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「よかった、会えて!」

 顔を出した瞬間笑顔で迎えてくれたセンさんと、微笑んだミハギさんにほっとして挨拶を返す。昨日は病院だと聞いていたが、今は侯爵の用意してくれた宿の一室に二人で泊まっているらしく、元気そうだ。

「あなた達のおかげで会ってもらえるかわからなかった侯爵とも直接お会いしてお話することが出来たし、お礼も言えずにこのまま会えなくなったらどうしようと思っていたの」

 にこやかに話してくれるセンさんは、嬉しそうに室内へと案内してくれた。私達といる事で、よかった、と言うにはいろいろありすぎたような気もするのに、そう言ってもらえるとほっとする。

 部屋は広く、ベッドが二つにテーブル、ソファもある。さすがに私達全員が座る事はできないが、普通の宿にしては随分と綺麗なところだ。この街は近隣諸国のお客様が多いので、宿にはかなり気を使っているらしい。

 ソファもふかふかで、肌触りがいい。深い不思議な味わいのある赤い色の生地をするりと撫でてみれば、覚えのある感触にこれは父が職人達と作り出したベルティーニの自慢の布地にそっくりだと思い出す。そうであるという確信は持てないが、先ほど父と話したせいかなんだか嬉しくなってその布地に触れたまま指を滑らせる。


 父と久しぶりに伝達魔法を繋いで最初に話しかけられた言葉は、大丈夫か、という心配そうな声だった。

 連絡が遅くなった事を詫び、こちらの状況を伝えている間はうん、うん、と何度も相槌を打った父は、報告を終えたところで大きく息を吐き本当によかったと無事を喜んでくれた。

 さすがに何度か気を失ったとか倒れたとかそんなことは話せなかったが、マグヴェルの事はガイアス達から聞いているかもしれないからと正直に話した。父は悔しそうに唸り声を一度上げたが、表情が見えないのにでそれ以上の感情はわからなかった。

 そう考えてしまうと、会いたくなってしまうものだ。ほんの少しの寂しさはしかし、父との伝達魔法を切った後すぐに繋げられた母との会話でなんとか抑える事ができた。

『お父様ってばアイラアイラーってずーっと書斎をぐるぐる回ってて、一度本棚にぶつかって本に埋もれちゃったのよ』

 と、笑って言う母にぎょっとして父の安否を確かめたが、「いやだ、さっき無事なお父様ときちんとお話したでしょう」と笑われ、たんこぶ一つできておらずむしろそれで冷静になったのよとからからといわれてしまい、こっちは心臓が縮まる思いがしたというのに続けられる父の話題でつい笑顔になってしまった。きっとあえて、明るい声で話していてくれたのだろう。


 お父様。お父様が木に一生懸命私の無事を祈ってくれていたの、きっと精霊さんは聞いていてくれたと思います。


 私は幸せ者だ、と思うと同時にどこか心がつきりとしたが、話せてよかった、と終わった後は笑顔でおねえさまと会話できた。おねえさまも同じような様子だったらしく、「兄は心配しすぎですわ」と嬉しそうに笑うおねえさまは頬を染めて可愛らしかった。



「あなた達が近いうちに出発すると聞いていたから、こちらから訪ねようかと思っていたのよ」

 ソファを触りながらつい先ほどのことを思い出してぼんやりしていた私は、その声ではっとして顔を上げる。

 センさんがそう話すと、ミハギさんも「侯爵邸に行くのは勇気がいるけれどね」とおどけて笑って見せた。

「ただきっと……本来はこちらから出向くべきだったのでしょうけれど」

「ま、それは聞かないほうがいいんじゃないか」

 ガイアスがけろっと答えたのは恐らく私たちの立場についてだろうが、それについてはあえて何も言わない。

 王都の学園の卒業生であるティエリー家の子息に会いたがらなかった私達は、とっくに同じ王都の学園の生徒であると勘付かれている。

 王都の学園の生徒が侯爵邸に招かれた、とまでわかっていれば、自ずと貴族であるだろうと想像もついているのだろう。

 ミハギさん達と皆が話をしているのを見て時々相槌を打ちながら、和やかな時間を過ごす。私のそばに立っているガイアスとレイシスが、ソファの背に触れてその質感に「あ、これ知ってる」と言い合っていたので思わず笑ってしまった。私の勘は当たっているのかもしれない。

 次第に話は男女で別れ、私とおねえさまはセンさんがこの地に住むことにしたと決めたようなので新婚生活はどんなものかしら、なんて語りだす。

 侯爵に紹介してもらって、空家であった場所を借りる事ができたらしい。二人はお金もいくらか用意していたようだが、どうやら二人のいた村の村長は侯爵の古い友人で、さらに侯爵にとって恩があるらしく、村長から手紙を貰った侯爵は全面的に協力を申し出てくれたそうだ。

