嫌われよう作戦第四弾【チラシをばらまく】
まさかここまで桃香さんがキリヲ君に興味無いなんて思ってもなかった!!!
これは大変な事ですよ。
僕が頑張って嫌われることに成功しようとも、逆ハーレム君達が「駄目な桜子に比べて桃香はとてもいい子だ!」って思おうとも、桃香さん自身が恋してなかったら何の意味もないのだから!
僕が一緒にいるから駄目なんだと思う。
下着を買いに行った時だってそうだ。
僕と桃香さんだけで買い物に行ってしまった。
これ、変だよね。悪役とヒロインが一緒に買い物に行くだなんて。
「ですよね! 小夜子さん! 下着を買いに行くの、本編では違う展開だったんじゃありませんか!?」
僕はまたスパーンとフスマを開いて、テレビ見ながらパッチワークをしていた小夜子さんの横の座布団にスライディング正座をした。
「下着を買いに……?」
「はい! 僕と桃香さんと小夜子さんで行ったの変ですよね! 本編では、桃香さんと逆ハーレム君達で下着を買いに行ったんじゃありませんか!?」
「えと……」
「桃香さんが手にしてた白レースのスケスケの下着、本当は、逆ハーレム君達に見せるために買う予定だったんじゃありませんか? シン先輩やキリヲ君が桃香さんにプレゼントする……とか!」
「本編に下着を買いに行く描写はございませんでしたけど……あったとしたら、逆ハーレム君たちと買いに行ったかもしれませんわね」
「ですよね!! やっぱり、僕が桃香さんと一緒に居るのが駄目なんだ……! よし、次の作戦は、強硬手段にします!」
「とうとう皆殺しですか?」
「違いますよ! 僕が桃香さんを苛めているという怪文書をばらまくんです。例えば……、『葉月桃香ちゃんは冷泉院桜子にいじめられている 冷泉院桜子は無抵抗の女の子をいじめる悪人』なんてどうでしょうか!?」
「まぁ」
「これをばら撒けば、逆ハーレム君達は桃香さんを守るために僕を遠ざけようとすると思うんです!」
「はぁ」
「よし、そうと決まれば……!」
「へぇ」
パッチワークに熱中しているせいか、小夜子さんの返事が途中からおざなりになってしまったけど、僕の考えは間違えてないはずだ。
ルーズリーフを部屋から持ってきて、こつこつと字を書いてセロテープでくっつけてからコンビニに走りこむ。
そして、一番大きいサイズ、A3でコピーして、再び小夜子さんが待つ居間に飛び込んだ。
「小夜子さんただいま! コピーしてきました! 見てください!」
ばん、とちゃぶ台の上に紙を広げる。
書かれているのは先ほど言った『葉月桃香ちゃんは冷泉院桜子にいじめられている 冷泉院桜子は無抵抗の女の子をいじめる悪人』って文章。
一枚に付き、書かれている文章の数は十二個。ルーズリーフに書いたのをコピーしてきたから、ちょっと写りが悪いし、横線や穴までコピーされちゃってるけど充分に読める。
これを切り離して使うんだ。十枚コピーしてきたから、なんと百二十枚も作れる計算になる。
「桜子さん……。少ないお小遣いから身銭まで切って怪文書を作ってくるだなんて……! 努力が涙ぐましいですわ……」
正座した小夜子さんが目尻に浮かんだ涙を拭っている。笑ってるみたいに見えるのは気のせいかな?
明日の朝、学校が開くと同時に登校してこの怪文書を靴箱にばら撒こう。
桜丘高校の靴箱は、蓋の付いたボックスタイプじゃなくて、本棚みたいな棚にネームシートが張ってあるだけのシンプルなものだ。僕一人でも結構な量がばら撒けるだろう。
カッターで切って、靴に入れやすいように小さく折りたたむ。
今までの僕は消極的だった。悪役なんだから、このぐらいの悪事は働かなくては!
翌朝、チラシをコンビニの袋の中に入れて、開門とほぼ同時に意気揚々と学校へ登校した。
この学校は学年によって登校する玄関が違う。
一番校門に近いのが三年で、当然、一年生の下駄箱のある玄関は校門から一番遠い。
僕は影の番長として有名人になっているから、一年生だと顔を知られているかもしれない。
チラシを撒いたのが僕だと知られれば計画が破綻してしまうので、用心のため、二年生の靴箱にチラシをばらまくことに決めた。
三年生は受験で忙しくて、チラシ見られても普通に捨てられるだけって可能性もあるし、僕はどう見ても三年生には見えないから、万一人に見られたら「なんで下級生がここにいるんだ?」って不審がられてしまう。二年生に配ることにしたのは消去法の結果だ。
開けっぱなしになってる玄関からこっそりと中を覗く。よし、まだ朝練の生徒も来てないな!
ささっと中に入って、一年生とは違うエンジ色の上履きにチラシを入れていく。
ふふふ。これで僕は晴れてのいじめっ子デビューだ! 今度こそ上手く行くに違いない!
