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桜子を泣かする世界なんかいらない

 僕が衝撃的な生まれて初めての体験をしたところで関係なく朝はやってくる。

 昨日僕らに暴力を振るった連中はまとめて退学になったそうだ。そりゃそうだよね。ってそれどころか、僕は気付かなかったんだけど仲間まで増えてたみたい。全校生徒を覚えている空君が相手じゃ無かったら取り逃すところだったよ。


 今日も六時限目まですごして、それから生徒会へ直行だ!


 大和君と目を合わせて話すのはまだ恥ずかしいんだけど、生徒会が一番楽しみだったりする。先輩が淹れてくれるお茶は美味しいし、友達とワイワイやりながら仕事できる環境だから。


「お、遅れてごめん」

 補佐部の最後の一人、キリヲ君が駆け込んできた。

「キリヲ今日休みだったでしょ? 補佐部の為だけに登校してきたですか? 普通に休んでよかったのに」

「あ、うん、そうなんだけど、桜子に会いたくて」

 どご! キリヲ君の頭にペットボトル(中身アリ)がさく裂する。

「何すかその理由。アイドルだからって調子乗るんじゃないですよ」

「いたたた……会いに来るぐらいいいだろ。アイドル関係ないし。怪我の程度も気になってたんだよ」

「僕の怪我はもう大丈夫だよ。ほら、だいぶん薄くなってるでしょ?」

 制服をたくし上げ痣を見せたら今度は僕にペットボトル(カラ)が飛んできた。

「男に肌をさらさない! そういうのは幼稚園ですませておきなさい!」

「ご、ごめんなさい桃香さん……」

「でもひどい痣だったんだね。オレがいれば助けてあげられたかもしれないのに……」

「空でも無理だったのよ? アイドル君には無理でしょ、瞬殺されて終りじゃない?」

 桃香さん! そういうこと言わないで!

