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モブ君、悪役女に転生する  作者: イヌスキ
 むだばなし
56/71

(楽しい楽しい遠足です!!)

 さてさて、ステルス系モブこと、茂部山 薄でございます。

 本日は年に一度の遠足の日です。


 ぼくは今、爽やかな晴天の下、一年生の補佐部会諸君と肩を並べて緩やかな山道を歩いて、目的地である華桜山の頂上を目指しております。


 二年生のぼくがなぜ一年生と歩いているかといいますと、ぼくの基本スキルであるステルス機能のせいです。

 班決めの時、どこかの班に入れてもらおうと善戦してはみたものの、結局どこの班に入る事もできませんでした。

 それどころか先生にまで忘れ去られてしまい、自分のクラスのバーベキューに参加できなかったのです。


 正直、予想の範囲内でした。


 バーベキューはせずにお弁当を持っていこう。そして木陰でゆっくり食べよう。そう思っていたのですが、班割りの資料に目を通していたシン君がぼくが一人だと気が付いて、補佐部会の一年生達の班に混ざることになったのです。


『お前たちだけだと何するかわかんねえからな。お兄さんの変わりに薄に見張らせるから行儀良くしとけよ。特に大和と桃香と空。桜子ちゃんも一人でちょろちょろ行動しないように。何かする時は薄と一緒にな』

『『『『はーい』』』』


 クラスであぶれただけだというのに、そんな言い方でぼくの面子を保ってくれたシン君には頭が上がりません。


「バーベキュー、バーベキュー、バーベキュー」


 ぼくの隣を歩くのはにこにこ笑顔の桜子ちゃんです。よっぽどバーベキューが楽しみなのでしょう。

 歩幅のせいか、ぼくが一歩進む横で二歩歩く姿が一生懸命で大変可愛らしいです。


 前を歩くのは生徒会副会長である大和君。

 彼の背中には大きなリュックがあるのに、手に三つもリュックを持っています。


「伊織ー、俺のも持ってくれよ」

「はい。いいですよ」


 男子が重そうなリュックを大和君に差し出しました。

 大和君は嫌な顔一つせず受け取ります。


「猫被り君、いつまでも猫被ってないでいい加減に断りなさいよ。いくらなんでも一人で四つも持つなんてバテるわよ。私たちの班の荷物だって持ってるのに」

 桃香さんが心配そうに大和君に小声で話しかけます。


「いいんですよ。俺、こういうのに憧れてたんです。誰にも怖がられず、それどころかちょっとパシリっぽい扱いされる普通の大人しいクラスメイトポジションに……!」

「………………まぁ、猫被り君がそれで満足してるならもう口出ししないわ……」

 心底理解できない。そう言いたげに桃香さんが頭を振りました。ぼくも正直理解できません。


 後ろからキリキリキリ、と音がして、桜子ちゃんが、ぴゃ、とスピードを上げて前の二人に追いついて行きました。


 音の正体はカッターです。

 恐る恐る振り返ると、ひどく猫背になった女子が「ふふふふふ」と地獄の底から響いてきたかのような笑い声を立てました。

 薬王寺さんです。先ほど桜子ちゃんから紹介してもらいました。ぼくも自己紹介したのですがこちらを向いてもくれませんでしたが。


 肩まで伸ばした黒髪は山姥のように振り乱れていて、かっと見開かれた血走った目は黒目が極端に小さく三白眼どころか四白眼。身長は160を越えているのに体重は恐らく30キロ台でしょう。ハーフパンツから伸びた足には骨が浮いています。

 頬がこけ瞼も落ち窪んだ女子が、桜子ちゃんと同じリボンを使った桜子ちゃんと同じ髪型で、リュックもスニーカーも桜子ちゃんとお揃いでカッターを鳴らして笑っているのです。


 怖い。


 リアルホラーです。


 いきなり速度を上げて疲れてしまったのか、桜子ちゃんの速度が遅くなって後ろを歩く四白眼女子との距離が縮まっていきます。

 すると、また女子はカッターをキリキリ鳴らして、桜子ちゃんがまた速度を上げました。桜子ちゃんは完全に涙目です。


「遠足にカッターはいらないよね。これ、オレが預かるよ」


 女子の手からキリヲ君がカッターを奪いました。

 女子は「カッター、返して……」とキリヲ君を見ないまま抗議していたものの、返してもらえないと悟ると「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる」と繰り返し始めました。

「何こいつキモい」「キリヲ君、関わっちゃ駄目だよ」

 キリヲ君の取り巻きの女子がドン引きしてキリヲ君に腕を絡ませます。

 アイドルだから当然かもしれませんが、キリヲ君の取り巻きの女子の数凄いですね。二桁は軽く超えてますね。この狭い山道でご苦労様です。


「……らこ……」


 ん?

