【事件の前兆…】-第一話-
父、母、祖母、祖父、の愛情を受け、私は、小学校へ入学。
おじさんは、『きみ子』さんという、私の知らない女の人と暮らしていた。
きみ子おばちゃんは、私に優しかった。大好きな、おばちゃんだったのに。
――学校生活にも慣れてきたころ――
わたしの祖父には持病があり、入退院の繰り返しをしていた。
祖母は病院の付き添い、父と母は、仕事で暗くならないと帰ってこない。
そんな生活が当たり前になっていた。
農家の家は、広いだけ広くガラーンとしている。
「ただいま…」
独り言のように、小さな声で呟いて、家に入ろうとすると、猫が「ニャーン」と出迎え。
それが何だか、嬉しかったような……寂しかったような……。
近所の友達と遊ベない時は、父と、母が居そうな畑を、歩いて探しにいったっけ。
一番遠い畑が、歩いて30分位のところだった。
おやつを持って、その畑まで、チョコチョコ歩いて行った時
「危ない! 一人で来ちゃダメ!」
と叱られてから、家でおとなしく待つようになった。
本当は、学校であったことなど、沢山話したかった。
でも、皆、忙しい……。
どこかで諦めもあったし、まだ幼かったわたしは、こういうもんなんだろうな!と思い、生活をしていた。
薄暗くなってくると、父と、母が帰ってくる。車がブーンと入ってくると
「おかえりなさぁ〜い」
安心感と、寂しさから急いで迎えに出る。
「ただいま〜、ほら、ほら、家に入ってな。」
「後で、遊んでやるからな」
養豚業もしていたので、家に帰ってからは、直ぐ近くの豚舎へ、餌をやりに行く二人。
「一緒にいくぅ〜」
長靴を履いて後を追う。
わたしは、家でTVを見て待つより、臭くても、怖くても、父と母の近くに居た方が良かった。
親豚は、餌の時間に豚舎に入ると『キーキー』という物凄い泣き声と、今にも飛び出すんじゃないか?というくらいの勢いで、身を乗り出してくる。
「美女〜危ないから、家でTVみてなさい」
「ほら! ほら! 邪魔になるから」
結局は、家に帰ってTVを見ながら宿題をする。
『豚なんて居なきゃいいのに……』
『お母さんと、お父さんは、あたしの事を嫌いなのかな……』
そんなくだらない事を考えることも多かった。
全て終わって家に入るのは、七時頃。それからも母は、夕飯の準備、お風呂、洗濯物と忙しい。
わたしの入る隙なんてない。
唯一、一緒にお風呂に入った時に、話をする事ができた。
「あのね、今日ね」
ニコニコ話しを聞いているような、聞いてないような母。
怒ることもせず、文句を言う訳でもなく、いつも笑顔の母。
でも、居眠りしちゃう時の方が多かったかもしれないな。
――ある夜――
「お義母さん! お義母さん!」
玄関で騒ぐ、女の人の声がする。母は急いで玄関の鍵を開ける。
「あらぁ〜どうした?」
おじちゃんと一緒に居る、キミコおばちゃんだ。
「あきおさん居ませんか? あきおさ〜ん、居るんでしょ?」
化粧もしていなく、髪はグシャグシャで、家の中に向かって叫んでる。
いつもの優しいおばちゃんではない。
なんだか……鬼のように見えて怖かった。
「あきおは居ないよ。キミコさん、一緒じゃないのかい?」
「一緒も何も、ここ何日と、帰ってこなかったんですよ! そしたらさっき、荷物持って出たから。ここでしょ!」
「いないよ。ここには」
「えっ? いない? じゃー女よ! あきおさん女がいるのよ!」
キミコおばちゃんは、地べたに座って泣いていた。
「外じゃなんだから入って。」
そう話しをしていると……
おじちゃんの車の音がした。
「何やってるんだよ!」
暫く来なかったおじちゃんは、凄く変わっていた。
たまに来て、一緒にお風呂に入ったり、トラックに乗せてくれたりした、優しいおじちゃんではなくなっていた。
幼心に、嫌な事が起こる気がして怖かった。
「美女! 明日は学校だからお風呂に入りなさい!」
母が、強い口調で言った。
キミコおばさんは泣いている……
あきおおじさんも、怖い顔をして立っている……
『きっと、わたしは、ここに居ちゃいけないんだ……』
『どんな話するんだろう……』
兄妹も無く、大人と接する時間が長かったせいなのか?