「大丈夫だよ。オレ、空手やってて一応免許皆伝なんだ。一人勝てないやつがいるけど、普通の不良ぐらいなら簡単にやれるから」

「え! そうなの!?」

「く、くやしい」

 空君が本気でくやしがってる。

「来たからには仕事してもらいますからね。ほら」

 ばさっと厚さ十センチはある書類を押し付ける。


「おいおいやりすぎ。半分はお兄さんが処理してあげるから持ってきなさい」

「すいません、シン先輩」

「あまり無理すんなよ。学校と補佐部とアイドルとこなして寝る暇もないんじゃないのか?」

「あ、あはは、あまりないんですけど、でも顔に出ないたちなので大丈夫です」

「それって大丈夫の域にはいるか? まぁいい、自分の体なんだからちゃんと大事にしとけよ」

「はい」


 といいつつ、パソコン作業をしている途中でばた、とキリヲくんが突っ伏した。「キリヲ!?」大和君が肩をゆするけど反応が無い。

「あー限界来ちまったか。だからお兄さんが忠告したってのに」

「だいぶ早かったわね」

「キリヲ、自己管理、出来なさすぎ」

「もーめんどくせーな。保健室に連れて行きます」

「おう、階段に気を付けろよ。それと、桜子ちゃん、キリヲの看病してやってくれ」

「なんで桜? ボクがいく」

「いや空は絶対できないだろ。バケツの水をかけかねぇ」

「じゃあ私が行こうかな?」と桃香さん。

「キリヲの顔面が傷まみれそうになりそうだから却下。ほら、早く連れてってやれ」

「っす」

 僕も手伝ってキリヲくんを大和君の背中に乗せる。

「だーもう失神してるから超重てぇなですよ! しかもこいつ筋肉バリバリじゃねーっすか! くそ、免許皆伝ってマジだったのか」

 文句はいいつつも小走りで保健室まで背負ってくれた。

 保健室にはまだ介護の先生がいた。

「猪狩先生、こいつ失神したから置いていきますです。目が覚めたら勝手に帰れって言ってください」

「あら、……この顔色は過労かしら。無理してるみたいだったものね」

 さすが保険の先生。僕にはいつも通りにしか見えなかった顔色で病名を言い当てている。

「じゃ、戻りますよ桜子さん」

「え、でも看病を任されてるから駄目だよ」

「先生ひとりでも大丈夫っすよね?」

「わたしはこれから職員会議があるのよね。大事な。だから桜子ちゃんにお願いしてもいいかしら」

「はい」

 「じゃまた」と大和君が、「頼むわね」と猪狩先生が出ていく。

 体温計で熱を測ると38度以上もあった。

 アイスノンをわきに挟んで、頭は氷で冷やしたタオルを乗せる。

「……う」

 キリヲ君がうめき声をあげた。

「ぶっち……」

 目を覚ましたのかな? と思ったけど、違った。ブッチーの夢を見ているようだ。

 ふふ、と笑いそうになったけど、次の言葉で僕の口は閉じた。


「さくら……こ…………す、きだから……」


「………………」


 またそっとタオルを外して氷の中で冷やす。

「キリヲくん。君が本当に好きなのは桃香さんなんだよ」

 そっと囁くと、がしり、と手を掴まれて心臓が止まるかと思った。

「キ、キリヲくん、起きてたんだ」

「自分の寝言で目が覚めた。どうして、オレを信じてくれないんだ……? 桃香さんはいい子だと思うよ、思いやりもあるし……。でも、オレが好きなのは桜子なのに……」

「それは錯覚なんだよ。私は人に好かれる人間じゃない。特に生徒会の人たちには」

「どうして?」

「運命の神様がそう決めたから」

「運命の神様なんて信じなければいい。とにかくオレは……さくらこが……」

 そこまで言って、またかくんと眠りに落ちてしまった。

「くぉらあああキリヲ! なにをどさくさ紛れに私の桜子に告白してんのよ!」

「う……」

 桃香さんが首をガクガクとゆするけど、完全に昏倒してしまったようでキリヲ君は目を覚まさなかった。


「待って待って、キリヲくんは僕と桃香さんを間違えただけだから!」

「今の告白聞いて間違いと思える桜子も桜子だわ」

 久しぶりにぎゅーっと抱きしめられてしまって「ぐげー」と怪鳥のような声を上げてしまう。


「……まじっすか」


 看病している間に仕事が終わってしまったのか、大和君、空君、シン先輩もそこにいた。全員難しい顔や青い顔をしている。

「桜子ちゃん、真剣に告白した人にあれはないよ。断るにしてもちゃんとした理由を告げなきゃね」

 シン先輩が眉間を寄せて、静かな声で言う。

「いくらキリヲが嫌いでもでっちあげの運命を持ち出すなんてひでえっすよ」

「桜、残酷」


 そんなこと言われたって。


「でっちあげなんかじゃない。シン先輩も大和君も空君も僕を好きになったとしても運命の神様のいたずらによる単なる錯覚でしかないんです」


「そんなことない!」

 飛び掛かってきたのは空君だ。

「ボク、桜、好き。桃香じゃない。桜がいい」

「だから、それは錯覚なんだ」

「どうしちゃったの桜子。私がお仕置きしすぎたせいで頭に血が上らなくなったの!?」


 そっと桃香さんに抱きしめられて、なぜか僕の涙腺が決壊してしまった。

「うぅううう~~~~」

「うんうん、」

「う、ぐう、は、ぁ」

「泣くの我慢しない! 今は一杯泣いていいんだから」

「ももがざん……!! ぼく、ぼくは、」

「うん」

「ほら、俺らは外に出るぞ。女の子の邪魔しない」「はい」「むぅ」


 昏倒しているキリヲ君だけを残して三人は部屋を出た。


「さ、なんでも話していいわよ。他言は絶対しないから」

「う、うぐ、うぐ、まえにもいっだけど、ここ、は、『ピーチマジック』という漫画の世界なんです」

「ああ、その世迷言」

「世迷言じゃありません! ここの世界のヒロインは桃香さんで、、だから僕がちゃんと悪役して、大和君、シン先輩、空君、キリヲ君と、え、エッチなことして、桃香さんをいじめないとこの世界はほろびてしまうんです!」

「エッチ!? ああ、だからずっと様子がおかしかったのね。私に喧嘩売ってきたり男どもにあたふたしてたり」

「ぞ、そうなんでず」


 桃香はにっこりと笑って、答えた。


「そんなことで滅びるんなら滅ぼしていいじゃない。私は今の状況が好きよ。人生で一番楽しいと思ってる。そこで終わるのも一興ってやつじゃない?」

「そんなこと……?????」

「うん。大泣きするぐらい嫌なことを桜子にさせられないしね。最後の日まで一緒にいよ!」

「桃香さん……」


「話は聞かせてもらった」

 パン、とドアが開く。扉を開いたシン先輩どころか大和君も空君もいる。キリヲ君も目を覚ましていた。

「シン……女の子の内緒話を聞くのは国家機密を見るぐらいの大罪なのよ? 顔面割られたい?」

「お前も昔同じことしたろうが。なるほど、エッチなことか。だから初めて会った時救急箱投げられたわけだ」

「くそ、あのときババァが邪魔しなけりゃ最後まで行けたのかもしれなかったのか……!」

「大和、何をしたの?」

 桃香さんが絶対零度より冷たい声で言う。

「なんもしてねーよ! つか出来なかったですし!」

「ババァさんに感謝しなきゃだね」

 キリヲ君が笑う。そんな中、空君だけが、


「さ、桜と全員がエッチなことをして……!?」

 と真っ赤になって息を呑んでいた。

「桜、駄目だ! そんなの駄目だ! 好きな人としかしちゃ駄目なんだから、ここは滅ぼそう!」

 珍しくも取り乱す空君に桃香さんが続けた。


「何言ってんの。あんただって保健室で桜子に手を出そうとしてたじゃない」

「してない! あれ、桜が心配で、見てただけ!」


「……?」

 桃香さんは少し考えてから、

「わが弟は意外と堅物だったのねー」と感心したように言った。

「だから、もういらない、桜を泣かすような世界はいらない!」

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