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「は?」

 父に書斎に呼ばれて母と共に訪れた私は、開口一番言われた言葉が上手く飲み込めなくて、ひどく間抜けな声を出してしまう。

 フォルが友人からの迎えという隣地のグロリア伯爵家からの馬車に乗っていなくなってから数ヶ月はたった。すでに冬支度を始めた植物達は葉を落とし、この時期は長い冬を乗り切ろうと精霊もあまり活発に外で動いているのを見なくなる季節。

 冬かぁ、暖かいお菓子っていうのもいいかもしれないな、と部屋で思案していた私が呼び出されて告げられた内容を、もう一度脳内で反復する。


「子爵を徹底的に潰す事にしたから、アイラが一度ベルマカロンを取り仕切り信頼できる相手に預けなさい」


 父はにこやかに晴れ晴れとしたとてもさわやかな笑顔でこうのたまった。なんでだ。

「えっと……お父様、それはどういう……」

「子爵がとうとう『やっていはいけないこと』に手を出してしまったからね。やるなら今……いや、上の方から調査が入ることになって、こちらにも協力要請があったんだ。それで、恐れ多くも我が家が次の領主としての任を与えられる事になってね」

 やってはいけないこと、にやたら父の感情が篭っていた上に少し物騒な雰囲気がひしひしと感じるが、どうやらとうとう父が動くらしいと聞いて納得の息を吐く。むしろ遅かったくらいだと思う。そうまで領主という地位に父がこだわっているわけではないだろうが、子爵がひどすぎて彼に見えないところで父が領民の為にいろいろと動いている事を知らない人は、この領地にはそれこそ子爵くらいしかいないだろう。

 つまりそれほど大々的な動きを知らない子爵は、自らの屋敷の人間、部下使用人全てから見放されているという事だ。落ちるのは早いだろう。いや、私のところに話が来ている時点でもしかしたらもう……。

 自分で復讐を覚悟しておきながら、なんともいえない居心地の悪さを感じて口を引き結ぶ。

「それで、お父様が領主のお仕事をする事になるので私が仕事の一部を請け負うという事ですのね?」

「すまないね、勉強で忙しいとは思うのだが。ミランダには私の補佐を頼む事になるし、商人上がりの領主は政権に関わる事はないから今まで通り商売を続ける事になるがやはり仕事は増える。いい機会だから部下に振り分けも始めているのだけど、ベルマカロンは君が立ち上げた企画だ。他の人に任せるよりは君自身が上に立ったほうがいいだろう」

「わかりましたわ。……お父様、爵位を賜るのですね?」

 私の問いにすっと真剣な顔をして頷く父に、何とか気持ちを建て直し微笑む。これで、これで漸くこの領地の人達はひどい重税から解放される事になるだろう。私の住む街はベルティーニに関わる職人などが多いせいか感じにくいが、少し離れた農業を生業としている人達が多い街ではそれは苦しんでいたと聞く。

 そうした土地には父に習い、頼んで私のほうで用意したパンを届けていたのだが、その程度では単なる自己満足だ。代わりに出荷できない傷物の果実などを破格の値段で買い取らせてもらい、派遣したベルマカロンの職人がその場でジャムなどに加工し、かなり利益を上げているのでこちらの方が得をしてしまい、恩返しと言うには少し違うかもしれない。

 しかし、普通にいきなり領地を管理しろと言われてできる人間は少ないだろう。どうするのだろうと不思議に思い父に少し聞いてみると、父はにこりと、事も無げに告げた。

「今子爵の仕事を手伝っているのは私の部下だからね」

「えっ」

 それってつまり子爵って……いや、ここは深く突っ込まないほうがいいかもしれない。父の背後に何か黒いものが見えるなんてことに気付いたらいけない、うん。

 実は気になる事は多々あるのだ。特に私のエルフィの能力などに関するこの家の方針などやガイアス達の事に対して。だがしかしそこは両親から説明されるまでは余程の事がなければ尋ねたりしない。両親も私が何か気にしているのをわかっていつつ、全てを話さない選択を取っているのなら仕方がない。


 そこでふと、父の先程の言葉が脳内に蘇る。

『君がベルマカロンを取り仕切り信頼できる相手に預けなさい』

 ん……? 預けなさい?


「お父様、あの、ベルマカロンを預けなさいとはどういう……」

 思いついた疑問を口に出した時、丁度背の扉がコンコンと軽い音を立てた。何かと思って私が振り返るのと、父が「入ってくれ」というのは同時で。

「よう、久しぶりだなアイラ!」

「え……えっ!? クレイ伯父様!」

 室内に入ると私にひらひらと片手を振りつつまっすぐ父の元に向かい、持っていた鞄から大量の書類らしきものを取り出すと、ドンと大きな音を立ててそれを机に積み上げる伯父様を呆然と見上げる。

 背の高い彼は短い黒髪をがしがしと乱しながらああ疲れたと呟き、私の隣にある一人用のソファにどっかりと座る。

 母の兄である伯父だが、その色彩は母とは随分と違う。桜色に、桃色の目をした母とは違い、伯父様は黒髪に蒼い瞳だ。折れそうなほど細い母に対し伯父様はがっちりとした筋肉質の体つきだが、二人の目元口元はそっくりで、並べばすぐに兄妹だろうとわかる程。

