこそものすごい数の精霊がいても別に不思議ではない。精霊は自然を好む。ベルティーニの屋敷は森に囲まれているので、小さい頃はその数の多さが普通だったのだが、街に出てからはその認識を改めたくらい、少ないのだ。

 精霊というのは植物が芽吹けば初めからその場に存在するわけではない。

 植物の精霊というのは植物そのものと勘違いされがちだが、そうではなくどこからともなく現れた精霊が己が身を寄せる植物を選ぶのだ。

 花壇といえば子爵の家では、たまたまあそこの花に惹かれて集まった精霊達が、花が常に咲き誇るようにかけられた魔法を自分達も浴びてしまったのだろう、あの場にいる精霊達は皆こそこそと隠れ辛そうにしていた。

 ところがここの精霊達はとても楽しそうに過ごしているように見える。人工的に整えられた鮮やかさではあるが、無理のない手入れが行き届いているのだろう。

「とても素晴らしい庭師がいるのね」

「確かにここの花々は屋敷の裏手にある花畑みたいに生き生きしているように見えますね」

「あ、そういえば知ってるか、有名な王都の公園、実は学園の敷地内なんだって」

 ガイアスからもたらされた情報に、思わず飛びつく。

「本当!? 公園って、あの桜のある!?」

「ああ、今の時期なら丁度咲いているんじゃないか。サフィル兄上が王都に行った時期も今頃だったと思うし」

「そうだね、もしかしたら少し早いかもしれないけれど」

 二人の言葉に、思わず行きたい! と声高に宣言する。

 サフィルにいさまが王都で見た、この国唯一の桜の木。サフィルにいさまがプレゼントしてくれたあの石の桜。

 聞けば、場所は寮より少し離れているらしい。予定を変えてしまうことになるが、二人は笑って公園に行く事を勧めてくれた。

 

 入学式を執り行うというドームのような大きな建物を越えて、周囲の景色を楽しみつつたどり着いたそこはまさに緑の公園だった。

 たくさんの草木が、待ちかねていた春に生き生きとその葉を日光に当てている。

 この世界でも入学は春に始まる。何かの始まりというのが、植物が活動を開始するこの時期に行われるのは素敵な事だ。嬉しそうな精霊達に囲まれて迎える始まりは、少しばかりの不安に心配ないよと言ってもらえているようで安心する。

 それは、精霊が見えない人も同じではないだろうか。ガイアスとレイシスも、この景色を穏やかに楽しんでいるようだから。


「あ、あれ、噴水かな」

「おお、街のヤツより大きいな!」

 ガイアスとレイシスの声に、横で笑い合っていた精霊から視線を外し前を向くと、そこには日の光を反射して流れる水の煌きがあった。

 日本でよく見ていたような下から噴出すようなものではなく、オブジェの上から水が流れ出ているものだが、とても美しい。恐らく魔法の力で水の流れをコントロールしているのだろうが、これで夜にライトアップなんてされたら間違いなくデートスポットになる。

 素敵だねぇと三人で見上げる。風のそよぐ音、水の流れる音、そしてこの場所の空気は、まだ離れてから数日しかたっていない故郷を思い起こさせる。

 それを感じていたのは私だけではなかったようで、ちらりと視線を向けると同じような動作をしている二人と自然と視線が絡み合って。

「……別に寂しくなんてないぞ?」

「ガイアスは別にいい。お嬢様、何かご心配事があればいつでもお話ください」

「わ、私は別に大丈夫よ。二人こそ、懐郷病にかかったらすぐ言うのよ!」

「それ一番心配なのはお嬢様ですけどね」

「えっ」

 ぐっと言いよどむと、ガイアスのにやにやとした笑いが目に入り、つい口を尖らせて子供みたいに「ふんっ」なんて言い捨てて私は噴水の奥に足を進めた。

 すぐにはっとして足を止める。

「あった……」

「え?」

 後を追ってきたガイアスとレイシスが私の視線を辿り不思議そうに首を傾げた。それはそうだ、目の前にあるのは葉もない枝が目立つ木だ。

 だがしかしそれは間違いなく桜の木だった。まだ、蕾の。

「これ、桜だよ」

「そうなのか? なんか聞いていたのと違うけど」

「まだ花が咲いてないんだよ。小さな蕾がいっぱいついてる。これからだね」

「ほんとに、葉はないんだなぁ」

 他の木が殆ど緑に包まれているのに対して枯れ木のように見える桜を、二人は少しばかり残念そうに眺めている。桜は他の木に隠れるように生えていたから、もしかしたら日陰になっているせいか少し開花が遅いのかもしれない。

