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老犬、ブッチー

「どなたか、犬が飼える方いらっしゃいませんか!?」と。


「家の近所で犬を保護したんです。大きさは、七キロぐらいで……色は白色に黒ブチです。結構老犬だと思います。目も白内障になってて、毛も抜けてますが、トイレの躾けも出来ている大人しいいい子です。どなたか――」


 クラスメイトたちは困ったように顔を見合わせたけど、廊下に立ってた他クラスの女子は、ある人は呆れ、ある人は侮蔑し、ある人は嘲弄した顔をした。


「ばっかじゃねーの。老犬引き取るわけねーだろ。何それ。キリヲ君の前でいい人アピール?」

「ガチうぜー」


 う。ギャルチームの冷笑に怯む。


「そもそも、飼えないのに拾うなんて、命に対して無責任だよ」

「そうだよね。拾ったんなら最後まで面倒みないと。覚悟がないなら拾うべきじゃないよ」


 うう。きつそうな委員長タイプチームの言葉に一歩下がる。


「また捨てられるなんて、犬が可哀相」


 ううううう……。優しそうな癒し系タイプチームの悲しそうな言葉に打ちのめされる。


 教卓の下に隠れたくなる衝動を堪えつつ、引き取ってくれるって人がいないか教室を見回す。

 確かに可哀相だけど、僕も無責任だけど、経済的な理由で飼えないんだからしょうがないんだよ。だれか引き取ってくださいお願いしますから!


 女の子の集団の中から、ド金髪の派手な顔立ちをした男子が、似つかわしくない必死な表情で大股に歩み寄ってくる。


「どこで、拾ったの?」


「……桜咲町の八丁目だけど……?」


「それ、ブッチーだよ間違いない! オレの家族なんだ! 君の家はどこ? 今すぐ案内してくれ」


 今すぐって、まだ下校時間じゃないのに。なんていう暇も無く腕を引っ張られ歩き出す。


「桜丘高校前にタクシーをお願いします。行く先は桜咲八丁目です。大至急お願いします!!」

 金髪の男子はスマホでどこかに連絡してる。


 抵抗するどころか、バッグを机に置くことさえできずに、僕は学校から引っ張り出され、タクシーへと押し込まれてしまったのだった。





「父さんと母さんが、ブッチーを捨てたんだ」



 タクシーに揺られながら、小鳥遊たかなしキリヲだと名乗った金髪の男子はそう切り出した。


「仕事から帰ったら、ブッチーが居なくて……! オレはアイドルだし新築のマンションにブッチーは相応しくないから、綺麗な犬を買いなさいって、子犬を買って来て、ブッチーを捨てて……!」


 歯を食いしばって、緩く開いた足の間、爪が掌を傷つけるんじゃないかって心配になるぐらいにきつく手を握っている。


「オレが稼いだお金でマンション買ったっていうのに、まさかブッチーを捨てるなんて! ブッチーはもう十六歳なのに……!!」


「怪我するよ」


 震えるぐらいに強く握られた拳をぽんと軽く叩く。


「ブッチー君元気だから落ち着いて。怖い顔してたら心配するよ」


「うん……ありがとう」


 小鳥遊君がようやく笑顔になった。さすが現役アイドル。綺麗な完璧な笑顔だ。金髪に碧眼でキラキラしてて眩しい。銀髪赤目の空君と真逆の色使いだな。


 路地へはタクシーは入り込めないので、途中で降りる。僕も小鳥遊君も自然と駆け足になっていた。


 学校をサボってしまって、お父さんがいたら酒瓶で襲いかかってくるんじゃないかと戦々恐々としてたんだけど、家は無人だった。


 よかった……けど、鍵も掛けてないってどうなの。まぁ盗られるような物、一個もないけどさ。



 お父さんに見つからないように、ブッチーは押入れの中に入れていた。

 そっとフスマを開くと、寝床用にと一緒に入れた僕の布団の上で、ブッチーは王様みたいに体を伸ばして堂々と眠ってた。ただいま。ブチ――いや、ブッチー。名前、ニアミスだったな。


「ぶ、ブッチー……」


 小鳥遊君がゆっくりと腕を伸ばして小さな体に触る。


 耳もほとんど聞こえてないんだろう。ブッチーは体に触られたことでびっくりしたように目を覚まして――――



「ぎゃわん! ぎゃわわわ、ぎゃううう、ぐぅう……」

「ブッチー……! 元気そうでよかった……!!」


 物凄く嬉しそうな声を出して小鳥遊君に飛びついて行った。


 ――本当に家族なんだね。お互いに。




「よかったなーブッチー。家族が見つかって」


 嬉しすぎて訳が判らなくなっているのか、ブッチーは小鳥遊君の腕に噛み付いて振り回そうとしている。

 やってることは凶暴なんだけど、声が明らかに甘えた声だった。


 一人と一匹は長い間、泣きそうな声で抱擁を交わしていた。




 あ、そだ、忘れてた。小鳥遊くんを脅して付き合わないといけなかったんだ。

 よし、今のウチに言っておこう。人目があると恥ずかしい台詞だしね。


「小鳥遊君。私の彼氏にしてあげてもいいわよ」


 腕を組んでできるだけ生意気そうな顔を作って小鳥遊君に言い放つ。




 よっしゃ、完璧だ。




 小鳥遊君は嘲った顔をしてこう言うんだ。「君みたいな傲慢な子、好きじゃないんだよね」――。


「本当!? 嬉しいな。ブッチーみたいな老犬保護してくれる優しい子を彼女にできるなんて!」



(かみさまかみさまー!! なんか普通に彼氏になったよどうすればいいのコレえええ!!)


(アホかタイミング悪すぎじゃ! 撤回しろ! お前が脅迫する関係にならないとまた物語が変わってしまう!)



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