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「大丈夫かな」

 思わず振り返って小さく呟いた言葉はしっかりと王子に拾われて、私の頭にぽすりと王子の手がのせられてしまった。こら! 子供扱いするなっ!

「ここの兵士を信じるんだな。ダイナークのこれさえあれば問題ないだろう。女二人の方はそう手強い相手でもないようだし」

 これ、と王子が指差した布袋に入っているのは恐らくあの精霊が閉じ込められた水晶玉だ。

 確かに、エルフィの力を得るような水晶玉さえなければ、拘束された敵の護送など普通の兵士達でも問題ないだろうが。……騎士は殆ど私達の護衛で離れてしまうのだ。マグヴェル達も護送されるが、そちらにつくのは兵士。それが不安である。

 ちなみにこの国の騎士と兵士の違いは、強さと立場である。

 騎士は国がその身を保証するのに対し、国に忠誠を誓う者達だ。学園の兵科と騎士科を見てわかるように、この貴族重視の世界でありながら、いくら貴族の息子であろうと強さがなければ騎士にはなれない。また、礼節などを重んじる為にそちらの勉学も必要だ。

 対し兵士は、各領地でその身を保証し、領の為に戦う。国同士の戦争などが起きれば王から指示された領主が自身の兵を動かすが、基本は騎士程の強さにはならない。というより、強くなり名を馳せると騎士になる。

 ただ日々の鍛錬は騎士並またはそれ以上に行い互いに腕を磨きあっている為に、純粋に剣の打ち合いならば騎士に劣るわけでもない。だがどうしても違いが出やすいのは魔力で、兵士は魔力が少ない者が多い。

 他にも騎士は爵位に似た立場を与えられたりもするが、兵士は各地の騎士に従うという規則もあり、優劣が出やすい。まさに学園の兵科と騎士科がこの国の戦士達の図を現しているといえる。ええっと、兵科特別規則とやらで、兵科の生徒は学年関係なく全て騎士科の生徒を上官と思い行動せよ……というような事を前にルセナが言っていたか。


「アイラ、行こう?」

 やってきたフォルに促されて、馬車へと向かう。

 用意されていたのは箱馬車だった。しっかりと天蓋がついたタイプで、悪いものではないのか作りはしっかりしているが、使い込まれた古さがどこか商人の家馬車にも見える。大きさはそれほどでもないが、それが二台。貴族が乗っているようには見えないものだ。

 しかし中の椅子は赤いすべすべの布で覆われ、金の装飾が下品にならない程度に施されたどこか豪奢なものだ。町の様子と不釣合いな馬車の内側の内装に、きっと、王子が飛ばされたと聞いてすぐにラーク侯爵がこの町に用意させたのだろうと気づく。

 周りを見てみれば、騎士だと紹介された人たちが普通の旅人となんら変わりない服装で、これが敵に気づかれないカモフラージュなのだろうと予想がついた。もっとも、武器はしっかりと身につけているようであるが。


「どうやって分かれようか」

 二台ある馬車を見て、フォルが呟く。

「……まあ、男女じゃないか?」

 王子がくるりと見回して言う。女は私、おねえさま、センさんに、ミルちゃんか。先ほど挨拶をしたばかりだけれど、ミルちゃんは人見知りようにでルセナの側からあまり離れようとしない。

「ルセナだけ、一緒じゃ駄目かな」

 ちらりとミルちゃんを見ていうと、王子が「仕方ないか」とそれに同意する。

 乗る前に、「離れちゃったね」とフォルに囁かれた。先ほどの約束を思い出して、無茶はしないと再度約束する。

 なぜかくすくすと笑ったフォルは、それもそうだけどと呟きながら、「うん、約束して」と私の耳元で囁いて前の馬車に乗り込む。対し私は、耳を押さえて固まった。……フォル、すごい綺麗な声なんだから、耳元で話すのやめてほしい。


 ふうと息を吐いて、最後に馬車に乗り込む。思えばずっと風歩だったから、馬車に座って移動できるのはすごく贅沢な気がした。……乗り心地はわからないし、飽きるというのもあるが。

 防犯の為か小さな窓には布がかけられていて外は見えない。少し残念に思いながらおねえさまの隣に座ると、扉が閉められた。

 しばらくするとざわざわとしていた外の雰囲気が変わり、馬車がゆっくりと動き出す。お尻が痛くなりそうだなと覚悟していたのに、さすが王子使用なのか、馬車は比較的揺れが伝わりにくく、あまり疲れなさそう。


「なんだか入学する時を思い出しますわ」

 出発後しばらくしてから、ひそひそとおねえさまに耳打ちされて、ああ確かにと苦笑する。学園にいたら馬車に乗る機会もないから、久しぶりな気がする。……そういえばあの時はグーラーに襲われたんだよなと考えて、いやいやと首を振った。ただでさえ少し距離をおいてマグヴェルたちも護送するらしいのに。

