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コレが稼げるからね!

 生徒会の業務が忙しかったから、僕たち六人は毎回生徒会休憩室でお弁当を食べていた。


 山と詰まれた書類を片付けるために談笑する暇も無く流し込むように食べることだって珍しくなかった。

 そんな繁忙期もようやく終わり業務も落ち着いてきたので、今日は屋上で食べようってことになった。

 お昼休み前に登校してきたキリヲ君と合流して階段を上がる。


「あれ?」

 先頭を歩いていた大和君が屋上のドアを開けて、不思議そうに呟いた。

「誰も居ないなんて珍しいね」

 続いて屋上に出たキリヲ君が見渡しながら言った。キリヲ君の言う通り屋上は無人だった。

 シン先輩が大きく伸びをしながらキリヲ君に答える。

「朝大雨だったから濡れてるって思ってんだろ。ここの屋上、防水加工してあるから結構乾き早いんだけどな」

「すごーい、貸し切りじゃない。ど真ん中使うわよど真ん中」

 桃香さんが足取り軽く屋上の真ん中に進んだ。


 円になって座りこむ皆と一緒に僕も腰を下ろし――――。


「キリヲ君」

 目をきらーんとさせながら僕の前に居るキリヲ君に身を乗り出した。

 さぁ、昨日の練習の成果を見せるのだ! 80点の僕の悪役っぷりを!


「やっぱり楽屋に行けば良かったよ。皆にサイン貰えば、これが稼げるもんね」


 ばーん。


 どこからかそんな効果音が聞こえた気がした。

 練習したかいがあって、小夜子さんから教えてもらった通りに完璧に出来た。

 さあどうだキリヲ君! どう返す!

 『オレの仲間を金儲けの道具にするなんて……幻滅したよ』かな!?

 いやいや、あまり過剰な期待をするのはやめておこう。

 今までの経験からすると、『利用しようとしてたんだね。ちょっとショックだよ』程度かもしれない。

 わくわくしてキリヲ君の出方を待つ。


 キリヲ君は僕と同じジェスチャーをして、小首を傾げた。

 これ? オッケー? そう呟いたキリヲ君の頭の上にはハテナマークが飛んでいた。


 つ、通じてない……!!??


「桜子さん、『金』のジェスチャーなら掌を上向きにしないと」

 えっ!? 大和君の言葉に肩を揺らしてしまう。

「そのジェスチャーじゃ『オッケー』だろ」

 空君が同じジェスチャーを僕にしてみせた。

 ほ、ほんとだ……! 腕を前に突き出したせいでお金のジェスチャーじゃなくなってた! これじゃ完全にオッケーだよ!


「なるほど、サインがあったらお金が稼げるって意味だったんだね」

「そ。元ネタは私なんだけどね。桜子。私がやったみたいに自然にやらなきゃ駄目よ」

 桃香さんがお金のジェスチャーして悪い顔で笑いながらあっさりとネタバレしてしまう。


「桃香さんんんん」


 慌てて口を塞ぐものの、キリヲ君は納得したように笑った。

「あぁ、これ、桃香ちゃんがやったことなんだ。変だと思ったよ。桜子ちゃんはブッチー保護してくれた時の謝礼金さえ受け取ろうとしてくれなかったのに、お金が欲しいなんて言うの変だしさ」

「違うよ!! 私オリジナルです! 皆のサイン貰ってファンの人に売り飛ばして大金を稼ぐつもりだったんですゲヘヘヘヘ」

 桃香さんの口を押さえながらキリヲ君に反論する。なんとかこのダメヒロインの挽回をしなくっちゃ……!!


「いくら必要?」

 キリヲ君が笑って言った。


 え?