 桜の木だと確信したのは一本だけだ。そこで、ふと違和感に気付く。

「あれ、この桜、精霊がいないわ」

「え? そうなのか。でも別に精霊がいない木もいっぱいあるんだろ?」

「そうなんだけど……あんなに綺麗な花が咲くのに精霊が寄り付かないなんて、不思議だなぁ」

 こう思うのは私が緑のエルフィだからかもしれない。もしかしたらまだ蕾だから精霊もどこかで休んでいるのだろうかと目を凝らしたが、まったく精霊の気配がない。

 少しばかりの疑問を残しつつも、明日は入学式だし帰りながら数箇所施設の場所を確認しなければいけないからと、早めに戻る事にする。また、ここに桜を見に来る約束をして。




 次の日、私達は昨日公園に向かう前に見た大きな建物に足を踏み入れ、厳かに執り行われる入学式を迎えた。

 初日の今日、制服はない。この後の適性検査を受け、淑女科と紳士科以外の生徒には後日制服が用意されるが、今日は皆落ち着いたデザインのドレスや礼服を着ている。私も朝からレミリアにお願いして準備をしたが、普段あまり結い上げない髪を今日は綺麗に纏めているので首筋が少しひやりとして落ち着かない。

 どこか緊張した空気に包まれた中、教師達や国の重鎮達の挨拶があり、なんと驚いた事に王直々の祝辞まであった。城のすぐ傍に学園があるのだ、その可能性もあったのにまったく思いつきもしなかった私は、王の優しそうな顔、そして生徒達を激励し、期待しているという言葉を、複雑な心境で聴くはめになる。

 マグヴェル子爵がその後どうなったのかは聞いていない。だが、罰せられた筈なのに心は晴れない。

 貴族中心な世界。学校の入学も、医師の診察すら庶民はまともに受けさせてもらえないことがある差別される世界。

 父が、貴族になった途端商売の取引先が増えた、と項垂れていた。扱う事ができる分野が増えたと悔しがっていた。商売すらその状況だったのだ。それを、私は貴族になるまで知らなかった。

 私にはまだ知らないことがたくさんあるのだろう。この学園で何があるかわからないが、たくさんの同じ今年入学の生徒達に囲まれて、私は決意を新たにするのだった。



「にしても、すぐにテストだもんなぁ」

 兵科を受けるガイアスとレイシスの二人と別れ、一人医療科の試験を受ける為に移動する。

 先程まで筆記試験でした。一応全ての適正を検査するらしく全員共通だ。意外と学問に力を入れている国らしい。私は、言わずもがなだが計算が強い。商売に携わっていたのもあるが、数学に関しては前世の方が難易度高かった。もうほとんど忘れてるけどね!

 他の教科も悪くはない……と、思う。正直数学以外なんて歴史も言葉も何もかも違う世界だ、前世の知識なんてまったく役に立たないのだから、こんな大人数の中での評価を受けるなんて初めてなので自信がないのはある意味当然だ。ちなみに、意外と言うと大変失礼な話ではあるが、ガイアス、レイシスの二人は頭がいい。レイシスは違和感ないけどね……というより、暗記系に関してはガイアスのほうがたぶんすごい。私より勉強時間が少ないのに、あの二人の方が成績がいい時があったくらいだ。まぁこちらもあくまで三人の中での話しではあるのだが。


 緊張しながらも試験会場の扉を開けると、そこには予想よりたくさんの人がいた。医療科は希望する人が多いのかもしれない。視線が今扉を開けて入ってきた私に一瞬集中して、すぐにまた興味をなくしたように思い思いの方に散っていく。

 着ている服を何気なく見て、やたら上等な生地で仕立てられたものだということに違和感を感じる。様子を見ていると、どうやらここにはずいぶんと貴族のお嬢様が多いことに気付く。貴族のお嬢様が医者を希望しているのだろうか。不思議に思いつつ空いている壁際の椅子に座って、自分の順番を待つ。

 なんとなくだが、ぼんやりと辺りを見回していると複数のグループが出来てる事に気付いた。前世でも女子はグループを作るものではあったが、もうか、早いなぁと思いつつ、貴族のお嬢様グループに入りたいとも思えずにぼんやりしていたせいか、自分に近づく集団に気付くのが遅れた。

 影が視界に入り、なんだと思って顔を上げると、扇子を手に微笑む明らかにお金持ち貴族令嬢の集団が目の前に立っていた。

王道な感じで、いやな予感しかしない貴族のお嬢様登場です。


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