 もとより医師として領地内の各地を飛び回り滅多に会うことが出来ない忙しい人ではあったのだが、今日は本当に数年ぶりの再会で、思わず私は立ち上がると、ソファに座る伯父様に駆け寄って、勢い良く抱きつく。

「伯父様! お会いしたかったですわ!」

「おう、アイラ大きくなったなぁ。ますますミランダにそっくりじゃんか」

「そうねぇ、アイラは私と兄様に良く似てるわ」

 傍にいた母がおっとりと、嬉しそうに笑う。

 父はクレイ伯父様が持ち込んだ書類にすぐ目を通し始め、しかし確認しながら私の先程の問いに答えてくれた。

「アイラ、クレイはしばらくここに滞在できるそうだ。お前はクレイから勉強を習いたがっていただろう?」

「え!」

 父の言葉に、抱き着いていた私は顔を上げて伯父様の目を覗き込む。穏やかに細められた瞳に見下ろされて、それが嘘ではなく私の長い間の願いが叶ったのだと確信した。

「伯父様、私に医学を教えてくださるんですね!?」

「ああ、ずっと頼まれていたのに、悪かった。遅くなったが、俺がアイラの……医学だけじゃなく、勉強も全般見てやろう。今十歳だったか?」

「十一歳になりましたわ、伯父様」

「なら、十三までに学園に入れるように叩き込む。ついてこいよ?」

 もちろん、と返事をしながら父の言葉を理解する。勉強が忙しくなるから、一人でベルマカロンを背負うな。そして学園に入ると忙しくて手が出しにくくなるから後継者を育てろ、そういうことだろう。

 ベルマカロンはそもそも、私が前世で趣味程度で作っていたお菓子が、この世界の新鮮な食材やもともとの調理のプロがその才能をお菓子にも開花して広がり有名になった店だ。

 今では初めてベルマカロンのお菓子を作りたいと父に連れられてやってきたバール・ステイさん始めたくさんの職人さんたちが私が思いつきもしないような素敵なお菓子を生み出している。

 営業だって自主的に職人さんのお菓子に感動した他の店員さんが積極的に行ってくれているし、難しい経営部分は父の部下の人が引き続き手伝ってくれるようだから大丈夫だろう。

 私は、私の目的の為に。

「お父様、お母様、伯父様。私、頑張ります」

「ああ。大丈夫アイラ。きっと君の位置に立てる相手はすぐに見つかる」

 父の励ましを受けて、見えてきた未来に私は目を閉じて、もはや習慣となっているポケットの宝石を握り締め笑顔を思い浮かべた。





「姉上!」

 父の書斎を出て部屋に向かっていると、幼い声に呼び止められる。八歳になり最近ではあまりやんちゃな事もせず勉学に励んでいる事が多くなった弟、カーネリアンだ。

 カーネリアンはいつも本を持ち歩き、常にたくさんの事を学んでいる。父が、とても優秀であるとよく褒めているが、あの親ばか気味の父の言葉でもすんなり信じられるほどカーネリアンの努力は目を見張るものがある。

 ただ、その行動は恐らく彼が少しばかり魔法を得意としていない体質のせいもあるのだろう。私と違いエルフィの力も弱く、精霊は姿を捉えるのが精一杯らしい。通常の魔法も私に比べると苦手としていて、その為勉強だけでもと無理をしているような気がして少し母が心配しているのを知っている。

「どうしたの、カーネリアン」

「父上に、聞いています! ベルマカロンの経営を引き受け、そして後継者を探すと!」

「ええ、そうだけれど……」

「僕にやらせてください!」

 実の姉に向かって、ぴんと伸ばしていた背筋を綺麗に腰から曲げて頭下げる弟にびっくりして小さくえっと声を漏らす。

「僕はサシャと二人でずっとベルマカロンを見てきました。姉上が魔法学園に行くまでには、きっと姉上のお役に立てるよう成長して見せます! 姉上が僕と同じ歳で企画した仕事です。僕にだって!」

「ま、待ってカーネリアン。貴方勉強も忙しいでしょう」

 そんなことは姉上と同じです、と顔を上げてまっすぐに視線をぶつけてくるカーネリアンを見て、ああ父に似ているのだと思う。

 きっとカーネリアンはいい経営者になる。……今はまだ、私もカーネリアンも父の手伝いあってこそだとしても。

「……頼もしいわ、カーネリアン」

「サシャもベルマカロンを大事にしています。きっと二人で姉上のベルマカロンを守りきって見せます」

「なら、時間を見て私の覚えている事を教えるわ。頑張りましょう?」

「はい!」

 父はきっとカーネリアンがベルマカロンに関わりたがっているのをわかっていたのだろう。経営については跡継ぎであるカーネリアンは私以上に父の教育を受けている筈。きっとベルマカロンは今以上に盛り上がるんだろうな、と、うちのお菓子を食べて笑顔になった人達を思い出して、私の心は弾んだのだった。

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