 無駄なフラグは立てるべきでない。よしと頷いて何か別な話題を探していると、くすくすと控えめに笑う声が聞こえた。

「見て」

 おねえさまの向こうに座っていたセンさんが、後ろの座席を指差した。くるりと後ろを振り返って見てみると、つい笑みが浮かぶ。

「寝てますわね」

 ひそひそとおねえさまと微笑みあう。ルセナとミルちゃんが、お互い頭を寄せ合って手を繋いで眠っていたのだ。

 こう見ると、ルセナは「おねえちゃん」と呼んでいたけれど、ちいさなカップルにも見える。……もしかしたら実際そうなのかもしれないが、ルセナはミルちゃんと合流してからというもの終始嬉しそうにしていたから、なんだかほっとする。

「ミルもそうですけれど……ミハギさんが無事で本当に良かったですわ」

 おねえさまが話を切り出すと、センさんはありがとうと微笑む。それを見て、なんだか申し訳なく思ってしまった。彼らに護衛を頼まれたのは事実だし、マグヴェルが最初追っていたのはセンさんだ。だが、こちらの都合もありあんな夜中に町の外にいたのだ。ミハギさんの怪我は私たちが巻き込んでしまったせいもあるのではないかと考えてしまい、思わずそれが表情に出てしまったらしい。

「あの男の事で迷惑をかけたのはこちらだわ。ジャス・フィニウム……ああ、これは偽名だったんですってね。あいつと接触したのは明らかに私狙いだったせいだし、町にいても外にいてもあの魔力じゃ襲われたのは変わらなかったと思う。むしろ、町の人を巻き込まなくてよかったのかも」

「でも私」

 魔力を暴走させてしまった。二人はルセナが厚い防御壁を張ってくれたらしく無事であったが、ガイアス達ならまだしも二人に直接私の魔力が当たっていたらと思うとぞっとする。

「こちらこそ、ミハギが放ってしまった矢が彼に当たって本当に申し訳ない事を。これこそ、謝って済む問題じゃないと思っているわ。こうしてまた話してくれて嬉しい」

「あれは……私たちも、びっくりする速さで前に出ましたからね、ルセナ」

 弓使いが仲間に矢を当ててはいけないというのが基本なら、仲間が矛先を向けているところに飛び出さない、というのもある意味集団戦闘での基本だ。ルセナは十分わかって飛び出したのだろうと思う。無事であったからこうして言える話ではあるけれど。

 しかしセンさんはふるふると首を振ると、あ、と声をあげる。

「なんだかあの男、あまりよくない奴等と組んでいるかもしれないって騎士さんから聞いたわ。……このまま何もないといいのだけれど」

「不安なのは当然ですわ。騎士の皆さんがいらっしゃいますから、大丈夫だと思うのですけれど……本当に村に残っていなくてよかったのですか?」

「いいの。実は村長からは、ラーク侯爵に手紙を出しておくからって言われていたの。どの道侯爵に会わなければいけなかったのよ。なんでも、侯爵の方からもレーバンの民を派遣してくれないかと打診があったみたい」


 寝ている二人を起こさないようにそんな話をひそひそとしながら、馬車に揺られて道を進む。

 女三人が話していると、そのうち話題は自然と暗いものから段々と明るい話題に変わり、可愛い服の話題となった。

「私、ベルティーニ製の服が大好きなの。縫製がしっかりしているのに、すごく革新的なデザインで可愛いものが多いでしょう? アイラちゃんが今着ている服はそうよね。もう少し若ければ着てみたかったなぁ」

「……わ、若ければ……」

 ベルティーニを褒められて思わずお礼を言いそうになったのをなんとか堪えつつ、口元を引きつらせて微笑む。センさんは私がいくつに見えているんだろう。怖いから聞かない。

 センさん曰く、私くらいの頃には(何歳だと思っているかは謎だ)修行に明け暮れていて山篭りして狩りを練習させられていたらしく、可愛い服より動きやすさを重視した、同世代の男の子達と同じ服装だったと不服そうに話している。

「そういえば、アイラちゃんはいい香りがするわ。香水?」

「あ、はい。……ごめんなさいこんな締め切ったところでつけちゃって、きつくないですか?」

 実は馬車に乗るとわかる前に香水をつけてしまっていたので、気になっていたのだ。こんな密室だとつらいかも、と困って二人を見ると、二人はふふふ、と笑って首を振る。

「大丈夫。つけているのはほんの少しでしょう? ……それ、プレゼント?」

 鋭く指摘してきたセンさんが、すぐに「あの銀髪の彼でしょう」と言うので驚いてしまう。

「彼、あなたのそばですごい嬉しそうな顔をしていたから……ただの勘だったのだけどね」

「ふふふっ、センさん大当たり。フォルセってば、顔に出すぎですわよね。普段はそんなことないんですけど……というより、幼い頃から付き合いがありますが、最近まで笑顔で何を考えているかわからない男だと思っていましたのよ、私」

