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異世界転移は唐突に

「サザレちゃん、ヘアゴムってさ、ハサミでは切れるじゃん? けど、爪切りではどうなのかな」


 好奇心の発芽とは、唐突にやってきて嵐のように過ぎ去るものだ。この問いに返事されなくてもされても、どちらでもどうでもいいのだ。ただ、これを試したい。その欲求抑えるがための発言だった。


 私の目の前にいる女子高生…サザレちゃんは少し考えるそぶりを見せた。勉強を教えている時よりも考えていそうで、少し笑ってしまいそうになった。


 肩まであるウルフカットの髪をくるくると指で巻き付け、ルーズリーフに無意味にペンを走らせた後、サザレちゃんは返事をした。


「ヨウタさん、多分切れると思いますよ」


「そっか、ちょっとトイレ行ってくる」


「そうですか。いってらっしゃい」


 そう言うサザレちゃんをしり目に、席から立ち上がり爪切りを取って私はトイレに向かった。






「試してみようじゃないか。切れるか切れないか」


 左手にはヘアゴム、右手には爪切りを持って個室トイレの中でほくそ笑む成人男性(26歳)は私くらいなのではないだろうか。世界で特別な存在になった気がしてちょっと気分がいいね。


 そういったせんないことを考えながら、爪切りにヘアゴムを通す。そして、ぱちんといつも爪を切るときのように切ってみた。


 案外手ごたえ無かったな、というのが感想である。さて、好奇心は腹がはちきれるほど満たした。サザレちゃんの元に戻って勉強を教えなければ。


 そう思ったところだった。ぐにゃりと世界が歪んだ。まるで世界の全てがとろけたチーズのようにぐにゃぐにゃと形を変え始めた。


「えっちょ、えっ、なにこれ?」


 そう言ったのかもしれない。もしくは言わなかったかもしれない。それすらも曖昧になるほどぐにゃぐにゃと変貌する世界に、私は新たな好奇心が刺激された。






 ぐにゃぐにゃの世界が確たる線を得た頃、私は空を見上げていた。車酔いとかしやすい体質のさだめだ。


あれ、この場合、空は見ないほうがいいんだっけ。まあいいや。


 とにかく、空を見上げていると、晴天であることがわかった。そこに空飛ぶ車とUFOがあることも。


 これはなんなのだろう。自分は幻覚症状を引き起こすものでも服用してしまっていたのだろうか。


 いや、そういった連中とは関わっていない。ならば、私が見ているものはなんだろうか。


 うんうんと頭を捻り、導き出した答えはお世辞にもマトモだとは言えない者だった。


「ああ、最近はやりの異世界転移? 転生? ってやつか」


 そう考えた理由? 面白いからで十分すぎるほど十分だろう。


 さて、ここがもし異世界であるならば、仕事を探してみよう。何か面白いことがあるかもしれない。


頼むからこの世界よ、異世界で会ってくれ、私の好奇心のために。






「すみませんが、戸籍がない状態でできる仕事はございません」


 ここは、ハローワークだ。少ないとも多いとも言えない人数がここで私と同じように仕事を求めていた。


 私の目の前には、もといた世界とあまり変わらない服装をした受付嬢がいた。受付嬢以外も、私が元居た世界とそんなに変わらないものだった。


 ただ、ここは異世界で間違いなかった。私の戸籍がこうして存在していないことになっているのだから。


「いえいえ、大丈夫です。こちらこそお手数をかけてしまって申し訳ございません」


 まあ、わかっていたが、戸籍がないと仕事はできないようだ。なんて厳しい世の中なのだろうか。まあ、恐らくそのあたりは私がいた世界でも同じだろうから、本気でそう思っているわけではないが。


 さて、これ以上ここにいても、面白いことは起こらなさそうだ。去らせてもらうとしよう。


「あっ! ちょっと待ってください! ありました。戸籍がなくてもできる仕事…」


「なんですって?」


 踵をかえしかけていた足をとまらせた。


 いや、こんなに都合のいいことがあるはずがないと思いながら。


「これなんですけれど」


 そういって、受付嬢は一枚の書類を差し出してきた。


「やるんだったら、面白そうな仕事だよね」


 受付嬢には聞かれることのない小さない声で呟く。


 そこには「バーチャル空間で人助け! 応募した方には無料で機材をプレゼント!」と書いてあった。


 …まあ、これ以外にできそうな仕事はなかったし、戸籍があればもっと面白そうな仕事に就けたが。






 高級ホテルの最上階からは、街並みが見下ろせた。飛ぶ車にUFOのような円盤物体も見下ろせる。もしかしたら高度制限などがあるのかな、と思いながらキングサイズのベッドに飛び込んだ。


