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 瞼を刺激する光に覚醒を促されて、ゆっくりと瞼を上げる。


 カーテンから注ぐ光を見ながら、ああ、そういえば宿に泊まったんだ、と身体を起こし、大きく伸びをした。

 ふと隣を見ると、おねえさまが眠っていた。ここは少し大きな街らしく、宿が多かった為、おねえさまと二人部屋なのだが綺麗な部屋だ。

「何時だろ」

 小さく呟きながら周囲を見渡して、ずっとそばにいてくれたはずのアルくんがいないことに気づく。

 どこにいったんだろう、とカーテンを少しだけ寄せて外を見た私は、低い位置にある太陽を見て目を見開いた。

 夕暮れ、ではない。今まさに昇っていこうとするそれを見る限りでは、今は朝のようだ。

 朝。

 私がベッドに飛び込んで寝たのは、町に到着したのが早朝だったので、朝方だったと思うのだけど。

 が、決して数時間休んだなんて様子ではなく、身体は十分な睡眠に満足している。

 ……寝すぎた!?


 慌てて身支度を整え、おねえさまを起こさないように外に出る。

 まだしんと静まった廊下を歩けば、階段を下りたところで宿屋の主人らしき男性に「はやいねぇ」と声をかけられた。

「悪いね、朝ごはんはまだできてないんだ」

「大丈夫です。少し散歩したいだけなので」

 短く会話を交わして、外へ出る。

 少し重たい木の扉を押し開けた時、朝の爽やかな風が頬を擽った。今日も天気が良さそうだな、と思うものの、今現在はそこまで暑くない。

 少しだけ周辺を散策しようと宿の裏手の木々に近づいた時、「あ、待て」と聞き覚えのある声が聞こえる。

「……ん? 眠り姫、お目覚めか?」

 気配に気づいたらしく振り返ってから、からかうように笑ったのは、王子だ。一緒にいたのはフォルで、そちらもくすくすと笑っている。誰かいたのかと見回したが、辺りに人の気配はないようだ。

「眠り姫って……念の為聞きたいんですけど、私どれくらい眠っていました?」

「一週間」

「えっ!?」

「デュークってば。違うよアイラ、一日だけ。僕達がこの町に到着したのは、昨日で間違いないから」

 がっくりと強張った肩から力が抜けて、大きく息を吐く。王子め、驚かせおって。

「疲れていたと思うし、魔力もずいぶん減っていたのだから仕方ないよ」

「それでも、昨日忙しかったよね?」

 大丈夫、と言いながら苦笑したフォルを見て申し訳なくなる。なんでそんなに寝ちゃったかな、私。

「アイラ、ラチナは?」

「おねえさまなら、まだ寝ていましたけれど」

「アイラ、ほら」

 王子に投げ渡されたものをぎりぎりでキャッチして、手を開く。鍵、だ。先ほど私が使ったものと同じような鍵だから、宿屋の部屋の鍵だろうか。

 聞けば、王子とフォルが泊まった部屋の鍵だという。

「フォルと少し話すといい。話したい事があるようだぞ」

「え?」

 ちらりと見たフォルは、目を見開いて慌てている。……そうは見えないのだけど。

「何を慌てているんだ今更。で、アイラ。お前の鍵をよこせ」

「いやです」

「……おい」

 すっぱり断った私に、王子が口元を引きつらせる。隣でフォルが困ったような顔をしていた。

「おねえさまのていそーは私が守ります」

「……お前は俺をなんだと思っている。堂々と好敵手宣言か。貞操の意味はわかって使っているのか? 俺相手じゃ不満だとでも?」

 一気に捲くし立てた王子に、「たぶん」と返事をすれば、大きなため息を吐かれた。なんだ、そのお子様を見るような生ぬるい目は。寝ているおねえさまの部屋に忍び込もうなんぞ、紳士のすることじゃないぞ、王子。

 王子と視線を交え静かなる戦を繰り広げていた私達の間に、白い手がにゅっと現れてそれを妨害される。腕を辿るとそれはフォルで、彼はこちらを見てにこりと笑うと手を差し出してきた。

「アイラ、行こうよ」

「え? あ、うん」

 思わずフォルの手に自分の指をのせたとき、引き寄せられて「デュークに鍵を渡してあげて」と囁かれてしまった。

「大丈夫、ほら」

 フォルに促されて指差すほうを見上げると、くすくすと笑ってこちらを見下ろしているおねえさまが、窓から顔を出しているのが見えた。

「あ、おはようございますおねえさま!」

 ぱっと笑顔で言えば、今度は先ほどより少しごつごつとした手に遮られおねえさまが見えなくなる。

「デューク様、おねえさまが見えません」

「ふん、見るな。減る」

「やだな、私女ですよ?」

「おまえは油断ならん」

 ぶつぶつと、「いつもラチナの気を持っていかれる」と小さく呟いている王子の言葉が聞こえて笑った。

 そのまま王子の手が下がり、肩に触れた王子の手は私の身体を後ろに軽く押してずらす。

 ぽすりと収められたのはどうやらフォルの腕の中らしく、細く綺麗な、しかし男の子らしく少し骨ばった白い手に迎えられて、むくれて見せた。フォルは保護者か? あ、でも。うーん、フォルの手、好きだな。