 おねえさまがいたずらっ子のように笑って語りだした内容に、首を傾げる。

「フォルはいまでも何を考えているかわかりにくいような……私がまだまだフォルの事理解していないんでしょうね」

 少ししょんぼりとすると、おねえさまがすかさず「アイラは全体的に鈍いでしょう」と更に切り込んできた。え、おねえさまひどい。

「うーん……アイラちゃんって、なんだか恋が怖いと思っているのかしら?」

 いきなりのセンさんの言葉に、思わず息をのんで固まってしまう。はっとした表情のおねえさまと目が合ってしまい、おねえさまもそう思っているというのがありありと見てとれた。

「……恋が怖い、ですか」

 確認するように口に出して、自分でもやたらその事がしっくりくるような感じがする。だけど口から出た言葉は、掠れてしまっていたが「どうして」とその先を促すもので。

「気づいているかわからないけれど、恋の話をするとき目が合わないのよ。眉も寄ってしまっているし、何よりほら、手」

「まぁ」

 センさんが指差した方向……私に向けられていた指先を辿った私は、自分で胸の前に右手を置き、そしてさらにその手を左手で覆って、まるで身体を守るような体勢をとっていることに気づいてはっとした。

「心の中を守っているみたい」

 言われて、視線が揺らぐ。違いますよ、と笑おうとしたのに、可笑しな笑みになった上に声が出ない。

「そういえばアイラ……去年の夏はもう少し積極的に思えましたのに、なんだか段々頑なになってきてますわ」

「……そんなこと、ないと……センさんとミハギさんを見てたら、羨ましいなとかは思いますし」

「アイラ」

 おねえさまの手が伸ばされて、ぎゅっと手を握られる。なんだかそれに泣きそうになって……いや、私の意思に反して、勝手に涙は零れていった。


 ふいに頭に桜が過ぎる。


「にいさま」

 思わず呟いた言葉に、おねえさまがぎゅっと眉を寄せる。違う、違う。そんなつもりはなかったのにと目を擦り、頭を振る。


 にいさま。もし、もしアルくんがにいさまだったらどうしよう。私の持つ桜の石の精霊だなんて、もし、私があの時いつまでもうじうじしたせいで、魔力を上手く操れなかったせいで縛り付けていたのだとしたらどうしよう。

 知っていたのだ。自分がにいさまが亡くなった後、魔力を上手く操れていなかったのなんて。精霊の生まれる過程も仕組みもわからないけれど、持ち歩いていたあの石にかなりの魔力が蓄積されてしまったのだろうというのは容易に想像がつく。もしそれのせいなら? もし、サフィルにいさまがなんらかの理由で私と同じように『転生』していたら?

 私ははっきりいって、前世の記憶がまるっとあるわけではない。まるで『物語』でも読んだような、一部の場面しか記憶に浮かばないのだ。

 お菓子の味は覚えていても、どこで買ったかなんて覚えていない。

 好きだったゲームキャラは覚えていても、名前まで覚えていない。

 病院によくいたのは覚えていても、両親の顔なんて覚えていない。

 あの世界に生きた記憶があっても、死んだ時の記憶なんて、ない。

 まるで、前世はそれこそ自分で『プレイ』したことがあるゲームの中のストーリーのような、どこか『他人事』に思える記憶。

 それはきっと、ここが別世界だからだと思う。だって、思い出させるものというのが少なすぎるし、知り合いは誰もいないのだ。カレーを作る時は残念だと思ったが、それが丁度よかったのだと思う。


 もし私が、前世の世界に転生していたら?


 きっと両親に会いたくなる。いい思い出があった記憶はないのに、きっと顔が見たくなる。

 きっと自分が過ごしたところに行きたくなる。誰か知り合いに会いたくなる。


 そして周りにおいていかれた自分に、絶望したくなる。



「アイラは、まだ好き……ですの?」

 おねえさまに聞かれて、首を傾げる。

「わかりません。初恋だって自覚はありますけど……亡くなった後に気づきましたし」

 その言葉で、センさんが眉を寄せて申し訳なさそうな顔をする。彼女は私が思っていた相手が亡くなっていると知らなかったのだから、当然だ。

 憧れの幼馴染のお兄さんだったんです、と笑えば、センさんは悲しそうな表情をしたまま、そっか、と目を閉じた。


 しばらくの沈黙の後、センさんが口を開く。


「アイラちゃんは、きっと」

 何かをいいかけた中で、それは唐突に始まった。


 まるで近くに雷が落ちたのではと思うほどの轟音、そして馬車が、まるで谷から突き落とされたのではと思うほど跳ねて揺れる。

「わっ」

 咄嗟に水の防御魔法をかける。ふわりと私達五人を水の膜がつつみ、シャボン玉の中に入り込んだ私達はぽよんぽよんとぶつかり合っても中で怪我はすることがなく、横に倒れた馬車の中でなんとか無事に体勢を立て直す。

「ルセナ、ミルちゃん、無事!?」

 寝ていた二人に声をかければ、すっかり起きた二人がすぐ険しい顔で外を見る。中にいるのは危険だ。頷きあって、扉に手をかける。


 フラグ、回収しなくていいわっ!

 そんな悲鳴を心の中であげて、私たちは外へと飛び出した。


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