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行方不明の暗殺少女と姉の手掛り

 なんでか、その晩、男は泊まる気満々でいるようだった。遠慮する必要はないだろうが、何故。という気持ちの方がでかい。これまでの数年間、奴は俺の家族に会うことをひたすらに避けていた。家族のいない時間を縫って、夏休みに俺の家にやってくる毎年であった。現在、両親は海外旅行、兄は現在短期交換留学で外国に行っているとはいえ、妹はプールに行っているだけなのだから、妹は今晩帰宅してくるに決まっている。……妹や兄が居ることを知らないのか? 確か言った記憶があるんだが。

 俺とその男は全然親しくない。俺が小さいころから接しているから、友人みたいな感じなのかもしれないが、おそらく他人にそのように指摘されれば、そう呼べるほどに仲がいいというようなこともないのに、と思ってしまうだろう。お互いにお互いの事は全く知らない。そして、別に初めて会ったときに俺が小さかったというだけで、こいつは普通に今の容姿のままだったので、幼馴染、というのとも違う。極めつけに……ぶっちゃけ俺は、そいつの名前を知らない。初めて会ったときに聞きそびれ、次に会った時にも聞きそびれ、その次に会った時に聞こうと思ったけど、タイミングを逃してそれきり、聞くのが気恥ずかしくなって、名前を聞くことができなくなった。あいつもそれでいいんだろうか。いや、いろいろ不便だし。

 なんていうか、顔を付きあわせた回数の多い知り合い、のようなもんだ。


「……お前、家とか」

「ない。宿泊施設はちょっと高くていつもネットカフェに泊まってるんだけど、ただで泊まれるならお前の家に泊まりたい」

「……ホームレスですか?」

「まあ、いや。うん……」


 そいつは曖昧に頷いた。ホームレスなのか? ……それはないだろう。定職に就いた社会人がホームレス、ねぇ……。

 と、その時。ガチャバタン、と勢いよく玄関の扉が開けられる音がして、たっだいまー、という大声が響き渡った。

 さわがしいのが、帰って来た。明るい目元に、緩やかなカーブを描く唇。その茶髪は染めたものではないため根元が見苦しく黒くなってることはない。短く切った髪は寝癖はない。外によく出るにしては白いのは、ガッチリと日焼けガードしているからだ。大変だよな。家から出なければいいのに。……白い肌に整った顔、明るい笑い方。これでボーイズラブが好きな腐女子のゲーオタなんかじゃなければ、世に出して恥ずかしくない美少女、というやつだ。かといって、美少女だから手を出してやるー、なんてエロ漫画よろしく近親相姦展開とかには絶対にならない。こいつと愛し合うくらいなら空き缶とでも愛し合いたい。……いや、元従妹とはいえ、今は普通に妹だし、家族の絆がラブに発展、そんな展開はありえないってだけだが。


「ただいまお兄ちゃん、今日は二人っきりの夜だね……って、お兄ちゃんお友達いたの!?」

 ほらな、うるせぇ。絶対恋人にはしたくねぇ。それから友達じゃねえからそいつ。


 ていうか俺にだって友達ぐらいいる。暑くて面倒だから遊びに行ったりしないだけだ。それに二人っきりの夜だからなんだ、二人っきりですることと言えば俺が一方的に攻めたり攻められたり……あ、格闘ゲームとパズルゲームの話です。


「そいつ今日泊まるから」

「え、ほんと!? いっしょにゲームしましょうね!」


 (一応)友人が泊りに来てるのに一緒にってのもどうなんかな。現金なアクティブゲーオタがいるもんだな。とはいえ、この男も結構ゲームはするので、……というかゲーオタなので……というか、俺がゲーオタになるようにはめたので……有難い。話が尽きてもゲームができる。


「あ、ごめん、友達だもんね。私いないほうがいい? でも私もお兄ちゃんとゲームしたいな!」

「いや、いいよ。一緒にやるか」

「やったあ! あ、あなたはいいんですか?」

「ん、かまわない」

「ありがとうございます! ……えーと」


 おお?

 これは名前を聞く段になっている。しめたもんだ。俺が聞きそびれ続けていることでも、初対面の妹が名前を聞くとなると自然というもんだ。


「お名前、いいですか?」


 よっしゃあ!


「ちょっと待って」


 だめだ。

 なんで名前を教えるのを渋る? やっぱ暗殺者とかで、偽名でないとだめとかそういうんだろ!? 名前を教えちゃダメなんだろ!?


