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登場人物が全員集合

「おはよう桜子ちゃん」

「あ、シン先輩! おはようございます!」

 今日も今日とて電車の中でシン先輩と遭遇した。


「桃香にちゃんとやり返したか?」

「やりかえした……?」


「頬っぺたの傷。あいつにやられたんだろ?」

「ち、ちがいます!」

 とんでもない勘違いをされてしまった!


「桃香さんが素敵な女性で心優しくて僕なんかにも優しくしてくれることはシン先輩もご存じでしょう!? 桃香さんが僕に暴力なんてとんでもない」

「でも力いっぱい抱きしめてぐげーとか言わせてるし、桃香じゃないなら誰なんだ? まさかクラスの男子じゃないだろうな。大和とか」


「違います違います!」

 ど、どうしよう、どうしよう、駄目だ、僕の頭ではいい言い訳が思いつかない。桃香さんや大和君に罪を押し付けるなんてできない!


「じ、実は、昨日、お父さんと喧嘩しちゃって……、でも、怪我はこれだけだから大丈夫です!」


「お父さんと喧嘩か……」


 電車を降りると桃香さんが待っていてくれた。

「おはよー桜子! って、ど、どうしたの!? ほっぺたの怪我! 誰にやられたの!?」


「あ、その……、でも、そんなに痛くないから心配しないで――」


「暴力は危ない。エスカレートする。誰に殴られた?」


 冷えた声に顔を向ける。今度は空君だ。


 空君は女の子みたいな可愛い顔に怒りと、どこか苦しそうな表情を浮かべていた。


 僕たちが居るのは学校に一番近い駅のホームを抜けたところの半円状のスペースだ。


「桜子ちゃん!? どうしたんだよ頬っぺたの怪我! 血がにじんでるよ!」

 最悪なことにキリヲ君まで登場してしまった。


「……気にしてくれてありがとう。でも大丈夫だよ。自分で解決できるから」


「解決できるなら、殴られる前に出来たはず。桜に、自分で解決するって言う資格、無い」


 そ、そう言われると、返す言葉もありませんが。


 シン先輩には話したことだけど、お父さんに殴られたって話すのはやっぱり恥ずかしくて、どうしようか困ってしまう。


 その、あの。


 心配そうな桃香さんとキリヲ君、詰問してくる空君。


 切り抜けられる言葉が思い浮かばずに沈黙して俯いてしまうと、後ろから「桜子さん」って名前を呼ばれた。




 今度は大和君だった。


 僕が振り返ると同時に柔らかかった大和君の表情が硬くなった。視線はもちろん僕の頬の傷の上だ。




 期せずして、『ピーチマジック』の主要登場人物が全員集合だ!


 よりにもよって、僕が怪我してるこんな日に!!


(か、神様助けてー!!)


 僕は慌ててブレスに触り神様を呼ぶものの、神様からの返事は無かった。






「顔、誰に殴られたんですか?」


 大和君がシン先輩、空君、キリヲ君を往復するみたいに指差した。


 うわあああ! 最悪な勘違いしてる!!




「誰にもやられてないよ! 皆優しい良い人なんだ!」




 僕の声なんか聞いてもないようで、大和君は眼鏡を外してズボンの後ろポケットに入れてしまう。そして鞄を投げ捨てた。


 完全に喧嘩する体勢だ!



「誰、お前」


 応戦する気満々の様子で空君が一歩踏み出す。




 ちょ、ちょっと待って。


 君たちは桃香さんの恋人になる面子なんだよ。


 喧嘩なんかしちゃだめだ!


 桃香さんを仲良く分け合う仲にならなきゃ駄目なんだ!(どうでもいい事だけど桃香さんを分け合うって怖い。桃香さんを分解してそれぞれ持ち帰るスプラッタ光景を想像してしまった)




「ち、違うってば! この傷は――――」




 どういい繕おうかと逡巡した僕の頭に、ビビッと天啓が閃いた。


 漫画でも何回も見たじゃないか! こんな場面の最適な説得方法!




「そう! 転んだんだよ! 階段で顔面からずしゃっと! いやぁ痛かったなぁ!」




「……」「……」「……」




 沈黙が走った。


 その上、イラッとした顔で空君と大和君に睨まれて、僕は冷や汗をかきながら一歩下がってしまう。


 ベタ過ぎて誰も説得できなかった僕の言い訳にフォローくれたのはシン先輩だった。




「桜子ちゃんの傷の理由は俺が聞いてるよ。対応もするからお兄さんに任せとけ。お前達だって、人に聞かれたくない話の一つや二つあるだろ。無理に聞き出そうとすんな」




 僕を睨んでいた空君と大和君が驚いてシン先輩を見る。




「……あいつに話したのに、俺には話せないんですか?」


「桜」




 大和君と空君に詰め寄られるけど、僕はただ、ごめん、と答えるしかできなかった。




 空君はショックを受けた顔して――。




「桜のバカ!」


 そう叫んで走り出してしまった。


「お前は小学生か! バカっていうほうがバカなのよ空!」


「うるさいデブ!」


 空君の背中に桃香さんが叫ぶと、空君は振り返って桃香さんに悪態を吐いた。




「死にたいようね。あのクソガキ」


 低く呟いて桃香さんはごきりと関節を鳴らすのだが、逃げる空君を追うことは無く僕を振り返る。




「桜子、私にも話せないかな?」


 桃香さんの顔が悲しそうで言葉に詰まってしまう。


「やめろ桃香。桜子ちゃんはおれにだって自分から話してくれたわけじゃねーんだ。誘導尋問で聞きだしたんだよ」




 え!?