 薬王寺さんがまた何か言ってますね。


「桜子おお! それ、どこで買ったのおお!?」

「ヒィイイ!?」「うわああ!?」「きゃああ!?」「何何何なの!?」

 薬王寺さんが細い体から出したとは信じられない金切り声の大音声で叫びました!!

 空気さえ震わす声量に空を覆う木々から葉と虫が大量に落ちてきます!


 びっくりした桜子ちゃんが逃げ出し、桃香さんが桜子ちゃんを背中に庇い、周りの女子や、ぼくまでも悲鳴を上げてしまいました。

 いきなり阿鼻叫喚を巻き起こした本人は血走った目を更に血走らせて、鬼気迫る表情で桜子ちゃんへと迫りました!


「桜子……そのハムスターのマスコット、つけてくるなんて話、してなかったじゃない……!! どこで買ったの!?」

「へ、あ、え、あ」


 桜子ちゃんはへどもどしながらどうにか落ち着きを取り戻して、「これは、」と声を絞り出しました。


「か、買ったんじゃ、ないんだよ。さ、小夜子さんが羊毛フェルトで作ってくれたんだ、今朝、出来上がったからって、つけてくれて……」

 薬王寺さんが言うのは桜子ちゃんのリュックに付いた、とても可愛らしいハムスターのマスコットです。


 説明の途中に、薬王寺さんがハムスターをむしりとろうとしてしまい、桜子ちゃんが必死に抵抗します。

 桃香さんも薬王寺さんを振り払おうとするものの、薬王寺さんはヒルのごとき執念で桜子ちゃんから離れません。


「桜に触るな」


 薬王寺さんを桜子ちゃんから引き剥がしたのは空君でした。

 空君はクラスが違うのにいつの間に来ていたのでしょうか? 

 薬王寺さんの頭のリボンを片方奪い、バーカバーカと子供みたいな悪口で囃し立てながら山道を駆け上がっていきます。


 それこそ地獄の亡者もかくやという迫力で薬王寺さんは空君を追って行きました。彼女の恐ろしい怒声が尾を引いて森に木霊します。

 空君大丈夫でしょうか。万一捕まったら薬王寺さんに取って食われそうですけど。


 余談ですが、この騒ぎは、小夜子さんとやらに頼んで薬王寺さんの分までハムスターを作ってもらうということで落ち着きました。



 いろいろと騒ぎはあれども、無事に山道を抜けることができました。

 華桜山の山頂は予想以上に設備が整ってて、バーベキュー施設だけでなくアスレチックや長いローラー式滑り台などもあり、見てるだけでも楽しくなってきます。

 遊具は後回しにしましょう。早速バーベキューの準備に取りかかります!


 男チームが鉄板を、女子チームが食材の準備をするのです。

 食材は家が食堂だという大和君が準備してくれました。


 施設のスタッフから包丁とまな板を受け取って、所定の場所で調理を始めます。


「ピーマン、たまねぎ、じゃがいも、ウインナー、とうもろこしと、しいたけ、肉な……あれ?」

「うわあああ!」

「すごーい、いいお肉じゃない! 奮発してくれたのね、大和君」

 桃香さんと桜子ちゃんが同時に歓声をあげます。

 大和君が取り出した肉は霜降りの見るからに高級な肉だったのです! これにはぼくもびっくりです。桜子ちゃんなんか目の中にハートマークが浮かび上がって大喜びしています!


「いや……普通の肉持って来たつもりだったんですけど……まぁいっか。俺、台の準備しますから下ごしらえお願いしますね」

「うん! 任せて! さっそくお酢ー」

 桃香さんがバッグから取り出した酢を肉に掛けようとして、大和君ががしっと腕を掴んで止めました。

「待ってください。なぜ酢を?」


「桃香、料理、下手」


 答えたのは銀色の髪をした空君です。

 桃香さんのバッグから可愛らしいウサギ形のタッパーを取り出します。

 差し出されたタッパーの中から、大和君はカラフルな爪楊枝の刺さったミートボールを手に取りました。


 見た目は美味しそうな普通のミートボールです。何が問題なのでしょう?


