表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/351

129


「つまり、ラビリス先輩は私達が二年に上がったら、アーチボルド先生が動けない時に私達の授業や依頼に付き添ってくれるということですのね?」

 おねえさまの確認に、王子がお茶を一口飲んで頷く。

 ラビリス先輩からの依頼をこなし、暗いからということと、極度の人見知りであるという先輩が緊張でまたしても部屋の隅に引っ込んでしまったこともあって、結局短い時間だけの滞在であっというまにいつもの屋敷に戻った私達は、部屋で王子に確認しながらお茶を飲んでいる。

 あっという間だったが濃い時間だった。思わずテーブルに載せた石を見ながら「錬金術ってすごい」と呟くと、全員がこくりと揃って頷く。

 液体に溶けて消え、宙に浮かぶラビリス先輩の粋な自己紹介となったのかと思われた石であるが、トレーの上にはしっかりごつごつしたものではなく、角がとれ丸くつるりとしたまったく違う材質となった宝石が残されていた。

 翡翠のようにも見える美しい緑と白の混じった石は、持っているとたった一度だけではあるが持ち主を守るという、立派なお守りとなったらしい。差し上げます、と言われて、王子とフォルがものすごくびっくりしていた。どうやら、相当高価なものらしい。


「ここまで出来るとは、技術者としても研究者としても引く手数多だっただろうに」

「そうだよね、学園の教師とは意外だったけれど……でもそれなら錬金術科の講師となって指導したほうがよかったのでは?」

 王子とフォルがテーブルの石を手に取りながら話す。確かにすごい技術ならば専門のところで講義などを行ったほうがいい気がするが、王子曰く「無理だな」とのこと。

 なるほど、極度の人見知りであれば、教鞭を持って前に立ち注目されるというのは厳しいかもしれない。

「本人が特殊科の為ならいいと言っていたらしい。あと、錬金術科の教師と共に研究を続けるそうだ」

「研究者でもあるのですね。でも素晴らしいですわ、これ。大量に作る事は難しいのでしょうか」

「難しいんじゃないかな。石、減っちゃったし」

 おねえさまとルセナも石を手に魔力を確かめたりしているようだ。

 ルセナの言うとおり、一人何個か持ち寄った石は、最終的に丁度十個だけが残り後は消えてしまっていた。ラビリス先輩曰く、向いている石と向いていない石があるらしい。

 大きさも、手のひらにぎりぎり乗る程の大きなものもあったのに、今テーブルに置かれているのは一番大きくても私の手でも握りこめるサイズに縮小されてしまっている。そもそも見た目どころか材質自体違うようだし、何がどうなっているのやら……だが、これが錬金術だといわれれば唸りつつ納得する程度の知識しか、私は持ち得ていない。

 錬金術って前世でも鉛を金に変えるとかそういったものであったし、きっとあの三角フラスコの液体に大きな魔力と秘密があったんだなと考えながら、石を手に取る。

「一人一個持っても、あまりますね」

 レイシスが言うと、そうだなと頷いた王子が少し考え、口を開く。

「フリップに持ってもらったらどうだ。あとアーチボルド先生。もう一個は必要になったら使えばいい」

「そうですわね」

 おねえさまが賛成し、渡してきますわ、と二つを持って立ち上がる。

 そろそろ寝るかなーと立ち上がったガイアスに続き今日は解散となり、それぞれが石を手に部屋を出る。

「綺麗だな」

 自室に戻った私は、いつも持ち歩いている桜の石と並べてそれを机に飾り、明日は二つ持っていこうとそれを見てにやつきながら、就寝のために準備を始めた。くるりと石の周りを回るアルくんは、どうやら今日もシャワーはしないらしい。




「おはようございます」

 アニーさまが今日もにこにこと挨拶をして私達と合流する。今日は騎士科が別れる前に会うことが出来たので、八人で集まってわいわいと道を進む。もちろん広い道だからできることだが、他の生徒の邪魔にならないようにぞろぞろと列を成す。それでも目立つけれど。

 騎士科と医療科の校舎の分かれ道に差し掛かったとき、後ろから元気な声が聞こえて、振り返ればそこにぶんぶんと手を振ったピエールが見えた。

「朝から元気なこと」

 おねえさまがくすくすと笑い、私もおはようと返事をすれば、ピエールは嬉しそうにその場をぴょんぴょんと跳ねて……さっと顔色を変えた。


「危ない!」

「きゃあっ」


 ガランガランと何かが落ちる音に、何かをかぶり腕が冷えて頬にもぱらぱらと冷たい雫を感じ、思わず頭を腕で庇うような体勢をとる。

「お嬢様!」

「アイラ!? え、おい!」

 ガイアスとレイシスがすぐそばまで来たのを感じそっと目を開けると、地面に転がる金属のバケツと雑巾が転がっているのが見えた。

「……アニー様!」

 私の隣にいたアニーさまが水を頭からかぶってしまったらしく、ぽたぽたと髪の先から膨らんで落ちる雫が地面を濡らす。

 慌てて水と風の魔法の応用で乾かし、ハンカチで頬を拭く。が、かかった水が雑巾を洗ったものだったのだろう、医療科の白い制服が薄汚れた灰色に染まる。

「着替えましょう」

 おねえさまが硬い声を出し、私とアニー様の手を引いた。おねえさまの袖も雫が散ったのか濡れているが、アニー様ほどではない。

「誰がこんなこと」

 フォルが呟き、ルセナが首を捻る。バケツはどうやら上から振ってきたようだ。見上げるが窓が開け放たれた二階の部屋に人影はもうない。

 この学園は貴族が主に通っているのだから、掃除はクラスで担当を分けて……なんてことはない。掃除担当の職員か、研修で侍女科の生徒がやるのだ。つまり、バケツや雑巾の場所なんて知らない生徒も多いのではないだろうか。事実私も久しぶりにその道具を見た。

