酢豚のパイン
腕ずもうで女の子に瞬殺されて、かっこ笑いって言われて、僕は耳まで真っ赤になって立ち尽くしてしまった。
「う……」
うわぁあああ!
叫びたくなりながらも口を噤んで無言のままドアに走る。
「こら! ヤキソバパン持って行きなさい!」
後頭部に投げつけられ頭上に浮き上がったパンをかろうじてキャッチして、教室から逃げ出す。
恥ずかしさと情け無さにばたばた学校中を走り回ってから、思い出したように空腹に襲われて廊下の真ん中で立ち止まった。
どこに行こう……。
教室には戻りたくないなぁ……。
とぼとぼ歩くと横目に階段が映って、何となく上へ上へと登っていく。
そういえば、一日目、桃香さんが屋上で男子とフラグを建てる予定だったんだよな。ってことは、屋上は施錠されてないはずだ。
そこで……ヤキソバパン食べよう。
手の中にある、桃香さんから貰ったヤキソバパンを見て溜息を付く。
いや、僕、影の番長宣言したからな。きっとそろそろ、クラスメイトの皆も僕が悪人だって気付き初めているだろう。
ヤキソバパンだって、かわいそうなヒロインから強奪したと言えなくも無い。うん、ちゃんと悪役しているんだ!
――――はぁ。
なんとか自分を慰めてはみるものの、情けなさにがくりと肩を落として屋上に出る。
まだ風は冷たいけど、日差しは暖かく頭上一杯に青空が広がってて、落ち込んでいた気分がちょっとだけ晴れた。
屋上には意外と人が居た。皆グループで固まって座り、楽しそうに談笑しながらご飯を食べてる。
う。
屋上の端、ベンチの置かれた一番良い場所を、ドレッドヘアや坊主、長髪の見るからに悪そうな人達が占拠していた。
きっと、あの中に桃香さんとフラグ建てる予定だった不良君も居るに違いない。
不良君達を避け、ぽっかりと開いた場所に腰を下ろしてブレスに触る。
(神様、あの、失敗しました)
(報告はいらん。一部始終見ていたからの)
(そ、その……ごめん。お腹減って、思考力が無くなってました……)
(ごめんで済んだら天罰はいらんわアホが! 武士は食わねど高楊枝という言葉を知らんのか!)
(知ってるけど無理! 僕、昔から一食抜いただけでも我慢出来なかったもん! お腹空くと駄目なんだよ、考える力も無くなるし悲しくなるし)
(だったらキリヲの――)
ざ、ざざっと雑音が入った。
(神様?)
(なんじゃ――おと――? 通信――調子――)
雑音が大きくなって、神様の声が遠くなっていく。
そしていきなり、ぶつりと音がして回線が切れた。
「か――か、神様!? ちょ、応答してください! 一人にされても困るよ、かみ――」
「冷泉院さん?」
いきなり名前を呼ばれて、飛び上がるほど驚いて顔を上げる。
クラスメイトの眼鏡君が怪訝そうに僕を見下ろしていた。
眼鏡君は視線を逸らし、戸惑ったように後頭部に手をやってから、また、僕を見下ろす。
「――え、と、誰と話してたんですか?」
「そ……その、で、電波を受信していました」
眼鏡君に背中を向けて、手摺の向こうの景色に向かって両手を広げる。
「……みたいですね。さすが影の番長。電波も受信出来るなんて凄いですね」
眼鏡君が苦笑する。
笑うがいい。笑うがいいさ。僕だって奇行に走ってるって自覚は出来てるよ。
眼鏡君は僕の隣で胡坐で座りこんだ。手にはお弁当があった。
「あれ、教室で食べてたのに、どうしてわざわざここに……?」
「葉月さんと小鳥遊君が俺の席の前で騒ぎ出したから逃げてきました」
……なるほど。
「これ」
「え?」
小さなタッパーを差し出された。
「飯、食べて無いって言ってましたよね?」
「い、いらないよ。お弁当を横取りするなんてできない」
「ウチ、定食屋で、余った食べ物を詰めてくるからいつも弁当の量が多いんです。一人では食いきれないからどうぞ」
なんと!
なら、遠慮なくいただこう!
お礼を言って受け取ったタッパーの中身は、す、酢豚だった……!!
お肉だあああ!!
キラキラ輝いて見える酢豚を両手で持って身を奮わせてしまう。
一緒に渡してくれた、プラスチックの爪楊枝を使って、早速唐揚げを口の中に入れる。
うわあああ滅茶苦茶美味しい……!!
「すっごい美味しいね! きっと大繁盛してるレストランなんだろうね! こんなご飯が毎日食べられるなんて羨ましいなぁ……!」
「レストランじゃないです。おっさんしかこないボロイ定食屋。それ、パイン入ってるから気をつけてくださいね」
「酢豚のパイン大好きです」
「…………」
眼鏡君はちょっと沈黙してから口を開いた。
「酢豚のパイン好きな奴に生まれて初めて遭遇しました。闇の番長はすごいんですね」
影の番長です。