「えー、なんでですか」

「いや、先に聞いておこうかなあ、と」

「あ、そうですよね! 人に名前を聞くときはまず自分から! 失礼しちゃってました! 私、秋人お兄ちゃんの妹の、樫沢夏美です。よろしくお願いします!」


 妹の明るさに嫉妬するぜ。ニコニコと握手するように手を差し伸べると、男もそれにこたえるように手を握り返した。


「春夏秋で冬がいそうですね」

「春呼さんのこと、知ってるんですね……冬樹お兄ちゃんなら今海外留学中です。短期交換留学という形で」

「あ、いるのか」


 男は感心したように言った。四人兄弟でそろっているというわけではなく、二人兄弟だったのが一つになったら偶然そろったというだけだ。別に親同士が示し合わせたわけではないので本当に偶然だが。俺が秋人、妹が夏美。兄が冬樹だ。……そして姉が、春呼。冬樹兄さんにも、夏美にも、親戚の集まりの時に、俺も一緒に遊んでもらっていた。春呼姉さんは、兄さんのことを、冬樹おにいちゃんと言って慕って走り回ってたっけ……だめだ、変にアンニュイな気分になっちまう。


「で、あなたの名前は……」

「いや、うん……」


 なぜ、そこで渋る。なんだ、まだ何かあるのか?


「いいのかなぁ? 俺、秋人の前で名乗ったりして……」

「は? なんでそこで俺が出るんだ?」


 どういうことだ? ……何かあるのか? 昼に妙な少女に命を狙われてからというもの、こいつのいう言葉に変に裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。疑り深くなってしまった。


「や、いつまで経っても聞いてこないから聞かないことに決めてるもんだとばかり思ってたんだけど」


 それだけかよ。俺のせいにせずに気安く名乗るようにしてくれ!


「ええ、お兄ちゃんこの人の名前知らないの!? 友達なのに!?」

「友達じゃねぇぇぇ!」


 そう、友達じゃない。友達じゃないんだ、知り合い、顔見知り……で、ちょっと話すことが多かったり命を助けられたり泊りに来てみたり……ただそれだけなんだ!


「えー、友達じゃないのに泊まったりしないでしょー」


 ごもっともですね。ハイ。


「で、いいの、名乗って」

「え、……えー」


 すげえ困る。改めて、名前を教えてください、なんていう時期はとうの昔に過ぎてるし……なんだか、ちょっとな。気恥ずかしい。照れる。それに、顔見知りでお友達、なのに名前は一方的にしか知られてない……うん、面白いじゃないか。斬新じゃないか、いいんじゃないか?


「……ええとじゃあー、俺は席を外すから」

「セエル・サンジェルマンといいます。よろしく」

「セエル……さん。へへ、よろしくおねがいします!」

「っておい!?」


 こいつめ、これから先名前を聞かない覚悟をしたその矢先に! ていうかむしろその覚悟をしたからなのか……? ありえるから困る。

 ……いや、セエルな。うん、覚えた。想像してたのとはだいぶ違っていた。リチャードとかエドワードとかウィリアムとか、そういうかっこよさそうな名前だと思ってたのだが案外普通だな。逆にボブとかじゃないのは安心したけど。サンジェルマンって響きはかっこよくていいな。RPGでいうと司祭の名前とかにありそう。


「サンジェルマンといえば、サン=ジェルマン伯爵! 旧文明紀、中世ヨーロッパで活躍した伯爵の……」

「無関係です」


 ……夏美のやつ、結構中二知識豊富だからな。そんなとこ、世界史でも習わんぞ。なんかの戦いの条約の名前にはあった気がするが、……まあ無関係だと思う。


「錬金術師さんで、不老不死の!」

「無関係ですね」


 不老不死か。いつまでたってもこの姿を保ってるあたり案外それっぽいのかもしれないな。そこで、夏美がぽんと手をたたいた。もう七時なんだ、という。ああ、メシの時間か。


「さて、ごはん作りますかー。今日は気合入れちゃうよ! お兄ちゃんは何もしないでいてくれる?」

「いくら俺のメシがマズイからってその言いぐさはないだろう。食器を出す手伝いぐらいする」

「やめてよ何枚のお皿を犠牲にするつもり?」

「そこまで不器用じゃねえよ俺!?」

「俺はなんか手伝うことある?」


 男……いや、セエルはゆらりと立ち上がった。しかし、さすがに、そういうわけにはいかないだろう。客人だし。招いてる側だし。招かされてると言ってもいいが。


「あー、お前一応客だろ。ゆっくりしといてくれ」

「料理手伝う。俺料理得意だよ」

「得意なんだ、意外です!」


 そうだな。キュウリとトマトを洗って皿に乗せてハイ、サラダ! とかやりそうなのにな。俺も驚いている。意外すぎる。……まさかそういうレベルで得意って言ってるんじゃないだろうな?


