夏休み初日の高校生と少女の挑発
序盤本当に男ばっかりですが後々ちゃんと女の子も増えます。
○第一章 横暴革命
夏休み初日。部活も何も入ってはいない俺であるから、平日なのに昼まで寝ていても誰にも咎められることはない。起きて、即、クーラーをガンガンに効かせた部屋で水道水を捻りコップに注いだ水を啜る。ほどよい冷たさは俺の寝起きの渇いた喉を潤してくれた。この幸福感は、おそらく外で白い球を追いかけその肌を黒く焼く野球部や、このクッソ暑い中二酸化炭素と水蒸気で満たされた室内でただひとつのボールを巡り男同士汗を交わらせるバスケットボール部には、とうてい感じ得ないものだろう。まあ、無論、彼らは彼らで幸せだろうが、とりあえず俺には理解はできないな。
「インドア万々歳」
にやり、笑って独り言。両親は二人だけで一週間の外国旅行、妹はどこぞのプールへと友人と外出。誰も家には居はしない。つまりどんなに恥ずかしいことをしても言ってもバレることはない。パンイチでロッキングチェアに腰掛け優雅にワイングラス(withオレンジジュース)を燻らせることさえ造作もない事だった。……リビングのカーテンを全開にしているということさえ失念していなければの話だが。
「……」
俺は気づいてしまった。外から誰かが俺の様子を観察している……。カーテンを全開にしていたのは明らかにまずかった。防犯上もプライバシー保護の観点からもあまりよろしい事ではなかったんだろう。ただまあ、昼なんだし。カーテンを閉め切って電気付けてるよりは経済的だし、人間らしいとは思わないか? 外から俺を覗くのは、男。男は、よう、とでも挨拶するように軽く手を挙げていた。
その羞恥に思わず顔を赤らめてしまった俺は窓に駆け寄った。パンイチで。サッシを掴み、窓を思い切りがらりと開けた。
「何の用だ、クソ野郎。人ン家覗いてんなよ」
言うと、話し相手の男はくすりとも笑わず肩を竦め、むしろ俺を蔑むような目で見てきやがった。
「カーテン閉めてから言え」
もっともすぎて涙が出てくるな。
まあ、とはいえ一応こいつも客人だ。暑い中突っ立ってるのも申し訳ない。家の中に入ってもらうことにした。玄関に回し鍵を開ける。最近家に居る時も鍵をかける習慣ができてきた。結構物騒だからな。そして、男が入って早々の一言。
「さっむ」
そりゃあ、悪かったな。俺はクーラーはガンガン効かせる派なんだ。たとえ惑星の環境を破壊することに繋がったとしてもこれだけはやめられない、という旨を適当に説明した。もちろん、多少の罪悪感は俺にだってあるんだけどな。
「温暖化ってのはただの惑星の活動に過ぎないからどんだけクーラー使おうが関係ないんだよ。そんなことよりお前が冷房病になりそうだ」
冷房病、聞きなれない単語に顔を顰めて見せる。なんだよそれ……。とかなんとかいいながら、男は寒い寒いと言いながらクーラーの真下で扇風機に当たっているのだから腹が立つ。いや、住んでいる場所はもっと北の方らしかった。なら、暑さに慣れないのも、仕方ないのか。ていうかそもそも、このクソ暑いのに全身黒スーツに黒コートに黒手袋もないだろう。熱吸収しまくりで、外に出るだけで熱出しそうだぜ。
そんな変人奇人、否不審者としか思えないような黒ずくめのこの男、その容姿はどうかというと、これがなんと異常なまでにカッコいい。外国人だから基本的に日本人からしたらかっこよく見えようもんだが、染めたように鮮やかに赤いくせ知らずの髪に、明るすぎる茶色、いやほとんど金色と言ってもいいぐらいの大きめな目はいかにも人間的でなくとても綺麗だ。曲がり知らずの鼻は筋がすっとしているし、なんというか人間としてとても整っている。
一方、というか俺は、目つきは悪いし髪も、天パではないにしろサラサラはしていない。眉毛も太いし鼻も低い、なんというか……うん、流石に俺自身としてブサイクではないと思いたいんだが、よくもないだろう。……同性として羨ましい限りだぜ、ほんと。
「で、なんであんたはここに」
「目的は色々とある。仕事といえば仕事だし、休暇といえば休暇だけれど、まあ、今ここにいる理由を言うなら、暇だったから?」
あ、そうですか。俺との仲は遊びだったのねっ。
……いやいや、冗談はやめにしようか。
「ふーん、またなんか物騒な事してんの?」
「そうならないことを祈りながらこの国に来てる」
