悪役しようと頑張ります
「今の嘘! ごめん! 冗談です!」
「え……」
傷ついた顔をされてしまいズキンと心が痛む。
こっちから告白しておいて、こっちから断るなんて非常識にも程がある。
しかも冗談ってなんだ僕!
罰ゲームで告白して人の心をかき乱すのと変わらない、最低な真似をしたってことじゃないか!
「そ、その、私、小鳥遊君のことテレビで見てたからテンション上がってつい告白しちゃったんだけど、小鳥遊君のこと、何も知らないまま告白するって失礼だったと思っちゃって、小鳥遊君も軽く受けたら駄目だよ。私がどんな人間かもわからないのに」
「どんな人間かなんて付き合ってからでも知っていけるよ」
「……小鳥遊君はアイドルでしょ。私が変な人間だったら取り返し付かなくなるよ。周りの人達に言いふらしたりとか、小鳥遊君の写真を週刊誌に売りつける人間だったらどうするんだよ」
「大丈夫。事務所の力でもみ消せるから!」
ってことは……。
「……やられたことあるんだね」
「う……」小鳥遊君が息を呑む。
「そうなんだ……。優しいいい子だったから、絶対そんなことしないって思ってたのに、ツイッターにオレの写真乗せちゃうし周り中に言いふらして大変なことに……。もう二度と人なんか好きにならないって決めてたのにすぐ舞い上がって……オレにはブッチーだけで充分だって……」
ところどころハゲのある尻尾を振るブッチーの体を撫でながら、ずっしりと落ち込み始めた小鳥遊君に焦ってしまう。
傷つけた人を更に落ち込ませてどうするんだよ僕!
「ごごご、ごめん! 傷をえぐるつもりじゃなかったんだ」
焦って小鳥遊君の顔を覗きこむ。
――――は、これはひょっとして!
「僕のこと嫌いになったかな!? 告白したのに勝手に断ったし、余計な事言って傷をえぐったし、無神経な僕のことなんか殴りたいぐらいに嫌いになったかな!?」
「え、ええ……?」
小鳥遊君は物凄く戸惑った顔をした。
「オレってそんなに情緒不安定に見える? このぐらいで人を殴るってよっぽど切れやすい人だけだよ……」
残念だ……。嫌ってくれたらミッションクリアだったのに……。
がっかりして肩を落としてしまう。
「……がっかりするんだね。オレに嫌われたら嬉しいんだ。どうして? 誰かに何か言われた?」
え。
「ち、違うよ」
「さっきの告白も変だったし、誰かに……オレに嫌われるように振舞えって命令でもされてるのかな」
「違う違う! 違いますから! そんなことされてないよ!」
慌てて否定する。僕の背後に悪役がいるなんて思われたら大変だ。この世界の悪役は僕なんだから。万一にも、僕が、「誰かの命令で嫌われようと振舞ってる被害者」だなんて思われてはならない。
「……アドレス交換しよ」
小鳥遊君がスマホを取り出した。
う、うーん……。これはするべきか断るべきか……。
アドレス交換って友達の証みたいな気がするんだよな。
僕は小鳥遊君に嫌われないといけない。メールで嫌われるのも一つの手ではあるけど、どっちが正解だろうか。
「これ、あげるから」
小鳥遊君がスマホの画面を僕に掲げた。
噴出しかけた口を押さえる。ブッチーが面白すぎるアホ面で眠ってる画像が表示されてた。
バッグから携帯を取り出して、連絡先の交換と画像を貰う。桜子ちゃんの待ちうけはデフォルト画面のままだった。ブッチーの画像を待ち受けにして、また一人で噴出してしまう。
きょとんとしてるブッチーを撫でて、僕は立ち上がった。
「そろそろ出よう。うちのお父さんうるさいから、学校サボったのがばれたら怒られちゃうよ」
「うん」
小鳥遊君が片手にブッチーを抱いて、片手で僕の手を握って歩き出す。いやいやいや。手を繋いで歩くなんて恋人みたいな真似はできませんよ。
ぱたぱたと振り払って歩いてたんだけど、今度は横に並んだ小鳥遊君に腰の辺りを掴まれてまたぱたぱた振り払う。
「桜子ちゃんって……ハムスターみたいだね。ちょこちょこ動いて可愛いね」
あれ、なんで名前……。そうかさっきアドレス交換した時に僕の名前も表示されたんだった。
「小鳥遊君も、こんな場所で女に触ったら駄目だよ。スクープされるよ」
「大丈夫だよ。オレ、他のメンバーに比べたら全然人気無いし。人気選挙もぶっ千切りの最下位だから」
そうなのか。ってなんて答えればいいんだ。
「お、クソガキじゃねーか。ちょっとこっちこい」
慰めるべきか笑い飛ばすべきか悩んでると、聞き覚えのある声に呼びとめられた。雑貨店のおじさんだった。
手招きされるまま駆け寄ると、ごつい大きな手が僕の手を引っ張った。
「昨日、犬をかばって箒で打たれたんだろ? やっぱ痣になっちまってるじゃねーか。ほら、これ張っとけ」
おじさんの言うように、箒で打たれた左手は青黒い痣になってた。
シップを掌に乗せてくれる。ひんやりとしてて気持ちいい。このおじさん優しいなあ。桜子に「臭い」とか「汚い」って言われても気に掛けてくれるなんて。
「ありがとうございます」
ありがたく受け取って、手の甲に貼る。
「おう、兄ちゃんがその犬の飼い主か?」
「は、はい……」
「このクソガキに感謝しとけよ。有り金の二百円全部、お前さんの犬のドックフード代に使っちまって、こいつの昨日の晩飯はニンジン一本だったんだからな」
おじさんのデカイ掌が頭を撫でてきてぐらぐらしてしまう。
「ニンジン、一本……???」
「あぁ? お前みたいなぼっちゃんにはわかんねーか。その日の飯に困る人間がこの世にはごまんといるんだよ。日本にもな」
「そう、なんで、すか。桜子、ブッチーの為に我慢してくれたなんて、ごめ、」
「おおお、おじさん! そんな、ち、違うから!」
桜子は悪役なんだ!
雨の日に不良が、段ボールの中の捨て犬拾うような「悪役だと思ってたけどいい奴じゃん!」的な展開はいらないんだよ!
「ち、違うわ! 私の昨日の食事はフォアグラとキャビアとトリュフと蟹なんだから! でもその犬には二百円のドックフードよ! 何でも食べてくれるいやしんぼには貧乏臭い二百円のドックフードで充分よね!」
いつかの自己紹介のノリで腕を組んで頑張る。
小鳥遊君は僕の言葉なんかガン無視してた。おじさんの頭上にはシラーっとした空気が流れてた。傷つくのでせめて突っ込みをください。
しまったちょっと泣きそうだ。
腕を組んだまま自分の言動に後悔してふるふるし始めた頃、小鳥遊君が僕の肩に額を乗せてきた。
「ちょっとだけ、待ってて」
そう言って、ブッチーを抱いたまま離れていく。
「おい、お前。友達の前で余計な事いったオジサンも悪かったけどな。キャビアとトリュフとフォアグラと蟹はねーわ。せめてスキヤキだったって程度にしとけよ」
「おおおオジサンが余計な事言うからじゃないですか!! もー! どうしてくれるんですか!!」
恥ずかしいのと、余計な口出ししたおじさんに腹が立つのとで、おじさんの肩をぺしぺしぺしぺし叩いてると、小鳥遊君が戻ってきた。