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 澄み渡る空を見上げて、おねえさまと手をつないだままふっと一度息を吐く。

「今日もいい天気ですわねぇ」

 にこにこと笑うおねえさまに頷きながら、曖昧な笑みを返す。

 少し視線を下げればばたばたと準備で動き回る騎士達。……まさか、と思うが、無意識に手に力が入ってしまい、おねえさまが不思議そうな表情で私を覗き込んだ。

「アイラ?」

「あ、いえ。眠いなーって」

「そういえば昨日あまり寝付けなかったようですわね。馬車で少し休んだらどうかしら」

「いえ、大丈夫です!」

 寝るわけにはいかない。ふるふると笑顔で首を振って、私は足首に身体を寄せていたアルくんを抱き上げる。

 王子が警戒しているのは理解した。だが、それは黙っているように、との事だった。ただでさえ通常とは違う日々なのだ。特におねえさまが少し精神的に疲労が濃いようだ、と王子は心配しているらしい。

 ちらりとおねえさまを見上げる。にこにことしているが、確かにここ最近元気がないかもしれない。一番一緒にいて気づけないなんて、私は何をしているんだろう。私が寝付けなかったのを知っているということは、おねえさまも眠れていなかったのだろう。

 ガイアスとレイシスには王子が話してくれたらしいが、ルセナは少し様子を見るそうだ。自分の領の騎士が裏切っているとなれば、そしてそれが誰かわからないとなれば、ルセナも気に病むだろう。隠すのが正しいかどうかはわからないが、ここは王子の判断に任せようと思う。私は今それを判断できる余裕がないのだ。

 今日もお願い、とアルくんに魔力をこっそりと渡す。アルくんには、騎士を警戒してほしいと伝えてある。

 馬車に乗り込むと、そういえば、とフォルが皆に声をかけた。

「今日、試合の日だね」

「え?」

「あ」

 すぐに気づいた者、気づかない者とで反応はばらばらであったが、やがて皆それぞれ表情を変えて息を吐いた。

「そうか、今日だな、夏の大会。……去年はいいとこまでいけたし、今年こそと思ってたのになー」

 ガイアスが手を頭の後ろで組むと、からりと明るい声を出す。

 去年の大会をふっと思い出した。いろいろありすぎたが、とてもいい経験だった。……今年も負けず劣らずではあるが、参加するものだと思っていたのに出れないというのは少し寂しい。

 ここに飛ばされる前に、稽古してほしいとガイアスたちに頼みに来ていたヴァレリやポジーくんを思い出す。二人は今年、どこまで行くだろう。ヴァレリは今年最後になるし、去年の戦いぶりを見てもかなり上位まで行きそうだ。ポジーくんも去年に比べれば見違える程成長していたし、見るの、楽しみにしていたのだけど。

 ……グラエム先輩、どうしているだろう。去年戦った時もかなり強いと感じたけれど、今年はもしかして優勝争いをするんじゃないだろうか。グラエム先輩は特殊科の先輩に負けない程強いが、その授業態度というか……試験をまともに受けない為に特殊科に選ばれていないだけだとも言われている。まともに戦えば、今年はもしかしたら……。


「優勝は誰になるでしょうか」

「特殊科の先輩たち、こっちに向かってきてそうだよね」

「来るな、とは言ったけどな」

 ぱらぱらと会話を始めた皆を見ながら、精霊の姿になって外に出て行くアルくんを見送る。

 王子がちらりとこちらを確認したのが見えたが特に反応を返すことはなく、あとはアルくんの報告を待つのみだ。

 しばらくすると、ゆっくりと馬車が動き出す。ごとごとと揺られながら、ふと思い立ってグリモワを取り出した。

 私はつい声に出してしまうことが多いが、エルフィは本来伝えたい言葉をごく少量の魔力にのせて精霊に伝える事で、声に出すことなく会話できる。グリモワの子に話しかけて見るが、しばらく待ってみたもののやはり反応はないようだ。

 疲れてるのかな……。

 どういう仕組みで精霊があの石に捕らえられ、そして魔力を強制的に流し込まれたり使われたりしているのかはよくわからない。肝心の石も砕けてしまったし、この子が何も話してくれないのでは私はお手上げだ。