奴はいやに苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
俺の目からは俺と同い年かすこし年上ぐらいにしか見えないのだが、進学でなく、就職をしているらしく。それが色々な国に出かけることが多い職、という。いや、そもそもだ、こいつは確か俺と初対面のころから一切外見が変動していない。本当はもっと年を取っているのかもしれないが、分からない。
「どうしたんだ?」
黙りこくってしまった奴に聞くと、少しばかりの間をおいて、返ってきた言葉が。
「なんでもないから気にするな」
こうなのだから。
この男の仕事がどんなものかはよく知らないが、結構物騒なことをしてたりしているらしいのだ。血を流すこともあれば人を傷つけることもある仕事をしているという。暗殺者か何かかと聞くと漫画の読みすぎゲームのし過ぎと過剰に罵られたのでその線はないだろう。山に住む有名暗殺一家の跡継ぎ、とかいうのではなかったみたいだな。漫画みたいな容姿のやつだからありえるかと思ったんだが、残念。
と、そのとき。
ピンポピンポピンポーン、ピンピン……という、遠慮もへったくれもないインターホンの連打音が響き渡った。うぜえ。こんなうざいことをする人間を俺は知らない。と、玄関先カメラをのぞいてみると──知らない少女が汗水たらしながら必死になってインターホンを連打する姿が見受けられた。……何故。
ドアを開けてみれば冷房シェルターのない熱気が直接肺にぶち込まれ、一億キロ以上離れてなお人に恩恵を与えるありがたい日光が肌に刺さり、すでに満身創痍の様相だった。一歩歩くごとに汗が吹き出す。温暖化を恨みたくなるが、そういや俺のガンガンクーラーも一因だったか? やだなぁ。こういう奴がいるから地球は駄目になっていくんだろうなぁ。あ、でも、基本的には星の活動なんだっけ。じゃあいいや。さすがに星を敵に回したくはない。
結局、玄関先には少女は居なかった。しかし、何もピンポンダッシュをするような年齢……のようには見えなかったので、あたりを伺ってみると、なんだかすごくわざとらしく、俺に姿を見せながらどこかへ逃げていく後姿を見つけたのだ。少女との追いかけっこをする趣味はないのだが、ピンポンダッシュの制裁ぐらいは加えてやらないこともない。少女について、灼熱地獄を歩いていくと、そのうち近所の公園に辿り着いた。その中心に、ざっ、と。効果音つきで、小学生くらいの少女が立っていた。セミロングの茶髪に涼しげなタンクトップに半ズボン。涼しげな、とはいっても、そこまで露出しても大差ないようで、少女の額からは汗が流れ落ちていた。少女は俺の姿を見るなり、声を張り上げた。
「樫沢秋人さんですね!」
ずいぶんな大声であった。は、恥ずかしい……! 近くには幼稚園児とそのお母様がいるのだ、目立つ行為はやめていただきたいが。……そういうわけにもいかないんだろうなぁ。
「大層なテダレとお聞きしまして、参上なさった次第です。どうか私とお手合わせください!」
え、なにこれ。手練れ? 俺、決闘申し込まれてるの? 時代錯誤も甚だしい、恥ずかしすぎる。そんなデカイ声で言うな。周りの視線が痛い……。
「お嬢さん、ちょっと場所を変えましょうか」
「おッ……!? や、やだ、やめてください、あたし子供じゃないからっ」
「俺より年下なら皆子供です。ともかく、周りをご覧なさい、一般の方々がずらりと並んでおられるでしょう」
「そんなこといって、逃げるつもりなんでしょ!?」
らちが開かん。こちらはただ一刻も早く奥様連合から逃亡を図りたいわけだが、どういったわけかこのガキそれを許そうともしない。くそう……。子供達の視線が痛い! 「あのお兄ちゃん、なんで大人なのに公園にいるの?」みたいな視線が憎い! ちなみに公園はあくまで公共の場であって大人がいてもなんらおかしくはないのだ。それをこの子供達は昼間の公園はまるで己の天下のように扱っているというだけの話。早朝と夜は万人のものであるのに……閑話休題、俺はともかくこの少女とどこかへ逃避行したいわけだ。
俺が少女に少しにじり寄ると、少女はあからさまにびくぅとなって後ずさる。その瞬間、周りの視線がいっそう非難がましくなった気が。まあそうだよな、子供怖がらせてんだから。
