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「とりあえず、合流できてよかったか」

 はあ、とため息を吐き腕を組みながらも、ベリア様を見て王子はふっと笑顔を見せる。

 気づけば稽古をしていた皆も集まって、ベリア様を囲んでいる。なんだかなつかしい、と感じた瞬間口元が緩むのを感じた。

「もうすぐ、学園かぁ」

 ぽそりと呟いたのを聞いたフォルが、ふわっと笑みを見せた。同じ思いだと嬉しくなって笑い合い、皆と雑談を交わす。

 主にベリア様の道中についてだが、恋人と世界中を旅したいと言っていた割には彼女は相当な方向音痴らしい。学園で神出鬼没なのもそのせいかもしれないと笑い、休憩の時間は過ぎていく。

 そろそろ馬車に、と騎士達に促され、ガイアスたちが動き出す。私も荷物を纏めると、何かに気づいたフォルが私のポーチに手を伸ばした。

「アイラ、これ……」

「ああ、あの……マグヴェルが連れていた女の人の持ってたやつ」

「例の小瓶か?」

 私達の会話に気づいてひょいっと間に入ってきた王子が、私から小瓶を受け取るとそれを空に透かすように掲げた。例の小瓶とは、イムス家の事件で多く使われたあの魔力を一気に増幅させる薬の入っていた小瓶のことだ。

 マグヴェルの連れていた女性と戦った後、胸に隠していた小瓶を奪い取ってそのまま私が持ち運んでいたのだが、すっかり忘れていて最近思い出したのである。

「一滴も残ってないか。あいつどのみち長くなかったんだな」

「え?」

「アイラ。マグヴェルのその後は知りたいか?」

「……え?」

 突然の王子の、小さな声を思わず聞き返す。

 マグヴェルのその後。……ただではすまないだろうとは思っていたが。

「……それは」

「双子はあえて言わなくていいといっていたが。どうする」

「……えっと」

 続きを答えられない私を、フォルが心配そうに覗き込む。

 吸い込まれそうな銀の瞳を一度見つめたあと、私は顔を上げた。

「聞きます」

「そうか。……二度と、会うことはない」

「……わかりました、ありがとうございます」

 あえて濁したのか、それとも他の理由なのか王子ははっきりとは口にしなかったが、マグヴェルはやはり……そう考えたとき、私は自分の心がちっともすっきりしていない事に気づく。


 話をしなきゃ。アルくんと……。



「レイシス様、ガイアス様。間に座っていいですか?」

「却下」

「えー!」

 馬車の中に入ったところで聞こえてくる声に、思わず苦笑する。

 後ろで騒ぐ三人を見ながら、王子とおねえさまが二人並んで座っているのをちらりと確認し、私はぽつんと一人で座っているルセナを見つけてそばに寄り、隣に腰掛ける。

 一度だけ顔を上げたルセナは私を見ると、無表情のまままた外を眺めだした。

 そんな私の隣にフォルが座り、私の膝にアルくんが飛び乗ったところで、馬車がゆっくりと動き出す。

 ルセナは目の下に大きな隈を作っている。

 ちらりとルセナを見ながら、私は何も言わずにただ馬車の揺れを感じた。何か口にするのも、違う気がしたのだ。

「……おねえちゃん、場所、変わろうか?」

 しばらくして、はっとした様子を見せたルセナのほうから話しかけられて驚いて隣を見る。

 ルセナはまっすぐに私を見つめて、眉を下げて首を傾げた。

「ご飯前は、おねえちゃんも外、見てたでしょう?」

 その言葉で、漸くルセナの言葉の意味がわかる。酔ったかも、と外が見え風の当たる端に座らせてもらっていたから、気にしていたのかもしれない。

「大丈夫。ここからでも、外見れるし」

「でも、間に座ってるの、身体揺れて不安定じゃない?」

「ふふっ、大丈夫だよ、ルセナ」

 心配してくれているルセナにほっとして笑みを返す。すると、私の前を通過して伸ばされた手が、ぴたりとルセナのおでこに触れた。

「……ん、大丈夫かな。ルセナ、僕は君も心配だけれど。少し、眠ったらどうかな」

 手の正体は私の隣にいたフォルだ。魔力の流れでも見ていたのかもしれない。お医者様のようなフォルの言葉に、ルセナは眉をさげる。

「寝れない……けど」

「けど?」

「おねーちゃん。肩借りていい?」

 ルセナの言葉を少し考えて意味を理解し、笑う。

「どうぞ」

「ありがと……フォル、いい?」

「そこで僕に聞くの?」

 なんだか困ったような表情のフォルを見てルセナは久しぶりの笑みを見せると、こてんと私の肩に頭をのせた。

 ふわふわの髪が一瞬だけ頬をくすぐったが、それはすぐにやむ。しんとしてしまったルセナをほんの少しだけ顔を動かして覗き込むと、すでに目を閉じていた。

 規則的な呼吸に、もしかしてもう寝ちゃったかな、とその長い睫を見つめる。

「……寝てるね、よかった……と言うべきなんだろうけど、うーん」

 苦笑したフォルはそういうと、後ろに手を伸ばし心得たと頷いたおねえさまからブランケットを受け取り、ルセナにそっとかける。

「早く戻りたいね」

「そう、だね」

 二人で小さくそんな言葉を交わして、学園に思いを馳せる。

 アーチボルド先生たち、元気かな。アニーはどうしているだろう。突然いなくなっちゃって、トルド様と班での授業、人手が足りなくなって迷惑かけちゃっただろうな。きっとレミリアもすごく心配してる。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、私はぐっすりと眠っているルセナにつられ、うとうとと瞼を閉じたのだ。