「あーでもやっぱ……お客さんだから」

「泊めてもらうのに何もしないのも気持ち悪いだろう?」


 別に泊りに来て一晩ぐらい人様の家の晩飯をいたただくのは結構普通だと思うけどな。変なところ律儀な奴。根は悪い奴じゃないんだろうな。きっと。……たぶん。


「んー、じゃあ、得意だって言ってるし手伝ってもらおうかな! 今晩の晩御飯はペンネグラタンとエビチリと味噌汁ですよ~」

「和洋中折衷か……和洋までならまだしも中はなかなかないな」

「でしょう!?」


 夏美、なんでそこで胸を張る。……いつも言ってるけど、少しは整合性もたせたほうがいいんじゃないか。

 ……まあ、いいか。ペンネグラタンもエビチリも味噌汁も、実は俺の三大好物なんだ。……家族がいなくて寂しいからって、気を使ってるのか、馬鹿妹。


 夕飯の、和洋中折衷料理は、超美味かった。夏美もそこまで下手というわけではないが、まあ料理の腕前は、普通だ。夏美は頻繁に飯を作っているので味は覚えているが……なんだか、いつもより遥かに美味かった。味にあまり頓着のない俺ですらそれなのに、味にうるさい夏美など、一口食べては愕然としていた。ちょっとお高い料理屋で出されてもおかしくないなって感じの味。つまり、それは、……そういうことなんだろう。いや、なんか釈然としねえ。


「おうちが料理屋か何かですか?」

 夏美もそういうこと言う。でもまあ、確かにそれでもおかしくないかもしれん。男……おっと、セエル、のやつは、特にそれを鼻にかけるでもなく、いいや、と首を横に振った。暗殺者の実家が料理屋か、それもそれで面白いな。暗殺者じゃねえけど。


「まあ、毎日、味にうるさいのにごはん作ってたから……」

「そうなんですかー。私のお兄ちゃんもちょっとうるさく言ってくれたら、私、もうちょっと料理うまくなれると思うのにな!」

「別に食えたらそれでよくね?」

「そういうところだよお兄ちゃん!」


 ……。何がだ。


「だってすごいんだよ。ほんとに手馴れてるって感じだし、いっぱいアドバイスもくれたし!」

「ばっか、料理っていうのはな、理屈じゃ測れねえんだよ。つまり、あれだ。愛だよ、愛。ラブ」

「料理全然できないのに言われてもうれしくないし……」


 ですよねー。

 まあ、いいや。満腹感と充足感っていうのが人の精神の健康に占める比率はでかい。美味しいものを食べられたっていうのは結構満足要素の一つに入る。今日はいろいろなことがあったが、夏休み初日としては上々の滑り出しだ。パンイチの痴態を知り合いに見られたということを差し引いても。見知らぬ少女にオープン暗殺されかけたことを差し引いても。……いや、うん、やっぱマイナスに傾いてるかもしれないな。ん、暗殺者の少女……か。


「そういやさ、お前友達に中央中のがいたろ? 毎晩メールしてるっての」

「ああうん、いるね」

「谷川悠里っての知らない?」

「タニガワ……? ううん、知らない。ていうか、その人ネットでの繋がりだからほとんどオフの話とかしないんだよね」

「そうか……」


 取りつく島もない。まあ、ネット上の付き合いなんてそんなもんだよな。共通の話題でもなければ、オフの話なんてしねえよ。と、その時、俺の携帯がブルブルと震えだす。バイブはすぐには止まらず、ずっとぶるぶる言っている。これはつまり、メールでなく電話であるということだ。ディスプレイに表示されたのは、『谷川悠亮』という名前。俺は一人、部屋に戻って携帯の通話ボタンをプッシュした。高校に入ってからできた友人で、中央中学校からの出身。染めたわけでもない茶髪をワイルドに切ってデコをおおきく露出している。で、浅黒い。超黒い。健康的な小麦色の肌。でも筋肉はそんなにない。サッカー部なのに。外見は平凡だが、おちゃらけているから、結構人気がある。で、シスコンだ。妹が超大好き。