「といっても、もちろんレーバンの民として期待もしているとのことでしたけれど」

 と笑ってみせたところを見ると、ここでも彼らの仕事は狩猟関係になるのだろうか。危険ではないかなと思うが、二人にとってはそれが今までもそれが仕事なのだからむしろ同じ仕事が見つかってよかったというべきか。

「ただ、ティエリー子爵が絶対に黙っていないと思うんです、私たちがラーク領にお世話になる事。その事については申し訳なくて」

 そういいながらちらりとセンさんが、ミハギさん達と話しているルセナを見た。……そりゃあわかるよね、ルセナと侯爵、似すぎだもの。


 二人が今度は無事に過ごせればいい。そんなふうに願いながら話していると時間はあっという間で、王子がそろそろ出るぞと声をかけたのが終了の合図となり、名残惜しいながらも私達は立ち上がった。空は赤く染まり、もうすぐ暗くなるだろうことがわかる。

「幸せに暮らしてくださいね」

「あなた達も無事に目的地にたどり着くことを祈ってるわ」

 挨拶を交わして手を握りあい、笑顔で手を振って別れを告げる。

 宿の外まで送ってきてくれたミハギさんとセンさんにもう一度お元気で、と声をかけて歩き出した私達だったが、すぐそばの侯爵邸の入口が見えた時。

 私、そして私の目の前を歩いていた王子の二人だけがぴたりと足を止め、周りを囲う様に歩いていた仲間達が私達より二歩多く進んだところで、足を止めてどうしたのかと振り返る。

「なんか騒がしいような」

「……おかしいな」

 私と王子だけがそんな会話をし、すぐにレイシスが風の魔法を使って音を拾い集めようとしたようだが、首を傾げる。

 だが、確かになんだかざわざわとしていて、騒がしい。

 でもレイシスがこのざわめきに気づかないとなると……これはなに?

「デューク様、これは」

「わからん。だがはやく侯爵邸に……」

 王子が動いた瞬間。

 今度こそ間違いなく、ぐわりとおかしな感覚が全身を襲う。まるでぞわぞわと恐怖が這い上がってくるような感覚に身を竦ませたが、それは私と王子だけではなくて、ガイアスとレイシスがすぐに戦闘態勢をとる程わかりやすいものだ。

「魔力だ!」

 凄まじい魔力を放つ何かがこの近くにいる。そして、どこかで轟音と、大きな揺れ。ルセナが瞬時に張った壁の中で考え行き着いた可能性は、もちろん。

「ルブラか!?」

 ガイアスが叫ぶ。

 視界で異常に気づいた騎士達がばたばたと動き出し、私達を見つけた騎士がすぐに邸内へと促すが、戻っていいのだろうか。

「戦わなくていいの?」

「ここは騎士に任せよう」

 フォルにも促されて、ばたばたと屋敷の中に戻る。いいのだろうかという思いは消えないが、訓練している騎士達の邪魔をするわけにもいかない。

「よかった、こちらへ!」

 屋敷内ですぐ、私達を探していたらしい侯爵に出会う。

 こちらへ、と言われて案内された部屋には一際大きな防御の魔力が込められた石があり、それが緊急事態なのではと思わせる。

「センさん達は大丈夫かな」

「あの宿は大丈夫だと思う。要人を守る為の宿だから、ここと同じくらい防御が厚いんだ」

 ルセナの答えに少しほっとしながら、外の音が届かないのかしんとした室内で誰もが沈黙している。

 侯爵は出て行ってしまった。この部屋には私達しかおらず、窓がない為に外の状況はわからない。見回して部屋にアルくんが精霊の姿でいる事に気づいて、ほっとした。

「ねぇ、ルセナのご家族は大丈夫なの?」

「父と兄は指示に出ていると思う。母は今父の変わりに取引先の出迎えでこの町から離れているらしいから、大丈夫」

 そう気丈に言うルセナは顔色が悪い。自分の育った町が襲われているとなれば、当然だ。

「デューク様」

「アイラ、出るな。俺達はここにいなければいけない」

 すぐに言おうとした事を王子に止められて、ぐっと口を噛む。

 でも、気になる。なんでルブラはこんなに派手に現れたんだろう。こんな、目立つやり方で。

「アイラ、ルブラと決まったわけじゃないから」

 フォルに覗き込まれてはっとする。

「そっか……そう、だね。そうだったね」

 完全にルブラだと思い込んでいた。いや、そうである可能性が高いのは間違いないが。

「ルセナ、あの大きな音がした方向は何があるんだ」

「……宿舎、とか、兵達がいるところ。あと……罪人も、いる」

「つまりマグヴェル達は、そこにいるのか」

 そうじゃないかな、というルセナの言葉は、疑惑を確信へと導くものだ。

 ぐっと手を握り締め、私達は外の様子がわからない中時間が過ぎるのを、ただひたすらに待った。だが、忘れていたのだ。ここに、敵が既にあったことを。



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