 大和君はいぶかしげに口に入れて――――。ぐふ、と呻いて慌てて口を押さえました。

 真面目そうな黒フレームの眼鏡でも誤魔化しが聞かないぐらいの凶悪な顔でミートボールを咀嚼します。

 そして、人でも殺してきたかのような迫力で言い放ちました。


「砂糖菓子肉味……!!」


 ………………。

 ちょっと想像したくありませんね……。

 よっぽど甘かったんでしょうか?


「だから、ボク、桃香の料理、食べない」


 言われてみれば、桃香さんはいつもお弁当だったのに空君はパンを持ってきてましたね。


「桃香さんは料理下手じゃないよ! このミートボールだって凄く美味しいよ!」

 同じように食べた桜子ちゃんは本当に幸せそうに頬を押さえてから大和君に食ってかかりました。

 大和君はげんなりしながら答えます。

「桜子さんがウチの料理褒めてくれるの嬉しかったんですけど……普通に舌バカだったんですね」

「舌バカじゃないよ! 桃香さんの料理も大和君の家の料理も凄く美味しいよ! 桃香さん、ミートボールもう一ついただいてもよろしいでしょうか?」

「うん! 食べて食べてー。桜子の為に作ってきたんだよ」

「食べちゃ駄目です、毒です!」

「失礼ねー」


 結局、食材の下ごしらえは大和君が、バーベキューの台の設置は桃香さんがすることになりました。


「うわ、鉄板結構重てー!」「火、つかねーぞ、どうやってつけんの?」周りの男子達でも戸惑っている中、桃香さんは手早く炭に火を入れて、ひょいっと台を準備してしまいました。手を貸すヒマもありませんでした。

 ちなみにキリヲ君は空君の班の女の子に引っ張られて、そちらの準備を手伝わされています。そして空君は一人サボリです。ゲームしてます。ぼーっと見ているぼくもサボリと変わりありませんけど。大和君のお友達だという、小さな男子と一緒に所在無げに立ち尽くしてしまいました。ちなみに同じ班である薬王寺さんは空君の隣に立って「死ね……死ね……」と呪詛を掛けてる真っ最中です。


「シンさん遅いですね。あとどれぐらいで来るんでしょうか?」

 大和君が山のように食材の乗ったトレイをテーブルに置きました。

「二十分ぐらいかかるらしいわ。先に食べてて良いからって連絡着てたわ」

「お肉ー!」

 さすが定食屋の息子ですね。野菜の処理も肉の切り方も見事なものじゃありませんか……。

 最近は男子も料理が出来ないと駄目な時代なのでしょうか? シン君といいこの大和君といい、見た目を裏切る器用さです。


 早速、各々好きな食材を並べて焼き始めます。


「お肉美味しい……! 幸せだよバーベキューにしてよかった、ありがとう大和君……!」

「どういたしまして」

「しまった……、ご飯欲しくなるわね。持って来れば良かったわ」

 桃香さんが無念そうに眉を潜めます。確かに、お肉が美味しいこともあり、ご飯が欲しくて堪りません。残念です。


 桜子さんがふへへへ、と変な笑い声を上げました。


 それからなにやらごそごそして、リュックから二段重ねのお重を取り出しました。


「お握り持ってきたんだー! 中身はたらこと鮭とおかかと高菜と梅とこんぶ! 焼きお握りにしよう!」

 おおおおおお!!

 一斉に歓声を上げてしまいます。


「こんなに沢山、重たかっただろ? 言ってくれれば荷物持ちぐらいしたのに」

 キリヲ君が申し訳なさそうに桜子さんをねぎらいます。

「ご飯の重さは幸せの重さだからいいんだよ。それよりキリヲ君は何食べる?」

「……鮭をお願いします」

「ボクは梅」

 空君まで現れてお握りを鉄板に乗せました。ぼくもおかかをいただいて、醤油をちょっとだけ垂らして鉄板に乗せます。


 あぁ、こんなに楽しく美味しい遠足は初めてかもしれません。

 クラスからナチュラルにはぶられる自分のステルススキルに始めて感謝しました。


 そんなぼくの心に水をさすかのように、隣のテーブルから、嫌な笑い声が響いてきました。


「おい、これ、お前の分な。せっかく取ってやったんだから全部食えよ」

「これもなー」


 …………嫌なものを見てしまいました。


 隣のテーブルを利用している二年生の男子が、大人しそうな男子相手に真っ黒に炭になった肉や野菜、たまねぎの皮を乗せた皿を渡していたのです。

 三人がかりで黒焦げになった食材を皿に集めて、押し付けています。


 なにも、こんな場所に来てまで嫌がらせをしなくても。

 大人しそうな男子は囃し立てられて、黒焦げになった何かに箸を付けました。


 その時。



「くだらねえことしてますね」


 大和君が立ち上がって大人しそうな男子から皿を取り上げ、中身を備え付けのダストボックスへ捨てました。


「あ? 何お前。ウゼーな一年生がよ」

「冗談もわかんねーの?」

 ヒィィィ。

 箸を台に叩きつけて二年生が二人立ち上がります。

 ぼくなんかそれだけでびびって逃げ出したくなるのですが、大和君は睨みつけたまま吐き捨てました。


「面白くねーんだよ。飯で嫌がらせすんな」

「あぁ? まじウゼーなこいつ」


 い、一触即発の雰囲気です!