幸か?不幸か?自然に大人の顔色を見て、自分はどうしたらいいか、判断ができるようになってしまっていた。
病院から帰ったばかりの祖母と、一緒に風呂に入ったが、わたしは、話が気になって仕方ない。
祖母も同じ気持ちであったであろう。二人とも、耳は風呂場の外の声に、集中しているかのように、黙って湯船に入っているだけだった。
途切れ途切れに聞こえてくる怒鳴り声……
それを抑えるかのような父と母の声……
「ばぁちゃん……のぼせちゃう……出てもいい?」
「ん?あ……あぁ、出ようか」
祖母の返事から、完全に耳は居間の声を気にしてる事が伝わった。
二人同時に上がり、急いで着替えて居間へ行った。
「なんでよー! どうしてー!」
泣き叫ぶキミコおばさん。
「うるせーな! テメーの兄貴に聞けよ!」
「ぶっ殺すぞ! 帰れ!」
罵声を浴びせ続けるおじさん。
「お腹の子どうするのよー! 産んじゃいけないの?!」
「そんなもん! テメーが育てられるのかよ!」
「そんな……酷いじゃないの……」
「あきお! 何を考えてるんだよ! キミコさんも落ち着いて!」
父も、母も、声を震わせながら、今にも手をあげそうなおじさんを制止する。
「うるせーな! オメーラは黙ってろ! こんな話はいいから金くれよ!」
「頼むよ! 今日中に必要なんだよ!」
「金? いま必要なのか?」
「だから頼んでんだろ! 早く出せよ!」
わたしは、こわくて、祖母の手をギュッと握っていた。
その時だ!
「美女! いつまで起きてんだよ! 早く寝ろ!」
おじさんのギラギラした、いつもより何百倍も怖い目で、にらまれたわたし……
普段は、一人で寝室になんて行かないというのに、その時ばかりは、一人で逃げるように布団に入った。
布団に入っても、眠れる訳もなく、心臓はドキドキしている。
何も聴こえないように耳を塞ぎ、背中を丸め毛布に包まる。
『こわいなぁ……お母さん来てくれないかなぁ』
寂しさと、恐怖で涙がでてくる……
『誰でもいいから……早くきて……一人は嫌だよ……』
その時!
ガシャーン!
ガラスの割れる音がした。と、同時に車のエンジン音。
わたしは耳を塞いでいた手の力をゆるめ、毛布から顔をだした。
「キミコさんごめんね。馬鹿な息子で申し訳ないよ」
「お義母さん……わたしは、もう一緒にいられない……」
「このまま居たら殺されちゃうかもしれないし……」
「キミコさん、ちょっと待って! 子供の事もあるし、少しここに居たら?」
「……。」
おじさんの声は聞こえなくなった。
わたしは、おじさんが帰ったんだと、思うと安心したのか、知らないうちに眠ってしまっていた。
朝、目覚めると、いつもと変わらぬ朝
「あれ? キミコおばちゃんは?」
「帰ったよ……」
「さぁ、そんな話はいいから、早くご飯食べて! 学校遅れちゃうよ」
「うん…」
お母さんの目……なんだかおかしいな……
昨日の夜、泣いていたのかもしれない……子供心に感じた。
『お母さん、悲しそう……わたしが笑わせてあげなきゃ!』
朝からテンションをあげ、朝御飯を食べながら、近所の人のモノマネをしたりしていた。
「あはは! まったく〜美女は漫才師にでもなったら?」
「漫才師〜?! 美女は歌手になりたいのぉ♪」
『良かったぁ! お母さんが笑った!』
わたしも笑顔になっていた。
「あっ! 遅れちゃう〜行ってきまぁす」
「ほら! だから言ったでしょ! 車に気をつけてね」
玄関の戸に手をかけ気付いた。
『ガラスが割れている……あっ! 昨日の音は、これだ!』
『何でもないよな! 気にしない! 気にしない!』
さほど気にする事もなく、家をでた。
門を出た直ぐのところに、止まってる車があった。
知らない男の人二人が乗っている……
田舎のこんな道に?なんで止まってるんだろ?めずらしいなぁ
『もしかして! 誘拐犯かも!』
『そんな、わけないかぁ!』
友達と待ち合わせの場所まで行くには、そこを通らなくては行けない。
急ぎ足で、車の横を通り過ぎようとすると……
「おじょうちゃん!」
車の中から顔だけ出した男に呼び止められた。