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女スパイ Miyuki シリーズ

女スパイ-MIYUKI-

作者: 土方隼人

この小説を親愛なる歌姫MIYUKI嬢に捧ぐ

 -008-それは女スパイMIYUKIのコードネームだ。MIYUKIは普段、シンガーソングライターを隠れみのとし、スパイ活動を行っている。今日も官公庁などが近くにある高級クラブBでピアノの引き語りをしていた。クラブBは場所柄、政治家や要人、経済界の大物などが出入りする店で、機密情報の宝庫だ。

 MIYUKIはその妖艶な美貌びぼうと美しい歌声で男を虜にし、情報を聞き出す。まさか、こんな美しい女性が某国のスパイなどとは誰も想像すらしない。それがMIYUKIの武器であり、店の客にとっては落とし穴であった。


「ああ…… なんて美しい……」

 K氏がこの店に来るのは久しぶりだった。以前、上司に誘われて何度か来た事があったが、その時はまだMIYUKIはいなかった。

 K氏はMIYUKIの美しさに目を奪われていた。

「ねえ、ママ。あの子は最近、入店したの?」

「ああ、MIYUKIちゃんね。そうなの、まだ2カ月なんだけど大人気なのよ」

「あんな美しい歌声は聞いた事がないよ」

「あら、美しいのは声だけじゃなくってよ。ねえ、MIYUKIちゃん、ちょっと来てくれる!」

 MIYUKIはK氏のテーブルに呼ばれ、紹介された。

「MIYUKIちゃん、こちらはKさん。どうやらKさんはあなたの事がお気に入りらしいわよ」

「まあ、うれしい。Kさんはどんなお仕事をされてるんですか?」

「政府関係の仕事をしているんだ」

「ええ!すごい! 私、難しい事はよくわからないけど、政治には興味あるの。いろいろ教えてくださる」

 MIYUKIはわざと知識がないふりをして、男を安心させ情報を聞き出した。もちろんMIYUKIはプロのスパイだ、その政治経済の知識たるや若手議員などよりはるかに上回っていた。だが、MIYUKIはそんな事はおくびにも出さず、男の持っている知識、情報量をほめちぎる。そうすると悲しいかな男は喋らなくてもいい事までついつい喋ってしまう。

「ねえ、MIYUKIちゃん、これは絶対に誰にも喋っちゃだめだよ」

「ええ、私、口は堅いのよ。それに私の周りに、そんな難しい事がわかる人なんて居ないから大丈夫よ」

 こうやって、何人もの男達は知らない内に国の機密情報を某国へ流されていた。


 -008の諜報機関-

「008、久しぶりだな。どうやら、今回も大物を釣り上げたようだな」

「ええ、局長。この男からはまだまだ、重要な情報を吸いとれるわ」

「そうそう、今日は君の誕生日だったな、おめでとう008。今日は特に美しいよ、まるでアンジェリーナ・ジョリーのようだ」

「ありがとう局長、だけど、そのほめ言葉はもう聞きあきたわ。私に掛かれば落ちない男などこの世に存在しないのよ」

「ああ、そうだったな008。では、引き続き情報収集を頼む」

「イエス、サー」

 MIYUKIは少々、自信過剰なところもあったが、プロと言うのはそれ位で丁度よい。少しでも自信が揺らげば相手に見透かされてしまう。MIYUKIは仕事も美しさも乗りに乗っていた。


 K氏はすっかりMIYUKIの虜になってしまったようで、毎週のようにクラブBを訪れた。

「Kさん、今日も面白いお話を聞かせてね」

「ああ、MIYUKIちゃん。今日はとっておきの話があるんだ。これは国の防衛に関わる話しでね、極秘なんだ。絶対に誰にも話しちゃだめだよ」

「ええ、もちろんよ。ねえ、わくわくするわ、早く話して」

「実は今、新しい戦略システムを計画中で、衛星誘導型の新型ミサイルは……」


 -K氏の所属先、国家公安局-

「ミスターK、君の調査通りのようだな」

「ええ、やはりあの女はスパイのようです」

 K氏は実は国家公安局から特命を受けた極秘捜査員だった。最近、国の機密情報が漏えいしているとのトップからの知らせにより、その出所を密かに探っていたのだ。

「君の流した偽情報により某国が不穏な動きをしていると情報が入った。君の判断に間違いはないようだな、ミスターK」

「ええ、そのようです」

「よし、では今度はその女の諜報機関をつきとめろ」

「了解」


 MIYUKIは最近、自分でも気が付かない内にクラブBに行くのが待ち遠しくなっていた。K氏に会って話をしている時、仕事を忘れてしまう瞬間があった。もちろん、スパイとしての情報収集の仕事はきっちりこなしたが、その他の趣味や音楽の話などする時のMIYUKIの顔はスパイである前の一人の「女」の顔になっていた。

「どうしたんだろう、私?」

 その日もクラブBに行く前、鏡に向かい化粧をしながらK氏の事を考えていた。ひたむきに話す彼の笑顔が浮かんだ。明るく屈託がない笑顔。MIYUKIは彼の笑顔を見ると心がなごむのを感じた。

「あ、いけない、もうこんな時間。遅刻だわ」

 MIYUKIはぼんやりとK氏の事を考えていたため時計が進むのを忘れていた。


 MIYUKIがクラブBの最寄りの地下鉄の駅で降りたのはすでにピアノの前に座っていなければならない時間だった。

 その時、携帯電話の呼び出し音がなった。

「008、聞こえるか」

 それは、局長からの緊急連絡だった。

「はい、こちら008。どうしました?」

「いいか、よく聞くんだ008。あのK氏は国家公安局が差し向けた極秘捜査員だ」

「え! まさか。あのKさんが……」

「008、君の正体はK氏にばれている。決して、クラブBに行ってはいけない。君の身に危険が及ぶ可能性がある」

 MIYUKIは間一髪で身の危険を回避した。もし、遅刻しなければクラブBでK氏の仲間に捕えられていたかもしれない。


 MIYUKIはプロとして絶対にしてはならないミスを犯した。相手に対し情が湧いてしまったのだ。いや、それは情と言うよりも「恋」といった方が良かったのかもしれない。

 感情を出すことはスパイにとって命とりになる。スパイ特有の鋭い嗅覚‘情報識別能力’が鈍るばかりか、相手に心をコントロールされかねない。


 MIYUKIは夜の街を独り言をつぶやきながら歩いていた。

「ふん、ずいぶん私もなめられたものね……」

 今日も女スパイMIYUKIは、その妖艶な美しさと美声を武器に情報元の“餌食”となる男を探すため高級クラブに向かう。

 しかし、今日のMIYUKIの顔はいつもの鋭いスパイの顔の片隅に、なにか女の優しさとも喜びとも感じる表情が入り混じっていた。


The End





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[一言] MIYUKIが美貌と歌声を武器にするなら、HIDEOは文章構成力で迫る!? H氏ではなく、"K"氏である理由が知りたいと思いました。 by O
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