 ……いや待て、谷川悠亮……『谷川』。中央中出身、茶髪、……妹大好きのシスコン野郎、か。

 電話……めんどくせえと思いながらも、でも少し聞かなきゃいけないことも……と思って、受話器を耳に押し当てる。爆音がした。と思ったら、谷川の声だった。


『聞いてくれよ秋人ぉ! 俺の、俺の妹の……俺の妹が! まだ帰って来ないんだぁぁ!』

「待て、谷川。お前には聞かなきゃいけないことが山ほどある。お前の都合など聞いてる場合じゃない」

『俺からかけたのに!? 高瀬先生も同じこというんだぜ!』

「はいはい。言ってろ。でだ、話は変わるが、お前の妹の名前と外見の特徴を言ってみろ」

『話変わってない!』


 相変わらずうるさい男だな。こういうのは順を追って話をせねばなるまい。


「もしかしてその妹、谷川悠里とかいって、髪は茶髪セミロング、タンクトップにショーパンでうろうろする少女だったりしないか?」

『お前が犯人か! 許さん、警察に突き出してやる!』


 なわけねえだろ。だとしたらどんだけマヌケな誘拐犯だ。

 しかし、ビンゴときたか、世間は狭いな。お前の妹暗殺者してるよ、なんて言ったら面白そうだが、そういう性格悪いことはやめとこうっと。


「話をもどそう。お前の妹が、なんだって?」

『あ、ああ……妹が、帰らないんだ。朝……早く。もうほんとに早く……五時ぐらいに家を出て行ったんだ。母さんは休みだから、ずっと家にいたんだが、それから一度も帰ってないらしいんだ。どうしよう、どうしよう秋人。悠里に何かあったら、俺……俺……』

「わかった、焦るな。……帰ってないんだな、ほんとに?」

『あ、ああ……なんでお前、悠里のこと知ってたんだ?』


 質問は黙殺する。俺の家に来たなんて言うと、また面倒そうだし。


「まあ待て。妹は、これまでにもそういうことはあったのか?」

『な……ない』

「じゃあ、今日が初めてなんだな。最近、変わったこととかは?」

『……ない……と言いたいが、最近パソコンの前に座ってる時間が長くなったようだ。前はほとんど触らなかったのに……何をしてるのか、聞いたら、メールしてるらしい』

「メール……か。お前、今そのメール開けるか? ん……パソコン、鍵ついてたらまずいが」

『あ、ああ開ける……と思う。共用だし』


 と、谷川がぱたぱたと走る音がして、無音がしばらく続く。電話料金……いや、なんでもない。やがて、パソコンには鍵がついていなかったらしく、やった、と喜んでいるのが聞こえた。一歩前進。


「デスクトップの、メールクライアントを開け」

『これか? ……、設定されてないって』

「フリーメールか。厄介だな……」


 フリメだと、ログアウトでもされていたらお手上げなんだがな……。しかし、ログアウトし忘れという可能性もまあ、あるといえばある。


「じゃあ、今から言うサイトを片っ端から見ていってくれ」

『あ、ああ』

「グルルサーチ」

『……ない』

「ヤージャパン」

『……ない』


 いろいろと挙げてみたが、どれもこれもログアウトされていた……というより、ログインされた形跡すらない、ようだ。リンクを一度も踏んでない。どういうことだ?


「クールメール」

『……ない!』

「なあ、妹は携帯持ってないの?」

『持ってない。そもそも、パソコンをしてる目的を聞いてメールって言ってたのに』


 それもそうか……。しかし、大手のフリーメールサイトは全部挙げてしまったんだぞ。これ以上細分化されてしまうとさすがに時間が……。


「マグフリーメールは」

「ん!?」


 ベッドにあおむけになって唸っていたところに、声がかかる。……ええと、セエル、の声だ。マグフリーメール……? 聞いたことがないな。


「マグ……? なんだそりゃ?」

「北西大陸にあるマジナグラム王国の私企業が運営してる大手のフリーメール。そうじゃなければ、スールスカイサーチ。北東大陸の、ケミカクロイツ帝国の国営検索エンジンのメールサービスだ」