 た、大変です先生を呼んで来なくては!


 先生を呼びにいこうとぼくが立ち上がるとほぼ同時に、静観していたはずのもう一人の二年生が大和君の顔を殴りつけました!

 べき、と痛そうな音がしてメガネが飛んで、コンクリートの床の上でガラスが弾けます。


「な――眼鏡弁償しろボケが!」

 大和君が一気に激昂して殴ってきた二年生の顔をぶん殴りました!

 ちょっと突っ込みを入れさせてください! 殴られた痛み<眼鏡なのですか!? 怒るなら殴られたことに怒りましょうよなぜに眼鏡!?

 しかしさすが大量破壊兵器。一撃で二年生を吹っ飛ばす物凄い攻撃力ですってちょっと喧嘩は駄目ですよ生徒会副会長殿!


「て、てめ」

 二年生が動揺しても大和君の暴走は止まりません。というか二年生諸君、動揺したくせに殴りかかろうとするのもどうかと思います! 大和君の強さにびっくりしたから動揺したのでしょう? そんな時は素直に引きましょう、逃げましょう! 本能の警告には従うべきです!


 大和君は一人の胸倉を掴んで持ち上げると思いっきり地面に投げつけ、残った一人の顔面に拳を叩きこもうとして――――。


「はいはい、そこー! 喧嘩すんじゃねー!」


 駆けつけたシン君に腕を捕まれ背中の後ろで捻り上げられました。


「っだ! いって! 離せコラ!」

「落ち着きなさいねー。喧嘩しちゃ駄目ですよ」 

「ってぇつってんだろーが!! なんで俺を押さえんだよ! 仕掛けて来たのはあっちだぞ!!」

「ワンサイドゲームだったからでっす。頭冷やしなさい」


 大和君は振り払おうともがきながら猛獣のような唸り声を上げて、背後に立つシン君に蹴りを入れようとしました。

「いい加減にしねーと停学くらうぞ大和」

 シン君は軽く避けてから片手で大和君の両手を押さえつけ、肩甲骨の間、首の付け根の辺りを裏拳で殴りました。大和君は衝撃にが、と息を呑みます。

「……! やっぱ喧嘩よえーって嘘じゃねーか! くっそ……!」

「お兄さんはお兄さんだからね。さすがに後輩に負けてはいられないのよ」


 大和君が悔しそうに地面を踏みつけます。コンクリの床とスニーカーなのに、ゴン、と重たい打撃音が響きました。うっわ、あの脚力で蹴られたら簡単に気を失ってしまいそうです。


「大和君、もうその辺で」

 なおも暴れようとする大和君の腕をぽふんと叩く人が居ました。

 桜子ちゃんです。


「――――や、やまと……くん……?」

 大和君の友達だという小柄男子、宇野君がうわ言のように大和君の名前を呟きました。


 怯えて青ざめる宇野君を見て、大和君もざあっと音がする勢いで青くなります。

 ようやく、自分が何をしたのか我に帰ったのでしょうね。



 大和君が憧れていたという、「誰にも怖がられず、それどころかちょっとパシリっぽい扱いされる普通の大人しいクラスメイトポジション」は、早速返上確定です。



「止めなくてごめんね。でも、大和君が間違ったことしてるって思えなかったから、つい、静観してしまいました」と、桜子ちゃんが謝罪します。

 片手にはお肉の乗った皿をしっかりと握っていますが桜子ちゃんの表情はとても神妙でした。


「いえ……、俺こそ、暴れてすいません。頭冷やしてきます。お騒がせしました……」



 ぺこりと頭をさげて大和君は広場へと足を運んでいってしまいました。



「シン、猫被りヤンキー君を止めることなかったのに。こいつらがそっちの子に炭を食べさせようとしてたから止めに入ったのよ。先に手出したのもこいつらなんだから」

「あー、なるほど。んじゃ、お前等、遠足終了後に生徒指導室いきな。先に手だしたんなら眼鏡も弁償させるから。まったく、遠足でまで面倒起こすんじゃねーっての」


 宇野君は真っ青のまま固まっていました。大和君は眼鏡を掛けていれば普通の大人しい男子にしか見えなかったのに、ああも豹変されたら驚くのも当然でしょう。むしろ普段からある程度ヤンキーっぽさを出してたほうがショックは少なかったかもしれませんね。下手に良い子ちゃんぶってたから余計にギャップが凄惨なんじゃないでしょうか。


