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「レイシス……あの人……」

 唇が勝手に震える。聞かずともきっと、私の頭は理解しているのだ。

 私はあいつを知っている。……といっても、名前がさっぱり思い出せないという中途半端振りであるが、なぜここにという疑問はしっかり沸いた。


「お嬢様、顔を出さないで」

 ガイアスとレイシスもいつの間にか深くフードを被っていた。二人が前線から引いたのはそういうことか。

「なんでいるの。あいつは、おじさんが……あいつは、マグヴェル子爵のところに私を誘拐した男でしょう?」

 ほぼ確信を持って小声で口にすれば、目の前にあったレイシスの首筋が息を飲み込んだのかぴくりと動く。……やっぱり、そうなのか。あいつは、あの誘拐の時の。

「親父はしっかり役人に引き渡してるよ。逃げたんだ、少し前に」

「知ってたの?」

 ガイアスの言葉に愕然とする。レイシスの表情を見るに、二人は知っていたからこそ警戒していたのだろう。なぜ……あの人はそういえば、デラクエルに固執していたか。戦いたいとか、変な理由だったと思うけれど。

 そう気がついた時、下がったガイアスとレイシスをも隠すように王子が、ルセナが、フォルが移動していることに気がついた。皆知っていたのか? なぜ? 私は何も聞いていない。……二人が皆に伝えた? はじめからあいつと出会う可能性を考えて警戒していたの?


 次から次へと沸く疑問に答えてくれる人間はいないし、考えてもわからない。そしてじっくり考える暇もない。


「さあこっちにおいでセンちゃん。ジャスが……じゃない、あー、ジャス様が待ってる」

「……嫌です!」

「駄目だよねぇ、花嫁が逃げちゃぁ」

 ふんふんと鼻歌でも歌うように男が近づいてくる。その様子に違和感を持った。自信に満ち溢れているところは相変わらずだが、あの男はそんなに魔法が強かっただろうか……?


 こちらの様子なんぞお構いなし。剣を構える王子やフォル、ルセナを目にしても、警戒する素振りもなく近づいてくる男に気圧されて、私とおねえさま、センさんとミハギさんがじりじりと下がる。この四人は既に負けているのだと自分の足元を見て気づき、慌てて足に力を入れる。

 レイシスの腕が強く私を引き寄せる。次はどうくる、と警戒される中で、男が動いた。

「地の玉!」

 唱えられた発動呪文はやはりチェイサーだ。再び激しい音と共に私たちに降り注ぐ石礫を、しかしルセナの防御魔法は完璧に防ぎきった。眉を寄せたルセナの表情から、少し苦しいのかもしれない、とは思うが、そこで漸く男が表情を変える。

「なんだぁ? 二回も防ぎやがって、相当な使い手だな、お前」

 真っ直ぐにルセナを見据える視線に、ルセナの身体にぐっと力が入ったのが見えた。ルセナの防御魔法は強力だ。現に男のチェイサーを通しはしないが、続けられると根競べになる。相手の魔力がどれくらいかは知らないが、ルセナはまだ魔力も成長途中なのだ。大人と根競べさせるわけにはいかないだろう。

 ぎりぎりと手を握る。何かいい方法は。何かこの場を切り抜ける方法は。


「やるしかないようだな」


 王子が剣を握りなおす。それを確認した男がにやりと笑った。戦闘を望んでいるようなその態度に、回避することは不可能だと気づく。


「俺の名前はダイナーク様だ! いくぜ!」


 ルセナが防御魔法を解いた瞬間に王子とフォルが飛び出した。次いで私とガイアス、レイシスに、ミハギさんとセンさんのいる周囲にだけ防御壁を張ったルセナがおねえさまと一緒に後方支援に入る。

 戦いにいけない為か、ガイアスが悔しそうに一度足を踏み鳴らした。だがあいつに正体がばれては、わざわざティエリーの子息の目に触れないように夜中に出発した意味がない。

 飛び込んだ王子の剣を敵……ダイナークが手の甲で弾く。恐らくあの時と同じであるなら、ブラスナックルを嵌めたのだろう。ナックルで剣を弾くとは、相変わらずおかしな奴である。

 しかし弾かれてそのままでいる王子ではない。押し切られる前に王子が生み出した炎がダイナークの腕を包み、驚いて僅かに仰け反ったタイミングでその下半身をフォルの氷が覆った。

 続いておねえさまが手を振り上げた時呪文が完成したのか、「こっちですわ!」とおねえさまが叫んだ瞬間振り下ろされた手に従うようにダイナークが勢いよく腰を折った。恐らく重力魔法がかけられたのであろうが、フォルの氷で下半身が動かない為にがっくりと腰から半分、上半身だけ下に沈んだのだろう。……高速お辞儀で自分の足を縛る氷像に額を強打だ、痛そうである。

 が。

「いってー!」

「げっ、なんだこの石頭」

 すごい音がしたかと思うと、男が額をぶつけた位置からヒビが入った氷が砕け、男が拘束から逃げ出した。王子がぎょっとしていたが、物理的にフォルの氷を頭で砕いた……わけがない。恐らく男は自らに防御魔法を施していたのだろう。