「なんで、日本人なのにそういうのに登録するんだ?」

「いいから」


 有無を言わせぬ口調。俺は、釈然としないながらも、言われたとおりの固有名詞を言った。


「悠亮。マグフリーメール……だって」

『ま、マグ……? わ、わかった』

「あ、そのまま、カタカナで入力しても瀬がないぞ」

「綴りがあるのか。ええと……」


 外国語の文字をひとつひとつ教える。慣れない手つきでキーボードをたたいてるのを想像すると笑えるが、彼としては笑える状況じゃないんだろう。必死になって、谷川は俺に何度も何度も聞き返した。やっぱりまだ、どこか他人事だ。


「……どうだ?」

『が、外国語ばっかりでなにがなんだか』

「右上がユーザーツールの小窓」

「ん、そうか。右上を見てみてくれ。変わった表示はある?」

『ん、右上……? あ、ある! 一件新着、みたいなのが!』


 ビンゴ、と谷川はでかい声で言った。恥ずかしい奴だな。でも、うれしそうだから少し安心した。しかし、悠亮は意気揚々とメールを開いて、う、とのどを詰まらせていた。


「どうかしたか?」

『外国語ばっかでなにがなんだか』

「本文もそうなのか?」

『本文……え、ええと。め、メール一覧を出す……んだよな。これか?』

「待て、むやみに触るな。ログアウトするかもしれん。おい、……せ、セエル!」俺、今、初めて名前呼んだ!「どこを触ればいいのかわからんって!」

「ん……じゃあ……」


 と、セエルが言った通りの綴りがある場所を押させる。すると、谷川はぱっと声を明るくさせた。


『日本語だ、日本語!』

「そのメールの内容を全部……いや、とりあえずは最新から十程度。今から言うアドレスに送るように言ってくれ。言っとくが、コピペじゃなくて転送だぞ。絶対だ」

「ん、ああ? ……お前なんか知ってる?」

「いいからさ」


 不審だ。何か関係あるとしか思えない。でないと、わざわざ、こんなに手を焼く必要もないだろうに……と、俺はなんだか釈然としない気持ちで、言われたとおりのことをさせた。転送も知らないとか、お前情報の時間ちゃんと起きてたのかよ、谷川。


『……これでいいか?』

「どうだ」

「ん、おっけ。時間があったら、できる限り転送するようにも言っといて」

「ああ。……いいらしい。んで、できる範囲でいいからなるべく多くメール転送してくれ」

『ら、らしい? ……まあいいけど、ほんとありがとな! あれ、でもこのメールって……』

「どうかしたのか?」

『普通の……日常会話だと思うんだけどな。どういうことだろ?』

「……?」

『事件につながるようなことは全然書いてないし……』

「おい、どういうことだ?」

「まあ、待てよ」


 なんか、与えられない情報が多すぎて、当事者でもないのにイライラしてきた。というか、まあ、こんだけ協力させられたんなら十分当事者か。すでに電話代もばかにならんだろうしな。


『俺もこっちでメールを開いたりいろいろしてみるけど……何かあったら連絡してくれ! それじゃあ!』


 谷川は、メールを読み込もうと思ったのか、電話を一方的に切ってしまった。俺は、端末をいじるセエルの腕を掴んで、睨む。


「お前がやったのか?」

「は? なんで?」

「お前は何か知ってそうな口ぶりだったし、……なんで、わざわざ外国のフリーメールなんだ。そしてメールの中身は普通の日常会話。お前は、何か関わってるんだよな?」

「じゃあ聞くが、その一般家庭に生まれた一般的な暗殺者少女を誘拐することによって俺に何のメリットが生まれるんだ?」

「質問に質問で返すな。俺はお前のことも悠里って子のことも全然知らねえんだから」

「……む、そうか。まあそうなるよな」


 セエルは、頬を指先で掻きながら、目を細めて言った。


「関わりが無い、と言ってしまえばそれは嘘になってしまう。だが、俺が誘拐しただなんていうのはとんでもないな。とりあえず、これを読んでくれ」

「ん?」


 メールの中身は、こうだった。




   悠里ちゃんへ


 こんばんは。今晩もメールをしてみました、元気ですか?


