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ある子猫の回想  作者: 東風
9/24

ある子猫の回想(番外編)

3.11の頃をアヤお母さんに思い出して貰いました。

あの大変な日々が忘れられることのないことを、そして亡くなった沢山人の御冥福をお祈りいたします。

 私の名前はアヤネと申します。

 全身灰色のロシアンブルーによく似た雌猫です。

 このお話に出てくる家に来る前は、少し離れた別に家で父や母と一緒に沢山の兄弟達に囲まれ、そこの飼い主さん達からもとても可愛がられて過ごしておりました。

 ふとしたきっかけで私一匹だけでこの家に来る事になりましたが、この家の飼い主さん達も私の事をとても可愛がってくれるので幸せだったと思います。


 この家で暮らして2年目に、ご近所のそれはそれはハンサムな雄猫さんと番いになる事も出来、沢山の子供達にも恵まれました。

 ちなみにマックスと呼ばれております息子は、私のつがいの雄猫にそっくりなんですよ。

 自分ではお淑やかな美猫と思っておりますが、なぜか、家の周りにすむ犬達からは”裏番”と恐れられ、子供達が犬に脅かされているところを助けた事も多々あります。

 そんな日々を過ごしていたある日、大きな事件が起こりました。


 その日はごく普通の日で、いつも通り、朝からこの家のご主人のマサさんはお仕事に出かけ、マサさんの子供のイッちゃん達もそれぞれ仕事や学校へと出かけていました。

 一人家に残っていた奥さんのトモさんは、近くのスーパーにお買い物にお出かけになり、家にいるのは私たち猫だけとなりました。


 トモさんがお出かけになって少しした頃、何やら不穏な雰囲気がしてきました。

 胸騒ぎがすると言うのでしょうか、居ても立っても居られないような感じがしたのです。

 何が起きるのだろうと身構えていると、いきなり家が揺れ始めました。

 今までにも何度かこんな事もあったので、すぐに収まるだろうと思っていたのですが、始めはゆっくりだった揺れはどんどん大きくなってきて、すぐに立っている事も出来ないような状況になります。

