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「おやおや、これはどういう事かな、ガイアス、レイシス」
一触即発状態の稽古場で、私の開始の合図を待つばかりだった中現れたのは、ゼフェルおじさんだった。
にこやかに私には笑みを浮かべながらも、背後に冷気を背負っている。うん、髪以外はガイアス、レイシスの双子はレミおばさん似だと思っていたけど、レイシスの性格はばっちり父親に似たのだろう。
ちなみに二人は、父親の登場に先程までの空気はどこへやら、顔を青ざめさせて後ずさりを始めている。
「これは、その。ガイアスとレイシスが、フォルと勝……稽古を一緒にやりたいみたいで」
「そうでしたか、お嬢様大変失礼致しました。ガイアス、レイシス。大事なお客様とお嬢様にご迷惑をかけてはいけない。そんなに稽古が好きなら、お前達今日は森で夜を明かすかい?」
「す、すみませんでした父上!」
声を揃えて謝罪した二人であるが、謝る相手が違うと再度怒られた。ああ、これは今日二人の夕飯抜きかもしれない、と、何かこっそり差し入れる算段をしていると、ゼフェルおじさんを止めたのはフォルだった。
「デラクエル殿、僕がお二人と剣を交えてみたいと思ったのです。これでも僕も日々鍛錬をしているのです。同じ歳だと教えてくださいましたよね? お二人のように強い『友』に会える事は滅多にないのですから」
「しかし……」
「……いけませんか?」
渋るゼフェルおじさんは、しかしにこやかにだが逸らされない視線にしばし躊躇った後、はぁ、とため息をついた。
「危ないと思いましたら、無理にでも止めます。よろしいですね?」
「ええ、ありがとうございます」
にっこりと微笑むフォルは、次の瞬間にはすっと目を細めて、口には笑みを浮かべたまま双子を見つめた。
対する双子は、友、と言われた時にぎょっとした様子を見せていたが、視線を受けとめてにやりと笑い、各々武器を構える。
「どっちから相手したいか選べよ」
「なら、二人まとめてかかってきなよ。僕は構わないよ」
「……っ! 言ったな!?」
開始の合図をしようとしていたのだろうゼフェルおじさんが止めるまもなく、ガイアスが構えた剣を振り上げて大きく跳躍した。それが、開始の合図となる。
「くらええええ!」
空から切りかかってきたガイアスの攻撃を、フォルはとん、とまるでステップでも踏むかのように軽々とかわし、着地と同時に大きく横薙ぎされた刃もかわす。
フォルが小さく何かを唱えている事に気付く。そもそも、フォルは丸腰だ。ガイアスやレイシスのように魔法剣士ではなく、純粋に魔法を使うタイプなのだろう、と思っていたのだが。
「氷の剣」
呪文が完成した時、フォルの手には透き通る一振りの剣が握られていた。
彼は魔法剣を使うのかと納得した時、それまで動く事がなかったレイシスが大きく手を振り上げる。
「風の刃!」
離れた位置に居た私の髪が揺らぐ程の強力な風が、フォルを襲う。その奥で、剣を構えなおしたガイアスも小さく口を動かしているのが見えた。
ガイアスとレイシスの連携攻撃は強力だ。素早い風を操り相手を翻弄するレイシスが時間を稼いでる間に、一撃必殺なガイアスの魔法が準備を終える。万が一それを打ち消したとしても、そのタイミングで次の風の攻撃が襲い、繰り返しだ。双子ならではのタイミングの良さで、二人が『大人』と稽古をしているのは私は見ることはないが、見学した父は褒めちぎっていた。
さすがに二対一は駄目だろうと思った私は、すぐにその考えを訂正するハメになった。
「な!?」
珍しくレイシスの慌てたような声が響き渡る。
フォルは、レイシスが放った風の刃すべてを、大きく跳ぶ事で避けて見せたのだ。それも、ただ避けたのではない。風の流れを読んで飛び込んできたガイアスの剣を氷の剣で軽くいなしながら空中に氷の足場を作り出し、それを踏み台にして避けたのだ。ジャンプした程度では届かない位置にまで一瞬で逃げられて、風は霧散する。
「逃がすか! 炎の蛇!」
続いてガイアスが、炎系の呪文を発動した。おそらくフォルが氷を使うからだろう。『蛇の魔法』は、唱えられた属性の蛇が狙った獲物をしつこく追う。ガイアスの炎の蛇は、空中で無造作にフォルの手に握られていた氷の剣にまっすぐに向かう、が。
「これくらい、なんてことないよ」
フォルが、素早くその剣を構えたと思うと、その刃を溶かし尽くそうと飛び掛った蛇を一刀両断した。真っ二つに割れた蛇だったそれはもはや炎と呼べるものではなく、しっかりと氷漬けにされすぐ大小の欠片となって飛び散った。
「な……」
私は唖然として声を出す。
ガイアスの魔力の炎を凍らせた? 現れた魔法は術者の魔力だ。そして大抵の場合、氷は炎に弱い。それなのに、その炎を凍り付かせ砕くということは。
「ガイアスの魔力を軽く上回ってるってこと……?」
ありえないとまでは言わないが、冗談ではない。ガイアスもレイシスも、子供の割りに相当の使い手だ。何度でも言うがその辺りの兵士なんて目じゃないのだ。
愕然としているのは私だけではなかったようで、隣でゼフェルおじさんが絶句して目を見開いていた。
当然だ、ガイアスとレイシスは、この歳で優秀どころではない使い手なのだから。
もはや、一瞬動きを止めたもののすぐに体勢を立て直したガイアスが再び剣を振るおうがレイシスが次々と風で切りつけようが、結果が見えている。
少しだけ、静観してみる。が、やはりおじさんは、驚きで動けないでいた。なら。
ゆっくり前に進み出る。そこで漸くはっとおじさんが身動ぎしたのが視界の端に入ったが、私はそのまま前に進み、ゆっくりと両の手のひらを前に向けた。
「そこまで!」
私の声と同時に、三人に一気に『ただの水』が降り注ぐ。……発動呪文すらない、ただの水だ。しかし量が多かった為に、地上の二人はそのまま地面に突っ伏したし、空中にいた一人も『足場の氷が解けて』落っこちた。
「あら、やりすぎた。まぁいいか、三人とも頭冷やしなさいな」
にっこり、と微笑む。
「……はひ」
間の抜けた声は、呆然とした三人の誰かから聞こえた。




