笑うのが恥ずかしい空君
「桜子……」
薬王寺さんに呼ばれて姿勢を正してしまう。
「は、はい」
「桜子の最初の友達はワタシよね?」
う、そうだっけ?
「ざんねーん、最初の友達は私でーす」
「むーむー!」
桃香さんが抱き着いてきて胸にむっちゃ顔が埋まっちゃってるんですけど! やらかい……! これが巨乳の迫力……!
「また邪魔が入る……」
まずい、薬王寺さんがカッターを装備してる!!
「はっ!」
桃香さんがカッターに蹴りを入れて、カッターは桃香さんに「席に戻れよー」と注意しようとしてた先生の指の間に突き刺さった。
「あ、ごめんなさいセンセ♡ まさか教卓に飛ぶとは思ってなかったんです♡」
桃香さんが可愛いポーズを取って言うけど、これ絶対狙ってるよね。
先生も青ざめて
「き、気を付けるように。あと薬王寺はカッターを学校に持ち込むのは禁止な。見つけたら即没収するから」
あ、一歩進んだ!
桜子はワタシのものと、今度は油性ペンで書きだしたけどカッターよりマシだと思おう。
「おい、あんたいい加減にしてくださいよ。完全にイジメになってますよ」
大和君が僕の横に立つ。
「もう薬王寺さんのことについては大丈夫だからいいよ!」
万が一にも大和君が薬王寺さんの標的になったら洒落にならない。大和君は生徒会副会長で学費免除なんだ。傷害なんか起こしたら学費免除も副会長もはく奪されてしまう!
なるべく薬王寺さんに近寄らせないように二人の間に立つ。
「こんなの大丈夫のはずないでしょう。先生、前任の先生と同じく降格されたくないなら薬王寺さんを指導してください」
前任の山口先生は僕への暴言で副担任になってしまっている。「う」先生も降格はしたくなかったようで「と、とにかく机に落書きはやめなさい。それと薬王寺さんは席替えな」
と、廊下の一番後ろの席に移動となった。
もともとそこに座っていた女子が不満を口にするけど、僕の机に掘られた痕や油性ペンで書かれた文字を見て、顔を青くして、「た、大変だったね、」とねぎらいの言葉をくれた。
やった、普通の女の子だ!
「テストの時文字ががたがたになりそう」
笑いながら僕が言うと、同情してくれた。
―――――
今日も一日が終わり、生徒会、および補佐が見まわる時間だ。
ところで、空君はハーフツインテールで一日を過ごしていたようだ。
今も髪型はそのまま。大物である。
お昼休みの時間に空君の髪型に気付いた薬王寺さんが「きえええええ」って向かって行って空君からリボンを奪おうとしたのだけど、空君は教室を抜けて、階段の半ばから下の階の階段の半ばまで飛び降り、踊り場をショートカットする運動神経に、普通の運動神経の薬王寺さんが付いていけるはずもなく、追いかけっこは空君の大勝利に終わったらしい。
「ごめんね空君。僕のせいで面倒に巻き込んで」
「平気。桜は桜の安全だけ考えてればいい」
「う、うん……」
「けど僕情けないな……皆に迷惑かけてばっかで何もできてないし……」
※エッチを含め
「桜子さんの手に負える相手じゃないでしょ。席も離れたし、もう大丈夫じゃないですか?」
大和君が苦笑する。
「そろそろ校内見回りの時間ですね。今日の当番は、、キリヲが居ないから桜子さんと……おれが行きましょうか?」
「だめ。順番通り、ボクが行く」
ち、と大和君が小さく舌打ちをした。順番通りで行くなら空くんなのだ。
どうやって決定しているかは、円形の表を重ねて一日一人分まわしているという小学生チックなやり方だったりする。
「桜子に悪戯するんじゃないわよ」
「はいお姉ちゃん」
半目で注意する桃香さんに空君は無駄にキラキラと潤んだ目と組んだ指で誓う。
いたずらをするなら空君より僕を警戒した方が良いんだけどな。だってエ……するのが僕の役目なんだから。役目……。自分で考えて自分で落ち込んじゃったよ。
「どこも異常はないみたいだね。ゴミも無いし煙草も無い。こないだの見回りがきいたのかな」
「うん」
二人して裏庭にチェックに行こうとすると、遠くから「キィエエエエエ」という声が迫ってきた。
まずい、薬王寺さんだ!
「またきた」
「その髪型やめなさいって言ったでしょ! どうしてまだ続けてるのよ! このオカマ!」
「ボクが好きでやってるだけ」
「リボンをよこしなさいよ……!」
あ!
薬王寺さんが腕を伸ばした途端。空君がひょいっと薬王寺さんの腕を捕まえて床に転がした。
「そ、空君、暴力は」
「先に暴力振るってきたのはそっち。ボクは防衛しただけ」
「確かにそうなんだけど……」
「よくもやったわね……! ィキエエエエ」
薬王寺さんは少なくとも10回は繰り返したけど、10回空君が防衛を果たした。
「泥棒、引き渡すべきだけど、めんどう」
ようやく薬王寺さんが起き上がらなくなったのを確認して、空君が裏庭のパトロールに行く。
「あのまま転がしてていいかな?」
「いい。どうせすぐ目を覚ます」
僕は腕を伸ばし、空君が付けていたリボンをほどいた。
「桜子?」
「これを付けてるから因縁吹っ掛けられるからね。今度は僕だけでちゃんと防衛してみせるから」
「だめ。桜子、弱い」
「う。でも女の子にぐらい勝てるよ」
「桃香と勝負して勝ったら許す」
「無理ぃ! 目標が雲より高いよ!」
身を乗り上げて言うと「あはは」と空君が珍しく声をあげて笑った。
すぐさま赤くなり、自分の口元を拳でぬぐったけど。
「どしたの? 笑うの嫌いなの?」
「桃香に馬鹿にされるから嫌い」
た、確かに周りに言いふらしてたけど……って桃香さんひどいな。空君のトラウマになってるじゃないか。愛情表現の裏返しかも知れないけどさ。
「じゃあ僕の前ならどれだけ笑ってもいいよ。というか面白い時には笑った方が良いと思う。我慢は体に毒だよ」
話ながら歩いてたせいで、花壇のレンガに乗り上げてしまい、足をぐねって小さな木の中に飛び込んでしまった。
「あははは、桜、ドジすぎる」
「うー」
体についてしまった葉っぱをパタパタ落とす。背中についたのは空君が落としてくれた。
「早速笑われた……」
「笑うことする、桜、悪い」
「うう」
「でも、桜、自然体でいれる、楽」
「ふふ、それならよかった」
校舎の裏に、十人ぐらいの生徒が座っていた。
「――あ、桜、逃げて」




