ヤキソバパン、コロッケパン、【挿絵有り】
こいし様にイラストをいただきました!!ありがとうございますありがとうございます!
「さぁ、行こう」
また小鳥遊君が僕の手を繋いで歩き出す。今度は振り払おうとしても振り払えなくて、踏ん張ってみたりぶんぶん手を振り回して抵抗したり左手で引き剥がそうとしつつも引っ張られ、大通りまで来た。
「お手伝いさんが迎えが来てくれるんだ。学校には連絡してるから先生に怒られることはないから安心して」
それはいいから手を離してください。
いい加減に腹が立って左手でばしばし打ってるんだけど全く離してもらえないまま、やたらと高級そうな車に乗せられた。
「キリヲ様、こちら、ご連絡いただいた謝礼となります」
「ありがとう」
運転席に座っていた二十代中頃のお兄さんが、小鳥遊君に封筒を渡した。
随分年上の人から「様」付けされてるのか。お手伝いさんって言ってたもんな。現役アイドルってすごいなあ。住んでる世界が違うんだな。
小鳥遊君はお手伝いさんから受け取った封筒を、そのまま僕に差し出してきた。
「桜子、これ、君に。ブッチーを保護してくれたお礼だよ」
「え?」
しっかりとした封筒を渡されて、紐で縛られた口を開く。
中に入ってたのは――――――。
「!!!???」
生まれて初めてみるぐらいの大金だった! 札束だ! ぱっと見ただけでも、二十……いや、三十万は入ってそう!
「ななな、ななんで」
「本当は今すぐにでも食事に連れて行きたいんだけど、ブッチーを念のため獣医さんに診せておきたいから……。飲ませなきゃいけない薬もあるし。お金だけ渡すなんて申し訳ないけど、受け取ってほしい」
「こんな大金貰えないよ!!」
思わず小鳥遊君に封筒を付き返してしまった。
無理無理! そりゃ、お腹減ったけど、ご飯食べたいけど、こんな大金をクラスメイトから貰うなんて無理過ぎる! いくらブッチーを見つけたっていっても、札束なんてやりすぎだ!
「ブッチーを見つけてくれた人に対する懸賞金だよ。オレ、保護してくれた方に三十万お支払いしますって、コンビニに張り紙してもらったりネットに上げたりしたんだよ。受け取ってくれないと、オレが嘘吐きになっちゃうから」
「でも…………」
うう……。受け取りたくない。受け取りたくないけど、
――――お金も欲しいって思ってしまった。
僕ってこんな人間だったんだ……。
友達から大金を渡されて受け取ってしまえるなんて……。
貧乏が憎い。悲しい。……悔しい。
「君の働きに対する正当な報酬だよ。オレにとって、ブッチーは掛け替えの無い兄弟なんだ。三十万でも安いぐらいだ。それだけ、価値のあることをしてくれたってだけなんだから、負担に思わないで欲しいよ」
「………………うん。ありがとう……。いただき、ます……」
うぅ……。
情け無い。情け無いけど、僕は持っていたバックの中に、そっと、三十万円が入った封筒を入れたのだった。
学校に一番近いコンビ二の前で車から下ろしてもらう。
お弁当490円。クリームパン90円。オレンジジュース150円。おにぎり120円……。
生前の僕のお小遣いは月五千円。気軽に買い物をしていたわけではなかったが、それでも、こんなに、商品の金額が重たくのしかかってくる事はなかった。
鮭おにぎり、120円。
手を伸ばし掛けて、やめた。
変わりにブレスに触った。
(神様)
(なんじゃ)
(桜子ちゃんって、ご飯はどうしてたのかな?)
(そんなのちょっと考えればわかるじゃろ)
(……? 親戚の人に食べさせてもらってたとか?)
(違う違う。父親のサイフから抜いてたんじゃよ。父親はあのとおりアル中で酒飲んで寝てばっかりじゃからな。多少金を抜いても気が付かないし一旦寝たら中々目を覚まさん)
え!?
(お前も近いウチにサイフから抜いて肉を腹一杯食べてギシアンを)
(そんなことできないよ! お金を盗るなんて僕には無理!)
(あれも無理これも無理と……。子供の扶養は親の義務じゃぞ。食事さえできない状態なんだから、多少金を抜いたところで罰は当たらんよ)
(うぅ……)
(あ、テーブルの上に二百円置いてある描写があるの)
(二百円?)
(あぁ。これが桜子の一日の食費のようじゃな。たった二百円じゃまともな食事は出来ないから、やはり金を抜くしかないだろうが)
思い返してみれば、たしかにキッチンのテーブルの上に二百円あった!
