(ご飯が食べられないぐらい貧乏だなんて)
小鳥遊キリヲは昼休みの活気が漏れてくる廊下を歩きながら思考を巡らせていた。
冷泉院桜子。
彼女がご飯を食べられないぐらい貧乏とはどういうことなんだろうか。
両親は何をしているのだろうか。
まさか継子で苛められているとか、両親が病気で臥せってしまい働けない状態だとか、深刻な状況なのだろうか。
(そうだったら、どうやって助ければいいんだろう……)
キリヲは百万単位で動かせる程度の稼ぎはあった。お金を渡す事も、桜子を手元に置いて養って行く事も簡単だった。
だが、キリヲは桜子を恋人にしたいと思っている。
ほんの少ししか話してないけど、桜子はとてもいい子だ。
毛の抜けたよぼよぼ歩きの老犬を保護してくれただけじゃなく、犬の変わりに箒で打たれ、自分のご飯を抜いてまで犬にご飯を食べさせてくれた子なのだ。
そんな子が気安くお金を受け取って、気安く散財してくれるはずもない。さっきの謝礼だって拒まれかけたぐらいだ。
渡せば渡すだけ負担になっていくだろう。
困ってる桜子にお金を渡すことは簡単だけど、そんなことをしてしまえば、女の子をお金で買うような状態になってしまうじゃないか。
それどころか、桜子自身がお金の対価として恋人になると言い出しかねない。
それでは意味が無いのだ。
どうしたらいいんだろうか。
ガラリとドアを開く――――と、同時に、大柄な女子に押さえつけられヤキソバパンを口に押し込まれて、涙目になっている桜子の姿が目に飛び込んできた。
「いじめ反対!!!」
思わず叫んで大柄な女子の手から桜子を引き剥がす。桜子と一緒にいたから大柄に見えただけで、女子の身長はそれほど高くはなかった。
「いじめじゃないわ。愛の鞭よ」
「行き過ぎた体罰をする親の言い訳じゃないか! パンを口に突っ込んで泣かせるのはイジメだろ!」
胸をとん、と掌で押されキリヲは視線を移した。桜子だった。
顔をそむけた桜子が一生懸命パンを咀嚼してから言った。
「ち、違うよ! 私が桃香さんのヤキソバパンを強奪しようとしたのに桃香さんはヤキソバパンを食べさせてくれたんだよ桃香さんは女神みたいに優しい心の綺麗な人なんだよ! むしろ私が桃香さんをいじめてるんだよ! ね、そうだよね!」
桜子が後ろの席の男子に食ってかかった。騒ぎに箸を止めていた、眼鏡を掛けた大人しそうな男子は困ったように首を傾げた。
「えぇ……? と……??」
「ええとじゃないよ! さっき私桃香さんに言ったよね! 『桃香さんをいじめ倒してこの世の地獄を見せてやるゲヘヘヘ』的なこと言ったよね!」
「言ってなかったぞ」
言ったよー! と騒ぐ桜子だったが、彼女がクラスに「ね!」と呼びかけても頷く者は無かった。
「言ってなかっただろ。冷泉院さんって、なんでそう自分を悪く見せたいんだ?」
先の眼鏡男子が不思議そうに尋ねる。
「それは……」
桜子は頭を抱えてううううと呻いてから、満面の笑顔で「そう! 私はこの学校を牛耳る影の番長になるんだよ!」と言った。
「はぁ……」
指を付きつけられた眼鏡男子だけでなく、このクラスにいる生徒全員の頭の上に(困惑)という明朝体の巨大な文字が浮かび上がった。( )付きで。
「桜子桜子、ここに座って」
桜子に桃香と呼ばれた女子が手近にあった椅子を引いた。
桜子は不思議そうにしながらも腰を下ろす。
向かい側に座った桃香が机の上に肱をついて、掌を差し出した。
「?」
「手」
桜子はきょとんとしたが、手と言われて思い当たったらしく瞳を輝かせた。
「腕ずもう? ふふふ、私を甘くみないでほしいな。結構力強いんだから」
二人の掌が重ねられる。
「いくよー桜子。よーい、スッタート」
スタートの合図と同時に、バキャ! と音がする勢いで桜子の手が机に叩きつけられた。
「ぎゃー!」
痛そうな悲鳴が教室に響く。
「弱い。弱すぎる。強いっていうから全力出したのにジャンガリアンハムスター以下よ」
「いたたた……! ど、どうしてだ! 僕、そこそこ力あったはずなのに! 女の子に瞬殺されるなんて……!」
「影の番長(笑)」
「かっこ笑いって言うなー!」
かっこ笑いと言いながらも真顔で罵る桃香に、悔しそうに桜子が食って掛かるが、それだけ桜子が非力なのだから学校を牛耳る存在になるなどと言えば笑われて当然だ。
「ところで桜子って僕っ子だったんだね。アニメキャラみたいで可愛いね」
「え!? あっ! ちちちちがうわ! わたくしはふつうのおんなのこだもの!」
「テンパってますなー」
にやにやと楽しそうな桃香。どうやら本当に苛めていたわけではないらしいと、キリヲはほっと息をついた。




