拝啓、皆様。幼馴染の魔法使い様に監禁されましたが、一緒に幸せになろうと思います。
目を覚ましたとき、天井は知らない模様だった。石造りなのに不思議と冷たくなく、淡い光が紋様の間をゆっくりと流れている。
「あ、起きましたか?」
声は近かった。低い割に柔らかく、耳の奥にすっと馴染む。安心させる響きだった。
身体を起こすと、ベッドの傍に座る美形と目が合った。長い銀髪、整いすぎた顔立ち、赤い目。血の色に似ているのに、不思議と嫌悪感はない。服装は、この世界には似合わない黒いスーツだった。
「……ここ、どこ」
「俺の家です。正確には私室ですが」
疑問の余地を与えない声音。最初から、ここが私の居場所だと決まっていたかのように。
記憶を辿る。確か、第三王子に婚約破棄された。貴族の礼儀として微笑んで別れ、屋敷を出て、ひとりになった帰り道。
光が走り、足元が崩れ落ちる感覚。それから……何もない。
「安心してください。危害を加えるつもりはありません。むしろ逆です」
彼__リオネルは微笑んだ。優しいのに、逃げ道がないと直感が告げていた。
リオネルは、私の手を取った。力は強くないのに、振りほどけないと感じる、不思議な掴み方だった。
「貴方は、俺が守ります」
その言葉が、最初の檻だった。
リオネルと出会ったのは6歳のとき、王都から少し離れた花畑。
誰にも見つからずにいられる私だけの逃げ場だと思っていた場所で、彼も同じようにひとりで座っていた。
最初に話しかけたのは、どちらだっただろう。
私は可愛くて、礼儀正しくて、教科書通りの『いい子』だった。
だから大人たちは皆、表面の私だkを見ていた。でも、私自身を見てくれる人はいなかった。
リオネルだけが違った。
本当の笑顔のほうが好きだと、黙っている時間すら心地いいと言ってくれた。
あの日から、彼はどこにでも現れるようになった。私が泣いていれば、必ず。
リオネルへの恋心を自覚したのは、第三王子と婚約したときだった。
人前では優しい婚約者。
二人きりになると、私を人形みたいに扱う男。
罵られて、否定されて、部屋の隅で声を殺して泣いていた夜に、窓の外から、いつもの声がした。
「大丈夫ですよ」
どうしてここにいるの、なんて聞かなかった。
聞く必要がなかった。
彼は私に、ネモフィラの花畑を魔法で見せてくれる。それを見ると、決まって私も笑顔になるのだ。
だから、監禁されたのも正直怖くなかった。そこまでするなんて、私のことが好きなのかと疑うくらい。 二人きりの時間が増えたことに嬉しいと思った自分を、私は否定できなかった。
同棲生活は、始まる前から完成していた。
部屋は私専用。服は季節ごとに用意され、食事は栄養も好みも把握済み。起床時間、入浴のタイミング、外に出ていい時間帯まで、すべて決められている。
「過不足があるといけないから」
リオネルはそう言った。
拒否しようとしたことは何度もあった。外に出たいと言えば、危険だからと静かに遮られた。自分で決めたいと言えば、疲れるだろうと微笑まれた。
怒鳴られもしない。縛られもしない。
ただ、選択肢が最初から存在しない。
逃げようとした夜もあった。部屋の構造を覚え、見張りの交代時間を計算し、扉を開け――廊下で、彼が立っていた。
「どこへ行くんですか?」
責める口調ではない。心配するような声音。
私は何も言えなかった。
「外は寒いですよ」
彼は上着を私の肩にかけ、一緒に部屋に入り、そして私が眠るまで、ベッドの傍に座り、何度も髪を撫でてくれた。その仕草があまりに自然で、優しくて、私は抵抗する理由を失った。
その夜、理解した。
ここは戦う場所じゃない。逃げる場所でもない。
管理された生活空間だ。
数日後、私は考えるのをやめた。
いや、正確には、考え方を変えた。
どうせ決められる。どうせ管理される。なら……
「ねえ、リオネル」
朝食の席で、私は言った。
「今日は何を着るの?」
「この前選んだ、赤いワンピースです」
リオネルの瞳の色。
「……じゃあさ」
私はスプーンを置き、彼を見た。