お父さんの置き忘れだとばっかり思ってたよ! そっか、よかった。二百円あれば……二百円か……何が買えるかな? コンビニじゃなくてスーパーを見てみよう! 見切り品、物色したら結構食べられるかもしれない。
スーパーを出て学校に本日二度目の登校をする。教室に戻ると、四時間目の授業が始まる所だった。
僕のクラスの担任は僕に対する暴言が問題になっちゃったとかで、副担任だった二十代の先生と交代になっていた。新しい先生に遅刻してすいませんと挨拶する。
「話は聞いてるぞ。だが、次、学校を無断で抜け出したらペナルティだ。校庭五週。覚悟しておけよ」
バスケットボール部の顧問をしているという爽やかな先生(ただしジャージ)は「さぁ、この時間は写真撮影だ。皆、教室を移動するぞ」と、ばっと腕を振るう大げさなアクションで生徒を促した。あまりお説教されなくてよかった。
テンポよく写真撮影が終わって、お昼休み。
この時間、大事なイベントがあった。神様から下された指令は、
(昼休みに大事なイベントがあるから今度こそきちんとこなせよ。教室の真ん中の席にたむろっている女子共が、「母親がケチでエクステつける金も出してくんないのー」「えーまじーかわいそー」「まじウチ貧乏でむかつくわー。もっと親働けっての」なんて頭に虫でもわいたかのような会話をしているから、お前は通りすがりに「貧乏人って大変ねー。つーかあんたにエクステって必要あるの? その貧乏臭い髪型の方が似合ってるって」と鼻で笑いながら長い髪を見せびらかすのじゃ!)
だ。
エクステエクセルエクレアと、正直言って僕の頭は空腹で限界だったけど、こんな小さなイベントぐらいはちゃんとこなしたくて踏ん張る。
写真撮影を終えて四階の教室に着いた頃には、僕はもう、完璧に立ちくらみのような状態になっていた。
それでもなんとか教室に入っていく。
「桜子、ふらふらしてるけど大丈夫?」
桃香さんの声も頭に入ってこない。僕の頭の中は今、エクステで一杯だ。席に着席して、イベントが始まるのを待つ。
あちこちから箸がぶつかるカチャカチャと鳴る音がして、美味しそうなお弁当の匂いが漂ってくる。お腹……減った……。
「さくらこー。お弁当食べないの? どうしたの?」
僕の目の前に掌が行き来するけど反応する気力が湧いてこない。
「母親がケチでエクステつける金も出してくんないのー」
「えーまじーかわいそー」
「まじウチ貧乏でむかつくわー。もっと親働けっての」
やっと会話が聞こえてきた!
僕はおもむろに立ち上がってふらふらと教室の真ん中まで行って――――声を振り絞った。
「本当の貧乏は……ご飯が食べられないんだよ……」
貧乏人って大変ねーと言おうとしたはずだったのに、僕の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「昨日からニンジンしか食べてない……! お腹減ったお腹減ったお腹減った……! お米が食べたい……!」
「ちょ、冷泉院さん!? 大丈夫? 泣かないで」
「ニンジンしか食べて無いって貧乏超えてない? やばくない?」
「桜子」
ふらふらと振り返る。桃香さんが居た。手には、ヤキソバ、パン……!
目が釘付けになってしまう。桃香さんがヤキソバパンを右へ、左へと動かすたびに視線で追って、ついつい手も伸びる。
桃香さんが腕を上げて高くに掲げてしまったので届かなくなって、バタバタしつつ腕を振るってから我に帰った。
いくらお腹空いてても、人様のパン横取りするなんて駄目だ。うな垂れてとぼとぼと席に進む。
「意地悪してごめんね桜子。はい、これ、あげる」
桃香さんが後ろから抱き付いてきて、僕の手にヤキソバパンを乗せた。
「い、いいの!?」
「うん。遠慮なくどうぞ」
嬉しい! ヤキソバパン! ――――いや、駄目だ! 僕は桃香さんを苛めなければならないんだから!
「や、やっぱり、いりません!」
「どうして? 私、一杯買ってきたから一個ぐらい平気だよ」
コロッケパン、チョココロネ、サンドイッチ、フランクソーセージパンなどなど、山になるほどのパンが桃香さんのバッグからドササササっと机の上に流れた。
「!!!!!」
た、たからのやまだ……!
今の僕には金塊のごとく輝いて見える!
「遠慮せずに召し上がれー」
手に乗せたヤキソバパンもまた、キラキラと輝いていた。
だけど。
僕は――――。
「い、いりません……! だって、私は桃香さんの敵なんだから!」
そう言い放って、桃香さんの机にヤキソバパンを戻したのだった。