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 小さい子が、『生まれてくる前の話』を語る事があるという話を聞いた事があるだろうか。


 例えば、暗くて狭かった、だとか。

 プールの中でぐるぐる回っていただとか。

 中には、母親が妊娠中によく聞いていた音楽などに対し、おなかの中にいたときに聞こえてきたよ! と答える子供もいるそうだ。

 そして確かにそれは『産まれる』前の話ではあるのだが、それよりさらに前。母の胎内にまだ存在すらしていない時期、それこそ『生まれる』前の話を語る子もいる。


 曰く、数人の女の人がいて、ママがいいと思ったから選んだだとか。

 お空の上からそのお腹に飛び込んだだとか。

 いっぱいお友達がいる所で、遊びながら自分の順番を待っていただとか。

 それが事実であるかどうかを確かめるすべはないのかもしれないが、私はどうやらそれを、唐突に思い出してしまったようだ。



「アイラ。あなたは生まれる前の事を覚えているかしら?」

 ベルティーニ家自慢の庭で、おっとりとした母がお茶を飲みながら楽しそうに私にそう言った。

「うまれるまえ?」

 唐突にされた質問。私がその言葉を理解した瞬間ぴたっと動きを止めた事に気付かず、母は「私が小さな頃は、お母様に暗いところで壁を蹴って遊んでいたと答えて大層びっくりさせたそうよ」と隣にいた母の友人でありこの家の調理人でもある、今は小さな赤ちゃんを抱いたリミおばさんに笑っていたが、私はそれどころじゃなかった。


 生まれる前。

 そう考えた時、一気に私の脳内に記憶が蘇る。いや、蘇りすぎた。




 たくさんの子供と一緒に雲の上にいた私は、気になる女性を見つめつつも躊躇っていた。

 なかなか降りない私に声をかけたのは、背が高い男性だったと思う。年齢も顔も覚えてはいないのだが。

「どうしたんだい」

 そう尋ねられて、私はむっと口を尖らせた。

「どうせ生きても苦労するだけだもの。散々だった。病気で弱い身体のせいで友人もできないし両親も不仲だった。一人ぼっちで、あんな思いする為にもう一度生きるなんてまっぴら」

 見た目は幼子である私の口から出る言葉は随分不釣合いだったと思う。今そんなことどうでもいいが。

「そうかな? 大丈夫。次はきっと楽しい人生さ、見てごらん」

 男の言葉に、自分が先ほど気にしていた雲の下に見える女性へともう一度目を向ける。そして、息を呑んだ。

「ほら。君が好きそうな世界だろう?」

 女性は、目の前の花と話していた。いや、正確に言えば、花びらの上に座っている、羽の生えた……妖精、のようなものと話していた。

「見えるんだろう? 花の上にいる、彼らが。素敵な世界だと思うよ」

「妖精……!」

 確認してしまったその姿。思わず飛び込みそうになって慌てて留まる。

「ず、ずるいじゃない!」

「あれ、おかしいな。君好みのファンタジーな世界だと思うのだけど」

「うっ……うるさいな、それは私が中二だとでも言いたいの!」

 わめく私に、その男はにこにこしてる。

 だがしかし男の言う言葉は事実だった。つい、また下を見てしまう。可愛い妖精。ファンタジーな世界! ああ、魔法もあるのかな、どんな世界かしら! 前大好きだったRPGゲームのようなかっこいい魔法もあったりするのかな。ああ、よく見たらあの女性が着ている服はまるで西洋の中世のドレスのように見える。ますます気になる!

 だ、だけど……どんだけ憧れがあったとしても、まったく知らない世界はやはり怖いと思う。いや、生まれてしまえばそんな事無いのかもしれない。本音はやっぱり、また一人ぼっちが怖いのだ。

 そんな事を躊躇っていると、男が焦れたように言葉を続ける。

「大丈夫。きっと次は君は、生きていると実感できる筈。努力すらできなかった前世とは違う。この世界は、あの世界に似ていてそしてまったく違う」

「でも……」

「ああ、もう。特典もつけてあげるから。さっさと行く! 君が行かないと困るんだ」

「へ、はぁ!?」

 一度私の頭に触れた男は、その後思いっきり私の背を押した。それはもう無慈悲に、どかんと。しかもしっしと言わんばかりに手の甲を向けて両手をひらひらしている。あいつ、次会ったら……って、落ちる!

「きゃああああああああ!?」



「アイラ!」

「おじょうさま!?」

 名前を呼ばれて叫んでいることに気付き、私は息を吐き出すのをやめて目を開けた。私の視界に、淡い茶色の瞳が飛び込んでくる。

「アイラおじょうさま、どうしたの!?」

 右手をくいくいと引かれて視線を動かせば、そこにも淡い茶色の瞳。心配そうに顰められた眉も、正面にいる男の子とそっくりだと気がついて、そうだ、と気付く。

「なんでもないよ、サフィルにいさま、レイシス」

「お、おどろかせるなよな!」

 今度は左手をぎゅうっと握られ目を向ければ、またそっくりな……いや、二人より少し勝気な顔をした男の子が、しかしその表情を焦ったものからほっとした様子に変えた。

「ごめんね、ガイアス。だいじょうぶだよ」


 ここはもう、あの雲の上でみた、下の世界だ。


 私はアイラ・ベルティーニ。この世界で、メシュケットと呼ばれる国の大商人の娘として生まれた。そう、今の今まで何の疑いもなく生きて、そして……たった今から……

「前世の記憶が残ってる……!」

「なぁに、どうしたの、アイラ」

 小さく呟いた声に、少し心配そうな顔をしたお母様が私の顔を覗き込む。

「ううん。ちょっと、虫さんが目の前通って、びっくりしたの」

 へらりと笑っておく。私は今、幼子である。突然変な事を言ってはいけないと、混乱した頭で考えて。

「おーい何かあったのかい」

 遠くから、お父様の声がする。私の叫び声にびっくりして心配してくれたのだろう。

 なんでもないですわ、と母が返事をして、場が和やかな空気に戻る。

 ああ、暖かい。

 私を今囲んでいる三人の子供達は、私の兄弟ではない。母の隣で赤子を抱いている、リミおばさんの子供達だ。けれど実の兄弟のように仲良くしているし、さらに今私の母は愛おしそうに自らの膨らんだお腹を撫でている。もう少しで私にも兄弟ができる。この世界では私は一人ではなかった。


 おりてよかった。……乱暴なのはどうかと思うけど。



 私はこの人生を大切に、今度こそたくさんの事にチャレンジして生きよう。きっと悲しかったことなんて、すぐ忘れるんだろう。



 そう思っていた、のに。


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