「おはよー桜子ちゃん。朝早いな。お兄さんまだ目が覚めないよー……」
五個も入れた頃だろうか。
背後からごくごく自然に声を掛けられて、僕はビニールの中に手を突っ込んだまま硬直した。
「あれ? なんで桜子ちゃんがここに……ん? なんだこれ」
カサカサ。
紙を開く音が聞こえる。どっと冷や汗が出てきた。
「……桜子ちゃん」
「は、はい」
「その手に持ってるビニールの中は何が入っているのかな?」
「き、キャベシ太郎です」
「へー。懐かしいな。お兄さんにも食べさせてくれよ」
「…………………………」
「悪あがきは終わりかな? えーと、このチラシが入れてあるのはおれのクラスの靴箱だけみたいだな。回収回収……と。さて、一緒に生徒会室に行こうか。そのチラシは袋ごと没収な。靴を履き変えておいで」
な、何も始まらないまま終わった……。
シン先輩がこんなに早く登校していただなんて……!
しかもシン先輩の靴の中に入れてしまってただなんて……!!
生徒会室の長テーブル。
僕はシン先輩と向かい合わせに座って、がっくりと落ち込んでしまう。
「怒ってるわけじゃないから、そんな固まらなくていいよ」
シン先輩が気遣わしげに話し出す。
「これがさ、『葉月桃香は冷泉院桜子ちゃんを苛めている』なら注意も出来るんだけど逆だからなぁ……。どうして、こんな真似を??」
心底不思議そうな質問に、僕は何も答えられずに黙り込むことしか出来なかった。
僕もシン先輩も沈黙のまま、時間が流れていく。
シン先輩は、校門が開くと同時に登校してきた。
眠いって言ってたのに、それでも早く登校して仕事をしなきゃならないぐらいに忙しいんだろう。
それなのに、黙り込む僕を急かそうとはしなかった。
大人の人でも、忙しい最中に僕のような面倒な人間の相手をさせられたら、舌打ちしたり溜息を付いたり、急かすように机をトントン叩いたりすると思う。
大切な時間を削られるんだから苛立つのも当然だ。
でも、シン先輩は違った。
黙って座ってて、時折俯いた僕の頭を撫でながら、僕が話し出すのを待っててくれた。
始業を知らせる十分前のチャイムが鳴る。
「桜子ちゃん、話せるようになったら、このチラシの理由を話してくれたら嬉しいな。おれに話しにくかったら桃香にでもいいから」
「…………」
「桃香にはこれ、伝えとくな」
「え!?」
「大丈夫。あいつはああ見えて責任感も強いし口も堅いから、桜子ちゃんにとって悪いようにはしないからさ」
大和君に呼び出され桃香さんが生徒会室へと入ってきた。
桃香さんは僕が作ったチラシを見て、悲しそうな顔をした。
初めて会った日みたいに僕の手を引いて教室へと入り――――――。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
机に座るや否や、片手でお腹を抱えて片手でばしばしと机を打ちつけながら大爆笑した!!!
「葉月桃香ちゃんは冷泉院桜子にいじめられている 冷泉院桜子は無抵抗の女の子をいじめる悪人! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、お、お腹痛い、笑い過ぎてお腹痛い」
ひひひひひひ、と笑いながら机に突っ伏す。
「やっぱり笑いますよねこれ……。シン先輩、すげー真面目に心配してたから笑うに笑えなかったんですけど」
大和君が怪文書を指差して、笑いを噛み殺しつつ桃香さんに聞く。
「シン、兄弟多いのよ。上にもいるけど下にも弟二人と妹二人居て。子供って、どんなことがSOSに繋がってるかわからないじゃない? 小さな変化でも気に掛けてるし、結構いろいろ気が回るの」
「あぁ、だからか……」
キリヲ君が納得して頷く。
「どうして、こんなことを? 桜、桃香のこといじめてないのに」
隣のクラスから空君まで来てて、僕の机に突っ伏して俯いた顔を覗きこんできた。
「そうね。さぁ、桜子、どうしてこんな怪文書をばら撒こうとしたのか話して頂戴」
桃香さんがキリっと顔を引き締めて僕に向き直り、足を組む。
ちなみに僕は、罰として椅子の上での正座を命じられていた。
こうなれば小細工は無しだ。単刀直入に言おう!
「わ、私は、隙あれば桃香さんを苛めようと画策している根性悪な人間なんです。だから、桃香さんと離れるべきなんです!」
叫ぶように言うと、桃香さんは顔を青ざめさせた。
「そんな! 今の私の生きがいは桜子を弄って遊ぶ事なのに、離れるなんて絶対嫌よ! 私の唯一の楽しみを奪う気!? 桜子の鬼! 悪魔!」
「悪魔は、桃香だ」
「桜子さん、怒ったがいいですよ。一生遊ばれ続けますよ」
「桃香ちゃんがそんなだから、桜子ちゃん、桃香ちゃんから離れたいんじゃないのかな?」
「――――――そうなの!!??「違います!」」
キリヲ君の言葉に桃香さんは大きく息を呑んで僕に突っ込んで来た。反射的に否定するのだけど、桃香さんはどぎまぎと視線を揺らしていた。
「そ、そう? なら、いいけど……、さ、桜子、お仕置きの正座、もう崩してもいいわよ」
あああああ、桃香さんが僕に嫌われてるって思って気を使ってくれてる……!! 違うんです違うんです!!
否定したいけどできはしない。
チャイムが鳴って先生が来たので大和君とキリヲ君が席に着いて、空君も自分の教室へと戻って行った。
もう、何もかもが裏目に出ていて、机に突っ伏して泣きたくなってしまった。
 