 私と娘の”ミミ”はもうすぐ子供が産まれるために大きなお腹を抱えて、イッちゃんのベッドの上でじっと蹲っている事しかできませんでした。


 部屋の壁にある本棚から本が崩れ落ちてきたり、天井の電気が落ちてきそうに揺れています。

 一体どれ位の時間がたったのか、判らなくなる位長い間揺れは続き、やがてゆっくりと収まってきました。

 それと同時に今まで気がつかなかった悲鳴のような声が、すぐ側にある小学校から聞こえてきました。

 この小学校にはこの家の末っ子でユキくんがいっています。

 何事もなければいいのですが。


 私は揺れが収まるとすぐに大きな声で私の子供達を呼びました。


「マックス、トマト、ハチ、クロ、ネズミ、ゲンキ、みんな大丈夫ですか!?」


 すぐに子供達が集まってきて、口々に返事をします。


「大丈夫だよ。お母さんは大丈夫?それにしても一体何があったんだろう?こんな揺れは初めてだぞ。」


 とマックスが言えば、トマトが、


「こんなに大きな地震は初めてだな。部屋の中の物も大分落ちているし、さっき出かけたトモさんは大丈夫かな?」


 と言います。

 そういえば、トモさんが買い物に出かけたのでした。この揺れでどうしているかと心配です。

 そんな事を話しながら、猫たちみんなで集まっていると、トモさんが帰ってきました。

 玄関から入ってくるトモさんは、真っ青な顔をして手も震えています。

 よほど怖い目にあったのでしょう。

 震えながら家に入ったトモさんは、倒れるように炬燵の側に座り込むと、しばらくじっとしていましたが、寒くなったのかストーブを着けようとしました。

 でも、ストーブは着きません。

 慌てて炬燵のスイッチを入れたり、テレビのスイッチを入れたりしましたが、どれも動きませんでした。


「停電してる。」


 トモさんは呆然として一言言うと、又炬燵に座り込みました。

 外から聞こえていた小学校からの声もだんだんと小さくなって、しばらくすると今度は恐ろしいほど静かになりました。

 いつもは聞こえる車の音もせず、うるさいほどの飛行機の音や近所で遊ぶ子供達の声も聞こえません。


 それから少しして、ユキくんが帰ってきました。

 家に入ってきたユキくんはトモさんを見て、


「お母さん、大丈夫?怪我したの?」


 と聞きました。


「ああ、帰ってきたの?大丈夫よ。ユキくんは怪我とかしなかった?」


「うん。大丈夫だよ。電気も切れて大変な事になっているようだから、すぐに帰るようにって学校のみんな家に帰る事になったんだ。」


「そうなんだ。それじゃあ、イッちゃん達も帰ってくるかな?」


 トモさんはゆっくりと立ち上がると、台所に行って水を出したり、ガスに火が付くのを確かめました。


「良かった。電気は切れているけど、水もガスも大丈夫。これなら何とかなるでしょう。」


 といって、土鍋でご飯を炊いたり、冷蔵庫にあった肉や野菜を使って夕ご飯の準備を始めました。

 それからしばらくすると、次女のノンちゃんが帰ってきて、次にイッちゃんが帰ってきました。

 みんな不安そうな感じで、炬燵に集まりました。

 電気がないのでテレビも点かないからとても静かです。

 夕方が近づくにつれて、部屋の中がだんだん暗くなってきたので、仕舞ってあった小さなロウソクを出して火を付け、灯りの変わりにしました。

 本当に小さな灯りですけれど、それでも明かりがともった事でほっとしました。


「ビックリしたね。こんな大きな地震初めてだよ。」


「そうだね。何処が震源なんだろう?電気が消えたままなんて初めての事だし、テレビが点かないから今どうなっているのか判らないよ。お父さんも心配だよね。」


 そうです。この家の人の中で一番遠くに仕事に出ているマサさんが、まだ帰ってきていません。

 辺りはすっかり暗くなって、外に出てみたマックスやトマトは、外灯も付いていない真っ暗な道路や周りの灯りのない家を見て、驚いてすぐに帰ってきた位です。

 マサさんも遠くから帰ってくるで大変なのでしょう。


 夕ご飯を食べながらみんなで心配していましたが、マサさんが帰ってきたのは、夕ご飯も終わる頃でした。


「いつも通る海沿いの道路は津波警報で通行止めになっているし、遠回りの道路も渋滞でなかなか動かない。

 なんと言っても信号機が止まっているので、交差点が危険だから困ったよ。

 それに、もしかしたらと思って途中のコンビニを見てみたけど、商品がほとんど無くなっていて、開店休業状態だった。

 このままだと、明日からの食料品の確保が難しくなりそうだね。」


 とマサさんが言います。


「事務所で地震の後、周りの人が携帯のテレビで宮城とか岩手のニュースを見ていたけど、すごく大きな津波で、とんでもない被害が出ているようだよ。

 震源地も宮城沖とか岩手沖とか色々言われているけど、どれが本当か判らないし、この停電も近くの火力発電所が止まってしまったかららしい。

 点検とか必要だから、復旧して電気を遅れるようになるには2~3日は掛かると思うんだ。

 こうなると、ちゃんと水が来ている事の方が不思議な位だね。」


 どうやら、私たちが想像する事が出来ない位、とんでもない事になっているようです。


 その後、マサさんが言ったように、電気が点くようになったのは3日後でした。

 家の灯りが点いて、やっとテレビが見られるようになりました。

 私たちもマサさん達と一緒にテレビを見ていましたが、地震の被害がどんなに大きいものだったか判るようになると、あらためて自分たちが無事だった事に感謝するようになりました。

 津波で家が流されていく様子は、私たちには何が何だか分かりませんが、あそこにも私たちのような猫や犬がいたんだろうと思うと、胸が締め付けられるような感じがしました。


 幸い、私たちはみんな、怪我をする事もなく、家の中ですごす事が出来ています。

 ただ、困った事は、私たち猫のご飯が無くなってしまった事です。

 マサさんとトモさんがあちらこちらのお店に食料を買いに行きますが、猫のご飯は売ってくれないのだそうです。


「ちゃんとお店の棚に猫のえさが並んでいるのに、売ってくれないなんてどうなっているのかしら?」


「人間の生活確保が優先されるのは判るけど、猫や犬だって生きているんだから、もう少し融通が利いても良いんじゃないか?無いのなら仕方ないと思うけど、目の前に並んでいるのに買えないなんて、納得できないよ。」


 と怒っています。

 それでも、何とか私たちにご飯を食べさせようと、マサさん達は自分たちのご飯に缶詰の魚を混ぜて出してくれました。

 いつものご飯と違うので、あまり食欲も出ませんが、これしかないのですから食べないとマサさん達に申し訳ありません。

 こんな時ですから、食べられるだけでも幸せなのでしょう。

 テレビでは飼い主さんが居なくなって、何も食べられず死んでいく犬や猫だけでなく、牛や馬なども死んでいっているそうです。

 こうして家の中でご飯を食べられるのだけでも、彼らに比べれば天国でしょう。


 こんな混乱が収まってきたのは、地震から2週間以上経ったころからでした。

 マサさん達もだんだん仕事に行けるようになって、いつもの毎日が戻ってきたように感じられます。

 でも、大きな被害を受けたところは、まだまだ混乱が続いて、悲惨な状態だという事がテレビのニュースから知らされました。



 あれから3年。

 また、あの地震があった日が来ました。

 私もすっかりお母さんになり、昔のように走り回る事も少なくなりましたが、あの真っ暗な夜の事は忘れられません。

 妙に静かで、風の音しか聞こえず、空には満天の星がきらめいていました。

 人の暮らしが止まって、灯りもなく、空気もきれいになったので星だけがやたらにきれいに見えたのでしょう。

 私は後どれ位生きる事が出来るか判りませんが、あの地震の後に産まれてきた私や”ミミ”の子供達に、覚えている事を話してあげましょう。

 昔、こんな大変な事があったんだよと。

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