 以前と戦い方が違うような気がする。もちろんあれから数年たっているが、なんだか落ち着かない。ぞくりと走る悪寒に思わずレイシスの手を握れば、握り返される手にもいつもより力が入っていた。

 すぐに王子達の次の攻撃が繰り出されるが、男はきちんと食らっているのに大したダメージがなさそうだ。打撃系はだめかもしれない。王子の剣は弾かれるし、フォルの氷の刃はあの男の土魔法で防がれる。おねえさまの魔法もすぐ解除されるようだし、ルセナが三人の防御を受け持っているおかげで三人は攻撃に専念しているのに、あの余裕。


 上手い。


 以前は感じなかったように思うのに、今のあいつ……ダイナークの強さに落ち着かない気分になる。余裕な様子は昔と変わらないが、あの三人を相手にしても本当に余裕があるなんて。

 

「ちっ、少し真面目にやる」

 王子の魔力が膨れ上がる。闇にふわりと浮かぶ王子の魔力は明るく美しい。

 次に王子が剣を振り下ろした時、ダイナークのブラスナックルとぶつかって激しく火花が散った。恐らく魔力がぶつかり合っているのだろうが、そうなるとフォルは離れサポートに専念するようで、氷の剣を空中で融かすと静かに敵の足元を狙う。

 ダイナークが王子を相手にしながら鈍く光る何かを……針を放つ。それがまっすぐにおねえさまの元に飛んでいき、はっとしたおねえさまが懐から取り出した扇でそれを全て叩き落とす。しかし、地面に落ちた針がその場で輝いたかと思うと、おねえさまの前の地面が大きく針のように盛り上がって襲う。

 あれは、地の針グレイブニードル! 詠唱なしで魔法を!

 ルセナが瞬時に生み出した盾がおねえさまをかばい、おねえさまは大きく跳んでその場を離れる事で魔法を避けた。が、あれは……。

「あいつ、地のエルフィかもしれない……人工的な方の!」

 ダイナークは私を誘拐した時もあの針を投げていたと思う。だが、その後あんな魔法は発動しなかった。

 覚えのあるあの行動に重なるのは、アドリくんの村を壊滅させたルブラの男。

 はっとしたガイアスとレイシスが、男を見て躊躇う。

 だが、エルフィ相手に黙っていられない。急ぎ魔法陣を生み出すと、王子に直接伝達魔法を繋ぐ。

 そいつは、人工的な地のエルフィかもしれない。魔法石をもっているはずだ、と。


「はーっはっは! いい動きするねぇ! 楽しいねぇ!」

 ダイナークが笑う。ふっと不敵な笑みを浮かべた王子が、剣を繰り出しながら叫び返す。

「その力、どこで手に入れた!」

「ああん? ふん、強くなれるというから貰ったが、使いこなせるのはこの俺様だからだ!」

 どうやら気に障ったらしい男の攻撃が激しくなるが、王子も負けてはいない。だが相手があれほど戦えるのは、無詠唱で地の魔力を操っているせいだとわかってしまえば納得も行く。

 王子は強い。だが、光のエルフィである彼が本気で戦いそれを見せるわけにもいかない。つまり得意の魔法を封じられた状態である。

「ガイアス」

 後ろに隠れている場合ではなくなっているのかもしれない、と名前を呼ぶと、ガイアスはフードをばさりと落とした。

「おいっ」

「あいつに怪我させるほうが問題あるって」

 レイシスの制止に首を振ってガイアスが剣を握りなおし、壁を解くようにルセナに声をかけようとした、その時。


 ふっと、こちらが指示する前にルセナの壁が消える。


 ぎょっとしてこちらを見たルセナの顔を見るに、恐らく彼が解いたのではない、と気づいた時には、私とレイシス、センさんにミハギさんの身体にぐるりと何かが巻きつき、圧迫に呻いている間に足が地面から離れる。

 私の手を握り締めていたレイシスの手が、ずるりと離れていく。蛇の魔法だ、と気づいたが、うねる蛇に絡み取られた四人にすぐに脱出する術がなく。

 息を詰めて揺れに耐えている間に、下からねっとりと聞こえた男の声によって二人が叩き落された。

「男はいらぬ」

 ぞっとして思わず身震いし、蛇に手をつく。ぱしゃりと濡れた感触に、これは水の蛇だと気づく。

 落とされたレイシスがお嬢様と叫ぶのが聞こえて、無事だとほっとした。けれどこの状況はよろしくないし、私の身体がぞわぞわと何かを警告している。


「心配してきてみればやはりダイナークは遊んでいたな。まったくいつまでも使えない男だ。なぁ、リリーにマリー」

「私は捕まえましたわ、センを」

「もう一人女を捕まえておりますわ、こちらは如何致します?」

「女は全て捕まえろ。あの女もだ」

 高い歌うような女の声の他に、ねっとりとして、少しこもった男の声が聞こえる。その声がおねえさまを捕まえろと指示しているのに気づいて、もがく。


 高い位置から見下ろして視界に入る巨体。でっぷりと太った姿は変わらなくて、相変わらずセンスの悪いごてごてとした杖を持っている。

 なんであいつがここに、と考えたのも一瞬で、真っ赤に染まった思考で私は手に触れる水の蛇に魔力を叩き込んだ。


「マグヴェル!!」


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