「大丈夫か?」

 王子が厳しい表情で周囲を見ながら私達を気にかけるが、アニー様はどう見ても大丈夫じゃない。呆然とした表情で頬から伝う雫すら拭わないアニー様を心配して、声をかけてその腕を引く。

 周囲に人はいるが、皆気の毒そうな顔をするものの扇で覆う口元に笑みが浮かんだ人間も多い。要はここにいる王子やフォルを気にして、表面上繕っているだけだ。

 位置的に、狙いは私かおねえさまかアニー様か。あるいは私達が一箇所に固まっていたので、全員か。どうしてもそう疑ってしまう程、私達は普段そういったことが多いのだ。……言葉であって、こうして物理的に何かを投げつけられる事は滅多にないのだけど。

 ピエールが巡廻していた騎士を呼んだ時、近くを歩いていた侍女科の生徒が大丈夫ですか、と近寄る。

「あ、リラマさん」

 思わず名前を呼んだ相手は、以前実家がベルマカロンを手伝っているからと私に挨拶に来てくれた侍女科の少女だ。状況を察知した彼女は、憤慨しながらこちらはお任せください、とバケツと雑巾を手に片付け始める。

 第三者であるリラマさんに大丈夫かと心配された時、漸くはっとして状況を理解したらしいアニー様が顔を赤くして恐縮したように頭を何度も下げ、私とおねえさまに手を引かれ足を動かしたのを見て、ガイアスが続く。

「ガイアス、授業は?」

「大丈夫、レイシスに伝言頼んだ」

 私達が授業を遅れるのは、フォルが伝えてくれるらしい。片手を上げたフォルに手を振り返し、ざわめくその場を足早に離れる。

 慣れたとは思うが、それでも気分が悪い。今回大きく被害にあったのはアニー様であるし、そのアニー様の手が僅かに震えているのだから尚更だ。

 しかしなんとか歩けていると思われたアニー様であるが、人の目から離れると次第にがくがくと震えた足を抑える事ができずその場に膝をついてしまった。

「も、申し訳ありません……っ」

 目に涙を溜めたアニー様を、ひょいとガイアスが抱えた。

「……!? ガイアス様!」

「いいっていいって、アイラ、屋敷でいいか?」

「私の制服でよければ何枚かあるから、大丈夫」

 依頼で戦闘が多いために多めに用意していた制服が役に立つ。私とアニー様は、アニー様のほうが若干身長が高く胸が大きいが……うん、まぁこれくらいなら大丈夫だろう。おねえさまの制服よりはマシな筈。

「わかった、あまり離れないでついてこいよ」

 そう言って急いで歩き出すガイアスに続いて私とおねえさまも小走りに歩き、驚いて出迎えたレミリアにおねえさまの着替えと私の制服を二着持ってくるように頼み、大きなタオルをソファに敷くとガイアスがそこにアニー様をおろすのを確認して、手を洗いお茶の準備をする。

 朝方はまだ冷える。冷たい水を思いっきり被ったアニー様が寒いだろうと慌てて用意し、レミリアが用意した着替えをガイアスに出てもらい三人で済ませて、漸くほっとした頃には私とおねえさまもぐったりとしていた。

「大丈夫か?」

 部屋に戻って来て、心配そうに問うガイアスに大丈夫だと答えるが、アニー様はただ何度も「申し訳ない」と頭を下げる。

「あれしきのことで歩けなくなるなんて……」

 自嘲するように零すアニー様であるが、あれしきの事、というにはわかりやすすぎる悪意に腹が立つ。どうせまた王子に近寄るなとか、フォルと一緒の班で進んだ授業を受けている事に対しいい気になるなとかそういった類の……と思ったのに、アニー様は、「実は」とゆるりと首を振った。

「最近、多いんです。……こういうの。だから、巻き込んでしまって本当に……」

 ごめんなさい、と続く言葉を聞いて、皆ぎょっとする。多いって、それって。

「なんでもっと早くに言ってくださいませんの……っ!」

 おねえさまが泣きそうな顔で立ち上がるが、はっとしておろおろと視線を泳がせ、またぺたりと椅子に座る。

「言いにくい、ですわよね。あの、それって私達特殊科が絡んでおりますの? いつものとは、違いますの?」

「でも、王子やフォルと一緒にいるのがどうのこうのなら私達も異変を感じていたはずじゃありませんか? 私達への非難は逆に最近少なくなってきていると思うのですが」

 おねえさまと私で話をすれば、アニー様は瞳を潤ませて首を振った。

「恐らく、違います」

「……心当たりが?」

 私の質問に、アニー様は眉を下げて困ったように俯いてしまった。

「……とりあえず、ほら」

 ガイアスが手に持っていた何かをアニー様に握らせる。

 アニー様が手をひらくとそこに、可愛らしい包装がされた小さい……あ、ベルマカロン製の飴玉だ。

「あまいもんでも食って元気だせ。話ならいつでも聞くし相談にものるから」

 ガイアスが覗き込むと、俯いていた顔をあげたアニー様はこくんと頷いて、ぺりぺりと包装から淡い赤色の飴玉を取り出すと口に含み、頬を染めて笑った。

「おいしいです。……アイラ様、ラチナ様、よかったら放課後、お話聞いてくださいますか?」

 その、よろしければガイアス様も、と顔を再び俯けて言うアニー様を囲んで、私達は真剣な表情で視線を合わせ頷いたのだった。




もしかしたら、明日は忙しいので更新間に合わないかもしれません。

間に合えば更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