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逆異世界転移は周到に

「コウスケ先輩、なるべく危険なことはしないでくださいね。困っている人がいても近寄らないでください」


 こんなことで、殺される危険性を抑えられるとは思わない。自分でもお粗末な作戦だと思う。


「わかった。そちらは問題なさそうか」


「ええ、大丈夫です。もう少しで先輩のいる家に着きそうですよ」


 作戦はこうだ。


 私が機器を外し(通話ができる機能がついているものは外さない)コウスケ先輩の家に向かい、コウスケ先輩のもとに誰か来るか見張る。見張っていた時、現実世界で何も起こらずに死んだならばVRの方に問題があり、見張っている最中に何かが起きたならば、それをなんとかすればいい。


未曾有の災害とかではなければ、取り押さえられるから後者であってほしい。それに、現実にいや、これは建前だ。現実に人間が現れて害そうとしている方がヒリついた感覚を知ることができる。だから私は後者であってほしいのだった。


 それにしても、文明が発達しても満員電車は解消していないんだな。私がいた世界では少子高齢化だなんだと騒がれていたが、こうも働き盛りの人間が多いという事は、こちらの世界ではそんなことはないのだろうか。それならば、喜ばしいことだ。人が多ければ多いほど、多くのトラブルが生まれ、多くのドラマを生むのだから。


 と、後ろの人の荷物に自分の背中があたった。押し合いへし合いのここでは、そんなに珍しいことではなかったが、とにかく暇だった。(窓から見える巨大なUFOや空飛ぶ車を見ることに飽きるのは案外早かったのだ)ので、背中にあたっている荷物が何なのかをあてようかな、と思った時だった。


 後ろからジッパーを開ける音が聞こえてきた。


 自分は扉側に体を押し付けられていたので、ジッパーを開け、後ろの人物が何を取り出そうとしているのかわかった。


 それは、あまりにもばかげた見た目だった。色は黄色、形はまるでレモンを銃に無理やり変換させたセンスのなさ、そして何より…


「お前ら! 動くんじゃねえ! こいつの命がどうなってもいいのか!」


 そう言って彼が私を掴みながら発砲したそれの音は「ピューン」だった。馬鹿げているにしてもほどがある。


 だがその威力は大したもので、金色の光をその間抜けな音とともに発射したそれは電車のその光にあたった箇所を溶けさせた。穴が開いたところから線路が見える。


「よくもまあ、人のいないところに発砲できたものですね、そのクソダサい銃を。エイムの良さだけは褒めてあげましょう」


 言いながら、みぞおちに肘を打ち込むと、相手は崩れ落ちた。その隙にレモン銃を奪取する。


 その隙に、乗客たちは他両へとドタバタとした音をたて、ほこりも同時に巻き起こしながら嵐のように去って行った。


 すし詰め状態だったそこは、瞬く間に二人だけの世界となった。


「さあ、観念するんだな」


 レモン銃を彼の額に当てながら、私は言う。


 彼は、絶望した表情を見せるかと思っていた、が、見事にその予想は裏切られた。彼は自分が圧倒的に不利な状況にいるにも関わらず、不敵に笑っていた。


「お嬢ちゃん、そう決めつけるにはいささか早いんじゃないかい?」


 彼は、瞬きの間にリモコンのようなものをポケットから出し、それを押した。


 すると、遠くに見えていた巨大なUFOがこちらにごうごうという轟音をたてながら近づいてきた。


「あばよ! お嬢ちゃん!」


 そう言って男は電車の窓から飛び降りた。窓から身を乗り出して後ろを見ると、いつからあったのだろうか、車が電車の横にぴったりと張り付くようにしてあり、それに乗って男は逃げて行った。


「どうした! 何かあったのか!」


 ここで、完全に忘れていたコウスケ先輩から声がかかってきた。


「多分説明してもわからないと思います。そして、先に謝っておきます。すみません、コウスケ先輩の家には行けません。私は今、この街、いや、市の命運を握っています。コウスケ先輩のことは確かに心配ですが…。少し時間が欲しいです。今、私が行動しないと、恐らく未来ある人々の未来を奪うことになってしまいます」


 コウスケ先輩はしばらく黙っていた。その間に私は電車の窓を蹴り、近くにあった空を飛んでいる車のボンネットに着地した。


「そうか…。わかった。ヨウタ、きみに俺たちの市の運命を任せる…。必ず、生きて帰ってこい。お前が俺の家に来るまで、俺は必ず生き残る。だから、通話は必要ないな」


 最後にコウスケ先輩は「通話はお前のノイズになるだろう?」と少し笑った。


「コウスケ先輩…。貴方の献身に報いるよう、精いっぱい努力させていただきますよ…!」


 私はもう通話を切っているから聞こえていないだろう。だが、そう言わずにはいられなかった。この雲一つない晴天と言われる気候の中で。彼の高潔な犠牲精神への大いなる祝福と感謝を…!


