病院にて
「え?」
目の前に、十人ぐらいの生徒がいた。思い思いに座ったり立ったりしている。
どの人も全員柄が悪い。
「よくもセンコーにチクってくれたな空君よぉ」
「お陰で一週間も停学食らっちまったじゃねぇか」
「このおと」
しまえ、と続けたかったんだろうけど、空君のハイキックで一撃ノックアウトだ。
「このくそがきが……!」左右から殴ろうとしてきた二人の男をさけ、お互いがお互い、味方通しで撃ち合っている。
空くんは身体能力は高いけど、格闘技をやってたなんて話は聞いてない。この人数相手じゃ絶対に勝てるはずない! 誰か呼びにいかなきゃ……!
ユーターンして走り出そうとしたんだけど、僕の後ろにも二人の男が居た。
「おっと、ちくりにいかれてたまるか」「お嬢ちゃん可愛いねー、あとでゆっくり遊ぼうね」
「うるさい! そこをどけ! 一人じゃ喧嘩できないクズの癖偉そうにするな!!」
「あ?」
男が僕の腕を掴んだ。「はな――せ!!」蹴りを入れるけど全く聞いてない。この体、前の体より小さすぎるんだ!
「顔は殴るなよ。やってるとき萎えるからな」
「分かってんよ。ほれ」
僕がやったようにお腹に蹴りを入れられる。
「ぐ……!」
それだけで激痛で膝をついて丸まってしまった。
「こっちも片付いたぞ」
一番偉そうにしていた男が空君の銀髪を掴んでいた。
「そら、く……」
そして、その時だった。
「私の弟になにをしているの?」
「いくらなんでもやりすぎだ。手を放せ」
桃香さんが来てくれた! 隣にはシン先輩もいる! そうだ、この二人は別ルートで裏庭に回って来てたんだ!
たん、と地面を蹴ったのは桃香さんだった。
一気に空君を掴んでいた男まで肉薄し、顔面に重い蹴りを入れた。しかも後ろは壁だったのでサンドイッチの具状態になっている。折れた鼻から鼻血を吹き出し前歯が欠け、後頭部からも血が流れ、見るだけで失神してると分かる。
「空」
シン先輩が地面に落ちる寸前で空君を受け止める。
「桜子の腕を離しなさい!!」
男は僕の手を放そうとしたようだったが、それより早く桃香さんのかかと落としが決まり、明らかに骨の折れた音が響く。
「う、うわぁああ!」
残りの男たちが怪我をした仲間を置いて逃げていく。
「あーらら、薄いお関係で」
「空、桜子、大丈夫?」
「空は完全に気絶してんな。救急車呼ぶから待ってろ。桜子ちゃん、何かされなかったか?」
そういえばお腹を蹴られたんだった。
服をめくって確かめると、ばっちりと靴型に痣が浮いていた。
「こいつ……!」
腕を折られてもがいていた男の顔面を蹴ろうとして、さすがにシン先輩に止められた。もちろん男の事を心配したからではなく、桃香さんが責められないようにだ。
職員室にシン先輩が電話をかけ、先生たちも駆け付けて来た。
呼んだ救急車は一台だけ。隊員たちは顔面崩壊した男を連れて行こうとしたけど「意識が無いこいつからお願いします」シン先輩が空君を担架に乗せた。「それとこの子。お腹を蹴られてます、と痣を隊員に見せた。「これはひどいな……内臓がやられてなければいいが」」
「おい、シン君、呼んだ救急車は一台だけか?」
「うーっす。俺が面倒見てやる必要ないんでそいつらの始末は先生たちにお願いしまーす」
―――
「――――――――?」
「あ、空君起きた! 大丈夫だった? 一人で四人もやったんだって、凄いね! 僕なんて一人もやっつけられなかったのに!」
「――は?」
「ここは病院。脳波とか色々調べたけど異常なしだったって。骨折とかしてなくてよかったよー」
「――――無事?」
「うん。お腹に一発やられただけ。僕の方も調べてもらったけど異常なしだったよ。お腹が丈夫でよかった」
「ごめん――――」
「何がごめん?」
「ちゃんと、守れ、なかった」
「あの人数から守るのは無理だよ。それに、桃香さんとシン先輩がすぐに来てくれて、怪我も軽くで済んだし」
「大和だったら、勝ててたのに」
「そうかな? 10人もいたんだよ? 格闘技のプロでもない限り無理じゃないかな」
「くやしい」
「僕もくやしいよ。たった一人も倒せなかったんだから。ああいう場面から空君を守って、空君が僕にきゅんとするまでが少女漫画なのになー」
「は、あはは、ボクは、とっくに、きゅんときてるから、意味ない」
「え」
そっか、好感度のこと忘れてた!
「うー喉かわいたー」
「あ、待ってて、スポドリ買っておいたんだ」
ベッドを座れる状態まで動かし、テーブルを出してスポドリを置く。
一気に半分も飲み干してから、空君は繰り返した。
「ボクは桜にキュンキュン。桜は?」
「ぼ、僕は、その、普通、の、友達、だと思ってます」
「つまんない」
「しょうがないだろー」
「じゃあ、どういう人、好き?」
「か弱くて僕が守ってやらなきゃ、って思える人!」
「それ、ボクのこと。か弱くて、桜に守ってもらわないと何もできない」
「四人倒した時点で候補からは外れています」
「じゃあ、手抜き、すればよかった。桜助けて―!って」
「あはは」
「ははは」
二人で笑う。
「どう、そろそろ起きた?」
ばん、とドアを開いて桃香さんとシン先輩が入ってきた。
その瞬間、空君から表情が消える。
「あれぐらい、ボク一人でやれたのに」
「何言ってんのよ、十人いてたった四人しか倒せなかったくせに。弱い癖強がらない!」
「それよりも、やったやつの名前とクラス覚えてるか?」
「うん」
「あいつらも空を狙ったのが運の尽きだったな。全員退学だそうだ」
「桜にも手を出した。退学、当然」
「確かにな。目を覚ました次第帰っていいそうだ。今は九時だけど……一泊入院していくか?
「お腹減った。帰る」
「そうか。俺は桜子ちゃんを送っていくから、空のことは任せたぞ、桃香」
「はーい」
「じゃあまた明日! 空君、桃香さん」
「うん。気を付けてね」
「桜と帰りたかった」
できるわけないでしょ、と声が聞こえた。




