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「アイラ、いるかい」

 レイシスが出て行ってしばらくたち、私とガイアスが魔法の練習もそろそろ休憩しようかと話していた時、稽古場の入り口に父とガイアス達のお父様のゼフェルおじさん、そしてその後ろについてレイシスが戻ってきた。

 背が高い父が、ガイアスを見つけると目線を合わせて頭を撫でながら、「今日はよくやった」と笑うので、ガイアスが嬉しそうにありがとうございますと笑う。続いてゼフェルおじさんにも褒められたガイアスは、飛び跳ねて喜んだ。ゼフェルおじさんが褒めるのは珍しい。厳しい人だけれど、その分褒められた時の喜びは大きなものだろう。すでに先に褒めてもらっていたのか、レイシスも嬉しそうにしている。


「お父様?」

「ああ、アイラ。彼がね、君と話したいと言うんだ。アイラ、お前も頑張ったな、満点だ」

 父に褒められて、つい私も嬉しくなって微笑む。中身はいい歳した大人だが、私は前世で父に褒められた記憶はない。

 ところで、私と話したい彼、とはあの美少年の事だろうか。

 なんだろう、と首を捻ると、すっと入り口から人影が現れて視線を向けて……驚いた。

「え! さっきの」

 入り口にいたのは、間違いなく私が店でフードの下を見てしまった彼だ。さらさらの銀の髪、瞳孔は紫苑色にも見える銀の瞳に、透ける様な白い肌。整いすぎた顔は少しばかり冷たい印象を受けた気がしていたのだが、今はほんの少し頬に赤みがさしているせいか柔らかい。

 彼は、ローブを脱いでいた。身にまとう服は黒に銀糸の刺繍が施された美しいもので、やはりボタン一つで食事が何十回もできそうな代物で間違いなかった。

 あのやぼったいローブを脱いだ彼は、何か気圧されるような雰囲気を纏っていて、少しだけ、ほんの半歩程後ずさる。

「先程は、ありがとう。丸一日食べていなくて、君のおかげで助かりました」

「い、いえ」

 微笑まれて、耳に心臓があるみたいに煩くどくどくと鳴った。

 うわぁ、これはやばい、乙女ゲームのスチルでも目の前で展開しているようだ。ここは現実か一瞬疑った。

 そこで、はっとして私は息を呑む。私の思考は前世の記憶も足せば余裕で二十代。目の前の彼は間違いなく今の私と同じくらいだから、前世基準でいけば小学生だ。

 おい、小学生にときめくな私!

 危ない路線な趣味があったのだろうかと真剣に悩み始めたとき、視界で何かが光る。

「アイラ?」

「ひょえ!?」

 変な顔をして俯いてしまったのだろう、目の前に日の光に輝く氷のような瞳が飛び込んできて、私は奇声をあげて仰け反った。

 まさかの呼び捨てキターって脳内に顔文字がでた気がします助けろお父様! 「はっはっは、アイラは照れているのかな」じゃないわ!

「おい」

 低い声が聞こえたあと、目を白黒させている私のお腹に、何かが回ったと思った瞬間ぐいと後ろに引かれた。すぐに背中が暖かくなって、両耳に風が触れる。

「ガイアス、レイシス」

 私を後ろに引っ張ったのはどうやら両者同時のようだ。左にガイアス、右にレイシスがいる。吐息が触れる程傍に二人がいる事に驚くが、とりあえずガイアス、私の耳元でおっそろしい声出さないでくれないか、怒らなくても私が勝手にびっくりしただけで彼は何もしていない。

「あの、二人とも大丈夫」

 真面目な護衛二人に息を整えた私がそう言うが、両脇の二人から漂うのは両極端な可笑しな空気のままだった。左は若干熱いがまだいいとして、特に右側がツンドラに迷い込んだようである。レイシス、君氷魔法の特性ありそうだよ。

 微妙な沈黙をぶち壊してくれたのは、はっはっはと笑い出す、やはり父だった。がんばれ若人よって、お父様、まだ三十代入ったばかりでしたよね?



