どうしてこうなった
「桃香も落ち着けよ。襲ってねえから。桜子ちゃんが泣き出したから反射的に謝っただけで」
「ぢ、ぢがうんでず、ももがざん、ぼぐがわるいんでず、ごべんなざい……!!」
「桜子、あんな男をかばう必要はないの。いいえ、あれは男でも人でもない。性欲なの。性欲が服を着て歩いてるだけなの。性欲には人権も権利もないから私が処分してあげるから」
桃香さんが突き刺したハサミを手にしてゆらりと立ち上がる。桃香さんの掌の中で、鋭利なハサミがくるりと一回転して指先に収まった。
「いや確かにおれ女の子大好きだけど、桜子ちゃんみたいな小さい子に無理強いするほど鬼じゃねーから」
「ベッドのある部屋で男と女が二人きり。その上、女の子が号泣してる状況であんたの言葉が信じられると思う? まったく。一時期でもあんたのこと好きだった私自身さえ許せないわ」
「あー。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって懐いてきた可愛い子だったのになぁ。なんでこう、好戦的に育っちまったんだか。お兄さんは悲しいぞ」
桃香さんと神崎先輩は周囲を凍てつかせそうな殺気をお互いに放っている。
僕の予定では『私……こんなにシンのことが』『桃香にはおれが付いてないと……!』という切ない展開になるはずだったのに、なんでこんなことに!
「まっでももがざん!!」
ハサミの先を神崎先輩に向ける桃香さんの足に抱き付いて、必死に止める。
「ゴキが、ゴキさんが全部悪いんです! ゴキに生まれ変わるなんて絶対嫌だああ! でもでも……、一体どうしたら……!!」
「ゴキ? 生まれ変わる?」
桃香さんが眉根を下げた。僕の隣にしゃがみこんで、ハサミを横に置いてくれる。
よかった、桃香さんと先輩が喧嘩したら何もかもお終いになるところだったよ!
僕は混乱しているということで、そのまま保健室で休むことが許されて、桃香さんも神崎さんも僕を気にしつつも教室へと戻ってくれた。
カーテンを引いてベッドに横たわる僕の横に、光の玉が現れる。
光はすぐに収まって、中から現れたのは当然、長い銀髪の神様だった。
神様が杖を振ると、ベットと周りのカーテン全体を光の幕が包んだ。
「なに、これ……」
「声が外に漏れないようにしたのじゃよ。この光の中でどれだけ騒ごうと、何が起ころうと、外の連中には気が付かれない。……まったく、世話の焼ける奴じゃの。ギシアンぐらいで騒ぐな淫乱ピンクのくせに」
「淫乱って……僕、ひょっとして、エッチなキャラクターなの……?」
神様は深く頷いた。
「エッチもエッチ。というかビッチじゃ。四人の男全員と肉体関係を持って、四人全員にこっぴどく振られる役だからな」
「う」
「う?」
うわぁあああああああ!!!
僕はふらふらとベッドから下りると、カーテンをくるくると縦に巻いて紐状にして、高い位置で輪に結んだ。
そこに頭を入れて……。
「お父さんお母さん今、会いに行きます……」
「やめんか! 普段はポヤポヤパヤヤしてるくせに、どうしてこう言う時だけ手際がいいんじゃ! てきぱきと首吊り道具を作るんじゃない!」
「僕には無理だよ!! 男相手ってだけでも無理なのに四人なんて! 死んだほうがましだぁあ!」
「死んだらゴキじゃぞ! ゴキ、ゴキじゃ!」
いやだあああ! 息を呑んで、僕は床に崩れ落ちた。
「わ、わかりました。もうエッチでもなんでもしますから、エッチする前に、せめて、お肉をお腹一杯食べさせてください……」
「お前……」
神様が重たく言葉を切った。
「なんか物凄く可哀相じゃの」
「ほんとだよ! 僕、超可哀相じゃないか! ひどいよなんで僕がこんな目に! エッチ好きな女の人だって居るでしょ!? なんで僕にしたんだよおお!」
恥も外聞も無く床に突っ伏しておいおい泣くと、神様はふぅ。と溜息を吐いた。
「私はこの頃思うのじゃ」
「……何を?」
しゃくりあげながら神様を見る。
「人選ミスだったなーって」
「そうだよ!! その通りだよ! ミスもミスだよ大ミスだよどうすんのさ! 僕、全然物語どおり進められてないし、この世界崩壊しちゃうんじゃない!?」
「まぁ気にするな。この世界が崩壊しても、私の上司がクビになる程度で済む話じゃ」
あぁ……上司さん気の毒に……。
というか神様にも上司っているんだね。どの世界も世知辛いなぁ……。
人のこと心配してる場合でもないけど。エッチなんてあああ無理無理無理。どうにか回避する方法はないかなあ……。
「そろそろ教室へ戻れ。三人目の逆ハーレム要員が登校してるからな」
「会いたくないです」
「そういうな。三人目は『小鳥遊 キリヲ』。お前のクラスメイトだな。大人気のアイドルグループの一員じゃ。そろそろ登校してきて、クラス中が大騒ぎになってる頃じゃ。お前はキリヲにつかつかと歩み寄り、「私の彼氏にしてあげてもいいわよ」と言い放つのじゃ」
「またそんな頭おかしい真似しなきゃならないんだね……」
「うむ。お前の言葉に、キリヲは「君みたいな傲慢な子、好きじゃないんだよね」ってあざ笑うから「あのこと、ばらしてもいいの?」と意味深に切り返すのじゃ。あのことっていうのは桜子の完全なはったりじゃが、キリヲは何をばらされるのかと警戒してお前の言うなりになるからの」
今度は脅迫か……。いい加減うんざりしてしまう。でも、エッチするよりはましかあ……。
とぼとぼと教室に戻る。
教室は確かに大騒ぎになっていた。廊下にまで女子が溢れてる。他クラスからまで見物に来てるのか。さすがアイドルグループの一員……。
あ! そうだ! こんな大勢人が集まってるなら、あいつの貰い先探すチャンスじゃないか!
慌てて教卓に立って、僕は言った。