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「わっ」

「ひゃっ」

 急に私とフォルの間に魔法陣が浮かびあがり、二人とも揃って仰け反って離れる。

 が、そんなことをすれば当然、フォルに抱き込まれる形でベッドに座っていた私を支えるものがなく、ぐらりと仰け反った身体は、視界に天井のシミが入ったところで、ひどい痛みを感じる。特に背中。

「アイラ!」

 フォルが手を伸ばすが時既に遅し。低いベッドでよかった、痛いっ。

「ご、ごめんアイラ、僕」

「フォル、大丈夫だから繋ぎなよ、伝達魔法でしょう?」

 そう、私たちの間に浮かび上がった魔法陣は、誰かから送られた伝達魔法だ。それはフォルの胸の前にあり、彼が受取人だったことがわかる。

 妙な格好、というか膝から下だけベッドに乗っかってあとは仰向けに落下という、淑女にあるまじき体勢から足を下ろして体勢を直していると、真っ赤に顔を染めたフォルがわたわたと相手に繋ぎなおしていた。「ガイアス!」と叫んでいたから、相手はガイアスなのだろう。


 ところでだ。



 さっきのはなんですかね!?


 フォルがくっついてくれたのは、寒いから気を使ってくれているのだろうと思ったのに。なんだ、あれ、頬に、き、きききすされたような気がするんだけれど!?

 雰囲気もなんだか背筋がぞわぞわする感じだったし、しかもその後、あれは、その、あれはっ! おねえさま、ヘルプ!

「アイラ」

「ひゃい!」

 思わず声が裏返って返事をし、慌てて後ろでガイアス? と話していたはずのフォルに向き直る。彼の顔もまだ赤くて、やっぱりさっきのは夢じゃなかったんだと思って混乱している私に、フォルが申し訳なさそうな顔で首を傾け、ガイアスが呼んでる、と告げた。

「アイラから伝達魔法繋いで欲しいって」

「ああ、うん、わかった!」

 急いで立ち上がり、寒いね! と大声で言いながら暖炉前に移動する。やばい熱い主に顔が!

 そもそもなんで私に用事なら、先にフォルに繋いだの、ガイアス! と悪くもないガイアスに苛立ちをぶつけながら、伝達魔法を展開する。

「ガイアス、なぁに!」

 すぐに繋ぎ、繋ぎ返された伝達魔法であるが、ガイアスから最初に届いた声は笑い声だった。今の状況は決して笑える状況ではない筈だし、こうして来た連絡も重要な何かを話すためではないかと思うのに、笑い声。これは、ガイアスはルセナと一緒らしいが、二人とも無事だということであろうが……もやっとする。

『おっまえ、フォルもだけど、わかりやすい!』

 笑い混じりに話すガイアスであるが、こちらは何も面白い事は無い。というか、ガイアス見えてなかったよね、大丈夫だよね? わかりやすいって、何がわかったんだろう!

「あの、ガイアスっ」

『まあ無事で何より。フォルの忍耐力に感謝だな。それでアイラ、雪山なんだって? 他に何か特定できる特徴はあるのか?』

 ガイアスの声音が変わり、こちらも背筋を伸ばして話を聞く態勢を作る。どうでもいいが、今顔が熱いのは暖炉が近すぎるせいだろうか。離れよう。

「んとね、ルセナが万年雪の山じゃないかって言ってたんでしょう? それで、雪の下に万年雪の山に生息するっていう植物があるか調べたの」

『結果は?』

「あった。雪中花は万年雪の山にしかないって言われてたし間違いないかも。精霊に確認したら人間の言う地名はわからないけれど、花は雪中花と呼ばれているもので間違いないって。果実も採れたよ」