「前にも言ったけど、オレ、結構貯金あるからお金が必要なら言ってよ。サイン売るなんて面倒な真似しなくても、百万単位なら放課後すぐ用意できるから」

「すいませんおかねがいるなんてうそです」

 慌てて三つ指ついて否定する。

 横の桃香さんがさっきの僕みたいに目を光らせて言った。

「じゃあ一万円頂戴(ハート)桜子とクレープ食べに行くから」

「うん」

 可愛くおねだりした桃香さんとあっさりサイフを出したキリヲ君の間に割り込んで、僕は無駄にバタバタと腕を振るってしまった。


「友達にお金出させるなんて駄目だよあっさりお金出すのもなんか駄目だよ!!」

「えー。いいじゃない。お金は天下の回り物よ。溜め込んでる連中が吐き出してくれなきゃ経済は回らないんだから」

 それはそうだけどクレープに一万円もいらないのにおねだりする桃香さんもあっさりお金を出そうとするキリヲ君もなんか悲しいよ! 何が悲しいかよくわからないんだけど!


「一万円なんて大金、駄目だよ……!!」

「そう? アイドル君にとって一万なんて小銭程度の価値しかないと思うけどなあ。庶民が言う『ノート忘れたからルーズリーフ一枚頂戴』とお金持ちの『お金忘れたから一万円頂戴』は同じ価値だったりするのよ」

「明治の成金の話にありましたね。札束に火を付けて明かりにするっての」

 大和君がお弁当箱の蓋を閉じながら会話に交じる。


「お金に火をつけるなんて罰当たりな真似は出来ないよ……。でも、桜子ちゃんが困ってるときぐらい助けたいから」

 いえ、本当に結構ですのでと再び頭を下げるしかなかった。


 桃香さんがカラになったお弁当を包み直しながら、そだ、と呟いた。

「桜子、今日の放課後ヒマかな?」

「今日はアルバイトの日だから、四時半まででいいなら時間あるよ」


「「「「バイト!?」」」」


 キリヲ君、空君、シン先輩、桃香さんが声を揃えた。


「さ、桜子、バイトしてたの!?」

「うん」

「どこで!? また騙されて変な場所で働いてるんじゃ……!?」

 また?

「変な場所じゃありませんよ。おれの家の定食屋で働いてもらってますから」

 答えたのは大和君だ。

「猫被り君の!? どうしてそんなことに……」

「だからその呼び方やめろって。桜子さんが前にニンジンしか食ってないって言ってたでしょ。ウチ、日払い出来るし賄いも出るからスカウトしたんです」

「知らなかった……!」

 桃香さんが固まってしまう。


「放課後、何かあるの?」

 逸れてしまった話を戻すと、桃香さんが硬直から戻ってきた。

「先週のジュリアって子が呼び出しをかけてきたのよ。桜子と一緒に東校舎の五階に来いって」

 おお! とうとうサポートさんが動き出してくれたんだね。

 今度こそ仲良くなって桃香さんに恋のアドバイスをしてもらわなきゃ。


「呼び出し? なら俺も行きます」

 大和君が眼鏡の奥の視線を尖らせた。な、なぜ大和君が来るのかな?


 怖い顔をした大和君に、桃香さんがひらりと手を振る。

「女の喧嘩に男を連れて行くなんてみっともない真似出来ないわよ。余計なお世話だわ」


 喧嘩!?

 呼び出しって喧嘩の呼び出しだったの!?

 いつの間にそんなことに……?