 そっと石の表面を撫でる。感じる魔力でこの子が無事なのはわかるけれど、冷たい石の感触にざわざわと胸が落ち着かない気分を味わった。




 順調に進路を進み、夕方に差し掛かる頃。日暮れに間に合わなかったが、比較的夜の早い時間には休憩予定の町に到着するだろうと報告が入った。

 すでにラーク領を抜けているが、雰囲気はさほど変わらない気がする。

 窓を開けて覗いてみると、どうやら森に入ったらしい。騎士達の警戒レベルが上がったのを肌で感じ、そろそろ時間かな、とレイシスを呼ぶ。

「見張り、交代するよ」

「お嬢様、私はまだ」

「だーめ! 時間で交代、約束したでしょう?」

 ガイアスにもつつかれて、仕方ないといった様子でレイシスが窓際から離れ、風の魔法を解除するのと同時にアルくんと私で周囲の警戒を担当する。

 あと少しだから、と皆の表情にも笑顔が浮かび始めてしばらく。太陽が残り僅かという闇に包まれ始めた頃。


「やっぱり」


 突然呟いた私に、すぐに王子が顔を上げた。

「アイラ?」

「騎士が一人離れて隠れるように信号魔法を使っています。やりますか?」

 信号魔法、とは何のことはない、伝達魔法の応用だ。相手に位置特定させることに特化している為通話はできず、距離も短いというものであるが、今このタイミングで誰に隠れてそんなことをするというのか。

「誰だ」

「昨日デューク様に、王都の騎士が遅れているって報告してた人です」

 やっぱりか、という王子の呟きに、何が起きたのかと首を捻っていた皆がはっとした。おねえさまとルセナが、どういうことだと立ち上がる。

「まさか、騎士の中に……きゃっ」

 揺れで座席に倒れこんだおねえさまを支え、いいから座ってろと王子が抱き寄せる。

「じゃあ、行きます」

 位置を把握している私が適任だろうと、私は小さく詠唱を開始しながら窓を開け放った。


「水の蛇!!」


 突如放たれた私の攻撃魔法に、馬が嘶き馬車が止まる。

 何だ何だと騒がれる中、的確に男を拘束したのを確信してガイアスとレイシスの二人と共に馬車の扉を開け飛び出した。

「な、何事です!?」

 突如飛び出した私たちを見て隊長が駆け寄ってくる。

 うねる蛇に捕らわれた部下を見て「ズオウ!」と名前らしきものを叫ぶ。これでただの勘違いだと痛いものがあるが……

「見つけました! ここから北東の方角から、何か近づいてきます! この音は……獣の群れ!?」

 飛び出したと同時に周囲の音を拾い集めていたレイシスが叫んだことで、はっと顔色を変えた騎士隊長がズオウと呼んだ部下を睨む。

「お前まさか!」

「ひっ」

 昨日以上に汗を流したズオウさんとやらは、顔色を青くし私の蛇の中で身体を縮めた。

 違和感を感じたが、すぐにアルくんから近づいているのはグーラーの群れだと聞かされて、叫ぶ。

「デューク様、グーラーです!」

「ちっ、戦闘準備だ! アイラ、そいつを逃がすなよ!」

「了解です!」

 王子の号令と共に、続いて馬車から降りてきていたルセナが私たちの周辺に防御を張り巡らし、おねえさまが同じくズオウさんに水の蛇をまきつけてくれる。

 レイシスとフォルが私とおねえさまを囲うように立ち、王子とガイアスは剣を抜いた。騎士達はズオウさんを最初は気にする様子を見せたものの、すぐさま戦闘態勢へと移行しレイシスが告げた方向を睨むように武器を構えている。


「いるはずです、人間が」

 信号魔法を使っていたということは、グーラーの元にそれを受けた人間がいるはずなのだ。

 私の言葉に誰かが息をのんだ。もはやレイシスでなくても聞き取れる距離までグーラーは迫っている。


「来たぞ!!」

 王子の叫び声と共に、先頭にいた騎士たちが咆哮し突撃していく。

 視線を巡らせた先に見つけた姿に、私は大きく動揺してしまった。そのせいでいち早く気づいたルセナが、悲鳴に近い声を上げる。

 騎士達が次々とグーラーに向かい、そして襲われていく。唸り声、悲鳴、怒号、そんな中に混じる、悲痛な叫び。


「ミル!! どうして!」

「ごめんなさい、ごめんなさいルセナ!」


 グーラーを操り襲わせていたのは、紛れもなく数日前に別れた筈の少女、ミルだったのだ。


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