「お邪魔しまーす!」

 宿の一室にそんな声をあげながら入って来たベリア様を見て、おねえさまと二人で笑顔で迎え入れる。

 つい先ほどまで部屋割りで「男女混合で部屋を決めないと小説のようなハプニングがおきません!」と訴えていたのだが、どうやら王子とフォルに説得されて女子部屋にきたらしい。

「こうなったら女子会です! 先輩たち、何か素敵な恋バナしてください!」

「ええ!」

 思わず声をあげたが、私もおねえさまも笑顔だ。ふと、周りを見回したおねえさまが、首を傾げた。

「アルはいないんですの?」

「アルくんなら、ガイアスたちのところです」

 ああ、と納得した様子を見せたおねえさまは、少し宙をにらむと一度頷き、にっこりと笑う。

「……では久々に、そんな話しちゃいましょうか」

「え! おねえさま?」

 まさか同意するとは、と驚いておねえさまを見ると、おねえさまは楽しそうに微笑んで立ち上がる。

「これは、お茶の用意をしなければなりませんわね。夜はまだまだこれからですもの」

「そうこなくっちゃ!」

 嬉々として手をあげるベリア様と二人、食堂にお茶を頼んでくると出て行くのを見送って、一人で出遅れたと気づく。

「珍しいな、おねえさまが乗り気なの」

 そう思いつつも、どこかほっとする。それがアルくんとの会話を先延ばしにする理由になると思っているわけではないが、まだ悩んでいるのだ。

 今は二人きりになる機会はない。もちろん、アルくんとは口に出さずとも会話は可能だが……。

 学園の、あの屋敷に戻ってからにしよう。

「それか、桜の木の下……」

 学園の公園を思い出し、あの一本だけ咲く桜の木の姿を思い出しながら、ポケットにある石を取り出して手のひらの上を見つめる。

「桜、か」

 桜の木の精霊だと思っていたアルくんは、この石の中の桜の精霊だという。しかし私は、これが桜の花を閉じ込めた『石』である事にひっかかりを感じていた。

 これ、魔石なのかな。……そもそも魔石のエルフィって聞いたことなかったし、それこそメシュケットはあちこちに魔石があるけれど……私はその精霊に気づいた事、なかったんだけどな。

 わからないことだらけだ、と一度石を握り締め、ポケットに戻す。もしそうだとしたら……? と少しだけ考えて、すぐに止めた。

 石についてはわからないことが多すぎるのだ。

「そうだ。ラビリス先生ならもしかして」

 あの移動魔法の暴走でもう砕けてしまったが、護衛の魔法石をくれたラビリス先生なら石に詳しいかもしれない。錬金術は鉱物もよく使うと聞くし、これは、学園に戻ったら聞いてみたほうがいいだろう。

 解決の糸口が見えた気がしてほっと息を吐くと、楽しげな笑みを浮かべたおねえさまとベリア様が戻ってきた。

「さて! 夜はこれからですね!」

 もうすぐ王都、というところに入った今、皆穏やかな表情をしている。ほっとしつつも若干の緊張を抱えながら、私はお茶の準備を手伝おうとベッドから立ち上がった。



「それでね! その人がすごいかっこよかったんですよー!」

 お茶を準備し終えたと同時に始まった女子会は、ベリア様の話からスタートだった。というより、ほぼベリア様の話だった。

 どうやら迷子……ではなく、私達を探してくれていた間に、素敵な旅人の男性に出会ったらしい。

「私は王都の学園の生徒。あの方は一箇所にとどまる事がない、風のような人……縮まらない距離、交差しないそれぞれの道……なんというつらい運命なのかしら!」

 ハンカチで目元を拭いながらそう語るベリア様は、どうやら途中からお気に入りの恋愛小説に出てくる文面になぞらえて語りだしたらしく、妙に台詞の言い回しだけが壮大だ。

「そんなに素敵な方だったんですのね」

「そうなんです、ラチナ先輩! 背は私より少し高いくらいで、目がとても綺麗な青色で……紳士的で、まるで王子様みたいでした! あ、デューク殿下とは全然違う感じでしたけれど! そういえば、ラチナ先輩はどうなんです、デューク殿下と『どきどき! 同じベッドで一夜を明かしちゃう!? イベント!』とかあったんですか?」

「は……え! え!?」

「……おねえさま、その反応どういうことですか?」

 明らかにうろたえたおねえさまを見て、思わず突っ込みを入れる。耳まで、いや首の下あたりまで真っ赤に染まるおねえさまをみて、私は決意した。

 明日、おねえさまを独り占めしてやる、と。


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