『いい収穫。じゃ、そっちは食料もなんとかなるな? 薬は?』

「だいじょーぶ!」

『アイラのところは大丈夫そうだな。問題はデュークのとこか。王子だってばれないといいけど』

 ガイアスがため息交じりに言う。表情は見えないが、きっといつものように頭をかきながら疲れたような顔でため息を吐いているのだろう。

 だが、もちろん王子も気になるが、一番気になるのはレイシスだ。確かに王子が王子であるとばれるのも問題だが、そちらにはおねえさまもいる。レイシスは、一人なのだ。

「ねえガイアス、レイシス大丈夫かな?」

『ん? ああ、実は俺あいつのこと一番心配してない』

 さらりと笑い混じりの声が聞こえて、びっくりする。だってレイシスだし、とガイアスは笑う。

『あいつ、サバイバルやらせたら俺なんて目じゃないぞ。知識量もそうだけど、体力の維持や身の隠し方も上手いし、何より風が味方してるからな』

「そう……かな」

『そうそう。俺は意外とおっちょこちょいなアイラと、ラチナが関わることだと若干落ち着きがないデュークの方が心配だけどな』

「うっ……」

 これはつまり……ガイアスはレイシスを信じているということだろうか。

 言いよどんでいるうちに、ガイアスがまた笑って、今度はガイアス達の状況を教えてくれる。

 どうやら、ガイアス達は白く染まる山が見える距離にあるものの、その影響か涼しいながらしっかり緑の多い森の中にいるらしい。王都よりは涼しいが夏らしく緑豊かな森は食料にも困らないらしく、夜を過ごすのも問題なさそうだと。

 また、おねえさま達はなんと村のそばに出たらしく、今はそこの小さな宿屋に部屋をとることができたらしい。一番安全だ、と喜んだ私に、ガイアスから聞こえたのは苦い笑い声だ。

『だと、いいけど』

「あ、そっか。やっぱ王子だとばれる可能性高いし、人がいるところも問題、か」

 考えなしに喜んだことに若干反省しつつ王子とおねえさまの無事を祈る。ただでさえ最近までルブラで騒いでいたというのに、確かにこの状況はよろしくないのだから。

 きっと私は気が緩んでいるんだ、と、表情を引き締めることからはじめると、ガイアスがまるで見えているかのように笑った。

『そうじゃないけど。まあ、アイラはフォルと上手くやれ。……迷惑かけるなよ? さて、魔力消費はもったいないからそろそろ切るぞ、何かあった時は遠慮なく言えよ』

 まるで保護者のように心配するガイアスに、わかった、と返事をするとすぐにぷちりと伝達魔法が切れた音と共に魔法陣が消える。自分の作り出したものも終了させ、フォルをちらりと見ると、フォルの胸元にまた魔法陣が浮かんでいた。大忙しである。

 今度は誰なんだろうなーと、もわもわと熱い暖炉の前から見ていると、暗くなった室内で燃える火のせいなのかそれとも伝達魔法から聞こえた言葉のせいなのか、真っ赤になったフォルが「やらないよ!?」と叫んでいた。相手が誰なのかわからないが、とりあえず緊急連絡ではないらしい。



「えーっと、とりあえず人里を目指して、……あ、制服着替えたいね、目立つから」

「王都じゃ珍しくないけれど、最南端ならこの制服は目立つね」

「いかにも旅! って感じの、防御力がある程度見込める服にしたいなぁ。なんか、冒険みたい!」

 通話を終えたフォルと今後の事を話し合うために二人で暖炉の前にいながら、二、三人は間に入れるくらいの妙な隙間。

 さらりと腕を撫でる。制服は厚手のものではないから、身体の前面は暖炉のおかげで暖かいのに背が妙に冷える。

 ちなみに、こういう雪山にはきっと熊とか大きなボスがいて、と冒険についての妄想を語ったら、「ボス? なんだかわからないけれど、不吉な想像はやめようね」と笑顔のフォルに窘められた。ごめんなさい。

 いかんいかん、真面目にしよう!


