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保健室へ誘いこめ

(お早うじゃ! 昨日は良く眠れたか?)

(お腹減った)


(今日もイベントが目白押しじゃぞ。気を引き締めて行け!)

(お腹減った)


(まずは、電車の中での神崎との再会からじゃ!)

(お腹……へった……)


(おい、話を聞け)


 ごめん、本気で元気が出ない。酒臭い居間の前を横切り、酒瓶抱いて寝ているお父さんのいびきを聞きながら、僕はのろのろと家から出た。


 朝起きて、ブチに朝ごはんをやりながら、本気でドックフード食べようかどうか迷った。


 残り少ないブチのご飯を横取りしたくなくて耐えたけど。


 ブチはやっぱり老犬で、散歩も行きたがらなくて、家の裏をよたよた歩きまわってトイレを済ませるとすぐに地面に座りこんでしまった。


 そう先は長くないのだろう。せめて天寿は全うさせてあげたい。頑張って引き取り先探さないとな。このまま僕が飼ってたら餓死させちゃうよ。僕の方が先に餓死するかもしれないけど。


 結局昨日食べられたのはにんじんグラッセだけだ。当然、朝ごはんも無かった。


 お腹減ってお腹減って思考力が無くなる。


 思考力がないお陰で、この体でお風呂入るのに何の抵抗も無かったのはいいことなのか悪い事なのか。

 「どう料理すれば石鹸を豆腐のように美味しく食べられるか」って頭悩ませてて、女の子の体にかかずらってる心の余裕が無かった。


(神様、僕、何をすればいいの……?)


(電車の中でお前は神崎シンと再会する。シンを誘って保健室に行くのじゃ。無事保健室まで到着したら再び通信して来い)


(わかった。頑張ります)


 昨日は桃香さんと一緒に登校したけど、今日は一人っきりでの登校だ。


 お腹減りすぎて死にそう。立ってたら間違い無く倒れるな。座れる場所ないかな。全車両見て回るものの、残念ながら空席はなかった。


 かろうじて見つけた狭い隙間。

 両隣になるサラリーマン風のおじさん二人に、「お願いですから座らせてください、具合が悪いんです」って涙目で懇願する。


 おじさん二人は広げていた足を閉じて、隙間を空けてくれた。


 ほっとして座るものの、やっぱり僕が邪魔なのだろう。


 妙に腕を動かして僕の体を押し返そうとしてきたり、掌で足を押されたり、顔を近づけて威嚇してくる。


 ひぃ! 俯いているせいで垂れ下がってた髪の毛まで掴まれた……!