「それ、もう少し動きやすいのがいい。あと、袖は長め」
彼は一瞬、目を瞬かせた。
「要望、ですか?」
「はい。どうせリオネルが決めるなら、希望くらい言ってもいいでしょ」
沈黙。
そして彼は、嬉しそうに笑った。
「もちろん。貴方が言うなら」
その日の午後、服は作り直された。私の好み通りに。
――ああ、そうか。
この人は、私に幸せになってほしいんだ。
そこからは簡単だった。
食事の味付けに意見する。部屋の配置を変えたいと言う。読書の時間が欲しいと頼む。
すべて、叶えられた。
代わりに、彼の視線は以前よりずっと濃くなった。私が笑うと安堵し、無表情になると不安そうにする。
「貴方が楽しそうだと、俺も安心します」
「へえ」
私は紅茶を飲みながら答えた。
「じゃあもっと楽しいこと、用意できる?」
彼は真剣な顔で頷いた。
それを見て少し、怖くなった。
ある日、彼は言った。
「外庭なら、一緒に出てもいいですよ」
予想外だった。
「条件付きですが」
「条件?」
「俺のそばを離れないことです」
私は少し考えて、肩をすくめた。
「いいよ。その代わり」
「うん?」
「帰りに甘いもの、一緒に食べたい」
彼は目を細め、深く頷いた。
「任せてください」
外の空気は新鮮だった。空は依然として青で広く、風は自由だった。
それでも私は、彼の隣を歩いた。
逃げられないからじゃない。
今は、逃げる必要がないから。
夜、ベッドに横になりながら、私は思う。
これは共存だろうか。
それとも、共犯か。
彼は私を閉じ込めている。
私はそれを理解した上で、利用している。
どちらが上かなんて、もう意味はない。
「ねえ、リオネル」
暗闇で呼ぶと、すぐに返事が来る。
「どうしたんですか?」
「明日は、私が予定決めてもいい?」
少しの沈黙。
それから、弾んだ声。
「もちろんです。貴方が望むなら」
私は目を閉じて、微笑んだ。
勝手に決められる生活なら、その中で、いちばん楽しく生きてやる。
この檻が壊れる日まで。
あるいは、檻だと感じなくなる日まで。
その日から、私とリオネルは一緒のベッドで寝るようになった。
「メリー。貴方が好きなお菓子、買ってきました」
「本当!?やった、ありがとう」
私は目を輝かせてリオネルに駆け寄る。
リオネルと並んでシュークリームを食べながら、私はふと聞いた。
「ねえリオネル。私のこと、どう思ってるの?」
「どう、って?」
「そのままの意味よ。監禁した意味とか、こうやって私を喜ばせてくれたりするのは、どういう気持ちでやっているのか」
リオネルは沈黙した。言いたくないのではなく、まるで言っていいのかどうか迷っている、そんな表情だ。
「……どういう答えだったら、貴方は満足するのですか?」
「私の満足なんて考えなくていいわよ。私はただ、リオネルの本当の気持ちが知りたいだけなんだから」
「……愛していますよ」
リオネルはじっと私の目を見て、そう言った。
「ずっと、ずっと前から、メリーのことだけを考えて生きていました」
「それはちょっと大げさじゃないの」
「そんなことありません」
リオネルは優しく微笑む。私も自然と口元が緩んでいることに気付いた。
「メリーは、どうですか」
「私も愛しているわ」
リオネルが黙って私を胸に引き寄せた。
「だからね、監禁されたときもあんまり怖くなかったのよ」
「……拒否したことだってあったじゃないですか」
リオネルが目を伏せた。
「ああ、あれは、リオネルに会いに行こうとしたの。あと、負担をかけたくなくて」
「……はは、俺から逃げようとしたわけじゃないんですね」
「もちろんよ」
二人で手を繋ぐ。
「私はずっと、リオネルの傍にいるわ」
「約束ですよ。一緒に幸せになりましょうね」
後日、行方不明になっていた第三王子が見つかったとの噂を聞いた。ただ、口はきけない状態だという。
私にした仕打ちを考えれば自業自得ね、と息を吐いた。
隣にはリオネルが眠っている。私は彼の瞳の、赤いドレス。
明日また彼と一緒にいれるのが嬉しくて、赤い妖精は目を瞑った。