しかしだからといってここで引き下がるわけにはいかないのである。喧嘩はしない平和主義者であるが、これ以上見知らぬ少女との理由もなき喧嘩などという痴態を世に晒し続けるわけにもいかない。
俺の肩が落ちたのを見て少女が薄く笑ったのを感じた。
そして、俺だけに聞こえる声量で。
「じゃ、樫沢さん……死んでください」
あまりに唐突な殺害宣言であった。そんな悪意を感じたことはなかった俺は思わず体を硬直させてしまった。残酷に笑う少女は、その小さな体からは信じられないような凄まじい脚力をもって俺に飛びついてきた。普段運動してるわけでも無い俺は少女の奇襲に反応できず、細かいことをいえば少しよろめきつつも、少女の右手が我が身に近づいて来ているのをぼんやりと見るしかなかった。少女の手の平は揺れる俺の前髪をかい潜り、――ちょん、と額に触れた。
瞬間、
「――ッ、が、ぁ――!?」
激痛。圧倒的な痛みが体を駆け巡った。具体的に、どこが痛い、とかいうのではない。とにかく痛い。ただ単に、頭の中の痛みを感じるところを直接刺激されてるような感覚だ。俺は思わず、身悶えた。
周りの子供大人が目を丸くして俺達を見ているのがわかった。しかし、もはやそれどころではなかった。
俺の目の前で少女は笑う。信じられないくらいに冷たく笑う。
「痛いですか」
「痛ェよ、バカ……!」
俺の身体に何をしたんだ、コイツ。……いや、何をした、というその解答は、俺の中にも存在していた。俺は、俺は……
「そうですか。――じゃ、頂きます」
言って少女は俺の額に手を乗せる。先程のようなソフトタッチでなく、俺の額に浮かぶ汗に吸い付くように、ぴとり、と。
何をする、と思う間もなく。俺の体がぐらつき、その次に俺の意識がふわりと宙に浮く感覚がした。体に意識がありながらも、その体が俺のものでないような奇妙な感覚。気持ち悪いと純粋に思った。
意識が途切れはじめ、やがて完全に消えようという、その時。
「きゃッ!」
急に少女が悲鳴をあげ、その手の平が俺の額を離れたかと思うと、急に俺の体は自由になった。一気に頭に血が回るのがわかり、足がふらつく。目を擦り、少女の姿を確認する。少女は何者かの手によって、肩を掴まれ、体ごと俺から引き離されていた。少女は、話してください、などとばたついているがその体を掴む人間は意にも介さず。鼻歌でも歌うように。
背後に立っていたそいつは、
「……。あ、お前は」
家で冷気を泥棒しているはずの赤髪が、汗を垂らしながら涼やかな目で立っていた。
しばしの沈黙、そして男はため息をついた。
「暇、なのか。お前は」
男は、俺でなく少女に言った。少女が首を傾げると、男は舌打ちをしながら少女を睨む。
「日光が目に痛い。早く帰ろう」
と、俺と少女に呼びかける。その時男は、少しだけ声を張り上げた。まるで周りにも聞こえるように。
「いくら洗濯をしたくないからってこれはないな?」
男がそう言いながら俺に目配せをする。はあ? と少女は目を丸くした。ああ、そういうことか。なんとなく察することができた俺は奴に感謝しつつ。
「そうそう俺もこいつ……ええと兄さん、も母さんも忙しいんだから。家族皆のとは言わないけど自分のぐらいはな」
「え、え?」
「さーて帰るかー」
わざとらしいくらいに大声で言うと、周りの視線が消えていくのがわかった。ただの兄弟喧嘩とでも思われたのか。正直三人とも似ても似つかないしそもそも一人は外国人だし、先ほどまでの雰囲気も相まって、兄弟と思ってくれたのは奇跡に近いな。というか、そこまで深くは考えなかったんだろう。所詮、他人だ。
少女を脇に抱え、じたばたするのを無視し、とりあえずの帰路についた。黙々と家に向かうその間、人気のない住宅街で、少女は突然声を上げる。
「あのッ、放し、放してくださいっ」
俺の腕のなかで、少女はじたばたと。
「ほらよ」
「きゃんっ」
少女を解放すると、くるくると回ってその場にぶっ倒れた。
「なにするんですかっ」
言われたとおり放しただけなんだが。まあ、悪意があったのは認めるから、それは言わないでおいた。
「なんであんなウソつくんですか!」
「さあな。後ろの奴に聞いてくれや」
俺としては無論あの場を切り抜けたかったから感謝しかないが。後ろの奴はわざわざ俺について来て俺を助けるような真似をして。よくわからないが、まあ、よくわからない奴だからな。ちなみに後ろの奴はなにやら携帯でどこかに連絡をとっていた。会話内容まではこっちの耳には入ってこない。少女は、先ほどまでの殺気が嘘だったかのように穏やかに俺の背後をピッタリ、とてとてと付いてくる。俺は少女に聞いてみた。