 引っ張られるって思って身構えてしまったけど、掴まれて、掌で遊ばれるだけで済んだ。

 髪の毛を絡まらせる嫌がらせなのかな……。


 その程度ならいくらでもどうぞ。後でブラッシングすればいいだけだし。


「おいオッサン、女の子に触ってんじゃねーよ。娘程度の年齢のガキに痴漢すんなんて恥ずかしくねーのかよ」


 あ、この声。


 神崎先輩だった。


 昨日の電車内での柔らかい表情でも、体育館の壇上で見た凛々しい表情でもない、今にも襲いかかって来そうな凶悪な顔で、僕の両隣のおじさんを交互に睨みつけた。


「ち、痴漢なんてしてないぞ、冤罪だ!」

「し、失礼な!! 学校に通報してやる!」


 丁度、駅だった。ドアが開くと同時におじさん二人は我先にと電車から降りていく。


 神崎先輩が開いた席に腰を下ろした。


「……痴漢されたわけじゃないんです。狭い隙間に無理に座ったから、怒らせちゃったみたいで……」


 場所を空けてくれた親切なおじさん二人のためにも、ここは弁解しておくべきだろう。


 神崎先輩は苦笑してから言った。


「匂い嗅がれて、体に擦り寄られて、足触られて髪を触られて、痴漢じゃありませんってのは無理あるだろ。桜子ちゃん、ちょっと危機感無さすぎ」


 あれって嫌がらせじゃなかったのか。なんだ。痴漢ならもっと堂々と座ってればよかった。遠慮して小さくなってたのがバカみたいだ。


「また具合悪いの? 昨日も体育館で倒れてたし、体弱いんだな」


 具合悪いんじゃなくて、超お腹空いてるだけなんですけどね。


「神崎先輩、厚かましくてすいませんが……学校に付いたら、保健室まで案内していただけませんか? まだ、場所がわからなくて……」


 これ、結構上手い言い訳かも! これなら自然と保健室に連れていけるぞ。


「わかった。寝てていいぞ。付いたら起こすから」


「大丈夫です。先輩、生徒会長だったんですね。昨日の挨拶かっこよかったです」

 実は、お腹が空きすぎて寝れません。


「やっぱり付き合う?」


 冗談っぽく切り返してくる神崎先輩に、僕は笑いながら首を振る。だって、この人には桃香さんと付き合ってもらわないと困るから。


 きっと、僕が悪役という名のキューピット役なんだろうな。


 二人の間を引っ掻き回しつつ、神崎先輩と桃香さんの間の恋愛を自覚させていくんだ。


 神崎先輩が僕に構うようになったことで、桃香さんが不安になって、

『……私……こんなにシンのことが好きだったのね……。シンが桜子を好きになった今になってようやく自分の気持ちに気が付くなんて……こんなのって無い……! でも、シン……!』

 ってなって、熱い視線に気が付いた神崎先輩が

『何であいつ、あんな目を……。くそ、なんでおれ、桃香のことがこんなに気になるんだ……! 桜子なんかどうでもいい、やっぱり、桃香にはおれが付いてないと……!!』

 ってなるわけですねわかります!!


 うん、この手の展開は少年マガズンで読んだことある! ちょっと切なくて泣ける展開だよね。


 よし、二人とも、思う存分僕を踏み台にして幸せになってください、応援します!






 ちょっとテンション上がった僕と、神崎先輩は、二人で保健室のドアを潜った。


 ブレスに触って神様との通信を開始する。


(神崎先輩と保健室への侵入に成功しましたドーゾ。次の指令をください隊長)


「あれ、猪狩さんいねーのか……。保健の先生にはおれから連絡しとくからベッド使っていいぞ。桜子ちゃん、一年何組? 担任にも連絡しねーと」


(上手く誘えたか! 上出来じゃ!)


 初めて褒められた! なんか嬉しいな。


(ここから、僕、何をすればいい?)


(うむ、とりあえずカバンを足元に置いて、カーディガンを脱いで、ブラウスのボタンを三つほど開け)


(らじゃー)


 言われるがまま服を脱いでボタンを開けて、ベッドの上に座り、先輩に向かって足を開く。


(さぁこれからが本番じゃ。ギシアンじゃ。そこからギシアンに持ち込め)


「ぎし餡? それ、どんな餡子?」


(セックスのことじゃ)






 そこから始まる、保健室での大騒ぎ。








 その場にいた全員が大混乱だ。


 突然服を脱ぎ出して、ベッドの上で足を開いてパンツ曝け出した痴女(僕のことだ)(スカート履いてたの忘れてた)に救急箱投げられた挙句、桃香さんに顔面に蹴りを入れられた神崎先輩も、

 僕と神崎先輩が保健室に行くのを廊下の端で偶然目撃したらしく、様子を見に来た桃香さんも、


 まさかエッチなことしなきゃならないなんて考えても無くて、しかも断ればゴキさん転生の未来が待っていることに絶望し号泣する僕も、


 もう全員が大混乱だった。



「いってェ……。ちょっとおれ、いまいち状況が飲み込めないんだけど、桜子ちゃん、今の行動の説明をください」


「寄るなケダモノ!! それ以上桜子に近づいたら股にコレぶっ刺すわよ!」


 騒ぎで開いた救急箱に入ってたハサミを、桃香さんが床に刺した。


 リノリウムの床だっていうのに、ハサミが真っ直ぐに突き刺さっている。ひいい。


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