「寒い?」

 腕を撫でているとかけられたフォルの台詞に、肩が僅かに跳ねる。それを見たフォルが顔を強張らせてしまったのが見えて、しまったと思った。だけど、寒い? という言葉にガイアスから伝達魔法が来る直前の出来事を思い出してしまったのは事実だ。

「ごめん」

 謝罪の言葉。謝られて、なんで、と胸の辺りが痛んだ。そのわけがわからない状況に、ついていけなくて。

 考えないようにしてたのに、やっぱり頭のどこかでは考えていて、ぶんぶんと首を振る。

「全然、平気!」

 別に謝ることじゃない、といいたかっただけなのだが、どうやら私は何かを間違えたらしい。眉を寄せたフォルが、それはそれでつらいな、と呟いたことで、さらに混乱した。

「え?」

「アイラ、さっき、触れていないよね?」

 フォルの白い、でも男の人らしく少し骨ばった手が、彼の唇に触れる。それを見て、かっと身体が熱くなった。

「してない!」

「そっか、残念」

「うん、残念……残念!? いやいや、え!?」

 顔を上げた時、先ほどまでの妙な隙間を詰められたことに気づく。

 さっきのは、勘違いじゃなかった? でも本当に、唇は触れなかった。吐息だけが触れた気がして、心臓がおかしくなりそうになって。でも頬には確実に触れた。あれは、間違ったんじゃなくて、キスだった?

「フォル、その、そういうのは恋人同士のものでございまして」

「……そうだね」

 その時、なんだか傷ついたような顔をしたフォルにびっくりして、慌てる。え、私何かいま、まずいことを言っただろうか。

 でもそれなら、とフォルが何かを言いかけた。暖炉からぱちぱちとはぜる音だけが聞こえて、やたらと時間が長く感じる。キン、と、耳の奥が痛いくらいの沈黙に感じた。


「アイラ、魔力、回復しておいたほうがよくない?」

「え? ああ、うんそう……だね?」

 混乱しつつ頷くと、にっこりといつもの笑みを浮かべたフォルに少しだけ安堵のため息が漏れる。フォルにしては珍しく自分から言い出した、なんて、一瞬浮かんだ疑問はすぐに消えていった。

 伸ばされた腕が私を引寄せ、首元にフォルの頭が寄せられる。くすぐったさに身を捩るが、いつの間にか背に回された腕がそれを許してくれなかった。……妙に気恥ずかしいと感じるのを、必死に考えないようにする。さっきまでの沈黙が嘘のように、今度は耳の奥でドンドンと心臓が煩い。

 湿った空気が喉に触れて、あれ? と違和感を感じる。……牙、を使うのだろうか。今日は、手じゃない?

 しかししばらく動かなかったフォルは、結局私の頭の後ろに回っていた手を離し、首元に添えた。ちくりと感じる痛みに、目を閉じる。

「アイラ。魔力回復薬、いくつあったっけ?」

「え? えっと、私は二本」

「全部で四本か」

 なんで今? と思った瞬間に、血を啜られたのがわかって目を閉じる。緊張に拳を作ると、その上にフォルの手が重なった。

「……ふ、はっ。……知ってる? アイラ」

「んっ、何?」

 離れていくフォルに返事をしながら、くすぐったくてさらに身を捩る。と、フォルは笑った。なんだか妙にフォルが大人びて見える笑顔に、どくんと一際大きく心臓が鼓動を主張した。

「この行為も、恋人同士のものなんだよ……闇使いにとってはね」


 私の思考は、なかなか上手く回転してくれない。

 

「さて、眠ろうか。冷えるし、布団は一枚しかないし、暖炉の前で身体を休めるしかないかな」

 私を置いてさっくりいつも通りに動きだしたフォルの背を見ながら、混乱した頭で考える。

「フォル、ローザリア様は、違うの?」

 思わず呟いた言葉に、振り返ったフォルの表情は暗くて、良くわからなかった。


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