前奏 どうしようもなく自由な
泳いでいる。
俺は一人で泳いでいる。
真っ青な海の中を、何不自由なく泳いでいる。
手を伸ばした先には魚の群れが渦巻きながら泳ぎ、手を握ると群れの中から一匹の魚が手の平に入り込んでくる。
その迷い子を口の中に放り込んで、骨や内臓ごと喰らいつくす。
その直後、魚の群れに巨大な魚が突進してきた。
巨大魚は群れの中の何体かを喰らい、海の底へ泳いでいった。
陣形を乱された魚の群れは即座に元に戻り、まるで何事もなかったかのように、渦巻くように泳いでいる。
……ああ、こいつらはこんなに理不尽にあったとしても、同じことを繰り返すんだな。
そんな風に考えながらも、俺は気楽に泳いでいる。
どんな巨大魚も、毒針を持つクラゲも、吸盤で標的に貼り付くタコも、俺に対して何もしない。
いや、何もできないといった方が正しいか……。
息継ぎのために海から顔を上げると、白鳥の群れが俺の上でアーチを作っている。
白鳥の群れなんて滅多に見られないのに、どうしてこうもタイミングがよいのか。
そして、海が大きな波音を立てると、先ほど魚の群れを壊した巨大魚が海の上を飛び跳ねた。
白いアーチは一斉に飛び散ったが、巨大魚は代わりの役割を担うため、俺の上にもう一度気休めのアーチを作った。
巨大魚が海に落ち、気休めの時間は終わりを告げる。
激しい水飛沫が顔中に勢いよくかかり、俺は再び海中に引き戻された。
だが、それに不快さを一切感じることはなく、却って爽やかな感覚に襲われた。
ああ、なんて眩しい日々だろうか。
俺は、自由だ。
俺はなんでも手に入れられる。なんでもすることができる。
俺の行く手を阻むものはなく、誰であれ俺に手出しはしない。
そんな幸福に浸りながら、俺は今日も、相も変わらず泳ぐのだ。
それに『終わり』が来ることを、知っているのに—————。