「さて、すみませんが、運転席を変わってもらいますよ」


 そう言い、運転していたロボットを助手席に座らせる。どうやらこれは無人タクシーのようだった。どおりで、私がボンネットの上に飛び乗っても悲鳴が聞こえなかったわけだ。


 …困ったな、ここまで来たのはいいものの、運転の仕方がわからない。ハンドルは付いているが、アクセルとブレーキ、その他もろもろがこの車にはついていなかったのである。というか、ついていても元居た世界でも無免許な私には扱えない代物だという事に今、思い至った。


 いや、アクセルならある! 心にアクセル! 私の心にアクセルがあるじゃないか! 精神エネルギーを燃やせ! 飛べる! 自分ならできる! 行くぞ! 渡辺 陽太!


 途中からその声は心の外から出ていた。そうして、車は、まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに動き出したのである。


 その速度は地球の公転だか自転だかが作り出す太陽の上がり沈みよりも早かった!


 忘れてしまえ! 先ほどの運転が何たるかをわかっていなかった自分を! それは私を惑わせる悪い悪魔が吹き込んだ迷いだったのだ! 


 空に浮かんでいる様々な大きさの車やUFOをすり抜け、あるいはかすりながら、走る、走る。駆け抜けた!


 その最中、驚きに目を見開く者、かすられ、機嫌悪くしている者、恐怖で顔を強張らせる者など、とてもここでは書ききれないほど大勢の人間の多種多様なドラマに満ちた表情であふれていた。


信じたまえ! 自分の心臓に流れている光輝を! それこそ、私を走らせる力なのだ!


 途中、こちらを向いて無機質な声でロボットが私に尋ねてきた。


「私はこのタクシーを運転しているタクシー運転23型ロボットです。これは深刻なエラーですか?」


「これは深刻なエラーではない! これは多くの命をかけた伝統的営みなのだ!」


 それに対し、私は返答をよこした。


「いえ、これは深刻なエラーです。通報させていただきます。車の走行をやめてください」


「まだ私にはやるべきことがあるのだ!」


「今すぐ車の運転を辞めましたら、罪が軽くなります」


「私にはアクセルがあってもブレーキは存在しないのだ! いけぇぇええええええええ!!!!!!!!!!!」


 気づけば私は肺が引き裂かれ、喉がただれるほど叫びながら車を運転していた。だが、そんなことは、些末事なのだ!


「説得不可能と判断。スリープモードへと移行します」


 こうして、悪は絶対的正義の前に敗れ去ったのである。


 そして、当然だが、男が運転していた車は手を伸ばせば届く距離にあった。


「お久しぶりですね!」


 窓の開け方など拳で割る以外にわからぬ! 私は二枚の窓ガラスを割った。二人の間には空気以外の障害物はなかった。


「お、おじょうちゃ「私は26歳成人男性車運転取得済み社会適合者です! あなたとは違って! よくも無免許で電車をジャックしようとしてくれましたね! 年貢の納め時です! 耳をそろえて出してもらいますよ!」


 男性器がない人間を男性と呼んでよいのかどうかはわからないが、私が自分のことを男だと思っている限り、私は男なのだ!


「だがな、お嬢ちゃん、いや、お坊ちゃんか? もうUFOの近くに俺たちは来てるんだぜ? つめがいつも甘いな!」


 そう言い、男は確かに目の前に来ているUFOへと身軽に体をもちあげ、乗り上げて行った。


「なんて外道だ! 電車のみならずUFOまでも無免許運転を!」


 私の乗っていた車は私がUFOに乗り上げたとたん、目で追えない速さで走りぬき、このUFOのどこかに追突し、散っていった。私の車にふさわしい最期だった。


「げぇっ、まだついてきているのかよ!」


 男は顔をゆがめてより一層早く走り抜けた。それはまるで処刑場にいる友のために走る文学作品の主人公のようだった!


 ああ、これは楽園的な快楽だ! 幼少期にウサギを追いかけた記憶が走馬灯よりも早く駆け巡って行った!