「君達にお礼を言いたかったんです」

 所変わってここはベルティーニ家自慢の庭。父が「子供はお菓子の時間だ」とか言い出して庭に移動した私達は、リミおばさんお手製のクッキーをほおばりながらお茶でも飲んで話しましょうという事になったのだ。

 ちなみに私はさっき試作品のモンブランを食べたのでクッキーは控えめに。お茶はお気に入りのアップルティー。落ち着く柔らかな香りを堪能して、漸くほっと息をつく。

 私の正面には美しく微笑む少年。左には少し不機嫌そうなガイアス。そして右には無表情冷気発生源……じゃなかった、レイシスが、それぞれ椅子に掛けてお茶を味わっている。

 レイシスが稽古場から離れた時に先に美少年に会っていたみたいだしそこで何かあったのだろうか。

 それで、と正面から声をかけられ、この気まずい空間誰かなんとかしてくれと現実逃避気味に紅茶のカップに注いでいた視線をあげる。

「僕の名前は……フォル、と。アイラ、改めてお礼を言います。食事の件も……それに、君達はとても強いね。命も救われたようだ」

「……命?」

 レイシスがその言葉を反復する。

 命、という事は、やはりあの黒ずくめは逃げ出してきたどっかのお坊ちゃまを回収しにきたわけでもなく、命を狙う輩だったということか。

 この情報は、踏み込んで聞いてはいけない気がする……と全員が思ったのか、私達は黙る。

 彼はフォルと名乗った。家名がない、という事は、恐らく詳しく話してくれるのではないのだろう。

「もう大丈夫なのかよ」

 ぶっきらぼうに、だが心配するような声をかけたガイアスに、フォルはにこりと笑みを向ける。

「こちらの領地は、友人の家に向かう途中に寄ったのですが……ライアン殿が連絡を取ってくださったので、明後日には友人の領地から迎えが来ると。それまではライアン殿のご好意でこちらに滞在させて頂けるとの事で、甘えさせてもらいます」

「え、お父様が?」

 ライアン、は私の父だ。どう見ても貴族子息なのに、子爵家ではなくうちで預かると進言した父に驚きつつ、言われた言葉に引っかかりを感じて首を傾げた。


 ……友人の領地から迎えが来るの?

「あなたをここまで連れてきた人は……?」

 まさかこんな子供一人で旅には出さないだろう。可愛い子には旅をさせよというが、明らかに命を狙われているのならそれはありえない。つい疑問が口をついて出て、しまった、と思う。

 あまり深入りしない方がいいのではないか、と、私の質問にまっすぐ向けられた視線から目を逸らす。

「あ、あの」

「一人は、少し用事があるようでして。そうそう、先ほどアイラに頂いたお菓子もそうですが、ここのお菓子は本当に美味しいね。話には聞いていたけれど、ベルマカロンのお菓子は初めて食べたんだ」

「……うちのお菓子は、主に一般市民向けですから」

 言外に、貴族の口には入りにくかろうという意味ではあるのだが、彼はもう一度「とても気に入りました」と笑みを見せる。終始心臓に悪い笑顔だ。誰だ冷たい印象とか思ったの! 私だけど!

「フォルって言ったか、おまえさ」

 相手が貴族だろうとわかっていながら、ガイアスが言葉遣いもそのままに睨むようにフォルを見つめる。

「明後日までって言ってたけど、あんまアイラに近づくな」

「ガイアス!?」

 さすがに無礼すぎやしないかと慌てれば、なんと右側でレイシスもガイアスに同意するように頷いた。

「命が狙われているのに、アイラお嬢様のお傍にずっといられては困ります」

「ガイアス、レイシス。この人は父が認めたベルティーニのお客様よ。それにここにまで奴等はこないわ、貴方達のお父様がいるじゃない」

「それとこれとは別問題だ! アイラを一度危険な目にあわせたのにはかわりないだろ! こんなよわっちいヤツまで俺らは守ってられないんだよ」

「ガイアス!」

 あんまりな言葉に、テーブルに手をついて立ち上がる。相手が貴族だとかそうじゃないとかの問題ではない。

 どう言ってこの場の空気を戻そうかと悩んだとき、ふっと、フォルが笑う。

「さっきはとても迷惑をかけてしまったから、その点は僕の落ち度だと思う。謝罪します。けれど、次もし何かあっても僕ならアイラに戦わせる事なく終わらせる事ができるよ?」

「はぁ!? 前提としてお前がいなければ問題ないんだ!」

「ガイアスの意見に賛成ですね、君は先ほどただぼーっとしてただけだ」

「僕は逃げるように言った筈だ。対処はできたよ」

「なんだとー!?」

 目の前で始まった喧嘩に、くらくらとして私は再度椅子に戻った。

 これでは子供の喧嘩だ。いや、子供だけど。

「おいフォル! 稽古場こいや、勝負だ!」

 血の気が多いガイアスが、こんな事言い出す頃には私はため息も尽きて呆然とその様子を見守っていたのだった。

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