 私は今、中央大陸のシドニーに来ています。ここはとても気候が良くて、過ごしやすい。


 ここにはコアラがいっぱい居ると聞いたんだけど、残念なことに、今は動物園は休みであるようでした。


 悠里ちゃんにコアラグッズを買って帰ったら喜ばれると思ったんだけど。


     ルークより




「……これが? 普通のメールじゃね?」

「ん、見た目にはそうだろうな。見た目には」

「見た目には?」


 ああ、とセエルは頷いて、端末を一度強めにシェイクした。そしてもう一度画面を見させられ……その文面は。




    悠里ちゃんへ


 こんばんは。今晩もメールをしてみました、元気ですか?

   君に与えた力はどんな具合かな、悠里ちゃん。

 私は今、中央大陸のシドニーに来ています。ここはとても気候が良くて、過ごしやすい。

   そろそろ実践がしたくなったんじゃないかな。作戦決行だ。

 ここにはコアラがいっぱい居ると聞いたんだけど、残念なことに、今は動物園は休みであるようでした。

   明日から夏休みなんだってね。明日の昼は○○って場所の樫沢秋人って人のところに行くんだ。できることなら、命を奪う。

 悠里ちゃんにコアラグッズを買って帰ったら喜ばれると思ったんだけど。

   できなかったら、明日、昭和港の埠頭に。ではね。

     ルークより


「……なんだこりゃ? 文章足されてんな。お前がやったの?」

「馬鹿、ならなんで見せるんだ。……このフリーメールは、マジナグラム……、つまり、『魔学王国』の私企業が管理してるものなんだ」


 マジナグラム王国、とは。この世界で最も、魔学技術の発達した魔学立国。魔学というのは先述の通り科学の分岐が……云々。国民全員が、この共和政日本ではめったに見かけない魔学者らしい。想像もおよばねーな。ニュースとかで流れる映像でも普通の人間であるようにしか見えないし。


「魔学がなんだって」

「普通のメールにもあるだろ、炙り出し機能。普通の、というか、普通のフリメ……ああ、HTMLメールか。まあ、それはいいんだけど、つまりさっき俺が挙げた二つのフリーメールには、普通に、文章をドラッグしたりするだけでは出せない、特殊な炙り出し機能がある」

「魔学を使って、炙り出すのか」

「そう」


 適当に言ったら当たったらしい。まあ、この話の流れだと、そうなるか。


「……へえ、魔学ってほんと便利な。そういうのもあるのか」

「お前らが想像するような攻撃特化型やら治癒型やらの方が少ないって。ん……まあ、それは置いといてだ、これはなんだ、普通の方法ではできない方法で炙り出す、特殊な炙り出しを利用したメールだ。たぶん、このメール以外の全部のメールに同じ感じの炙り出しが使われてる。さっきこの二ヶ所を挙げたのは、日本のフリーメールサービスだと、家族にばれる可能性が高いだろ。そして、ばれた時に、こうやって普通日本じゃ読みようのない炙り出し機能であればその内容まで干渉されることがない」

「そうか、なるほどな。先に説明してくれよ」

「ともかく、これで行き先ははっきりしただろ」

「しょ、昭和港の埠頭! これ、谷川に知らせねえと」

「……、谷川とやらは一般人なんだろ。やめたほうがいいだろう。相手は多分」


 そこで口を噤んだ。言わずもがな、という感じ。……魔学者か。谷川は魔学の才能がない。普通に戦って勝ち目は……ないのだろうか。魔学者って、魔学を使えば使うほど体力が消耗されるから、場合によっては普通の人間より弱いらしいけど。


「もしかして……これ、お前の仕事になんか関係ある?」

「見たら判るだろ。さあ行くぞ、秋人」

「え、俺かよ!?」


 ウソだろ。愕然とした。なんで俺が行かなきゃいけねえんだ。一般人だぜ、俺。すると、セエルは俺の肩に手を置いて、かなり真面目な表情で俺を見据えて静かに話す。


「こちらにも立場と言うものがある。何も無為に一般人を危険に晒したいと思ってるんじゃない。俺はとある事情で『ルーク』という男の行方を追っていた。その際に、ルークに同行者が二名ほど存在するのが発覚した。一人は男だ。お前に関係はない。ただもう一人はお前にとっての最重要人物と言えるだろう」

「……それは?」


 半ばその答えを想像しながら俺は聞く。……セエルは涼やかに言い放った。


「お前の姉。樫沢春呼」

読んでくださってありがとうございました。

誤字脱字がございましたら教えてくだされば幸いです。

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