【反抗期へ…】-第二話-
『やっぱり! 誘拐犯!』
無視して、近くの民家に逃げるように!と、学校で教えてもらったのを思い出し、
「わぁ〜〜」
と、前だけを見て、耳を塞ぎ、大きな声を出して友達の所まで走った。
「どうしたの?」
「なんかねぇ! 誘拐犯みたいな人がいるの!!」
「え〜〜っ! どこに?」
二人で振り返ると、車は走り去った後だった。
「学校行ったら先生に言おうね!」
顔を見合わせ、二人で学校へ急ぐ。
急ぐといっても、女の子二人ともなれば、話に華が咲く。
歌を唄ったり、当時、大好きだった芸能人の事を話しながら、楽しく学校へ行く。
学校へ着いた頃には、朝の出来事なんて、頭の中から消えていた。
何事もなかったかのように授業も始まり
一時間目が終わり
二時間目が終わり
三時間目の授業が終わりになると……
担任が、わたしにコソッと耳打ちした。
「美女ちゃん。家の人が迎えにきてるの」
「帰りの準備をして」
「えっ?」
何だろう?こんな事始めてだ。
「どうしたの?」
「なんで帰っちゃうの?」
友達も心配してくれてか、周りに集まる。
「わかんない……」
そう答えるしかなかった。
帰りの支度をし
「なんだろね? どっか買い物でも行くのかな♪」
「明日は、いっぱい遊ぼうね♪」
不安そうに見守ってくれる友達に明るく挨拶をし、先生と一緒に職員室へ向かった。
母が座っていた。
「お母さん、お待たせしました」
「すみません。後ほど連絡いれますから」
「はい。わかりました。美女ちゃん、さようなら」
「さようなら」
母の後を、小走りについていき、父の運転する車に乗りこむ。
母も、父も黙っている。
「どうして早く帰るの?」
「おじいちゃんが、危篤なのよ」
「きとく? ってなに?」
「死んじゃうかもしれないのよ」
「えっ! 死んじゃうの?」
祖父は、糖尿病の合併症からか、全身を病魔に侵されていた。
入退院を繰り返し、とても痩せてしまっていた。
わたしは、優しかった祖父を思い出していた。
祖父がわたしによく言っていた言葉。
「美女は、どんな事があっても、お母さん、お父さんと、仲良くしてな」
「お母さんも、お父さんも、美女が一番可愛いんだよ」
この前、面会に行った時にも言ってたなぁ…
そんな事を考えながら母に
「おじいちゃん……助かるよね……」
「まだわかんないよ!」
「でも、じいちゃんもねぇ……なんで、こんな時に……」
わたしが、ボソッと言った一言に、母は、何だかイライラしてるように思えた。
『なんでこんな時にって……』
おじいちゃん、死んじゃうかもしれないんだから、こんな時っていっても…
心の中で、そう思った。
心配とか、悲しいとか、思わないのかな?
私は、とっても疑問に思っていた。
家の近くを通る時、わたしは思い出した。
「そうだ! 朝ね、ここに変な車があったの。」
「男の人が二人乗っててね……」
母の顔が一瞬、青ざめたような気がした。
「白い車かい?」
「そうだよ」
母と、父は、顔を見合わせる。
「美女。その事は、誰にも話すんじゃないよ」
真剣な顔で訴える母に、わたしは頷くだけだった。
『どうしよう……もう友達に言っちゃったよ……』
凄くいけない事を言ってしまったのかも……秘密じゃなくなっちゃうもん……どうしよう……どうしよう……
自分が、犯罪者になったような深い落ち込みで、胸が苦しくなって、ドキドキした。
『きっと、すごい秘密なんだろうな』
『もう、誰にも言わないにしよ!』
祖父も、わたし達の到着を待つかのようにして亡くなった。
それから夢乃家は、葬儀の準備に追われた。
親戚も集まり、詩織おばちゃんも、和美おばちゃんも来た。
葬儀だというのに、わたしは、人が、沢山集まる事にワクワクしていた。
いつもと違って、一人になる時間が無くなるから。
けど、あきおおじさんは来ないなぁ。お通夜なのに……私は不思議だった。
親戚の人達は、ヒソヒソ、コソコソ、何だか、いつもと様子が違うのは、わたしにもわかった。
わたしは、テレビを見ながらも、皆の話が気になって、耳だけは、親戚の人の話へと
『あれ? なんだろう?』
『みんな、あきおおじさんの話をしている』
「これからどうなるのかしらねー」
「よし子さんも苦労人だねー」
「葬式にもこれないのかしらねー」
わたしは、何の話だかサッパリわからなかったけど、大変な事が起こってるんだろうなぁ。とは感じていた。
――お葬式の日――
『あっ! あきおおじさんだ!』
頬がコケ、痩せたおじさん。
目だけギラギラしていて、ヨレヨレの洋服を着て、健康な人には見えなかった。
母が用意しておいた、黒の背広を着て、線香をあげる。
そんな姿を、親戚の人も、近所の人も、横目でチラチラ見ては、コソコソと話していた。
あきおおじさん本人には、誰一人話しかけない。
わたしも、遠くから見ているだけで、近くには行けなかった。
葬式も終わり、気がつくと、あきおおじさんの姿がない。
「お母さん、あきおおじさんは?」
「ん? 仕事が忙しいんだよ……」
それだけ言って、忙しなく動き回っている。
これは、聞いてはいけないことなのかなぁ……と思い、わたしは黙った。
――それから数週間後――
近所の友達に
「おまえんとこの、おじさん、悪い事して捕まったんだろ!」
と言われた。
「えっ! そんなことないよ!」
「だって! うちの親が話してたもん!」
あきおおじさんが、警察に捕まった!と、友達から言われた。
わたしは、何も聞いてない……
「何して捕まったんだ?」
「ドロボーじゃねーの?」
「美女もドロボーするんじゃねーの?」
みんな、好き勝手な事を、面白半分に言ってくる!