「お前、なんで俺の命を狙う?」
「なんでって、言われたからですよ」
「驚いた……暗殺者か……」
「あ、いえ、私、中央中学に通うただの中学生です」
中央中学と言えば、まあ中央中学だ。この共和制日本のある、四国島の……四県の、徳島県と香川県の境ぐらいにある、山の中の大きな中学校。全寮制、だったかな。友人がそこ出身だったので、全寮制中学校が珍しくいろいろと話を聞きだしていた。
……で、家に帰ってきて。クーラーと、結婚したくなった。家にいるのは相変わらず奴と、俺と、
「わたし麦茶がいいです」
「なんでいる!?」
謎の少女だった。命を狙ってきた女とかを家に招くなんてかなり危険なんじゃないか? なあ。
「…………………………ぐー」
頼みの綱の奴は即効で寝ていた。たしかに、こいつはよく寝る。他人のベッドを無断で占領する。とはいっても、ここまで……。しかも床の上に、力尽きたように。……万事休す。とりあえず床の上に寝させるのはさすがにあれだな、ソファにでも運んでおこう。そう思って体を抱えるようにしてソファに運んだ。結構乱暴に動かしたつもりだが起きる気配はない。よほど寝つきがいいらしい。……しかし、あれだな、こいつ、結構、見た目以上に、重い。……怒られそうだから言わないけど。
「……なああの、……いや、名前は」
「はい、谷川悠里です」
「悠里ちゃんね。男二人のいる部屋に一人いるなんて君はなんて無用心なんだろう」
……ん、谷川? ……いや、まあ、そこは触れないでおこう。
「……一人は寝てますし。それとも、あなたはロリコン趣味でも?」
「なんだよその目は! 帰れっつってんだよ汲み取りやがれ!」
「……目的を果たすまでは」
「知るかあああああ!」
もう怒った。俺としてはこいつの事情なんざ知ったこっちゃないし、貴重な高二の夏休みを奪うようなことはしないでおいてほしいのである。横でグウスカ寝てるだけならまだ、いい。しかし何が目的だ、俺がそれに巻き込まれるようなら俺は断じてそれを拒否しよう。暗殺者の身空で恥ずかしげもなく人前で人を殺そうとする変態と、俺は関わりたくはない。
「帰れ!」
「いやです!」
「いいから! 帰れ!」
「いやったらいやです!」
強情な! もうここまできたら何がなんでも帰ってもらわなくてはならない。俺は遂に、俺のもつ能力を発揮することを決心したのである。
俺は大きめの溜息をつくと、右手を握りしめた。少女はあからさまにびくりと肩を奮わせるが、すぐに眉尻を釣り上げると、脅しですか、と声を張り上げた。脅しなんて、とんでもない。これは、
「強制退去命令だ」
言いながら、俺は少女の体にとびついた。先ほど少女の驚異的な身体能力を見たあと故、不安はあったが、とにかくこういうのは先手必勝である。体を硬くさせた少女の頭をがっつりと掴む。少女は目を見開き顔を歪め、やめてくださいとつぶやいたが、俺は無視をした。
そして、少し右手に集中する、右手に全神経を集めるように。その間わずか二秒、少女は固まったままだった。そして少し念じると、
「――ッ、ぁ、――!」
少女はすぐさま顔を青くし顔を歪め、はあはあ、と息を荒くする。そして俺の手を振り払うと、転がるように俺の家を飛び出していった。
戻って来るような気配はなく。
「……ふう」
胸を撫で下ろして、溜息をひとつついた。
「ちくしょう。あんなチカラ、使いたくねぇってのに」
そうやって独りごちると、眠っていた奴がのそのそと起きて来る気配がした。振り向くと、眠たげにしきりに目を擦っている。
「終わったか」
「……起きてたのか?」
「いいや、あの子供がいないから追い払ったんだろう、その力を使って。少し顔色が悪い」
「……、」
ぐっと口を閉ざす。別に谷川悠里を追い出したことに負い目があるわけでは、なく。
「そのチカラを俺に押し付けたのは誰だ、ってこった」
「……」
「……ま、いいんだけどな」
奴はいつもの無表情で黙りこくってしまった。
読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字がございましたら教えてくだされば幸いです。