「デューク様のやきもち焼きー」

「なんとでも言え」

 ぽい、と軽く投げた鍵は王子がすぐにキャッチして、さっさと私達を置いて早足で宿へと戻っていく。

 その後姿を見て、なんとなく、昨日おねえさまが私に付きっ切りだったのかもしれないと思った。

「デューク様に悪い事しちゃったかな」

「デューク、アイラの心配してたんだよ。からかってるだけ」

 くすくすと笑ったフォルが、私に腕を回したままだ。

 顔を上げて、上から覗き込んでいるフォルと目を合わせる。おねえさまはひらひらと手を振って、窓を閉めてしまった。

「フォル、最近背、伸びすぎじゃない?」

「そうだね、アイラが僕の腕の中にすっぽりだ。可愛い」

「フォル、それ皆に言ってる?」

 え、と混乱した様子を見せたフォルを下からじっと見上げる。じわじわと赤くなった顔を見て、なんだか落ち着かない気分になった私はその場を離れようとして。

「いっ」

「った!」

 私の頭がフォルの顎に見事に当たってしまい、二人で呻いた。何してるんだ、私。こんなこと聞きたかったわけじゃないのに。

 そこじゃなくて、うーん。

「……ごめんフォル」

 フォルに手を伸ばして回復魔法をかければ、フォルの手が頭に伸びてきて回復魔法をかけられた。お互いそこまで怪我したわけじゃないのにと笑う。

「行こ、アイラ」

 促されて宿屋に戻り、王子達の部屋に行く。

 レイシスはまだ、寝ているだろうか。レイシスとも、話がしたい。



 フォルはベッドに腰掛け、私は勧められて椅子に座っていた。フォルが話したい事というのは本当にあったらしく、昨日の事だそうだ。

 私が昨日寝ている間に、マグヴェル達は侯爵の手によって更にラーク領の北へと護送されたらしい。かなりの騎士をつけて厳重に警戒した中での移動になるそうだ。

 私達はそれとは別に、一度休んでからの出発になる。

 その間に城への連絡を済ませ、今後の進路やら日程はどうやらアーチボルド先生を中心とした今回の事件の対策の為に集まった人達で考えるらしい。

 私達特殊科が一気にいなくなった事で、あそこにいた研究者達も大きく混乱し、疑問に思う学園の生徒達に納得の行く説明をするのにも、先生は苦戦しているらしい。何より、忙しいあちらからの詳細な情報が、私たちにはなかなか入ってこないそうだ。少し、ゆっくりと休めるかもしれない。

 そんな話をしていると、フォルがちょいちょいと小さく手を動かして私を呼んだ。


「アイラは、アルの事どう思ってる?」

 隣に腰掛けたところで言われた言葉にどう答えようか迷いつつ、口を引き結ぶ。

 フォルが指を動かした。室内に薄い風の膜が張られる。フォルが、外に声を漏れないようにしたのだ。

「……ガイアス達のおにいさん、だと思ってる?」

「……そうじゃないかなって」

 そっか、と呟いたフォルは、窓の外を見る。


「じゃあアイラは、……アルの事、好き?」

「……え?」

 見上げたフォルが思いのほか真剣な瞳で、ごくりと息をのむ。この「好き」の意味はきっと、所謂ライクじゃなくてラブの方かという意味だ。そう、きっとそれで間違いない。

 えっと、えっとと言葉にならない言葉を呟いて時間稼ぎをした私は、結局覚悟を決めて首を縦に振る。

 眉が寄ってつらそうなフォルを見て、慌てた。

「違う。違うの! 確かにその、好き。大好きだけど。初恋だったと思うけれど」

「だった?」

「そう。好きだった。亡くなってから気づいた。だから、想いは変なところで止まっちゃった」

 必死に考えながら言う。フォルはただ黙って待ってくれていたから、顔を俯けてベッドに下ろされたフォルの指先を見ながら考える。

「本当はずっと、アルくんがにいさまなんじゃないかって疑ってた。けれど、その先を考えられなかったの。それはきっととても酷いことで、けれど」

「うん」

「だから、サフィルにいさまが好きだから……そばにいて欲しいとか、一緒にいたいとかじゃない。ううん、もちろん一緒に入れたら嬉しいんだけど、なんて言えばいいかわからないんだけど……」

 アルくんが、なりたくて精霊になってきてくれたのだったら、それでいい。けれど、そうだろうか。

「きっと、今の形は違うの」

 ぽつぽつと話しながら、これは恋愛感情なのだろうかと考える。……少し違う気がした。

「だから、ちゃんと考えてアルくんと話す」

「そっか」

「……好きって、恋ってなんだろう」

 今のアルくんへの想いは恋愛感情とは違う気がする、とは思うけれど、それも自信があるわけではない。思わず呟いた私を、フォルが見下ろす。


 ぎしりとベッドが軋んだ。


「きっと、こういうことしたくなるのがそうじゃないかな」

 フォルが小さな声でそう言うと、顔が近づいた。

 フォルの腕が背中に回って、ぎゅっと抱きしめられる。

 さらさらの銀色の髪が目の前まで来て、銀の瞳も目の前にあって。唇のすぐ横に、少し冷たくて柔らかいものが押し当てられた。


「アイラ、俺は、アイラが好きだよ」



明日でかけるので、次が明後日になるかもしれません。すみません。

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