悪役の自己紹介!
「はい、どうぞ」
桃香さんはいやな顔一つすることなく、大豆バーでおなじみのダイエットフードと、パックのコーヒー牛乳を持ってきてくれた!
「あ、ありがとうございます……! 朝ごはん食べて無くて、助かりました……!」
早速ベッドから下りて椅子に座って袋を開く。
「敬語はいらないよ。隣同士の席なんだし、これから仲良くしてくれると嬉しいな」
桃香さんが優しげな目元をふにゃりと細める。
「あ……うん、ぼわたしこそ、ヨロシクお願いします!」
僕って言いそうになって慌てて私と言いなおしたせいで一人称がおかしくなってしまった。
「ぼわたしって何?」
桃香さんは爆笑してから、僕のほっぺたを撫でてきた。
「ほんと、桜子って可愛いね! でも……、ちょっと気になったんだけど、今朝からずっと、男にセクハラされてるの気が付いてる?」
「せくはら? 別に、されてませんけど……?」
「されてるよ。シンからはいきなり抱っこされて、空にはすごく近寄られてたでしょ。ああいうのすぐに嫌って言わないと危ないよ。女の子なんだから」
そうか……。
確かにその通りだ。頷いてから、気になっていたことを聞いた。
「空君って、桃香さんの知り合い?」
「知り合いっていうか……同じ年の義弟なの。私の父親と、あいつの母親が再婚したってだけだから、血の繋がりは無いんだけどね。苗字も違うし」
まさかの弟! でも主人公の兄弟姉妹って漫画の主要登場人物だもんね。納得。
大豆バーとジュースをお腹にいれたお陰で、ちょっとだけ落ち着いた。
「美味しかった……! ありがとう桃香さん。教室に戻ったらお金返すから」
「いらないよ。お近づきになった記念のプレゼント。たった二百円分だけど」
「そういうわけにはいかないよ。さ、教室に戻ろう」
教室の場所がどこだかわからなかったんで、先を歩く桃香さんの後ろを付いていく。
長く艶やかな黒髪のポニーテールが歩くたびに右へ左へ揺れる。
真っ直ぐ伸びた背筋とくびれたウエスト、そして腰のラインとスカートから伸びる大人の女の人みたいなセクシーな足が目を引く。実は、胸だって大きい。
これが「地味で大人しい女の子」だっていうんだから、少女マンガってわからないなあ。
ちなみに、僕の体は全体的にすとーんとしてる。胸無し。男の僕が違和感ないぐらいのレベルで無い。かわいそうな桜子ちゃん。
教室は先生の学校説明の真っ最中だった。
「保健室から戻ってきました」
「おう。じゃあ、お前たちも席について。あぁ、ついでに自己紹介もしてもらおうか。冷泉院からな」
「え!? は、はい!」
クラスメイトに一気に注目されて、僕は慌てて窓際の自分の席に立って、自己紹介を始めた。
悪役らしく、きっと目に力を入れて。
「は、はじめまして、冷泉院 桜子です。よろしくお願いします……」
「……それだけか?」
座ろうとしたんだけど、先生の言葉に腰を浮かせてしまう。
他に何を言えと?
「お前男好きそうな顔してるじゃないか。彼氏募集中ですー。とか、男性経験は三桁行ってますーとか言わないでいいのか?」
おと
ガタン! と椅子に膝裏をぶつけて、ドサ、とそのまま座りこんでしまう。
ぼくって、そんな顔してるの……?
さあっと顔から血の気が引くのが判る。また頭がぐらぐらしてきた。
「先生、最低です」
桃香さんが冷たく言い放つ。後を追うように男子からも女子からも「そりゃねーわ」だの「きもー」「さいってー」「ちょうありえねー」など野次が飛んだ。
「いやいや、わ、悪かった。だけどお前も悪いんだぞ冷泉院。ちょっと動くだけでパンツ丸出しになる格好してるくせに、このくらいの軽口でショック受けないでくれよ」
「……スカート、最初からこの長さなんです……」
がーん、がーんって頭の中で鐘が鳴り響く。
「え、折ってないの?」
前の席の女子の質問に、頷いて答えた。
そりゃ、この体、悪役だし、悪そうな見た目してるのが当然なんだけど、男にだらしなさそうな顔してたなんてショックが大きい。
「い、いやー、先生が悪かった。ほら、冷泉院も聞き流せ、な」
な、じゃないよ……。人を色情狂みたいな言い方しといて……。
膝の上で両手を組んだ指先が、偶然、ブレスに触れていたらしくて神様の声が聞こえた。
(自己紹介をやり直せ! 忘れていたがこれも大事な展開だ。私の言葉をそのまま繰り返すのじゃ!)
「う、うん。すいません、自己紹介やり直します! 『私の名前は冷泉院桜子。付き合ってきた男の数は三桁ってところかしら。私の目に叶えば彼氏にしてあげるから、男共、頑張って私に尽くすことね。知ってると思うけど、私の家は冷泉院財閥の直系。失礼な真似をすれば、家族ごと路頭に迷うと覚悟なさい』」
「…………」「…………」
うわぁ……。
なんだこの自己紹介……。
神様の言葉を自動書記状態で繰り返してしまったのを大後悔する。
これ、悪役どころじゃないよ。僕、完全に頭おかしい人じゃないか。
「桜子、そうまでして、先生のフォローしなくていいんだよ」
桃香さんが悲しそうに僕を見た。
「べ、別にフォローしたわけじゃ……」
僕の言葉に、周りの生徒達が答える。
「いや、完全にフォローだろ。冷泉院さんって優しいね」
「先生まじ最低ですよーコレ」
「うん。ドン引き。冷泉院さんが可哀相」
生徒達が口々に先生を責める。
「いやーはは、は……。しかし冷泉院、お前の家、確か、桜咲の八丁目だったろ? 先生も学生時代八丁目に住んでたけど、安アパートとボロ屋の多い地区じゃないか。財閥だなんて嘘はいかんぞー。あぁ、でも最近大きな屋敷が出来てたな! 庭なんかこの校庭ぐらい広くて――。あそこがお前の家か?」
「いえ、ボロ屋暮らしです! お父さんが会社潰したし、親類から絶縁されちゃいましたから」
本気でお金持ちだと誤解されては大変なので慌てて否定すると、ピキーンと音がしそうな感じで先生が固まった。
「せ、先生……」
ただでさえドン引きだった生徒達が益々引く。
「桜子、もういい、座って」
かたんと椅子を鳴らして桃香さんが立ち上がった。
「葉月 桃香です。桜子の親友です。桜子を苛める真似をしたら私が許しませんから。例え先生でも」
それだけを言うと桃香さんは席に座って、僕の頭を撫でてきたのだった。