「ドロボーじゃないもん!」
それだけ言うのが精一杯だった。
涙を風で拭ってもらいながら、走って帰った。
母も父も、わたしに隠してる……
本当なんだろうか?でも聞けない……
隠してるって事は、わたしが知っちゃいけないよな……
わたしは今まで通りにした方がいいよな……
知らないフリをしていなくちゃ!黙ってなくちゃ!
そう心に決めて毎日を過ごした。
そんな出来事があった頃、わたしの心にも、体にも変化が起きた。
三年生の夏休みだった。
心も体も成長が早かった私は、三年生で初潮を迎えていた。
身長も155cmあり、胸も膨らんできていた。
クラス一と言っていいほど、オマセな女の子だったかもしれない。
成績も悪くは無く、家では明るくヒョウキンな娘、両親も、わたしの事以外に、考える事もあったみたいだし、わりと放任だった。
今思えば、両親といっても、わたしの、祖父母に当たる人だ。
友達の両親と比べ、子供との付合い方が全く違うのは、仕方ない事だったと思う。
自分の、娘や息子みたいな人と関わるのだから……
でも、その当時のわたしには、そんな事、理解なんてできる訳もなかった。
両親は、当時の流行にも疎い、友達の親との交流も無い、歳もとっている……
授業参観、運動会、誰の親も、我が子!我が子!と夢中になる。
そんな両親をみて子供たちは
「ったく〜来るなよ〜」
「恥ずかしいだろ〜」
なんて言いながらも、それは皆の前の照れ!
誰もが、そこで、両親の愛を感じていたのだろう。
そんな学校行事でも、うちの両親は違ってた。
「お母さんは歳だから…」
と、いつも隅っこに居たり、来なかったり……。
そんな母を見て
『だったら、産まなきゃ良かったじゃない!』
『あたしだって歳とった両親なんて嫌よ!』
と、口には出さずにいたが、いつも心の中で思っていた。
それだけではない。
わたしが両親へ反抗するまでになった思い……
うちは、仲のよい家族のようで、わたしだけが浮いてるような感じ、疎外感のような……
なんともいえない雰囲気があった。
『どうせ、わたしには言えない事があるんでしょ! 家族ぶって!』
『他人に言えない! 家族にも言えない! 秘密が多すぎるんだよ!』
そういう思いが一杯になった時、両親の前で良い子ぶってる自分も嫌いになり
『この人達に嫌われてもいいや! 捨てられてもいいや!』
両親に依存していた気持ちが、フッと無くなり、一番に友達を大切に思うようになった。
わたしは、もう、友達しか信じない!
そう思ってしまってからは、両親への態度が急に変わっていってしまった。
そんな事とは知らず、いつもと変わらない両親
たぶん……それは……
『親に捨てられた、わたしへの同情』
だったのであろう。
欲しいもの、やりたい事、何でもと、言っていいほど、受け入れてもらえていた。
友達が家に遊びに来ても、両親も居ない事が多いし、居たとしても、わたしに友達が多い事を喜ぶ。
何人来ても、何時までいても、文句がでない。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないかい?」
そう言われる時もあったが、わたしは、友達が大切だった。
大切な友達との時間を、あんた達に邪魔されたくない!
という思いが強くなっていた。
「いいの! 関係ないでしょ!」
と言う、わたしの一言で黙る母。
いつしか、家は、溜まり場になっていった。
その頃、初めて恋をした。
いつも遊ぶグループ、女の子三人、男の子三人、その中の一人の男の子……I君。
「美女、付き合おうよ〜」
「うん」
そんな簡単な始まり。
付き合うって事の、本当の意味なんてわからなかったが、他の男の子よりは、特別な存在であったことは確かだった。
その日から、二人で手紙の交換が始まり交換日記へと変わった。
『大好きだよ』
なんて事を、書くだけでもドキドキだった。
夜、電話がかかってきたりすると、緊張で話せなくなったりもした。
学校では普通に話せるのに……不思議だな……
学校で、グループで遊ぶときも、Iの隣はわたし。
Iの自転車の後ろに乗るのもわたし。
クラスの子と喧嘩してても助けてくれるのはI。
そのうち、クラスでも、誰と誰が付き合ってる。
なんて話もでてきて、彼と彼女の交換日記が流行った。
漠然とした思いだったけど、特別な男の子の存在が心地よくて、守ってもらえるような、居心地の良さに満足していた。
その頃…
わたしの家にも変化がおこったのだ……。