「宇野君、大和君はあんなだけど……引かないで今まで通り友達でいてあげてくれないかな? 弱い人に手を上げる人じゃないんだ。今だって、人を庇って喧嘩したぐらいだし」

 桜子ちゃんが宇野君の肩に手を置いて、顔を覗きこみながら、笑顔で語り掛けます。


「う……」


「大和君は宇野君みたいな優しくて普通の友達を作りたがってたから」

 宇野君はしばし躊躇っていたものの――――

「うん」

 と桜子ちゃんに笑顔を見せて頷きました。


 宇野君は小柄ですが、桜子ちゃんは宇野君より更に更に小柄な子です。

 そんな子さえ大和君を怖がってないと気が付いたのでしょう。


 シン君が隣の席からいじめられていた男子と、一人分の食材を持ってきてぼくたちのテーブルに着かせます。


「お騒がせしてすいませんねー、もう終わったから大丈夫ですよー」

 注目していた周りの生徒達にシン君が告げると、張り詰めていた空気がようやく安心したみたいにたわみました。




 しばらく談笑しつつ食事を進めてから、桜子ちゃんが立ち上がりました。


「大和君探してきますね」

「ほっといていいんじゃないの?」

「あんまり食べて無かったから……。このままじゃお腹空いて帰り道で行き倒れるかもしれないし」


 桜子ちゃんは肉のたっぷり乗ったお皿と箸を片手に持ち、広場を小走りで進みます。

 ぼくもまた、そんな彼女の後ろに付いていきました。シン君から言われてましたからね。桜子ちゃんが一人になるときは付いていましょう。これぐらいの任務は果たさなくては。


 桜子ちゃんはベンチを探さず、草をかきわけ林を覗き込んでいます。

 なぜそんな場所を……? と疑問に思うと同時に、うな垂れた頭を発見しました。


「あ、いたいた。大和君、そろそろ戻っておいでよ」


 大和君は桜子ちゃんの身長程度の木の陰で、膝を抱えて蹲っていました。


「まだご飯途中だったのに、食べないとお腹空くよ」

「しばらく一人にしといてください……」


 桜子ちゃんはお皿と箸を大和君に差し出しました。


「そう思って、お肉持って来たんだ」

 おお! 大和君のためのお肉だったのですね。てっきり、探す間もお肉を手放したくないのかと思っていました。


「ありがとうございます……」

 大和君は美味しそうに湯気を上げる皿を受け取って胡坐に座りなおし、心底後悔した声を絞り出しました。

「くっそ、俺、なんであそこで切れちまったんでしょうか……! …………宇野君、なんか言ってましたか?」

 おそるおそるの質問に、桜子ちゃんは笑顔で答えます。

「びっくりしてたみたいだけど説明しといたから。火は落とさないで待ってるから、立ち直ったら戻っておいでよ」


 桜子ちゃんはあっさりと引いて踵を返そうとしました。


「――いいです。戻ります」

「そう?」


 大和君は観念したように立ち上がって、皆の所へと戻ったのでした。


 そして、戻ってきた大和君を、皆も、宇野君も、笑顔で迎えたのでした……。






 ところで、帰り道。


「荷物、持ちますよ」

 行きに大和君に荷物を押し付けていたクラスメイトに、大和君がにこやかに話しかけました。

 メガネがないというだけで、凶悪面八割増しです。笑顔でもカバー出来ない物騒さが溢れ出て居ます。


 クラスメイトたちはぎくりと足を止めてからおどおど振り返り、両手を振っていいました。


「いいいや、いいって! 自分で持つから!」

「あ、朝はごめんな!! ほ、ほんと悪かったよ」


 そそくさと立ち去っていく彼等は、完全にビビッてしまってます。




 大和君はまた隅っこで膝を抱えて落ち込んでしまいましたが、まぁ、これは仕方のない事でしょう……。

 慰めようと頑張る桜子ちゃんに任せて、ぼく達は先に下山するのでした。バスの時間に遅れないよう気を付けてくださいね二人とも。




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