 そ、そうか、桃香さんから殴られたんだろってあれ、誘導尋問だったのか。


 桃香さんや大和君の誤解を解こうとして本当のことを話すしか無かったもんね。


 うう、シン先輩にしてやられてしまった。




「……そう。判った。話したくないなら聞かないけど、私達が心配してることだけはわかってね。桜子が怪我するなんて悲しいよ。話してもいいって思うときが来たら、絶対話して」


「う……」


「返事はうん♪でしょ?」


「……うん。ごめんね」




 学校へと歩き始めた僕の隣には桃香さん、逆隣にはキリヲ君が立った。


 キリヲ君は小さく溜息をはいてから言った。




「どうせまた、誰かのために怪我したんだよね? そんな小さい体してるのに毎日傷作ってくるなんて心配で気が気じゃないよ」


「誰かのためじゃないよ」


 単なる親子喧嘩だもん。




 僕をいい子だと勘違いしているキリヲ君になんて返そうかと考えていると、後ろから続く大和君とシン先輩の声が耳に入ってきた。




「丁度良かった、お兄さんさあ、お前と話したいって思ってたんだよねー伊織大和君。俺、昔、ちょっーとだけ夜遊びしてたことあってさー、お前の噂聞いた事があるんだよコレが。武器持った男十人相手でも素手で勝ったんだろ? すっげーなー。お兄さん尊敬しちゃうわ。ついた二つ名も知ってるよ。確か、大量破壊兵器の大和君だっけか?」


「んぁ!?」


 大和君が奇声上げて喉に声を詰らせて思いっきりむせる。




「テメーそれ勘違いですよ。おれ、普通の一般人ですし喧嘩なんかしたこともねえですし、んな恥ずかしいあだ名つけられるなんてありえねーしもし付けた奴いたらマジで半殺しにしますし」


 大和君は頑張ってるみたいだけど、怒っているからか動揺しているからか、声が完全にぶるぶるしてる。その上、言ってることが物騒すぎて自分が破壊兵器なんだって認めているも同然だ。




「うんうん。実際、言い出した奴はぶん殴られて病院送りになったって聞いたぞ。お前、今日から生徒会副会長ね。お兄さんの補佐頼むわ」


「あ゛ぁ!? んだそれ!」


「生徒会の役員って全生徒の投票で決まるんだけど、生徒会副会長と生徒会補佐部会ってのは生徒会会長が決めることができるんだよ。大量破壊兵器君が入学してくるって聞いたから是非お願いしたいって思ってたんだよねー」


「その呼び方するんじゃねえよです。つーか俺、家貧乏で成績落としたら学費出せなくなるから余計な事してる余裕ねえです」


「大丈夫だって。生徒会役員は学費免除されっからさ。おまけに、重要書物ばかり置かれてる第二図書室の出入りも自由にできたりして」


「え」


「古書に興味ありませんかぁ?」


「……………………」




 大和君は長い沈黙を挟んでから、




「まぁ、一年の間ぐらいなら付き合ってやってもいいですよ」




 と折れた。




 生徒会補佐部会ってなんだろう!!?


 生徒会の補佐をする部活みたいなものなのかな??


 そ、そこに桃香さんとキリヲ君、そして空君も入部すれば、あとは自動的に桃香さんの逆ハーレムが結成されるのではなかろうか!?


 桃香さん、美人だしスタイルも良いし、一緒に部活で頑張ってたらふらっとなびいちゃうよねきっと!




 この展開なら、僕が余計なことしなくても皆が桃香さんを好きになってくれるに違いない!




 まるで真っ暗な雲の下、一筋差し込んできた光に照らされたかのような気分になった。


 きっとこれが最初で最後のチャンスだ!




「シン先輩!」


「ん?」


「生徒会補佐部会に、桃香さんと空君、そしてキリヲ君を入部させてください!」


 僕の唐突な申し出に、桃香さんとキリヲ君が「え」って驚いた。


「そりゃいいな。こっちからお願いしたいぐらいだ」


 やったぁああ!


 生徒会が出てくる漫画って人気あるから、この展開で行けば打ち切りじゃなく終わるんじゃないかな。全二巻ぐらいで!


 この世界(マンガ)神様(さくしゃ)もこれで満足してくれるに違いない! 『ピーチマジック』(完)だよね、きっと!




「んじゃ、立候補してくれた桜子ちゃんが部会長で、桃香が副部会長、キリヲ君と空が補佐な」



 シン先輩が「いやー、よかった。誰もやりたがらなくてなー」と笑った。

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