「貴方が存在する限り、私はあなたを追いかけると誓いますとも! ええ! 私の心に誓って!」


 男は、自動ドアを突き破り、会議室と書かれた扉を開けた。


 そこには、大勢の髪の毛の薄い男たちがそのバーコードのような頭を突き合わせ、考え事をしているようだった。


 その男たちは、時折、コウスケ先輩のアバターが映った画面を眺めては、手元にある装置を恐る恐る押そうとしていた。


それは、私たちという名の時代の嵐がやってきたことで止まった。


 なんだか嫌な予感がしたので、その装置めがけてレモン銃を撃ち放った。見事、素晴らしいエイムだ! 装置は色とりどりの火花を上げ、再起不能になった。


 大きなざわめきがそこで起こった。


「煩わしい! あとで事情聴取をさせていただきますから、それまで黙って首でも洗っていなさい!」


 そう言うと、バーコード達は全員押し黙った。私は再び、男の追跡を始めた。


 男が割った窓へと身を滑らせると、外から吹き込んでくる薫風の強さを理解した。


 そして、数メートル先には男がいた。


 男は、交渉を持ち掛けてきた。


「まて、ここは男として3つ数えて「うるさいですね、私は男じゃないので関係ないです」


 そうして、男はレモンで肩を貫かれ、持っていた銃を落とした。再起不能である。


「ふっふっふ、お坊ちゃん、お前はこれで終わりかと思うのかい?」


「なにっ!?」


「この船は、きみがあのバーコード達をしばいている間に俺によって、この街の主要施設の上に落ちるように設定されてしまったんだぜ」


 そうか、この乗り物はUFOではなく、この世界では船と呼ばれるのか。


「おいおい、どうした? あまりの出来事に泣いちまうか?」


「いえ、そんな面白いことを引き起こしてくれたのか、この人は、という尊敬ですね。貴方は素晴らしい人だ。ありがとう」


 私は、空に手をかざした。


「特にあなたに教えても私にいいことはありませんが、教えてあげましょう。私は異世界転移者なんですよ」


 「なので、チートが使えるわけです」と言っても、愚かな男はイマイチ状況がのみ込めていないようだった。


「チートとは、神の御業! 神とは私! 私の名のもとに、私にこのUFOを制御する力を与えたまえよ!」


 天空に向かって、手を掲げると、快晴だった空にみるみる暗雲がたちこめ、私のいる場所だけに太陽の光がたちこめた。


 そして、私の手の内に黄金色に輝く剣が現れた。


「名づけよう! この剣の名は『グラディオス・オーチェス』!」


 その剣はUFOにその太陽の光に愛されたような反射光を浴びせた。


 まるで、小麦畑にいるような心地になった。唐突に強烈な郷愁のシャワーを浴びせられた気分になった。






「と、いうことがコウスケ先輩と通話を切っている最中にあったんですよ」


 コウスケ先輩は、うなずいた。


「そしてこちらの髪の毛が後退している方たちがコウスケ先輩の命を狙っていた人間達です。なんでも『特殊能力を持つ人間の力をわが物にしたかった』とか。意味わかりませんね」


 UFOの内部にあった縄で縛った男たちを紹介すると、コウスケ先輩は「そうか。意味が分からないな」と言った。


「そしてこちらが、無免許運転の「柴田 博」さんです。無免許運転をすると警察に目を付けられるって言うのに、馬鹿ですねぇ」


「馬鹿ですね」


 私は、本の上にレモンを置いた。


 そして、横目で完全に空中で静止しているUFOを見る。それは黄金色の輝きを帯びていた。私が創った剣がそのUFOにしみ込んだ結果だった。


 この光景も見納めである。


 爪切りは、ヘアゴムを断ち切った。






 今度は、酷いめまいに襲われることなく移動することができたようだ。が、浮遊感が酷い。なぜならば、私は自分の経営する施設の天井近くに逆異世界転移(異世界転移から戻るとき、そう言えばいいのわからない為、こう表記させてもらう)してしまったからだ。


 さて、どうするべきか。そういえば、サザレちゃんが仲良くしていた地域猫は華麗な着地をしていたな。


 それを真似すればいいのか。猫の動きを人間が再現することは不可能だと思うが、プラシーボ効果というものを私は知っている。今、この瞬間だけ私は猫だ。


 私は何回かバク転し、講壇の一歩手前に着地した。いつも私が教えを説いている定位置である。


 そこにはいつも通り、私の教団の信者たちが居た。いつもと違うのは、私を探して椅子の窪みや扉の裏を覗いていることぐらいだった。


 彼らと話すために、咳払いはいらない。ただ、いつも通り話せばいい。


「すみません、心配させましたね。少し急用がありまして、こうしてあなたたちに何も知らせずにそちらへ行くことになってしまいました」


 信者たちは私の言葉を聞くと、安心したようで、へたりこんだり、涙を流したり、笑ったり、怒ったりしていた。多種多様なドラマだった。


「あ、ヨウタさん、ここにいたんですね」


 いつのまにか傍にいたサザレちゃんが声をかけてきた。


「そうだよ。まあ、色々あってだね」


 苦笑しながらそう漏らすと、サザレちゃんは少し眉をひそめた。


「私もヨウタさんが居なくなってから数時間、色々ありましたよ。信者たちから質問されて少し大変でした」


「まあ、いい経験だったでしょう?」


 今度は、サザレちゃんが苦笑する番だった。


「そうですね。将来的に役に立つかはわかりませんが、面白い経験でした」


 私はうんと背伸びをした。


「そっか。ところでさ、かき氷食べに行かないかい? 最近ここらでやってる祭りがあるだろう? そこに多分あると思うんだ。かき氷屋が」


「そうですねぇ。食べにでも行きましょうか」


 「これが俗にいう迷惑料ってやつですか? でしたら信者全員におごってあげてくださいよ」と言うサザレちゃんをしり目に私は言う。


「どうせならブルーハワイが食べたいなぁ。あの、香料で味付けしてるタイプのブルーハワイがさ」


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