 なぜ、金のない私がここに泊まれているのかというと、このホテルの料金が後払いだったからだ。


つまり、私はこのホテルに泊まるだけ泊まり、この仕事が終わったら、元の世界に帰れば実質無料で帰れるのだ。なんと素晴らしいのだろうか。異世界万歳。


 ルームサービスのチョコレートを食べながらニュースを見ていると、チャイムが鳴った。どうやら、機材が届いたようだ。






 届いた機材は、VR機材のようなものだった。もっと近未来でSFチックなものが届くと思っていたが、割と見たことがあるものが出てきて少し拍子抜け、というか、ちょっと面白くなくなってきた。


 「そんなことはないよ」と自分に言い聞かせ、入っていた説明書を読みながら、機材の組み立てや初期設定をしていく。


 …ちょっと、めんどくさいなこれ。






「ここが仕事場かぁ」


 説明書に書いてあったのだが、どうやら自宅(私の場合ホテルだが)からこの「バーチャル空間」とやらに来て仕事をするらしかった。


なるほど、在宅ワークか。


うちの職場にも導入しようかな、と一瞬考えたが、自分がいるところには在宅ワークを望む人がいなかったことを思い出し、その考えは後まわしにしようと決意した。後まわしにするだけで、あとでちゃんと考える。救われる人は多ければ多いだけいいのだから。


 さて、在宅ワークの件を後回しにするだけの価値がここにはあるかな。


 周囲を見回してみると、どうやらここは中世風の施設みたいな…ああ、思い出した。よくお世辞にも完成度が高いとは言えない、ウェブ小説で出てくる「冒険者組合」みたいな建物の内部だった。


 おっと失礼、受付らしき場所に「冒険者組合」と書いてあった。


 ここにいる人間達の恰好は全て、中二病患者のような恰好をしている。


魔法使い某とローブを着た人間が三割、鎧を着て剣などを携えている人間が四割、それ以外はなんというか、うん、無駄に露出が多い恰好をした人間がいた。まあ、否定はしないよ。否定は。ただ軽蔑はさせていただこうかな。


 さて、自分の外見はどうだろうかと思い、窓ガラスを見ようとした時だった。


「きみは新しいバイトか?」


 声をかけられた。


 男だった。ここにいる人間達とは違う服装をしている。現実世界の清掃員のような恰好をしていた。彼の瞳をばれないようにのぞき込んでみると、自分も同じような恰好をしていることが分かった。


 なるほど、これが私たちの仕事服か。


 そして、もう1つ分かったことがある。現実世界の私と顔だちや体つきがあまり変わっていないということだ。このバイトに参加している人間達は現実世界の体をもとにしてアバターが作られているのだろう。


「そうです。これからご指導のほど、よろしくお願いします」


 頭を下げながら、「あれ、あってますよね?」と不安げな表情と声を出すと、相手は「あっている」と言った。愛想はないが、悪意がある人間ではなさそうだということがわかった。


 もうちょっと刺激のある人物が来てくれてもいいのに。


「俺たちの仕事は、文字通り困っている人を助ければいい。と言っても、どう助ければいいかわからないと思うから、説明させてもらう」


「ありがとうございます」


 笑みを浮かべながらそう言ってもあまりそちらの表情は変わらなかった。どこか張り詰めた表情をしたままだ。何か不安な事でもあるのだろうか。


「頑張って早く覚えます! それまでの間、どうぞよろしくお願いします!」


 そう言うと、相手の表情が少し変わったような気がした。まあ、愛想のいい後輩だとそうなるか。


「そうか。そうしてくれると助かる。では、外に行こう」


「外に、ですか?」


 小首をかしげながら質問すると(なんと、20代の私はこういったことをしたら相手に好印象を残すのだ。原理は謎である)相手は口を開いた。


「ああ、実践の方が覚えるのが速いからな」


 そう言い、帽子のつばを横にやると、冒険者組合の扉を彼は開いた。


「ありがとうございます、あ、えっと」


 ここで私は彼に名前を聞いていなかったことを思い出した。


「すみません、私の名前は『ヨウタ』と言いますが、そちらは?」


 彼は少し目を左に泳がせた。そのあと、こう答えた。


「『コウスケ』だ。すまんな、自己紹介を忘れていた」


「いえ、こちらこそ」


 ここで、口角をわずかに上げた。そして、一言付け加えた。


「これからよろしくお願いします、コウスケ先輩」


 ぺこり、とお辞儀をサービスした。少し相手の雰囲気が変わったような気がした。


続きは一時間後ほどあとにアップされます。

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