 って、そっか、ジュリアさんが補佐部に入るのを桃香さんが止めちゃったから怒ってるんだろうな。大変だ、なんとかジュリアさんの機嫌を取らないと。


「俺も女の喧嘩にしゃしゃり出るつもりはありませんよ。もし向こうが男を連れてきたら、桃香さんと桜子さんだけじゃ危ないでしょう? 適当に隠れときますんで」

「む。それもそうかも……。桜子が危なくなるようだったら出てきて。私は一人で大丈夫だから」

「はい……」

「わ、私こそ一人で平気だから! 桃香さんを守ってあげてよ大和君」

 自慢じゃないけど、前の世界の友達が殴りあいはじめた時に止めた事もあるんだ(僕一人で止めたんじゃなくて、殴りあう二人を三人がかりで止めたんだけど)。

 僕は多少殴られても平気だから、普通の女の子である桃香さんを助けてあげてほしい。


「大丈夫だよ桜子ちゃん。桃香は一人で一個師団分程度の人数を相手できるぐらいに強いから。お兄さんが保証するよ」

「一個師団。おおよそ七千人から二万人、平均的に一万人程度の集団」

 シン先輩の突っ込みに空君が説明を加える。


「で、できるわけないでしょ! ……相手が男の子だったら、せいぜい三十人ぐらいが関の山かしら……。どうしてか弱い女の子に生まれちゃったんだろ……力が無いのが悔しい」

「どの口が」

 大和君がうんざりとうな垂れる。

 駄目だ。大和君が好きなタイプは守ってあげたくなる子なのに桃香さんの言動が大きく外れてしまってる。なんとかしなきゃ……。


「ところで桜子ちゃん、どうしてそんなでかいシャツ着てるんだ? それ男物だよね?」

 唐突にシン先輩に聞かれた。

「はい。傘を忘れて制服がびしょ濡れになっちゃって。大和君が貸してくれたんです」


「びしょ濡れ……」


 シン先輩は一拍置いてから、


「じゃあ、その下は裸……!」


 と視線を険しくした。と同時に、ドゴッ!! 桃香さんがシン先輩に頭突きを炸裂させた。

「うっわ、すっげー音したですよ」

「周りのビルからコダマが返ってきてる……」

 大和君とキリヲ君が顔を青ざめさせた。


 ぐあーと苦しむシン先輩の胸倉を桃香さんが掴みあげる。

「あんたいい加減にしなさいよ桜子にセクハラすんなって言ってるでしょあんたの耳はどこについてるの?ひょっとして脳みそが無いの?」

「桃香さん、その、気にしてないから」


 桃香さんを焦って止めてたら、背中がふっと涼しくなった。

 ん? と振り返ると、空君が僕の襟元に指を引っ掛けて、服の中を覗いていた。


 桃香さんは空君の首根っこを掴んで、ガガッと屋上のフェンスを登る。くの字形に内側に折れ曲がったフェンスなのに易々と天辺まで登りきると、フェンスの上に立った。

 首根っこ掴んだままの空君を空中にぶらりと吊り上げる。


「遺言は聞いてやるわよ」

「ごめんなさいお姉ちゃん。もうしないから許して」


 桃香さんの腕一本で五階の屋上から宙吊りにされた空君が、神様にでもお祈りするみたいに指を組んで、上目遣いで桃香さんに懇願した。


「桃香さんんん! 空君を殺しちゃ駄目だあああ」

 桃香さんが手を離せば空君は15メートル下の地面に落下してしまう。

 僕もまた叫びながらフェンスを登ろうとしたものの、三十センチ程度登っただけで指に食い込んでくる金網が痛くて金網に引っ掛けた足まで滑って、ぼてっと屋上に落ちてしまった。

 男の子一人抱えて三メートルはあろうかというフェンス登るなんて、桃香さんの運動能力凄過ぎるよ……!!


「あんたも男にセクハラされたらちゃんと危機感持ちなさい!!」


 屋上に落ちて痛くてブルブルしてると桃香さんに引っ張り起こされ、ぎりぎりと体を締められてしまった。

 相乗する痛みと苦しさに「げー」と怪獣みたいな悲鳴を上げてのたうつ。


 シン先輩、空君、僕と、立て続けに折檻を終えた桃香さんは、ペントハウスに片腕を付いてゼーゼー息を荒くしながら「つ、疲れた……」とうな垂れた。


「お疲れ様です桃香さん」

「お茶をどうぞ」

「ありがとう」

 キリヲ君から差し出されたペットボトルを受け取って桃香さんは一気に飲み干す。


 屋上に倒れ込んだ僕の頭に、こつ、と小石が当たった。

 なんだろ?

 体を起こして確認する。

 緑色の床に転がっていたのはスモモ味の飴だった。




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